マニアに聞く、ジョイフル・ジャーニーへの道。<全3回>
2021.03.24
ラジオやPodcast、オーディオブックに音声SNSまで、近年の音声コンテンツ市場の活況を受け、私たちの「音」にまつわるプライオリティも高まっています。新型コロナウイルスによる移動制限が続くなか、今回の記事では「音」をヒントに、これからの旅のあり方を掘り下げます。
記事の前半では、音と旅の関係を探るべく、世界中の音を録音してきたサウンドデザイナー森永泰弘さんをお迎えして、お話を伺います。そして後半では、音声ガイドアプリ〈Pokke〉を運営する株式会社MEBUKU代表の入江田翔太さんをお迎えし、音声だからこそ楽しめる旅のかたちとその可能性を探ります。
(イラスト:マコカワイ)
《サウンドデザイナーの森永泰弘さんが考える、音と旅の関係》
森永泰弘さん
サウンドアーティスト/サウンドデザイナー。東京藝術大学大学院を経て渡仏。帰国後は世界各地をフィールドワークしながら映像や音響を用いた展示作品や音源の制作を行っている。アーティスト活動の他に、映画や舞台芸術、展示作品のサウンドデザインなども数多く手がけている。これまでにカンヌ国際映画祭やヴェネチア国際映画祭などで、自身が関わった映画が発表されている一方、音響設計や音楽演出は、展示作品や舞台芸術の分野では国内外から広く支持されている。
音の曖昧さから生まれる、
ふわふわとした旅の感覚
F.I.N.編集部
森永さんがレコーディングした音からは、世界中の様々な音がリアルに聞こえてきて、旅をしているような気分になります。森永さんは、音をどのように捉えているのでしょうか?
森永泰弘さん(以下、森永さん)
それは、音が「時間」と関係しているからかもしれません。音を記録することは、「時間」を記録することなんです。旅先で音を録ったり、撮った音を聴き直したりするのは、現地で過ごした「時間」が記録されているからですよね。一方、写真は「時間」を記録することができないメディアですよね。音は視覚情報よりも流動的なんです。いま聴いている音が次の瞬間にはもうそこに存在していないように、「時間」を意識させる役割が強い。僕が録音した音を聴いて旅しているように感じられるのは、現地に流れていた「時間」を感じられるからなのかもしれません。
また、音はとても曖昧なものでもあります。映像ならば、どこでどのような車のクラクションが鳴っているのか、どのような犬種の犬が吠えているのかも、一度にわかる。でも音の場合、たとえば中国とベトナム北部の国境沿いの川の音を必死に録ったとしても、何の説明も受けずに聴くと、誰かはそれを高尾山の川の音だと言うかもしれません。映像は同時にすべての情報を見ることができるけど、音はそのあたりが曖昧だからこそ、逆にふわふわとした気分でいられるのでしょう。旅先に着いて、「ああ、いいな〜」とそれまでの現実を離れてふわふわとする感じは、まさに音がもたらすその感覚と近いのかもしれませんね。
経験や知識でさらに広がる、
自分だけの“耳の旅”
F.I.N.編集部
確かに、異次元に誘われるような感覚に近い気がします。曖昧だからこそ、想像力を掻き立てられるのでしょうか。
森永さん
民族音楽を例に考えてみると、もう少しわかりやすいかもしれません。ある音楽を聴くと直感的に、中国っぽい、アフリカっぽいと感じられるように、音は自分の過去の経験と知識の比較からイメージを導くのです。これまで耳で聴いてきた知識の蓄積がまずあって、その度ごとに色んな引き出しから記憶を呼び起こし、対象となる音(記号)と繋がることで、何処何処の音みたいな認識をする。だからこそ、同じ音を聞いても人によって感じ方やイメージする情景は一人ひとり異なってくるのは当然ですよね。音は、より個人的な旅を可能にするのかもしれませんね。
F.I.N.編集部
森永さんが音を録る時に、気を付けていることはありますか?
森永さん
なるべく、「意味を排除すること」を心がけています。映像や写真のように具体的な情景が浮かぶ音を排除してみると、その音の面白さがもっとありのままに捉えられる。耳や頭の中をフラットにするようなイメージで録音していますね。また、録音に関して言えば、技術も音に大きく影響します。2本のマイクを使って3本分の役割を果たすMS録音という技術があるのですが、異なる特性のマイクを2本使うことで、ふわっと引き込まれるような音が録れるので、僕の採る音は大体この技術を使っています。
F.I.N.編集部
だから森永さんの音を聴くと、立体的で空間に包まれているような感覚になるのですね。人が持つ音の記憶や知識が鍵になるということは、知識を増やせばもっと私たちの世界が広がるのでしょうか?
森永さん
そうですね。でも知識だけではなく、やっぱり僕たちが成長していく過程のなかでどういった音を聴いてきたか、どういうメディアと接してきたかという点が大事だと思います。カセットテープや6mmテープ、レコードといったアナログの音など、さまざまなメディアに記録された音を聴いてみることって、体験として全然違うし、音を多角的に聴取する上でも大切な経験だと思います。メディアが変われば、音の聞こえ方もまったく異なります。そうしたひとつひとつの音声体験を忘れずに音と向き合い続けることが、新しい表現を生み、次世代への進化に繋がると信じています。
録音技術や音のメディア次第で、
異次元にトリップするような音に出合える
F.I.N.編集部
森永さんが考える、魅力的な音とはどんな音でしょうか?
森永さん
本当に素晴らしい音を聴くと、もうそれだけでゾクゾク感じますよ。例えば、イギリスの放送局BBCの動物ドキュメンタリーの録音を担当していた。電車が迫ってきて、通過する音は、もう異次元にトリップさせられる感じなんです。録音技術や音質の問題にもなってしまうけれど、そういった音を聴いてみると、また音への印象が変わると思います。
F.I.N.編集部
そういった音に没入するために、おすすめのアイテムはありますか?
森永さん
用途によって変わるのですが、ヘッドフォンだけは、いつも同じものを使うことがおすすめです。使ううちにヘッドフォンの音に合う耳になって、音に対して自分の基準みたいなものができるんです。スピーカーも、聴きたい音や環境に合うものを選ぶのが大事。例えば、海外の有名ブランドのスピーカーでも、湿度、建築構造、電圧とか様々な面で日本とは違うので、ポテンシャルを生かせないこともあります。
フィールドレコーディングは
特殊な観光のひとつ
F.I.N.編集部
森永さんは、5年先の旅とはどんなものだと思いますか?
森永さん
最近観光というテーマについて、よく考えています。人類学者が現地で長期的に暮らし、そのようすを記録・記述していくような学術的な研究があるのに対し、僕のような現地でフィールドワークしながら音を記録していくアーティストも、実は人類学者のそれとどことなく似ているような気がするんです。でも、僕は彼らみたいに複数年に及ぶ長期的な滞在をするわけではないし、現地語を真面目に勉強するわけでもありません。そう考えた時に、僕のやってる活動は、なんというか学術としてのフィールドワークというよりも観光に近いフィールドワークなのではないか。それもかなりマニアックなやつ。そう思うことで、この特殊な観光の形態が僕のようなフィールドをベースにしたアート実践を行う人間にとって、もう少しフィットするような気がしているんです。そんな風に観光という言葉も改めて見直してみると、いろいろな新しい発見がこれから生まれそうですね。
《音声ガイドアプリ〈Pokke〉が広げる、旅の可能性。》
入江田翔太さん
東京大学建築学科卒業。株式会社MEBUKU代表。47都道府県、15カ国以上を旅した経験を活かし、タビナカの体験価値向上に着目し、「その旅に、物語を。」をコンセプトに音声ガイドプラットフォームアプリ「Pokke」を開発・展開。プロマジシャンとしても活動。
行動や思考を促して、
旅の魅力を最大限に引き出す音声アプリ
F.I.N.編集部
音声ガイドアプリ〈Pokke〉は、「その旅に物語を」をコンセプトに掲げていらっしゃいますが、旅にフォーカスした理由やきっかけはどんなことでしょうか?
入江田翔太さん(以下、入江田さん)
旅先の観光地や美術館などで、見ただけでは絶対にわからないことってありますよね。海外で遺跡を見たとしても、背景に持つ歴史や成り立ちなどは、その場の情報だけではわからない。私も旅行が好きで海外にもよく訪れていましたが、話を聴きながら鑑賞したらもっと面白くなるのに、言葉が伝わらないということが多く、それを解消したいという想いから音声ガイドアプリが誕生しました。
F.I.N.編集部
運営やコンテンツ制作の中で、意識していることはありますか?
入江田さん
基本的には行動や思考を促す内容、聴いていて飽きないようなストーリーを伝えられるように制作しています。例えばガイドだからといっても、全ての情報を開示しなくてもいいと思っているので、竹林など神秘的な場所では、「5秒間目を閉じてみましょう」という音声を流します。それは、実際の場所では実際に五感を使って感じているので、言語情報で補完するというより、見えてくる感覚を呼び起こすきっかけになるようなアプローチを意識しています。ガイドがあることで風景の見方が変わったり、過去にあった物語を聴くことで頭の中にイメージが立ち上がったりと、音声を聴くことで旅の幅を広げられるように意識しています。
どこでも好きな時に聴ける手軽さ。
音声メディアの魅力と可能性
F.I.N.編集部
利用したユーザーからはどのような声がありますか?
入江田さん
ユーザーさんの中には、旅に向かうフライト中にガイドブックを眺めるように、予習として音声ガイドを聴いている方がいます。最近だと、コロナ禍に自宅で聴いて、旅に出かけた気分が味わえるということで、メディアに取り上げていただきました。でも逆に、行きたい気持ちが高まったという声もありますね。自宅でガイドを聴くだけの音声旅は、自分で想像する部分が多いので、答え合わせのために現地へ行きたくなるのかもしれません。
F.I.N.編集部
現地と自宅で違った楽しみ方ができそうですね。〈Pokke〉を運営してみて、音声のどのようなところに可能性を感じますか?
入江田さん
動画やAR、VRなどコンテンツは豊富にありますが、一番豊かで面白いのは人間の想像力だと思っています。そして、想像力を一番掻き立てるものが音声であるため、結果的に音声を聴くことで旅のイメージが膨らむように促せるのでしょう。また、メディアとしての音声の良いところは、“ながら聴き”ができることです。旅先での音声ガイドは、視覚情報を補完するためのもの。これが動画だと、せっかくの旅行中に自分のスマホにばかり目がいってしまいますよね。しかし音声なら、“ながら聴き”ができるので、自宅でも移動中でも現地に向かう途中でも聴ける。そういった手軽さも、音声と旅の相性が良い理由だと思います。
編集後記
森永さんには旅中を感じさせるほどの現地の音について、入江田さんには旅先をよく理解できるガイドとしての音についてお伺いしました。両者の音の役割や効果は大きく違いますが、共通するのは「個人の経験や想像力と結びつく」という点です。音の情報は、ときに映像よりも感情を揺さぶられ、記憶に強く残ることがあります。現在、人との接触が制限されていますが、「音で旅をする」という極めて個人的な体験をとおして開放される好奇心や気付きもあるのかもしれないと思いました。
(未来定番研究所 中島)
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