未来定番サロンレポート
2020.12.22
社会全体を巻き込んだSDGsへの取り組みやテクノロジーの発展によって、服の生産工程や素材、服が持っていた文化的・社会的な価値が変容し、社会が服を見つめる視点も変わってきました。資本主義的な贅沢が歓迎されない時代になっていますが、これからの未来の服の贅沢はどんな在り方が考えられるのでしょうか? ハイファッションやオーダーメイドといった一流の服に対する知見をもち、ファッションカルチャーを最先端で見つめてきた栗野さんに、社会潮流の変化やこれからの服の贅沢について伺いました。
撮影:猪原悠
人々の価値観の変化が、
2020年に一気に加速した。
FIN編集部
これまで栗野さんは、服を扱う上で社会潮流を読むことを重んじてこられたと、ご自身の著書『モード後の世界』で語られていますね。ファッションを扱う視点から、これまでの時代との変化を教えていただけますか?
栗野さん
この10年くらいで価値観の変化が少しずつ起こっていて、人々の暮らしもモノの買い方も変わりつつありました。その流れがCOVID-19、つまりは新型コロナウイルス感染症の流行によって、一気に加速したと思います。しかもこれは一過性のものではなく、これからは住処も働き方も地政学も変わってくると感じます。例えば、過去5年から10年ほどの間に、それまでは都会で暮らしていたデザイナーやライター、スタイリストなどのクリエイターが地方に住み始めています。特にその地域に縁の無かった方が移住すると、もともと住んでいる方たちが気づかなかった価値にたくさん気づくんです。そこへきて、新型コロナウイルス感染症により、人口が密集している都会は、三密になりにくい田舎暮らしに比べてリスクの高い場所になりましたし、仕事のやり方も変わりました。リモートワークが可能になったことで、都会にいる必要が無くなりつつありますよね。極論すると、もはや東京は人々にとって憧れの場所ではなくなっていると感じます。
FIN編集部
消費に関する価値観の変化についてはどう思われますか?
栗野さん
生活や環境の変化に加えて、車や家などさまざまなジャンルでシェアリングが普及したり、サブスクリプションによって月々定額で洋服が着られるようになったりして、人々がモノを買うことに以前ほど熱心ではなくなりました。私は40年以上洋服業界にいて、ずっと小売をやってきましたが、これほど人がモノを買うことにワクワクしていない時代は無いと思います。でも、お先真っ暗というわけではありません。こういう時代だからこそ、本当に価値のあるものが見出されつつありますし、それらへの関心がより高まっているとも思います。
サステナビリティを
象徴するブームとは?
FIN編集部
今の時代の社会潮流を読む中で、重要だと感じるキーワードを教えていただけますか?
栗野さん
一番重要なキーワードは「サステナビリティ」ですね。ご存知の通り、持続可能性という意味で、以前は、意識が高いと言われるような一部の人たちだけが使っていた言葉ですが、今では社会に広く浸透し、多くの人が日常的にサステナビリティを話題にするようになりました。弊社でも中長期計画の中で、持続可能な社会に積極的に貢献していくことを掲げていますし、サステナビリティ推進部という部署も新設しました。
FIN編集部
サステナビリティを消費の世界で実感することはありますか?
栗野さん
日本の消費カルチャーの中でサステナビリティ意識とも繋がるものがキャンプのブームです。ここ5年くらいで盛り上がり、アウトドア関連用品も売れています。これは仕掛けられたブームではなく、自然発生的に起こっているのが特徴で、実際に森や山の中で過ごすと、緑豊かな環境を次の世代に残したいという気持ちが芽生えてきます。これは自然なサステナビリティですよね。
FIN編集部
確かに、コロナ禍で自然を求めて行動する人の姿が目立ちましたね。
他にもキーワードはありますか?
栗野さん
「トレーサビリティ」も重要ですね。つまり、生産段階から自分の手に届くまでの流通経路を把握すること。これを知ることで、劣悪な環境で作られているモノを避けて、健全な環境で作られているモノを買う傾向が年々強まっていると感じます。
トレンドの意味が薄れ、
「人と違うこと」が贅沢に。
FIN編集部
これからの時代、ファッションにおける贅沢や、贅沢な服というものは、どんなものになると思いますか?
栗野さん
これからの時代の贅沢な服は、ファストではないもの、そして、流行っていないものだと思います。トレンドという言葉を重視しているのは、今やファッション業界の人たちだけで、以前ほど意味が無くなってきていると感じます。結果としてのトレンドはこれからもあると思いますが。つまり、みんなが同じ格好をしていることはハッピーではなく、「人と違うからいい」という感覚に変わってきていますよね。以前まで、ラグジュアリーと言われる商品に自分の富などをこれ見よがしに見せびらかすエゴイズムが根底にあったとすれば、これからはエゴイズムの対義語であるアルトゥルーイズム、つまり他人のために行動する“利他主義”が時代のキーワードでもあり、ファッションの世界でも重要になってくると感じます。エルメスの例で言えば「リンゴをひとつだけ入れる専用のバッグがほしい」とお客様が望めば、その方の想いに応えるために、できる限りの手を尽くしてそれを実現してあげる。これからの時代はこうしたパーソナルなことを実現したり、されたりすることもファッションにおける贅沢なことだと思います。
FIN編集部
これからの時代に求められる服の売り方と買い方は、どんなものになるでしょうか?
栗野さん
これまでの資本主義社会では大量生産、大量消費が主流で、必死で買わせる、必死で買うという構図ができていたと思います。でも今は、シェアリングやサブスクリプションが当たり前になり、以前に比べてモノをたくさん保有していることがカッコよくないという考え方に変わってきて、生活者が自分の中で脱資本主義化しているのではないでしょうか。しかも、新型コロナウイルス感染症に伴うロックダウンの中で、多くの人が断捨離を行なった結果、不要なモノをたくさん所有していたことに、気づいてしまった。その多くは、買わされてしまったものなんですよね。
FIN編集部
今後はどのようにモノを売っていけばいいのでしょうか?
栗野さん
売り方で言えば、モノを売る際にお客様が参加する余地を残しておき、自ら買ったんだと実感できることがポイントになると思います。参加する余地というのは、例えば小物に名前を入れたり、好きな色に変えたり、ステッチの色をアレンジするなど、自分だけのものにカスタマイズできること。時間がかかってもいいからカスタマイズできることで、お客様が既存のアイテムを自分のものにしていける。それが、これからのファッションにおける贅沢なことだと思います。その究極が前述したように、パーソナルなアイテムをイチから作ることですね。
FIN編集部
5年先の未来には、どんなことが起こっていると思いますか?
栗野さん
最近、ファッションは農業だとよく言っています。例えば、洋服の素材に使われるコットンやリネン、羊毛などはすべて農業から生まれています。つまり、ファッションと農業はすごく近い存在なんですね。今、後継者不足で廃業していく農家も多い。洋服屋はこれからも残るとは思いますが、従事する人の数は今より少なくなると思うんです。そうであれば将来、例えば、洋服屋の人たちが週に3日は店頭に立ち、残りの2日は畑に通うのもありだと思います。その結果、素材についてより実感を伴う知識も身につき、洋服屋での接客に活かすことができる。店頭でお客様に、より魅力的な時間を過ごしていただけるようになると思うんです。ファッションと農業がいい形で交わることで、両者にとって有益なものが新たに生まれるといいですよね。
FIN編集部
栗野さんご自身に関してはいかがでしょうか?
栗野さん
私自身の5年先に関しては、特に明確なビジョンはありません。ファッションや音楽に関することを中心に、求められれば何でもやってみようと思っています。自分があまり詳しくない事柄に関する頼まれごとがあれば、当然勉強しますし、それによって自分のキャパシティが拡がりますから。
栗野宏文さん
1953年生まれ。ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブ・ディレクション担当。1989年のユナイテッドアローズ創業時から同社の中心メンバーとして活躍。2004年には英国王立美術学院から名誉フェローを授与。LVMHプライズ外部審査員もつとめるなど幅広く活動。2020年8月には「モード後の世界」(扶桑社BOOKS)を上梓。雑誌フィガロジャポンでの連載をまとめたテキストに、近況を踏まえた内容を加筆。栗野流の社会潮流の読み方を解き明かしている。
編集後記
栗野さんご自身は、5年先の明確なビジョンは設定していないということでした。けれども、栗野さんの中には、ファッションを通じて世界を良くしたい、お客様に喜んでいただきたい、というブレない「軸」があり、そこからすべてのご活動が広がっているように感じました。「流行ではないけれど、私はこれが好き!」という選択をするためには、私たちの中にもブレない「軸」がより必要になってくるのかもしれません。
(未来定番研究所 菊田)
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