2023.12.01

取捨選択

目利きに聞く「取捨選択観」。〈All Books Considered〉の中田健太郎さん。

今回、F.I.N.で取り上げるのは、時代の目利きたちの「取捨選択観」。膨大な情報やものが毎日のように目に入る今、私たちは常に「正しい選択」を迫られているような気がします。

福岡県糸島で、独自の選書が話題の本屋〈All Books Considered〉を営む中田健太郎さんに、選書をすること、また、ご自身の人生における「取捨選択」の価値観を伺いました。

 

(文:花沢亜衣)

Profile

中田健太郎さん(なかた・けんたろう)

〈All Books Considered〉店主。九州大学共創学部3年生。地元宮崎の本屋に憧れて、大学入学後も本屋をやりたいという気持ちが抑えきれず、糸島という土地柄にも恵まれて同学部の友人3人と四畳半の書店〈All Books Considered〉をオープン。近辺のお店を周ったり、その店主の人生を聞きお店がどのような意味を持つのか知るのが好き。

https://abooksc.base.shop/

一冊の本で、人の人生は左右される

写真:川岸勇介

F.I.N.編集部

〈All Books Considered〉を始めた理由を教えてください。

中田さん

大学1年生の時に、さまざまな人たちで棚をシェアし、1つの書店をみんなで運営する「シェア型本屋」が糸島にできたんです。その時までは特に本屋をやることは考えていなかったんですが、棚一つから気軽にできるということでチャレンジしました。2021年9月のことです。

ただシェア型本屋では、棚が小さく7〜8冊くらいしか入らないので、できることに限界があって……。使用料をペイできるほど売れないし、やるならしっかりやりたいというフラストレーションが出てきました。そんな中、同じ建物の2階がお店として使えるようになり、声をかけてもらって「これはチャンスかも」と思い、自分たちのお店をオープンする準備をスタートしました。

F.I.N.編集部

中田さんや他のメンバーの皆さんが〈All Books Considered〉で扱う本を選ぶ時の選択の基準を教えてください。

中田さん

明確な基準はないのですが、僕自身がビビッとくるのは、自分が社会に問いかけたいと思っていたことがタイトルや帯で言い当てられたような本に出会った時です。

また、本一冊で人の人生って左右されると思うので、読者にとって後からじわじわ効いてくる本や衝撃の強い本を置きたいとも思っています。

前に、小学生の女の子が親と一緒に来てくれたことがありました。その時、その子が手に取ったのは『水中の哲学者たち』(永井玲衣著)でした。小学生には難しいかもしれないな……と思いつつも、何年もかけてじわじわと理解していくんだろうなと思いました。自分が売った1,760円の本が人の人生に影響を与えられるかもしれないと気づいて、本を売るってすごいことなんだと思いましたね。その感覚はいつも大切にしています。

F.I.N.編集部

最近、中田さんがビビッときて仕入れた本を教えてください。

中田さん

以前は大学で専攻している文化人類学の本やフェミニズムの本が多かったんですが、今は本当にいろいろありますね。

最近だと『ゾミア -脱国家の世界史-』(ジェームズ・C・スコット著)という文化人類学の専門書でしょうか。一般的に、未開と呼ばれる人の共同生活は、原始的なまま進化せずにいた結果だと思われがちですが、この本では、ゾミアというインドシナ半島の奥地にある未開社会の人々は、不平等になることを避けるために国家を作らないことを選んだのだと書かれています。未開の人々に対する固定観念が覆されて、衝撃を受けた1冊です。

F.I.N.編集部

ご自身の人生におけるものごとの取捨選択について、影響を受けた本はありますか?

中田さん

一番影響を受けたのは『働かないでたらふく食べたい』(栗原康著)です。「労働者魂を貫き通して働かなくていいんだぜ」というステートメントが書かれた一冊です。高校生の時に、宮崎の古本屋で出会ったんですが、「働かないでたらふく食べたい」というみんながうっすら思っていることを、本で主張しちゃうのかと衝撃を受けました。

この本ができるまでに編集者や装丁家、製本する人など多くのステークホルダーがいて、みんなの「この本をつくろう」という意思があったと考えると、それは堂々と主張して良い意見なんだと受け取れる。本の形になる意味があるなと思ったんです。

F.I.N.編集部

お店は中田さんたちが選書した本を、お客さんに選んでいただく場だと思います。取捨選択の場を提供する上で、意識していることはありますか?

中田さん

〈All Books Considered〉は四畳半しかないので、どうしたってお客さんと会話が生まれます。オープン当初は積極的に話しかけて本を紹介していましたが、最近はグイグイとコミュニケーションを取ることはしません。世間話をして、何度も手に取っている本があるなと思ったら、勧めるくらい。

昔はジャンル別に本を並べるなど棚を作り込んでいましたが、最近はそこまで凝らなくなりました。それでもお客さんは、それぞれのアンテナで欲しい本を見つけるんですよね。なので、最近はお客さんのアンテナに委ねています。お店に来てくれる人は、僕たち4人の選書を信じて来てくれていて、そこから自分のアンテナで選んでいる。相互作用になっているんだろうなと思います。

F.I.N.編集部

ご自身が生きる上で意識的に取捨選択していることや、取捨選択する際に大切にしている基準はありますか?

中田さん

選択にはやはり軸が必要ですよね。それを考えるときに一つ参考になるのが文化人類学です。自分の中で、最近社会全体が二項対立になっているのが気になっていて……。文化人類学の本は、どのような文化、社会にも価値があって、それに優劣はないんだよ、と教えてくれます。

そもそも選択も決断も批判もズバッとできるものではない。選択って難しい行為だと思うんです。深刻になっていくほど選択は難しいけど、しなきゃいけない脅迫みたいなものもどこかあって。だけど、YES or NOの選択だけにこだわらなくても良いし、中間にある考え方をもっと信頼できた方が良いんじゃないかって考えています。

F.I.N.編集部

自分の意思を決める時の基準や、大切にしていることは?

中田さん

直感です。そう思う反面、自分がより大事だと思っていることは、直感より根拠を求めるようなこともある。とにもかくにも、みんなが選んでいるからこっちを選ぼうということだけはしないようにしたいですね。みんなそれぞれ基準があるはずなのに、「みんなそうだから」と流されて決めるのは違うのかなって。もっと自分の中の違和感を大事にした方が良いと思っています。

F.I.N.編集部

選択に迷った時、本からヒントをもらうことはありますか?

中田さん

本を根拠にすることは大いにあります。本を読んでいると、人間が考えていることのほとんどは、誰かがすでに考えていることなんだと思い知らされます。自分が悩んでいるようなことだって、探したらどこかの本にきっと書いてあって。

例えば、買い物一つとっても『消費社会の神話と構造』(ジャン・ボードリヤール著)という本で、現代社会における消費がどういう構造に基づいてものを買っているかを解き明かしている。俯瞰して自分たちの行動を見られると、なんかどうでもよく思えてきますよね。

そういう感じで本を読んでいると、そんなに悩むことじゃないなと気づくことは多いです。具体的なアドバイスをくれる本ももちろんたくさんあるし、すぐにはヒントにならなくても、あとからじわじわと効いてくる本もあるかなって思っています。

選択された環境というのはある種の結節点かもしれない

F.I.N.編集部

最近、中田さんが取捨選択したものやことのなかで、新たな価値観の形成や思わぬ気づきとなった出来事があればぜひ教えてください。

中田さん

大学に入って、世の中にはいろんな人がいるんだなということをシンプルに感じています。一度、別の大学を辞めて再受験してきた人や、留学生だったり、いろんなバックグラウンドの人がいる。その人の経歴、キャリアのことも含め、いろいろあるんだなということを知り、みんなそれぞれで良いんだと安心できます。

同じ大学を選んでいるのにいろんな人がいるのは面白いですよね。学部生が2万人いて、求めているものも生活そのものも、みんな違うのに同じ大学を選んでいるわけですから。選択された環境というのは、さまざまな価値観を持つ人たちが集まる結節点なのかなと感じています。

F.I.N.編集部

大学3年生ということで就活や進路で選択を迫られる機会も多いのではないでしょうか?

中田さん

自分は選択しなくてもどうにかなると思っている節もあり、就活をしていませんが、まあ、悩みますよね。

大学はAO入試で入ったんですが、その時に嫌になるほど自分のことを振り返ったんです。そこで、自分を掘り下げることや、納得していないことをさも本心のように伝えることに疲れてしまったんですよね。

ある時、「本屋をやっていると、就活で有利だね」と言われたことがありました。自分がやりたくてやっていることも、すべてが就活に収束していくのは違うだろうと、すごくショックでした。そんなこともあり就活なんてしてやるものかという気持ちがずっとあって……。

最近はいろんな人に説得されて、就職、就活も悪いことではないと思う瞬間もありますけどね。でも、大概のことって選択する時間も余裕もない。「就活するか?しないのか?」というのも選択の一つであるはずなのに、そこの選択を飛ばして、会社を選べと言われている。

それで本当に自分で選択しているのか?というのは、常に自分の中にある問いです。自分で選択していると見せかけて、選択させられているような気がしますよね。

写真:前原歩帖

F.I.N.編集部

〈All Books Considered〉を開いたことでお客さんから影響を受けたこと、考え方に変化があったことなどありますか?

中田さん

この店をやっていなかったら全然違うことを考えていただろうなと思うくらい、100%影響を受けています。印象的なことが思い浮かばないくらい、すべてが印象的。

糸島という土地には、何をやっているかわからない人がいっぱいいるんですよね(笑)。山の中でお坊さんと一緒に暮らしていて年収は十分とは言えないけど、「めっちゃ幸せ!」って言ってるお兄さんとか。そういう方の話を聞いていると、肩肘張らなくていいんだなっていうことを信ぴょう性を持って感じられます。本そのものより人間との出会いから影響を受けています。

F.I.N.編集部

何かを選び取る、選ばないこと。5年先への期待感を教えてください。

中田さん

自分が面白いと思うことを気兼ねなくやれるような状態でありたいですね。今の自分はそれに近い状態ですが、働き始めたら思うようにいかなくなることもあるよなと考える部分もあって。

糸島は脱サラしてフリーランスになっている人が多いんですよね。自分としてはそういう人たちをモデルにしつつ、5年後、その先についても考えていきたいです。

【編集後記】

「人生は選択の連続」とよく言いますが、これまでの人生を振り返ると、何かを選ばなければいけないという得体の知れない焦燥感から、その時々の大きな声に流されて、ある意味「選択させられていた」場面もいくつかあったように思います。そして、その瞬間は無事選択できたことに安堵しますが、その後じわじわと自分の中で違和感が大きくなっていったということも少なくありません。

目の前に並べられたものの中から選択したり、周囲と同じものを手に取ったりするだけではなく、一度立ち止まって自分はどうしたいのか?を問いながら、「選択をしないという選択」や「AでもBでもない、Cという選択」など、あらゆる可能性と向き合い、他の誰でもない、自分自身が納得して選択していくその過程こそが、人生を形づくっていく上で大切なのだと思いました。

(未来定番研究所 岡田)