2023.07.14

目利きたちの「時間」

「時間」の価値観を探る、12の質問。落語家・林家つる子さん。

時間に「効率」を求めがちな一方で、アウトドアやキャンプなど「非効率」とも言えることが流行している昨今。人によってその価値観はさまざまですが、目利きたちは時間をどう捉えているのでしょうか。今回ご登場いただくのは、新しい目線から落語をつくり替える試みにも意欲的な若手落語家・林家つる子さん。落語家ならではの時間の価値観について、お話を伺いました。つる子さんのお話からは、多くのエンターテインメントが存在する今の時代にも、老若男女に愛される落語の魅力を窺い知ることができました。

 

(文:山本章子/写真:西あかり)

Profile

林家つる子さん

落語家。群馬県出身。中央大学の落語研究会に所属し、学生落語の全国大会で決勝進出。審査員特別賞を受賞。大学卒業後、九代目林家正蔵に入門。「芝浜」のおかみさんや「紺屋高雄」の花魁など、女性登場人物の目線から噺を描き直す新しい取り組みにも挑戦している。YouTubeではラップや料理を披露するなど、落語を多くの人に聞いてもらうために幅広く活動。2024年3月、女性で初めての真打(*1)抜擢昇進が決まっている。

https://tsuruko.jp/

Q1.どんなスケジュールで1日を過ごしていますか?

前座(*2)の頃は朝8時半から師匠のお宅の掃除に行き、寄席の昼席ないしは夜席に行くなどタイムスケジュールがしっかり決まっていましたが、二ツ目(*3)になってからは決まったかたちはありません。高座をかける(上演する)場所も時間もまちまちで、詰め込みすぎて疲れてしまうこともあるのでスケジューリングが課題です。落語の高座以外に打ち合わせや稽古などもあるので、今は完全な休日はほとんどないですね。

 

*1 真打・・・寄席で最後に出演する資格をもつ落語家のこと。

*2 前座・・・落語家の最初の階級のこと。

*3 二ツ目・・・「前座」の一つ上。

Q2.大切にしている時間はなんですか?

喫茶店やカフェでのんびりする時間。映画やドラマを観たり、漫画を読む時間。コロナ禍であらためて気づきましたが、その時間を持てると心に余裕が生まれます。

つる子さんは普段、愛用の3年手帳にさまざまな予定を書き込んでいる。

Q3.その時間を、どうやってつくっていますか?

もともと、やるべきことがあってもギリギリまで手をつけないタイプで、やるべきことと全く関係ない情報サイトを見たり、いつだってできるような携帯ゲームをダウンロードしてしまったりして無駄な時間を過ごしてしまいがちでした。その時間は「やらなくちゃ」が頭の片隅にあるので、リフレッシュにもならない。それならいっそのこと、映画鑑賞などの時間を先に取ったほうがその後がんばれるのではないかと気づき、先取り型でリフレッシュの時間をつくるようにしています。

Q4.時間の使い方について、影響を受けたり、参考にしたりした人はいますか?

師匠とおかみさんですね。師匠は、寄席や落語会のほかにTV番組の生放送や、ドラマや映画の俳優業もされています。それでも稽古の時間をしっかり取っているのを間近で見ていたので、「時間がない」は言い訳にならないことを勉強させていただきました。また、その師匠がいかに過ごしやすいかを考えて動くおかみさんの姿も印象的でした。

Q5.前座と二ツ目では、時間の使い方はどう変わりますか?

前座のときはルーティーンの前座修行があり、それに加え、呼ばれたらすぐに駆けつけなくてはならないので、師匠のご自宅の隣に住んでいました。住み込みではありませんがそれに近い状況で、自由になる時間はほとんどありません。たまたま早く帰ることができた日は、友達に会いに出かけることもあったのですが、万が一、家の前で師匠やご家族にお会いすると気まずい雰囲気になってしまうので…、そういう時は変装して出掛けるようにしていました。ここだけの話ですよ(笑)!でも、その前座のがんじがらめの期間があったからこそ「二ツ目以降になったら自分のやりたいことをやろう」という気持ちが強く芽生えて、体力的に厳しい時も耐え抜くことができたのだと思います。

 

二ツ目になってからは、前座の頃から漠然と考えていたことを具現化するために自分から動かなくてはなりません。師匠は、私が前座の頃からよく「女性にしかできない噺もあると思う」とおっしゃってくださっていたので、二ツ目になってからは、いろいろなことに積極的に挑戦することができました。それでも評価が得られなかったり、周りの方がどんどん活躍しているのを見たりして落ち込むこともありましたが、そのときは初心忘れるべからずというか、やっとやりたいことができるようになったのだからここでつまづいている場合ではないと、前座修業の日々を思い出すようにしていました。それがバイタリティになっていましたね。

Q6.修行や稽古で師匠と向き合う時間をどう捉えているか、教えてください。

ありがたいことに、2024年3月に真打に昇進することが決まったのですが、最近になり、師匠は私を一人の噺家として、同じ目線で話してくださっているように感じます。ご自身のこれまでのご経験や辛かったことなども教えてくださり、最近では「出る杭は打たれる。打たれて強くなれる。」という言葉をいただきました。

 

うちの一門は集まる機会の多い方だとは思いますが、師匠はもちろん、おかみさん、大おかみさん(⁠海老名香葉子さん)も良くしてくださるので、いつでも相談できる環境にあるのは非常にありがたいことだと感じます。

Q7.高座の時間のやりくりの仕方を教えてください。

寄席では、二ツ目は持ち時間が10分ないし15分と決まっています。持ち時間を超えてしまうと、お後の師匠に影響が出てしまうのでプレッシャーがかかるところではありますし、前の出番の方が長かった、短かったなどで時間を調整してほしいと言われることもよくあります。

 

寄席には高座から見えるところに必ず時計が置いてあるので、時計を見ながら噺を調整していきます。「噺の中のここを抜けば少し縮められる」などと考えながらやりくりしますが、お客様の反応もあるので、稽古で練習していてもその通りにいくわけではありません。こればっかりは高座に上がらないと、感覚がつかめないですね。臨機応変に対応する力はついて、プライベートでも「すきま時間」の使い方がうまくなりました。

Q8. 最近は、若いうちにお金を貯めて早期にリタイアする働き方が理想という考えもあります。落語家は定年のない職業ですが、理想的な人生における時間の使い方はどのようなものでしょうか。

落語にはいろいろな演目があります。以前、桂歌丸師匠が、「若いからこそできる元気のいい話もあれば、味が出てきてからやるべき話もある」とおっしゃっていました。年代にあった色の出し方があると思うので、生涯現役でいたいですね。

Q9. 20代から90代まで現役で活躍している落語界。時間の感覚においてジェネレーションギャップを感じることはありますか?

上の世代の師匠方は、何気ない時間を大切にされているというか、「無駄な時間を愛する」心の余裕を持っている気がします。若手ほどあくせくしてしまいますが、師匠方からは貴重な話が聞けることもあるので、楽屋などでご一緒する時はできるだけお話を聞きたい気持ちがあります。

Q 10.タイパが重視され、さまざまなエンターテイメントが存在するいま、「落語を聴く時間」が観客に提供する価値はどんなものだと思われますか?

私自身、はじめて落語を聴いたときに「なんて馬鹿馬鹿しいんだ!」と驚いた記憶があります。昔の人も同じ噺を聴いて笑ってストレスを発散していたと思うと、「俺たちもそうだったから一人じゃないよ」と寄り添ってくれている気がするんです。普段悩んでいることや嫌なことがどうでもよくなって、「難しく考えなくていいか」と思わせてくれるのが落語の魅力の一つ。だから何も考えず噺に没頭し、それこそ「愛すべき無駄な時間」を過ごしていただきたいと思います。

 

寄席は毎日開いていて、ふらっと入って好きなタイミングで出ることもできます。1時間いれば3、4席は噺を聴くことができますし、タイパ重視でタイムスケジュールをしっかり決めている方にもうってつけのエンターテインメントなんです。

Q11. 「愛すべき無駄な時間」を楽しめる、おすすめの落語の演目を教えてください。

『長短』、『子ほめ』、『あくび指南』。

 

気楽に聞けて笑えて、更には噺に出てくる登場人物も無駄な時間を過ごしているなぁ〜と、特に感じる三席です(笑)。

Q12.5年後、時間の価値観はどのように変化していると思いますか?

1日が24時間なのは変わりませんが、昔に比べて生活におけるコンテンツが増えていると感じます。やるべきこともやりたいことも増えている。それは楽しいことではありますが、その分時間の価値がどんどん高くなるので、自分なりに時間を差配する力が必要になってくると思います。その中で、いかに無駄な時間を過ごすかが自分らしさに繋がるというか、無駄と思われる時間がより貴重で愛おしいものになっていくのではないでしょうか。

ちょうど3年前、コロナ禍で軒並み公演がキャンセルになってしまった時期を振り返るつる子さん。

【編集後記】

「”無駄”な時間の過ごし方が自分らしさに繋がる」というつる子さんの言葉にハッとさせられました。現代ではあらゆる時間にスピードや効率性を求めがちで、わたしも思い当たる節がいくつもあります。しかし、そこで「”自分”の時間」を過ごせているか、と考えると疑問です。自分なりの愛すべき”無駄”や、なんとなく求めてしまっていた効率を見直し、”無駄”を愛する時間をより大切にできれば、現代社会のなんとなく疲れた空気も、少し軽やかにできるのではないかと思いました。

(未来定番研究所 中島)