未来定番サロンレポート
2022.10.31
もてなす
F.I.N.編集部が掲げる今回のテーマは、「もてなす」。ちょっとした気遣いや小さな思いやりを感じることで、心が温かくなる「おもてなし」ですが、今、私たちはどんな気配りに心を動かされ、どんな心遣いを必要としているのでしょうか。F.I.N.編集部では各業界の目利きの方々に自身の体験を伺い、おもてなしの今から5年後10年後の未来を探ります。今回は落語や茶道、文芸など昔ながらのおもてなしについて、林家彦三さんにお話をお伺いしました。
(文:宮原沙紀)
林家彦三さん
落語家。二ツ目。
1990年福島県生まれ。小説家を志して上京。早稲田大学文学部を卒業する。落語の世界に興味を持ち、2015年林家正雀に入門。2016年に前座となる。2020年に二ツ目昇進。古典落語から、文芸作品を原作にした独自の落語など幅広く展開する。文筆活動にも力を入れており、書肆侃侃房のウェブマガジン「web侃づめ」にてエッセイ「日々のえりづめ」を連載中。著書に『汀日記 若手はなしかの思索ノート』(書肆侃侃房)など。
Q1.最近受けて嬉しかった、おもてなしを教えてください。
茶道の先生からのメールの返信。
若手の落語家として、落語以外にもお稽古事をしており、数年前から茶道を習いはじめました。それ以来お茶の空間や歴史の魅力に惹かれています。
先日、先生のご自宅でのお茶の稽古に遅れてしまい、先生にその旨をご連絡しました。お伝えした時点でだいぶ遅れてしまっていたのですが、先生からは「どうぞゆっくり来てください」とのお返事。その時、心底安堵する気持ちと、急いでいるからこその道中の心配を案じる先生の気配りを感じるとともに、何か不思議な厳しさのようなものを感じたような気がしました。
「喫茶去(きっさこ)」という禅語があります。今では「ちょっとお茶でもしましょう」という意味で使われていますが、もともとは「お茶を飲んで去れ」と叱咤する言葉だったといいます。その言葉にも似たような、気軽ながらも凛とした風情。若輩者の私に対しても、自邸に迎える者としての先生のおもてなしの言葉でなかったかと思います。
Q2.ご自身がおもてなしをする際、大切にしていることは?
前座修行で身についた、落語家らしい気遣い。
落語家には「前座」というのがあります。入門してから約5年間、師匠宅で掃除などをしたり、寄席の楽屋で下働きをしたり。そこでこの世界のしきたりや価値観を叩き込まれます。よって私にも落語家流のおもてなしが染み付いていると、日々自覚することがあります。着物を畳む。お茶を出す。筆で帳面をつけるという基本の所作からはじまり、先輩や年長者を敬い、後輩にも気を遣う縦社会の基本的な世界観。そのため前座生活をしてきた落語家は、みな普段からもそのような身のこなしになっていきます。良くも悪くも、気の遣い方が芸人らしい。例えば、楽屋での洒落たことを言い合うおちゃらけたノリ、一番下っ端が最初に動くなど。今はあまりそういう時代でもないですが、我々の世界では「落語家とはこういうものである」と代々繋いできた文化です。私は良い風景だなと思っています。
Q3.5年先、10年先のおもてなしはどのようなものになっていくと思いますか?
昔ながらのコミュニケーションの温かさ。
福島県の実家に久しぶりに帰省しました。落語家として東京で暮らしている時間が長くなってしまったので、私は大切な故郷の空気感を忘れかけていました。
近所や親戚のお宅に何軒かお邪魔しましたが、私は久しぶりにあの訪問の爽やかな空気の澱みと静けさを感じました。そこにあったのは、心地よい沈黙の間と、小噺でした。それは気候や季節の話、先代の話や町の移り変わりの話、あるいは昔話。古い文化や風習が残っている小さな町なので、そういう話の一つひとつに、私は懐かしさとともに、可愛らしい感動のようなものを覚えました。それは語るという、おもてなし。将来のおもてなしについても、華やかで豪勢なものばかりではないでしょう。これはむしろ私の願いのようなものですが、相手に嫌な思いをさせない、余計なことは言わない、という日々の生活心得の延長にある気遣いに、お茶とお茶菓子があるだけの引き算のおもてなし。せいぜい可愛い昔話が添えられるくらい。新しく移り行く時代の中で、そういう昔馴染みのおもてなしにこそ価値が生まれてくるということを、若輩ながらも信じてみたいです。
Q4. 高座にあがった際のおもてなしで、意識していることはありますか?
自分自身が与えられた役割を全うする。
寄席とは出演者全体で行う演芸。チームワークだともよく言われます。まず前座が出てきて、そこからどんどん盛り上げていく。そしてトリを務める師匠の話が一番面白く、その日一番の盛り上がりを見せるという順序が決まっています。若手は若手なりに自分に見合った表現、言葉使い、与えられた時間を守るなど身の丈にあったことをやること。それが仲間に対しても、お客さんに対してもおもてなしであると思います。全体で表現される寄席の面白さを知っていただくためには、昔ながらの良さを見せること。代々守られてきたものに準じてそれを全うすることが大事だと思います。もちろん、その中で何か面白いことを言って楽しませたい、お客さんをいい気分にさせたいと言葉選びをすることはあります。そういうことに関して師匠方はさすがです。師匠になればなるほどお客さんに対するおもてなしがうまい。若手はまだまだ勉強の日々ですが、師匠のようなおもてなしの心や技術を培っていく商売だと思っています。
【編集後記】
落語家さん同士の気遣いについてお話しされていた際の「落語界は現代の一般社会に則さない部分もあり独特ですが、そういう狭い社会での価値観が僕は好きです」という彦三さんの言葉が印象的でした。おもてなしは画一的なものではなく、相手との関係性や身を置いている文化を通して解釈されるコミュニケーションのひとつであることを改めて教えていただいた気がします。傍からは理解できない、当事者同士だから心を通わすことができる「おもてなし」も、そっと存在し続けられる。そんな素敵な未来像を描くことができました。
(未来定番研究所 中島)
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