2022.11.28

もてなす

おもてなしの実態調査2022 小倉祥子さん(銀座テーラー社長)

F.I.N.編集部が掲げる今回のテーマは、「もてなす」。ちょっとした気遣いや小さな思いやりを感じることで、心が温かくなる「おもてなし」ですが、今、私たちはどんな気配りに心を動かされ、どんな心遣いを必要としているのでしょうか。F.I.N.編集部では各業界の目利きの方々に自身の体験を伺い、おもてなしの今から5年後10年後の未来を探ります。今回は歴史ある紳士服専門店から見るおもてなしについて、銀座テーラーグループの社長・小倉祥子さんにお話をお伺いしました。

 

(文:宮原沙紀)

Profile

小倉祥子さん

株式会社銀座テーラーグループ代表取締役社長東京都生まれ。幼少期から音楽を親しみ、1999年英国王立音楽大学にピアノ留学。その後、マーケティングを学ぶためアメリカの大学に留学。2007年に帰国し他社でWEBマーケティングの経験を積んだ後、08年に家業である銀座テーラーグループに入社。創業85周年となる19年に代表取締役社長に就任した。

Q1.最近受けて嬉しかった、おもてなしを教えてください。

一緒に働いて感じた、百貨店のおもてなし。

 

先日地方のある百貨店で、初めての催事に出展した時のことです。催事前日に会場入りして準備を始めたのですが、入り口に飾るPOPパネルを準備していなかったことに気がつきました。どうしたらいいか困っていると、それに気づいた百貨店の社員の方が、パネルを探し回って持ってきてくださいました。催事がスタートしてからも、顧客さまを紹介してくださったり、オーダーの過程でお待ちいただいてしまった際にはフォローに回ってくださったり……。最終日には、何名もの社員の方が声を出して宣伝までしてくださるなど、予想をはるかに上回る手厚いサポートでした。

普段は消費者として受ける百貨店のおもてなしを、共に働く仲間として体感できたことはとても勉強になりましたし、感動的な体験でした。

Q2.ご自身がおもてなしをする際、大切にしていることは?

相手に気を遣わせない、ほどよい距離感。

 

銀座テーラーでは、お客さまがフィッティングで着ているスーツを脱がれた際、シワを伸ばすためにプレスをかけさせていただいています。この店から帰る時には、一番いい状態でお店を出てほしい、いつでも気持ちよくスーツを着てほしいという思いで長年続けている小さなサービスのひとつです。過度なおもてなしをしてしまうと、「次は手土産を持って行くべきかな」など無駄に気を遣わせてしまうことになります。あくまでも自然に、お互いに心地よい距離感を保ちつつ、でも一緒にいると気持ちが良くなる、そんな関係が理想だと考えます。

この仕事をしていると、同じスーツのオーダーでも、お客さまの職業や年齢、体型や着用シーン、着用時の行動パターン、スタイル、着心地など、実は要望は様々であることがわかります。そのため、スーツを作る際には丁寧なヒアリングが必要になります。こちらが良いと思うものが、必ずしも相手にとって良いとは限らない。自分の思い込みを含めた親切を押し付けないように気をつけています。

Q3.5年先、10年先のおもてなしはどのようなものになっていくと思いますか?

相手を思う「心」に、便利な機能を足していく。

 

グローバル化がますます加速していくこれからの日本。現在、日本人を基軸として行なっている「おもてなし」は、次世代の人たちに受け入れられるのか考えさせられます。

コロナ禍で、銀座テーラーはオンラインの注文サイトを充実させました。今はまだ利用者の割合は少ないですが、地方や海外に住む方を中心に喜ばれており、今後はさらに利用者も増えてくるでしょう。ただ、これから先も変わらないことは、おもてなしは相手あってのことであり、その人を思う「心」だということ。私たちは、対面で、細やかなヒアリングを通してお客さまの要望を洋服へ反映させることを大切にしてきました。オンラインのやりとりであっても、その裏には人がいて、人の手を介したものづくりやサービスを提供していく。お客さまに寄り添うという本来の姿は変えてはいけないと思っています。大事にしてきたことを守りつつ、便利な機能を柔軟に選び、足していくことが必要になると思います。

次世代のことを考える時に一番大事なのは、その世代の人たちと触れ合うこと。銀座テーラーには20代の若い技術者も多く、年に2回行っている社員全員との個人面談を通して彼らと語る時間を作っています。我々世代が責任を持って若い世代と話し、通じ合う努力が必要だと感じます。

Q4.歴史ある銀座テーラーならではのおもてなしとは?

洋服だけでなく、人と人がつながる「場」を提供する。

 

「豊穣の会」というパーティーを年に一度主催しています。お客さまを招待して、フレンチのフルコースを楽しみながら、新作スーツのファッションショーを行ったり、特別な生地を披露したりします。なかでも、豪華商品があたる抽選会は毎年大好評です。

この「豊穣の会」がはじまったのは東日本大震災がきっかけでした。自粛ムードが高まり、銀座も夜の人通りがなくなって寂しく感じていた時。ただ自粛していても解決にはならないという思いから実施に至りました。受注会を行い、売上は義援金として寄付する流れをつくったことで、心おきなく楽しんでいただくことができました。そこから毎年200名ほどのお客さまを集めて開催してきましたが、ここ数年はコロナの影響で開催できていません。「豊穣の会」は、銀座テーラーからお客さまになにか還元したいという思いで行っていますが、実はお客さま同士の出会いの場にもなっていて、その後のお仕事に繋がったりプライベートで仲良くなられたりと、人と人がつながるきっかけにもなっていたようです。復活を望む声も多いので、近いうちに開催できたらと考えています。

【編集後記】

同じスーツのオーダーでも、職業や年齢・着用シーンによってご提案する内容は千差万別 であり、まずはお客様の意見を傾聴しそれから最適なご提案をするというのは、長年培ってきた知識や経験をもつ職人さんにしかできないおもてなしだと感じました。

これからますますオフラインとオンラインの境目がなくなっていくと思いますが、無機質なインターネットの裏にも人がいます。おもてなしの仕方は時代とともに多様化しつつも、介するのは人の「心」という本質はあまり変わらないのかもしれません。

(未来定番研究所 小林)