2022.12.23

もてなす

おもてなしの実態調査2022-23 平恒信さん(俥夫)

F.I.N.編集部が掲げる今回のテーマは、「もてなす」。ちょっとした気遣いや小さな思いやりを感じることで、心が温かくなる「おもてなし」ですが、今、私たちはどんな気配りに心を動かされ、どんな心遣いを必要としているのでしょうか。F.I.N.編集部では各業界の目利きの方々に自身の体験を伺い、おもてなしの今から5年後10年後の未来を探ります。今回は、浅草で人力車を引く俥夫の平恒信さんに、観光地でのおもてなしについて伺いました。

 

(文:宮原沙紀)

Profile

平恒信さん

〈えびす屋〉浅草店の俥夫。

1983年滋賀県生まれ。以前はサラリーマン、バーテンダーなどさまざまな職を経験し、お金を貯めてはバックパッカーとして世界を旅していた。オーストラリアに2年ほど住んだ経験もある。2009年に友人の勧めで、京都で俥夫をはじめる。その後、大分県の湯布院、北海道などでも経験を積み、15年から〈えびす屋〉浅草店に勤務。旅行が大好きなので、休みの日には家族で観光地を旅するのが楽しみ。

Q1.最近受けて嬉しかった、おもてなしを教えてください。

人気店のおもてなしの共通点。

 

コロナ禍ではあまり旅行ができなかったのですが、今年は秩父や伊豆、鎌倉など、近場に小旅行をしました。各観光地で入った飲食店や土産物店、ホテルなどの場所で、店員さんがしっかり目を見て接客してくれるお店とそうでないお店があります。商品や食事のクオリティーはもちろんですが、接客も満足度を高める大きな要素。接客にはいろんなかたちがあるけれども、人と会話をすることにフォーカスしているお店は気持ちが良くまた来たいと思います。また、目を見て接客してくれるところは、人気店や長く続いているお店が多いと感じました。子どもを連れて旅行することも多いので、店員の方が子どもとコミュニケーションを取ろうとしてくれるときも嬉しく感じます。

Q2.ご自身がおもてなしをする際、大切にしていることは?

人力車は、人の人生を変えてしまう体験だと意識する。

 

以前、清水寺に行きたいという年配の女性を乗せたことがありました。そのときはいつも通り接客をし、楽しんでいただいてお帰りになられたと思っていましたが、 後日、その方の娘さんからお手紙をいただいたのです。実はお母さまは難病を患っていて、手術をすれば治る可能性があるが、危険を伴うということで手術を諦めていたそうです。そんなお母さまを勇気づけようと 娘さんたちが企画した京都旅行でした。そんな時に偶然僕の人力車に乗りとても楽しい時間を過ごせたことで元気付けられ、手術を決意してくれたという感謝の手紙でした。嬉しかったのと同時に、お客さまにとって人力車に乗るのは一生に一度の機会かもしれない。その経験から、一人ひとりのお客さまに一生懸命向き合おうと再度決意しました。

ご乗車中にお客さまが何を感じているのか、何をご希望されているのか。単に聞いただけでは分からないニーズがあることも。コミュニケーションを取るなかでそれを探っていく。答えがないからこそ難しいですが、お客さまの心を動かせたと感じる瞬間はとても楽しいです。

Q3.5年先、10年先のおもてなしはどのようなものになっていくと思いますか?

日々変わるトレンドと、変わらない情熱。

 

観光名所や旅行先での楽しみ方は、日々変わっていきます。以前は歴史的な名所の景色を楽しみたい方が多かったけれども、SNSなどにアップするため人力車に乗った写真を撮りたい方や、話がしたい方、ガイドを聞きたい方、アニメの舞台になった場所をまわりたいという方もいます。日々さまざまな方面にアンテナを貼っておくことは、これからますます重要になっていくでしょう。

外国からのお客さまも増えてきているので、語学力の必要性も増してきています。〈えびす屋〉には個人差はありますが、語学堪能なスタッフもたくさんいます。しかし、語学が話せることと満足度は必ずしも一致しないと思っています。 僕は英語も日本語も話せないお客様を楽しませるのが得意なんです。言葉は通じなくても、パッションでコミュニケーションを取る。お互いの気持ちは通じますし、楽しんでいただける。言葉が通じたときよりも、心に残る思い出になる場合もあります。これから先、翻訳機のようなガジェットが発達してコミュニケーションが取りやすくなるかもしれない。しかし、人を想うことや楽しませることにおいての根本は変わらないと思います。5年先も10年先も地域と一緒におもてなしを追求していけたらいいなと思っています。

Q4. 数ある人力車のなかで、選ばれるために意識していることはなんですか?

立っているときの表情にまで気を配る。

 

浅草には多いときには100人もの俥夫がいます。そのなかで僕の人力車に乗りたいと思ってもらうためには、話かけやすい雰囲気をつくることです。そのために常に笑顔でいることを心がけています。しかし全力の笑顔だとかえって話しかけづらい。ちょうど良い微笑みを絶やさないようにしています。また、一生懸命さでやる気のある俥夫には自然と人が集まっていると感じます。

俥夫は観光ガイドでもあり、エンターテイナーでもある。乗る人力車が違えば同じ場所でも違った観光体験ができます。〈えびす屋〉には経歴や性格も全然違う多様なタイプの俥夫がいるので、いろんな人力車に乗ってみてほしいです。

【編集後記】

当日の取材はオンライン形式だったのですが、平さんは入室されてすぐに「平です。本日はよろしくお願いします。」と素敵な笑顔と明るい声でご挨拶してくださり、場の空気が途端に和やかかつ明るくなりました。取材をする私たちにもおもてなしを実践してくださったのだと思います。

自分にとって日常の出来事が、誰かにとって大切な経験になるというのは、とても素敵なことです。それは百貨店の接客においても同じことで、特別な気分を味わっていただいたり、一生の大切なモノを探すお手伝いができたりするのだと気付かされました。語学や知識ももちろん、あるに越したことはありませんが、誰かを幸せにしたい、楽しませたいという気持ちが何よりも大切なのだと感じました。

(未来定番研究所 榎)