2022.05.27

〈BOOKNERD〉早坂大輔さんに聞く、逃げるが恥ではないこれからの生き方について。

F.I.N.編集部が5月のテーマとして掲げるのは「逃げる」。これまで日本では、物事を途中で投げ出したり逃げたりすることは後ろめたいものとされる風潮がありました。

しかし、ウェルビーイングなど、自分にとって本当に豊かな暮らしを見つめることが肯定されるようになってきた今、逃げることは恥ずかしいことではないという価値観へと移行してきたように感じます。

 

今回伺ったのは、人口が約30万人という岩手県盛岡市で、独立系書店 〈BOOKNERD(ブックナード)〉を営む早坂 大輔さん。未経験の書店経営に40代から挑戦するなど、ある意味「逃げる」かのように移住や起業などを実践し、新しい価値観の生き方をひと足先に実践されたように私たちの目に映りました。

逃げた先には、どんな風景が広がっているのか。仕事、場所、人間関係、お金というトピックに分けながら、お話を伺いました。

 

(文:笠松宏子/撮影:はま田あつ美)

〈BOOKNERD〉の店内には貴重な古書やリトルプレスも並べられている

〈BOOKNERD〉を始めるきっかけと

現在の運営スタイル。

F.I.N.編集部

まず、〈BOOKNERD〉はどんな書店なのか教えてください。

早坂さん

最近増えている「独立系書店」という立ち位置だと思います。大型書店のように豊富な種類の新刊本を置いているわけではなく、店主が厳選した本を置いているスタイルです。

うちは新刊本だけでなく古書も置いていますし、和書だけでなく洋書も取り揃えています。また、一般的に流通していないようなリトルプレスも取り扱っています。

F.I.N.編集部

〈BOOKNERD〉を営む上で、早坂さんが大切にしていることは何ですか?

早坂さん

僕が本屋を開こうと考えた頃、すでに東京や大阪などの大都市圏で独立系書店がいくつも開業していました。旅行でそういう場所を訪れた時、とても楽しかった思い出が残っています。大型書店と同じ本が置いてあったとしても、本のセレクトや置き方で大型書店では気づかなかった驚きや発見がありました。

 

同じように、ここへ来てくださる方は「どういう本棚なのか」ということに興味を持ってくれていると思います。興味が広がっていき、思いがけない出会いが生まれたらいいな、と思って本を揃えています。

 

例えば、村上 春樹さんの小説が原作の映画『ドライブ・マイ・カー』が話題になっていますよね。その小説の隣に、映画監督の濱口 竜介さんが書いた本を置いています。そういう関連性がどんどんつながって、グルーヴになっていく。その面白さにお客様が気づいて、何か予期せぬ出会いがあったら嬉しいです。

自分が何のために働くのか。

考えた末の起業と失敗。

F.I.N.編集部

早坂さんが書店を開業するまでの経緯を教えてください。

早坂さん

専門学校を中退後、様々なアルバイトを経て求人広告の仕事に13年間従事しました。最初は興味を持って仕事に励んでいたのですが、営業から管理職へとステップアップしていく中で、だんだんと生活の糧を得るためだけに仕事をするようになっていたんです。「食べていくため、老後のため、お金がもらえればいい」そんな惰性の気持ちで仕事をしていると、ふと気付きました。

 

会社員として働き続けた先のゴールが見えてきて、一度きりの人生がこのままで良いのかと考え直し、会社を辞めました。そして書店ではなく、同じような職種で友人と起業したんです。でも、うまくいかなくなって売却し、他の企業の子会社になりました。

 

自分が仕事を通じて社会にどう貢献したいのかまで、考えていなかったんですよね。だから結果的に手放すことになってしまった。子会社の雇われ社長になり、また大きな資本に飲み込まれ、元の形に戻ってしまいました。

Topic 01:働くこと

広告を仕事にしていた時よりも、

今のほうが、社会とつながっている。

F.I.N.編集部

ここからが本題なのですが、逃げる前と後の心情などについて、お話を伺っていきたいと思います。早坂さんは、また会社員に戻り、安定した生活を手に入れたわけですが、そこから書店を開くことにしたのはなぜですか?

早坂さん

また元の木阿弥というか、大きな組織にいて同じことをしているので面白くないんですよ。ただ、その時点で40歳を過ぎようとしていたので、ここから冒険をするのはどうかしてますよね(笑)。

 

会社を買い取ってくださった方に、申し訳ない気持ちもありました。でも、約2年間働いて、ふつふつと湧き上がってきたのは「どうせやるなら好きなことをやりたい」という思いでした。お客さんの顔が見える小さな規模で、ダイレクトに想いが届けられる仕事をしたいと思い始めたんですよ。

 

それに、盛岡には独立系書店がなかったんですよね。映画館は5館、レコード屋は6軒あって、全国ニュースになるくらい有名です。わりと文化的には恵まれている街なのに、個人が営んでいてセレクトされた本が置いてある、いわゆる独立系書店が無い。無いのだったら自分で作ろう、と書店を開く決断をしました。

F.I.N.編集部

盛岡市は人口30万人という小さな商圏だと思います。ここで書店を続けていける、という確信はあったのですか?

早坂さん

事業計画を立てたり、収支のシミュレーションをしたりしたのですが、正直何回計算しても成り立ちませんでした(笑)。人口30万人の都市で、さらに本が好きで、ニッチな分野となるとネガティブな数字しか出てこない。でも、ロマンティックに捉えると「これで食べていくんだ」という、強い覚悟があったのかもしないです。

 

本当に自分が好きだと思っていることをやめてしまう人生って虚しいですよね。書店を開くときは全力でやらないといけない、という気持ちがありました。物件も決まって本も仕入れ、どんどん形になっていくと、すごく怖かった。「もう逃げられない」という気持ちでした。

F.I.N.編集部

大きく分けて、会社員時代と書店経営時代とに分けられると思います。どんな違いがありますか?

早坂さん

ダイナミズムが違いますね。

 

会社員の時の仕事は、求人広告です。広告を通じてたくさんの人たちとコミュニケーションをとる仕事ですよね。実際に顔を合わせることはないですが、世の中の人たちへ情報を発信していたわけです。以前の仕事には、規模的に、そうした仕事のダイナミズムがあったように思います。ただ、社会とのつながりは希薄だったように感じます。

F.I.N.編集部

広告の仕事をしていらっしゃったのにですか? ちょっと意外です。

早坂さん

管理職になると広告を出稿してくれるスポンサーと直接やりとりをすることがなくなったこともあるのかもしれません。それと、採用が成功する喜びよりも、「いくらで広告を出してもらえるのか」とお金でお客様を見る感覚になっていた気がします。

F.I.N.編集部

社会とのつながりが希薄だったと認識されたのは、書店を開かれた後のことでしょうか?

早坂さん

そうですね。ここを訪れる人はもっと直接的なエンドユーザーです。自分で本の説明をして手に取ってもらう。そして「この本面白かったよ」「意外な出会いがあった」という感想からコミュニケーションが生まれる。きちんと「届けられた」という感覚があります。

Topic 02:暮らしの場

「資本主義社会」化された街から逃げて、

風情のある街へ。

F.I.N.編集部

秋田、仙台、盛岡と東北を転々とされていますが、その中でも盛岡を選んだ理由とは?

早坂さん

お隣の宮城県仙台市は母親の実家があり好きな場所なのですが、「東京化している」という印象があります。東京で流行った店が仙台に進出するのでチェーン店が多く、街を歩くと「物を買ってくれ!」と主張しているように感じます。

 

でも、盛岡には古い街並みがそのまま残っているところが多く、風情があります。独自の文化を探っている感覚があるので、東京を見ていない。だからこそ、僕が書店を開業することも受け入れてくれそうな、懐の深さを感じました。

 

仙台は人口100万人で商圏を考えると大きいのですが、盛岡に来てもらえればいいやって短絡的に考えちゃったんですよね。東北各地から来てもらえるようなお店を作ろうと考えました。

F.I.N.編集部

「逃げ場所」として選んだのは、資本主義化され過ぎていない場所だったのですね。その中でも紺屋町を選んだということですが、この地域に出店するきっかけは何ですか?

早坂さん

僕の散歩コースだったんです。近所に〈クラムボン〉という喫茶店があり、よく立ち寄っていました。先代のマスターはもう亡くなってしまったのですが、いつも店の前に立って焙煎をしていました。冬でもTシャツにジーンズで焙煎している立ち姿が窓越しに見えて、すごくかっこいいんです。この地域一帯に香ばしいコーヒーの香りが充満していました。

 

他にも、酒蔵があったり、中津川という京都の鴨川のような川が流れていたり、ロケーションが良くて。そんな時、たまたま散歩をしていたら、この場所が空いていました。ここで本を買って、〈クラムボン〉でコーヒーを飲みながら本を読んで、川辺を散歩して帰る……。そんな風にこのあたりを周遊してもらうイメージが湧きました。

盛岡市内を流れる中津川と喫茶店〈クラムボン〉

Topic 03:人とのつながり

「好きなこと」が原動力となって

生まれる出会いがある。

F.I.N.編集部

書店を開く前と後で、人とのつながりには変化はありましたか?

早坂さん

ニューヨークやサンフランシスコあたりのベイエリアと呼ばれるところへ買い付けに行き、その出会いが大きな経験となりました。

 

海外旅行に行くと、なぜか気持ちが大きくなりませんか? 日本ではお店の人に話しかけることは無いのですが、海外に行くと喫茶店でも気軽に話しかけちゃったりして(笑)。会社員時代は海外旅行もしていなかったので、旅先の出会いはなかったです。

 

本屋の店主と仲良くなって、いろいろ教えてもらったり、ディーラーさんの自宅に伺って、持っている本を譲ってもらったりしたこともありました。英語はカタコトでしかしゃべれないんですけど。

F.I.N.編集部

本当にやりたい仕事を選ばれたので、言葉が十分に伝わらなかったとしても、共通の話題があるので意気投合できそうですよね。そういう意味で、新しい出会いも増えていきそうです。

早坂さん

そうですね。仕事上の付き合いは抜きにして、本という共通の趣味でつながっていると感じています。

Topic 04:お金の価値観

身の丈にあったお金があればいい、

自分が感じる幸せの基準が変わっていく。

F.I.N.編集部

会社員として給料をもらうことと、現在のように自分で仕事を生み出すこと。お金の価値観は変わりましたか?

早坂さん

会社員として働いている時は、会社のお金を自分のお金だと思って扱うように言われていました。でも、そんなことできるわけがないって思っていました。売り上げがどんな風に流れて、どんなふうに使われるか、実態がつかめていませんでした。

 

自分で商売をすると実態をつかめるので、焦ることもあります。でも、そもそも商売の目的が「お金を儲けたい」ということではなくて。お金は必要だし、できるだけ稼ぎたいとは思いますが、たくさん儲けて本屋御殿を築きたいとか、全国に支店を出したいとか、そういう気持ちはありません。

例えば、休みの日に映画を見て、帰りに本屋で好きな本を1冊買って、ご飯屋さんでおいしいものを食べる、くらいの生活ができればいいなって思ってるんですよ。それが僕の幸せの基準です。身の丈に合うお金があればいいんです。

 

当然お店を続けたいのでお金は必要ですが、「有名になりたい」とか「いい家に住みたい」という欲はありません。さっき言ったような生活ができれば僕にとって一番の幸せです。

これからの転職や移住、

早坂さんにとって「逃げる」とは?

F.I.N.編集部

現在、好きなことを仕事にされてるということですが、それゆえに大変なこともあると思います。何か困難があったとき、今回のテーマである「逃げる」こともありますか?

早坂さん

毎日、何かしら困難があります。でも、僕しかいないので逃げるわけにはいかないという思いが強くあります。自分の創意工夫次第でなんとかなると思っているので、無い知恵を絞り乗り越えています。

また、息子が成長していく過程で何か困難があったとき、僕は「頑張りなさい」と言わないだろう、と確信してるんですよ。

 

自分が逃げの連続だったので、逃げることを肯定すると思います。嫌なことにあえて立ち向かう必要はありません。でも、逃げ続けた先にはもう、逃げる場所がなくなってしまいます。行き着く先の居心地が悪ければ、自分で居心地が良いように作り変えていくしかありません。

 

逃げることには責任が付きまとうというか、絶対そのツケをどこかで払わなきゃいけない。僕が言うのではなくて、彼に身をもって知ってもらえたらいいなと思います。

F.I.N.編集部

〈BOOKNERD〉はどんな場所になっていくのでしょうか。

早坂さん

僕が本を出版してから、単純に本を買いに来るというよりも、人生相談というか転々とした話を聞きに来る人が増えました。本屋や喫茶店って、そういうコミュニケーションや、日常と違った時間が求められていると思うんです。日常から少し離れ、解き放たれたような「逃げ場」になってくれたら嬉しいです。

早坂さんの半生を綴った著書『ぼくにはこれしかなかった。』

F.I.N.編集部

F.I.N は「5年後の未来の定番を探る」というコンセプトのメディアです。早坂さんのようなキャリアの歩み方は定番になっていくと思いますか?

早坂さん

すでに「大きな組織の中にいれば安心」という、定年まで勤め上げられる会社は社会には残っていないんじゃないかと思っています。そうすると、我々は自分をブランディングして、生き残っていくスキルを磨いていくしかないと思うんです。

 

その過程で、今後「逃げる」という選択をする人が増えていくのは明白ですよね。5年後には、逃げ道がたくさんある社会になっていると思います。

例えば、田舎に定住したり、農業をしたりと、資本主義社会の中で生きていくことだけが選択肢ではなくなってきています。つい最近まで東京のIT企業に勤めていたような若者たちが、地域おこし協力隊として過疎地域に移り住んで働いていたりして。その人たちはすごく楽しそうに働いているので、消費社会の中で生き残っていくっていうことだけが価値観ではないということを教えてくれます。5年後はもっと、この価値観が加速している気がします。

Profile

早坂 大輔さん

1975年生まれ。サラリーマンを経て、2017年に岩手県盛岡市に新刊・古書店〈BOOKNERD〉を開業。書店経営の傍ら、出版も手がける。主な出版物に、くどうれいん著『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』、自身の著書に『ぼくにはこれしかなかった。』がある。

■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント

・お金を儲けることが目的ではなくなる。「逃げて」自分が本当にやりたいことを通して生まれたお金から価値観が変わり、自分の幸せの基準を実感する。

・嫌なことに立ち向かう必要はなく、「逃げる」ことを肯定し選択する事で、自分の居心地のよい場所をつくることができる。

・地方への定住や農業など、資本主義社会から「逃げて」新たな人生をスタートする選択肢が増え、消費社会の中で生き残っていくということだけが価値観ではなくなる。

【編集後記】

40歳を過ぎようとしていたタイミングで、一念発起し書店経営をスタートした早坂さんの言葉には並々ならぬ責任の故か重みを感じ、とても輝いて見えました。

常日頃、どんなことにも1つに絞らずオルタナティブな選択肢をもち、居心地が良くなければいつでも「逃げて」いい。逃げた先に広がる風景をお伺いしたことで、消費社会の中で生き残っていくことだけが価値観ではない社会の変化を改めて実感しました。

(未来定番研究所 小林)