二十四節気新・定番。
2020.10.19
新型コロナウィルス感染拡大によって、自由な移動が制限されました。その状況の下、7月にオンラインで禅や瞑想ができるアプリ〈InTrip〉がリリースされました。京都・建仁寺両足院の副住職、伊藤東凌さんが僧侶として監修したこのアプリでは、自宅や電車の中など、どんな場所からでも禅を体験することができます。このアプリを開発した株式会社InTrip代表の成瀬勇輝さんに、今このタイミングでアプリをリリースした理由、また成瀬さんが考える心と身体を整える禅の可能性について伺いました。
日常生活に禅をインストールする。
株式会社InTrip代表の成瀬さんは大型のバンを改造したオフィスで日本全国を旅しながら、神社仏閣、美術館などの多言語オーディオトラベルガイド〈ON THE TRIP〉を運営しています。新型コロナウィルスが感染拡大した今年の春は、沖縄に滞在していたそう。
「それまで2、3日ごとに全国各地を転々とする生活だったのですが、今年の春先は約1ヶ月半、沖縄に留まっていました。毎年うりずん(*1)と呼ばれるこの時期に沖縄にいるのですが、大地や草花が潤い始める気持ちいい季節です。そんな美しい自然に囲まれながら、両足院の伊藤東凌さんと話す機会があり、彼と対話する中で、禅を通して自分と対話する「内面探索」どんどん楽しくなっていったんです。こんな状況だからこそ、内面への旅を伝えられたらと〈InTrip〉を開発しました」
*1うりずん
沖縄で、春分から梅雨入りまでの時季のことを指す。旧暦の2月から3月ごろ。
このアプリには、伊藤東凌和尚のガイドによる禅の1週間プログラムや、通勤電車など日常のシーンで気軽にマインドをリセットするコンテンツ、メディテーションのための音楽、など、いつでも気軽に禅を取り入れることができるプログラムが充実しています。さらに10月末からは、毎日日替わりで一つのテーマを考え思考力を鍛える「一日一禅」をリリース予定。今後も心を整え、脳を鍛えられるプログラムを開発しています。
「禅というと、お寺で坐禅を組み、和尚さんに警策(きょうさく)で叩かれるというイメージがあるかもしれません。でも、伊藤さんの禅の話は、難しい仏教用語を使わず、日常の言葉を使っていて、とても理解しやすいんです。呼吸や五感など、普段、無意識に行っていることに意識を向けて、次に周囲との繋がりに目を向けていくのですが、それを初めて聞いたときは、禅を知らない人にもこんなふうに伝えることができるんだと、とても感銘を受けましたね。このアプリで日常に禅をインストールしたら、生活がより豊かになるのではないかと思っています」
出会いはアメリカ文学。温泉がキッカケで禅に夢中に。
成瀬さんと禅との出会いは、学生時代に遡ります。中高生の頃からアメリカ文学に親しみ、ジャック・ケルアックの著書『オン・ザ・ロード』『ザ・ダルマ・バムズ』で禅に興味をもったそう。そして10年ほど前、起業家や経営者、クリエイターにインタビューして発信する「ノマドプロジェクト」を始め、世界一周の旅に出ます。そのスタートは、アメリカのサンフランシスコ。そこで初めて、禅を体験したといいます。
「アップルCEOのスティーブ・ジョブズも坐禅をやっていたということもあり、ジョブズも通っていた秋葉玄吾和尚の〈好人庵〉という禅堂に、2、3週間ほど滞在しました。朝6時に起床して、坐禅を組み、掃除をするという毎日。そこで初めて禅を体験してからというもの、日本に戻ってからも毎朝、近所の禅寺に通いました。よく坐禅は心が落ち着くと言いますが、それは観察するクセがつくからだと思います。普段、『今、呼吸をしている』とは意識しませんよね。でも、坐禅をすることで自分を観察し、無意識を意識化するようになります。何か起きてもすぐに怒りで反応せずに、落ち着いて観察してみると、イライラするようなことでもなかったと平常心でいられるんです」
日常的に禅を取り入れていた成瀬さんでしたが、さらにのめりこむようになったのは、温泉がきっかけでした。
「温泉が好きで毎日のように入っていたある日、温泉とサウナと水風呂を往復していると、心地よくてトリップしたような感覚になりました。それは坐禅でも時々感じられる、多幸感に包まれる感覚に似ていたんです。それまでの坐禅では、毎回その境地に至ったわけではなかったのですが、一度、温泉で感覚のチャネルが開いたら、坐禅でも毎回、トリップできるようになって。今は、朝に坐禅、夜は温泉で一日を終えています」
多様性からワンネスへ。瞑想が導く新しい時代。
ここ数年、ビジネスシーンでも「マインドフルネス(瞑想)」という言葉を耳にするようになりました。世界中でマインドフルネスのアプリがリリースされ、日常に坐禅を取り入れる人が増加しています。成瀬さんは、その理由のひとつに、時代が「多様性」から「ワンネス」に移行していることが関係するのではと言います。
「“21世紀の知の巨人”と呼ばれる、歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ(*1)や思想家のケン・ウィルバー(*2)も、瞑想を大切なものとして捉えています。ウィルバーは、欧米のリーダーの約25%が瞑想を取り入れていることで、時代が移り変わるのではないかと語っています。歴史を見ると、まず宗教によって幸福を追い求める時代があり、その後、科学の合理的な価値観が生まれました。そして今は、多様性を認め合うことがよいとされる時代。そしてウィルバーによると、次は、あらゆるものが一体化する“ワンネス”という考え方になるそう。例えば、青、赤、黄、いろんな色が存在することを認めるのが多様性とすると、ワンネスは、全て“カラー”というひとつの概念だとする考え方です。建築家のバックミンスター・フラーも“宇宙船地球号”と表現していますが、全ては地球にいる生き物だということですね」
*1ユヴァル・ノア・ハラリ
イスラエル人歴史学者・哲学者。エルサレムのヘブライ大学で教鞭をとる。著書の『サピエンス全史』は世界中でベストセラーになり累計2,000万部を突破。
*2ケン・ウィルバー
21世紀のアメリカを代表する現代思想家・哲学者。トランスパーソナル心理学の理論的旗手であり、インテグラル(統合)思想の提唱者。
瞑想によって内面と周囲の世界の観察を深めると、周囲の要素で自我が構成されていると気付く。そして内と外の境界線が曖昧になり、一体化する感覚になる。それがワンネスにつながるのではと、成瀬さんは語ります。
5年先は、見過ごしていた自然に幸せを見出す時代に
成瀬さんの考える5年先の未来は、どんな世界でしょうか。
「この数年、僕は日本中を旅してきました。朝は鳥の声で目を覚まし、ひまわり畑を眺め、温泉に入るような毎日を過ごしていると、当たり前だと見過ごしていた自然の豊かさに気が付いたんです。太陽が昇り、日が沈むだけでも美しく、窓を開けると気持ちのいい風が入ってくる。そんなふうに、幸せは毎日の気付きにあるんじゃないかと感じています。また、このコロナ禍で、心身の健康に向きあう人が増えました。5年先の未来は、見過ごされてきた自然の豊かさを見直し、健康を意識する人が今よりも増えるのではないでしょうか。禅を通して、その気付きを深めていく人も増えていくだろうと思います」
成瀬勇輝
東京都出身。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。ビジネス専攻に特化した、アメリカ・バブソン大学で起業学を学ぶ。帰国後は、企業コンサル、イベント事業を経て、株式会社number9を立ち上げ、世界の情報を発信するモバイルメディア〈TABI LABO〉を創業。2017年、株式会社ON THE TRIPを立ち上げ、代表を務める。著書に『自分の仕事をつくる旅』『旅の報酬 旅が人生の質を高める33の確かな理由』などを上梓。オフィスであるバンをアート作品として、大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018に出展。コロナ時代の変化の中、内面を旅できるよう禅・瞑想アプリ「InTrip」をリリース。
編集後記
成瀬さんのお仕事は、音声ガイドであったり、今回の瞑想に関するアプリなど、視覚から入る情報だけに頼らない、体で感じたり、心で感じるような体験の大切さに気づかせてもらえます。
ふと、自分の生活をふりかえると、パソコン、スマホ、映像メディアと、あまりにも視覚からのインプットが多く。その事で情報過多となり、パフォーマンスが落ちる事もあるかと思います。
そんな時は、一旦立ち止まり、深呼吸。よりクリエイティブな思考が求められる今、心と体を解放する習慣がこれからの生活では必要ではないでしょうか?。
(未来定番研究所 窪)
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