地元の見る目を変えた47人。
2022.06.09
逃げる
F.I.N.が5月のテーマとして掲げる「逃げる」。どこかネガティブなイメージが付き纏う言葉ですが、「自由のきかない所や危険から抜け出す」という意味もあり、本来は自分を守るための、そして自分らしく生きるためのポジティブな言葉なのかもしれません。 そこでF.I.N.編集部は、5年先の「逃げる」の価値観を探るべく、木工作家の内田悠さん、〈MAG BY LOUICE〉店主の河村敏栄さん、投資家のヤマザキOKコンピュータさんを時代の目利きとして迎え、「今逃げていること」を伺いました。3名の目利きは今何から逃げているのか、なぜ逃げているのか、そしてその先には何があるのか。その答えから、今を自由に生きるためのヒントが見つかりました。
(文:長谷川希/イラスト:黒木雅巳)
「不必要な情報」から逃げた先にあったのは、新しい出会い。
東京での生活や岐阜での木工修行を経て、独立のタイミングで地元の北海道へと移住を決意した木工作家の内田悠さん。地元へUターンを決意した際、あるものを手放したといいます。
「制作に集中する環境を整えるための移住だったので、思い切ってテレビを手放しました。情報はニュースサイト『NewsPicks』や信頼のおける方の発言をSNSでチェックしつつ、分からないことは自分で調べるようにしているので不自由はありません。そもそも、テレビの情報も本当に正しいのかわからない。僕にとっては不必要な情報を遮断するための選択でした」
さまざまな媒体から簡単に情報を手に入れることができる世の中になったからこそ、入ってくる情報を取捨選択していると内田さんは続けます。
「実は、今住んでいるところが半径500m以内に誰も住んでいないような場所なんです。一番の理由は、やはり制作のためですが、コミュニケーションを取る人を限定したい気持ちもあって。 木工作家を志す前は地元の市役所で働いていたのですが、さまざまな人が行き交う場所だから、もちろん価値観が合わない人もいます。時に自分が本当にやりたいことを否定的に捉える声もあり、その分かり合えないコミュニケーションに悶々としていました。だから北海道へ戻ると決めたとき、制作に集中するためにも、もっと自分の好きな人や面白い人と関われる環境を整えようと思ったんです」 内田さんにとって自身が営むギャラリー&カフェ〈緑月 MITSUKI〉はコミュニケーションツールにもなっているようです。この空間での出会いや情報を削ぎ落とした生活は、作品にも新たな変化を与えてくれたといいます。
「作品を見てお店へ来てくれる方は趣味や考え方が似ているなと感じます。交友関係は狭まったけど、いい出会いは広がっているんです。地元で面白い活動をしている人や、これから工芸をはじめようとしている若い世代の子とも出会うことができました。不必要な情報から逃げる、つまり情報を選ぶことで、作品もよりシンプルになった気がします。余計なモノに気持ちや時間が取られなくなった生活は自分に合ってるなと思いましたね」
その生活に憧れた人も多く、今では移住相談も受けることも。内田さんのように自分に不要なことに対して積極的に「逃げる」という行動は、5年先の未来ではどのように捉えられるのでしょうか。
「オンラインの学校があったり、転職も以前よりハードルが下がっていたり、選択肢は増えている気がします。少し環境を変えるだけで新しい世界が開けると思うんです。環境を変えることに対して、今は「逃げる」という言葉しかないかもしれないですけど、もっとふさわしい言葉が出てきたら、一般的にもポジティブな行動として捉えられるようになる気がしますね」
内田悠
1985年、北海道生まれ。木工作家、〈緑月 MITSUKI〉店主。2003年、北海道岩見沢市役所に入庁。その後上京し、イタリアンレストランの勤務、岐阜県〈森林たくみ塾〉での木工修行を経て、2015年より札幌を拠点に制作活動を開始。現在は北海道三笠市の工房にて制作活動を行っている。
自分に正直なままでいるために、「尊敬する人の声」から逃げてみる。
花束販売やワークショップなどの花事業を経て、代々木上原で〈MAG BY LOUISE〉を営む河村敏栄さん。インディペンデントマガジンを発刊するなど幅広い分野で活動する河村さんは、「友達や尊敬する人の言葉や行動」から逃げている最中だと話します。
「最近は、食事に誘われても断ることが増えました。メディアの情報はスルーできても、友人や尊敬する人の言葉にはどうしても引っ張られてしまうんです。例えば、何気ない会話の中でも『今はとにかく自分の考え方を発信する時代だよね』と言われると、私も何か発信しなきゃ!と焦って投稿してしまうことがあって。でも落ち着いて自分の投稿を見ると、もっと案を温めたかったのにと後悔するんです。誰かの影響で右往左往するのはやめて、本物の自己中になりたい。好きな人の言葉は好きだからこそ真っ直ぐ私へ届いてしまうので、今は少しだけ距離を置くようにしています」
コロナ禍に温めてきた新しい働き方をちゃんと実行するために、友人との連絡を控えている河村さん。一方で、SNSからは逃げることができないと続けます。
「情報に流されることに疲れて、一瞬SNSを辞めようかなって思ったこともありました。だけど、今の自分にとってSNSはお客さんと自分を繋ぐツールでもあるんです。たまにDMで相談のメッセージが来るのですが、そこに書かれている20代や30代のピュアな心情は、制作のパワーになる。それもあってSNSからは逃げられません。どう付き合っていくかが今後の課題ですね」
現在〈Tarot by Toshiewsky〉の屋号でタロット占いも行う河村さん。そこにはSNS同様、様々な悩みを持った人が訪れるそうです。
「以前『このお店ってシェルターみたいだね』と言われたことがあって。直接だと話しづらいこともタロットがあると不思議と話してくれるんです。カードが答えを導くから、私の意見を押し付けなくてもいいし、何かあった時には連絡してねって言うこともできる。私が求めていたコミュニケーションツールをやっと見つけた!と思いました。SNSに届くメッセージと同じように、彼女たちとのコミュニケーションは、自分の制作の原動力にもなっているんです。日々、この空間がどうしたらもっとよくなるかを考えていますが、それは彼女たちのためでもあり、自分のためでもあるんです。
社会活動に対するアクションは大切ですが、以前のように全力で協力するというよりは、少しだけ寄付するなど、自分にとって無理のない範囲で参加しています。社会や他者のために良い人であろうとすると、気づかないうちに自分の行動の中に自己欺瞞が生まれる気がするんです。人に認められたいという誘惑に負けず自分の道を切り拓いていきたい。だから今は、尊敬する人の言葉や行動からは逃げて、自分の内にある信念や言葉を育てたいと思っています」
河村敏栄
〈MAG BY LOUISE〉店主、文筆家。2011年、花屋のオンラインショップ〈LOUISE〉をオープン。2013年には下北沢に実店舗〈MAG BY LOUISE〉を構え、その半年後、代々木上原に移転。2021年11月に花事業が終了し、現在はタロット占い〈Tarot by Toshiewsky」を行っている。インディペンデントマガジン『FLOWER』が発売中。
「依存すること」から逃げていたら、暮らし方の選択肢が広がった。
バンドマンであり投資家、現在は沖縄でカフェも営むヤマザキOKコンピュータさんが逃げているのは「依存すること」。東京から福岡、沖縄と拠点を移しながらの生活も依存することから逃げるための手段だと教えてくれました。
「ずっと同じ場所で暮らしていると、特定の施設やコミュニティに依存してしまいますよね。再開発で街が変わってしまったり、ご近所との関係が上手くいかなくなったときに、にっちもさっちもいかなくなってしまう可能性もあります。そんな時にすぐ移動できるように、いつでも逃げられるような体制を整えています。投資もそれに通じる部分があります。僕の投資スタイルは分散型インデックス投資というものなのですが、投資信託を使って世界の8000社ほどに分散投資することで、日本経済に依存しにくい資産形成を目指しています。もし日本の経済が傾いても、海外の株はあんまり影響を受けない。爆発的な儲けが出ることはありませんが、僕の目的はあくまで生活を丈夫にすることです」
いつでも逃げられる体制を整えてからは精神も健康も安定するようになったといいます。特定のコミュニティや仕事、居住地には依存しないヤマザキさんですが、実は依存しているものもあるようです。
「暇さえあれば住めそうな街を探しているので、物件情報サイトには依存してますね。国内外、好きな街のサイトは大体見てる。僕はバンドや執筆活動で自分を表現しながら移動してきたので、世界各地に趣味の合う友達がいます。もし友達が一人や二人しかいなかったら、きっとその人たちに色々求めすぎてしまう。でも、たくさんいればその点は心配ないし、各地で連携して仕事が回るようになったり。沖縄に住み始めたのも、友達から一緒にお店をやろうと誘われたことがきっかけです。もう2年住んでいるのでそろそろ次を考えていて、最近は台湾やホンジュラスなど、海外も移住先として視野に入れています。僕は重度の花粉症なんですけど、沖縄も含めて暖かい地域は花粉症がないんです。花粉症から逃げるためにも、ここからさらに南へ行こうかな、と(笑)。実際に住むかは別として、住めるっていう選択肢を残しておきたいので、英語や中国語などの語学の勉強もしています」
さらに依存することがない場所へ逃げるための準備を着々と進めるヤマザキさん。これからの未来は逃げることもポジティブに捉えられるようになるだろうと話してくれました。
「最近までは、みんなで一致団結して何かを目指すというのがブームだったと思うんですけど、これからはそれぞれが独立してやっていこうっていう気運を感じていて。「逃げる」という言葉を使うとネガティブに捉えられるかもしれないけれど、嫌な人からは逃げる。つまり嫌な人とは距離を置いて、気の合う人とだけ一緒にやっていくというのが当たり前の世の中になっていくんじゃないかな」
ヤマザキOKコンピュータ
1988年生まれ。投資家、作家、喫茶店経営者。バンド活動しながらライブハウスで働いた経験などをもとに、パンクの視点からお金を考える。ウェブメディア「サバイブ」や、オルタナティブスペース「NEO POGOTOWN」の運営に携わる。各地を転々としながら、現在は沖縄県沖縄市で〈喫茶 浪浪〉を経営。著書に「くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話」がある。
【編集後記】
今月の特集テーマは「逃げる」。その心理、行動原理について探りました。なんとなく、「逃げる」とは、ネガティブな印象がありますが、取材を重ねる内に徐々に、ポジティブなのかもしれないと感じるようになりました。その行動原理は、自分を客観的に理解し、最適な方へ選択する行動で、なりたい自分に近づける。言わば自己実現の一歩なのかと思います。大切なのは、その過程の中で、自分がどうしたいか、どうなりたいか、何が好きなのか、自分の事をよく知っておく事がよい選択(逃げる)に導けるのではないでしょうか。
(未来定番研究所 窪)
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