2023.11.20

取捨選択

目利きに聞く「取捨選択観」。批評家・作家の東浩紀さん。

今回F.I.N.で取り上げるのは、時代の目利きたちの「取捨選択観」。膨大な情報やものが毎日のように目に入る今、私たちは常に「正しい選択」を迫られているような気がします。そんな選択を間違えることの是非について、「人は誤ったことを訂正しながら生きていくもの」と語る批評家・作家の東浩紀さんと一緒に考えます。

 

(文:船橋麻貴/写真:森本絢)

Profile

東浩紀さん(あずま・ひろき)

批評家・作家。1971年東京生まれ。東京大学大学院博士課程修了。株式会社ゲンロン創業者。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社)、『一般意志2.0』(講談社)、『弱いつながり』(幻冬舎)、『観光客の哲学』(ゲンロン)、『ゲンロン戦記』(中央公論新社)、『訂正可能性の哲学』(ゲンロン)、『訂正する力』(朝日新聞出版)など多数。

他者と比べるから、選択に正しさを求めてしまう

F.I.N.編集部

近年、選択を間違ったら「一発アウト」といった空気が世の中に漂っている気がします。なぜ、今こうした潮流にあると思いますか?

東さん

その理由の一つとして、SNSが当たり前の社会になって、生活全体がゲーム化していることが挙げられると思います。SNSではいろいろな人の生活が覗けるから、自分以外の他者と簡単に比較できるようになった。◯◯さんみたいな人生を選んでいたら……と、他者と自分を比べた結果、間違えることに対して恐怖を抱いてしまうのではないでしょうか。

東さん

だけど、他者と比べること自体が本当は無意味です。だって、人生は一度きり。健康に気をつけていたとしても、交通事故に遭ったり、病気になったりすることだってある。人生は運に左右されることが多いけど、周りに比較対象となるサンプルがたくさんあるから、自分の選択は間違いなんじゃないかと思ってしまうんですよね。

F.I.N.編集部

そもそも選択に間違いはない、と。

東さん

そうそう。人生に正しい選択なんてないので、「正しい」「間違っている」とかって、そんなに真剣に考えちゃダメなんですよ。だって、努力してもダメな時はダメじゃないですか。努力すれば幸せになれるという思考でいると、自分で選んだものごとに対して正当な結果が得られなかった場合、人生も自分も壊れちゃう。努力することは大事だけど、失敗の原因すべてが自分にあるとは限らない。だから、あまり気に病まないことです。世の中も人も矛盾だらけですから。

選択に間違いはないから、人生を肯定していく

F.I.N.編集部

東さんご自身は、「あの時の選択は間違いだった」と思い悩むことないのですか?

東さん

いっぱいありますよ。だけど、それは「あんな愚かなことをして、人に不愉快な思いをさせて申し訳ない」という反省の気持ちであって、人生の選択を間違えたとは思わないです。別に東京大学に行かなくてもよかったとも思うし、他の仕事についていたらとも思います。だけどそうすると、今の妻と結婚もしていないだろうし、娘には会えないわけですよ。過去の選択の一つひとつが今の自分を形成しているから、「あそこで道を間違えた」なんて簡単には言えない。人生の一部分だけ抜き出して差し替えることはできないから、しっかりと肯定していきたいんですよね。

F.I.N.編集部

なるほど。反対に「最良の選択をした」という経験はありますか?

東さん

2010年に書籍の出版やイベントスペースの運営などを行う会社〈ゲンロン〉を創設したことがそうかも。やっぱり、自分と同じような人たちとつるんでいると、「正しい」「間違えた」選択という発想が出てくるわけですよね。ところが、会社を始めたことで、農家の人や文化財に住んでいる人、交通事故にあって障害が残った人など、多様な人たちに出会って、いろいろな人生模様があることを知れました。

 

それまで学者兼物書きだった僕の周りには、出版社の人や読者など、若い男性が多かったんです。そうなると、兄貴的な存在として振る舞ったりと、そこのコミュニティに最適化してしまうわけです。35歳くらいまではそれで良かったのですが、それを超えると急に面倒な存在になり、いわゆる老害になってしまう。歳を重ねることで兄貴的な役割が果たせなくなるので、どこかで変わらないといけない。そういう意味で、ゲンロンという会社で多様な人に出会えたことは、それまでの役割以外の自分の発見に繋がったし、僕の人生の分岐点になったのかもしれません。

F.I.N.編集部

意図的に選択したわけじゃないのに、人生のいい転換になったのですね。

東さん

選択を迫られるシーンって、そんなにないと思うんです。人生を振り返った時に、「あの時の選択が人生の分岐点だったのかもしれない」と思うものであって、選択は後からついてくるものというか。僕の場合、ゲンロンを創設する前と後では、世界を見る目が明らかに異なっていると思います。

社会のフィードバックに対して、変化する力が大切

F.I.N.編集部

東さんの人生では、ゲンロンの存在が大きいのですね。

東さん

そうですね。ただ、当初は自分と似たような人たちが集まって、「ウェーイ!」って盛り上がるサークルみたいな会社だったんですよ。それが会社を育てた結果、かたちがどんどん変わっていった。それだけのことなんですよね。

F.I.N.編集部

流れに身を任せた結果の今、だと。

東さん

自分で選択を決定して、思い通りの結果が出ることなんて本当に少ない。僕が「人は誤ったことを訂正しながら生きていくもの」と説くのは、ある種のフィードバックみたいなもの。「会社を始めた→世間のウケが悪い→方向転換してみる」というように、社会のフィードバックに合わせて変化する力が大事だから。最初の理念の通り、会社を経営していたら潰れていたかもしれない。

 

今の世の中は一貫性があった方がかっこいいという風潮がなぜかありますが、人は変わっていく生き物。むしろ、僕は変わらないことのほうがおかしいと思う。たとえ選択を間違えても、長い人生の中にはそういうこともあり得るだろう、と。もちろん、誰かを傷つけ不幸にすることはよくないけれど、他者の間違いに過剰に反応するのはやっぱり違う気がします。人生なんて、ブレブレでいいんですから。

F.I.N.編集部

東さんもブレることはありますか?

東さん

もうブレブレです。SNSに至っては、辞めては戻ってきたりしていますから。それで叩かれたとしても、SNSなんてタダでやっているものなので何でもいいんですよ。人生もそう。一度決めたら何がなんでも意思を動かさないのは、一見かっこいいように思えるかもしれませんが、生きにくいと思います。最初に言った通り、人生は運に左右されることが多い。運が良いだけでお金を儲けている人だって、たくさんいるわけですよ。そういう人と自分を直接比較すると、嫉妬心が生まれたり、落ち込んだりする原因になってしまう。それならば、むしろ「僕の会社に出資してくださいよ」なんて言ったりして、仲間としてうまくやっていく方がいいじゃないですか。こうして自分の世界とかけ離れた人と接点を作ってみると、意外な情報や新しい気づきに繋がるかもしれません。それがたとえ会いたくない人でも。

 

F.I.N.編集部

思考の転換が大切なんですね。イベントスペース〈ゲンロンカフェ〉で数百人の人たちと対話を重ねてきた東さんでも、人と会いたくないなんて思う瞬間があるのですか?

東さん

もともとあまり人間が好きじゃないので、基本的にはあまり人と会いたくないんですよ(笑)。そういう意味で、こういう仕事をしていること自体も「なんでこうなっちゃったんだろう?」と思っているわけです。だけど周りがいい誤解をしてくれて、「東さんは、人と人が出会う場所を大切にしていますよね」と言ってくれたりする。当初はそんな風に考えてなかったけど、最近はその誤解を受け入れて、いかにも昔から人間が好きだったかのように自分を訂正しています。ある種、訂正することは、一貫性をフィクションとして創造すること。例えば就職に失敗して、起業家の道に進んだとしても、最初からそれが必然的だったかのように生きてみる。失敗も挫折も、捉え方一つで変えられる。前向きに生きていけばいいんです。

 

とまぁ、若い頃の僕からしたら、そんなことを言う立場になるとは思っていなかったでしょうね(笑)。

『訂正する力』の刊行記念トークイベントの様子/ゲンロン提供写真

一貫性がなくたって、それを責めない世の中に

F.I.N.編集部

イメージと違って、東さんがとてもチャーミングな方なんだということが知れて、私たちも新しい発見がいっぱいです。ちなみに、ご自身でやらないようにしている、これは避けてきたということはありますか?

東さん

しっかりと計画を立てないことですかね。これはライフハック的なことですが、僕は計画を立てても自分で守れないことがわかっているんです。例えば締め切りが25日にあるとしたら、普通の人なら26日から旅行に立つ計画を練ったりしますよね。だけど僕の場合は、「どうせ自分のことだから締め切りは守れないだろう」と踏んで、旅行は27日または28日からにします。計画が破綻することを見通して計画しています。

F.I.N.編集部

計画の中にも余白を持つのですね。では最後に、5年先の未来、人々の「取捨選択」はどんなものになっていると思いますか?

東さん

近年、過去のSNSでの発言を掘り返し、そこに一貫性がないから攻撃するなんてことが多いですよね。現在と過去を比べて矛盾を見つけやすいから、SNS上で「論破」みたいなことが頻発していますが、そういうのがなくなっているといいなと思います。人間はブレる生き物。「取捨選択」を間違ったと攻撃するのではなく、柔軟な世の中になっているといいですね。

【編集後記】

「選択」をするごとに、線状の自分の未来が分岐していくようなイメージを持っていました。その先に繋がるエンディングまで「選択」を繰り返しながら、あみだくじのように人生を辿っていくのです。しかし東さんのお話を伺ううちに気が付いたのですが、この構図はシミュレーションゲームの仕組みそのままです。また最近では、主人公が人生をやり直し、以前とは違う「選択」をして別の未来を生きるストーリーのドラマも流行りました。現代の人々は、このようにエンタメを通して、「選択」によって未来が分岐していくイメージを共有されているのかもしれません。しかし、東さんがおっしゃるように、実際の人生は「選択」したことを訂正したり、見方を変えたりすることができ、それらに正解や間違いはないと寛容に認め合うことができれば、今より少しだけでも心地よく生きられる社会になるのではないかと思いました。
(未来定番研究所 中島)