マニアに聞く、ジョイフル・ジャーニーへの道。<全3回>
2021.07.30
山梨県山梨市にある乙女湖の湖畔に、静かに話題を呼んでいる宿があります。その名も〈ホトリニテ〉。
2018年まで山中湖畔で同じ屋号を掲げていた高村直喜さんが、2020年1月に場所を変え再開業した宿です。オープンしてから間もなく世の中はコロナ禍へ突入し、これまで通りのおもてなしができなくなったことを受け、高村さんは「1日1組限定」の宿泊プランへと方向転換することを決意。開業1年目にして、ブリティッシュエアウェイズが主催する「ラグジュアリー・トラベルガイド・アワード」で、サービス部門の世界一を受賞しています。
「1日1組限定」という言葉だけを捉えると、よくある高級宿の「特別感」として受け取りがちですが、SNSなどで評判を見てみると、宿泊者ごとにさまざまな安らぎの時間を過ごしているように見受けられ、ただの宿ではない様子です。
F.I.N.編集部では、新しいツーリズムの萌芽が〈ホトリニテ〉にあるのではないかと、実際に宿泊をしながら本質に迫ることにしました。この記事では、読者の皆さまにも〈ホトリニテ〉を追体験できるように、前編では、高村さんが案内するネイチャーガイドを時系列で辿っていきます。
怖い。でも美しい。異世界へ導く案内人と出会う。
【13:29】
宿主・高村さんとは、「金櫻神社奥社地跡」の前で待ち合わせすることになっています。
〈ホトリニテ〉では、高村さんが直々に案内する「ネイチャーガイド」が宿泊プランに組み込まれており、F.I.N.編集部は一泊目の午後のガイドを希望しました。
高村さんからは、「杣口(そまぐち)浄水場を過ぎた先にあります」と聞いているのですが、なかなか道中に見当たらず、道は徐々に狭くなり、蛇行した山道になっていきます。本当にこの道で合っているのか、少々不安に……。
※今回は取材のため、高村さんには、普段はガイドをされていない時間帯に特別にご案内いただきました。巡る場所に関しても、通常のネイチャーガイドよりも多めにご案内いただきます。
【13:40】
高村さんは白い軽トラを停めて待っていてくれました。無事合流できたことに、胸を撫で下ろすF.I.N.編集部……。ご挨拶はほどほどに、高村さんは早速「金櫻神社奥社地跡」があるという森の中へと足を踏み入れます。
【13:44】
森の中へ入るとすぐに、木々の合間に鳥居を発見。一般的な神社で見るそれとは違う風景に、ここがかつて神社であったことを実感します。
「熊が出るエリアなので」と高村さんが取り出したのは、威嚇のための音追いピストル。しっとりした梅雨の森の中に、数発のピストル音が染み込んでいく。人間だけがいる場所ではないことをひしひしと感じる恐怖感。普段は眠っている感覚が目覚めていくかのようです。
【13:54】
「このエリアは、今から2000年前、古事記の伝説にも出てくるような場所です」
かつて参道であったと思しき獣道を登りながら、高村さんは丁寧に解説を添えてくれます。
「山や岩などを信仰の対象にしていた頃の時代ですね。山梨市の街中にも、“丸石神(まるいしがみ)”という道祖神があるんです。山梨周辺にしかいない神様のようで、かつてこの一帯にあった信仰の名残が残っているんでしょうね。そうした原始宗教と仏教が合わさったのが修験道で、金櫻神社はその中心地のひとつでした」
高村さんの話を聞きながら歩いていると、ただでさえ人里離れたこの地が、俗世とは時間も空間も離れたような場所に思えてきます。
【13:57】
さらに道を進むと、お社を発見。周りには、聖域を取り囲むように、苔むした石垣などが散乱していました。
高村さん曰く、500年ほど前に織田信長によって焼き討ちをされてしまい、建物は跡形もなくなってしまっているとのこと。ただ、間違いなく「何か」がこの森にいるであろうことを感じさせる雰囲気……。
「ここはまだまだライトなほうです。近辺にはディープなエリアもありまして、縄文時代の祭壇が残っている場所もあるんです。行くと魂を取られそうになるのであまり行かないのですが……」
高村さんの後を追っていると、私たちは自分らが知っている「山梨」とは違う場所に導かれてしまうのではないかという気持ちになっていきます。
【14:06】
お社を後にした私たちは、来た道をゆっくりと下っていきます。先ほど高村さんの口から出た「ディープ」な場所について質問を。そんなスピリチュアルな場所だと、物好きな人がたくさん訪れてしまうのではないですか?
「普通の旅行者では絶対に行けない場所にあります」
「行っても分からないというか、そこは表向きはきちんと地図に載っている神社なのですが、祭壇は神社の山の裏手にあるんです。まるで、そこに行かせないために、ダミーで神社が造られているような。僕は地元の人に教えてもらったんです。〈ホトリニテ〉に5回くらい来たお客さまには特別にご案内をしています」
私たちも行ってみたいのですが、という野暮なお願いをしたくなる気持ちを抑え、道を進む。高村さんは、ガイドであるにも関わらず、すべてを明かさない人なのかもしれない。高村さんとのミステリアスな会話に引き込まれていきます。
【14:15】
「これ、ハナビラダケですよ」
食べることもでき、非常に美味なのだとか。きのこひとつとっても、異形のものに出会ったかのように沸くF.I.N.編集部員。
内緒の風景に足を踏みれる。秘密を共有するかのように。
【14:26】
「金櫻神社奥社地跡」の散策、終了。高村さんからは軽トラに付いて来るように案内されました。なんでも、高村さんが「苔の王国」と呼ぶ場所がこの近くにあるのだとか。
「屋久島に行った人によると、そこよりも見応えがある場所だそうです」
通常〈ホトリニテ〉では、宿泊客1組に対し、ネイチャーガイドの時間として「2時間」が割り当てられます。ガイドには、30分コースや1時間コースがあり、2時間という持ち時間をいかに使うかを、事前のメールのやりとりで高村さんと相談しながら決めることになります。
ちなみにガイド先は高村さんが定めたランクによって分かれていて、「苔の王国」は最上位の「五つ星」だといいます。
【14:38】
「苔の王国」の入り口に到着。高村さんの背後にある二本の巨木は、樹齢約100年くらいのサワラ(ヒノキ科)。まるで門のように立ちはだかっている佇まいに圧巻。しばし見惚れているF.I.N.編集部員に「まだ、これ入り口ですから」と微笑む高村さん。
【14:53】
本日二度目のピストルを放つ高村さん。その音は、現実世界から別の世界へと切り替える、それこそトリガーのような役割を果たしているように思えてきます。
【14:57】
足場が悪いので、苔むした石に手をつきながら進む一同。ふさふさとした弾力がある多様な苔。まるで、「森の産毛」に触っているかのような愛らしさがありました。
実はこの「苔の王国」、高村さんとしてはできるだけ秘密の場所にしたいそうで、この場のレポートはしばし割愛を。
【15:58】
「苔の王国」から帰国。『もののけ姫』の世界に迷い込んだかのような不思議な余韻に浸りながら現世へ戻ってきました。アスファルトの上を歩いていても、しっとりと、かつ、もさっとした苔の上を歩く感触が忘れられません。
「では、最後のガイドに向かいましょう」
高村さんの軽トラが走り出します。
目的地を想像させる時間。
【16:08】
しばらく走ると軽トラが道端に停まりました。
「水晶が見られるスポットに行くか、富士山が眺められる断崖の絶景スポットへ行くか、どうしますか?」この先、道が分かれてしまうので、ここで決めましょうとのこと。
水晶が見られるスポットというのは、廃坑になった水晶鉱山に続く山道とのことで、そこでは今でも道の小石に混じって水晶のかけらを見つけることができるのだとか。富士山のスポットは、地元の人しか知らない、圧倒的なスケールで富士山を眺められる場所なのだそう。
どちらも捨てがたく思うF.I.N.編集部員に、苦渋の決断を迫る高村さん。悩んだ末、私たちは「水晶」に向かうことにしました。
もしや、あえて悩んで選ばせる時間も、ネイチャーガイドの「体験」を焼き付ける一部なのかもしれない。軽トラの後ろ姿を眺めながら、そんな想いが頭をよぎります。
【16:21】
この日、三度目のピストルが響きます。到着したのは、一見するとただの山道。入り口には「熊注意」という看板もあり、普通の人ならわざわざ立ち入らないような場所です。
「この先に、サルオガセという珍しい植物があります。エアプランツのような。結構、壮観だと思います」またもや未知なる風景をチラつかせる高村さんに、引かれるように続くF.I.N.編集部員。
【16:27】
枝に奇妙な藻のようなものが垂れ下がっていることに気づきます。
「あれがサルオガセです」と高村さん。
道を進むにつれて、その長さと量は増していくばかり。さっきまでいた「苔の王国」とは打って変わって、渇いた緑の世界です。
【16:27】
高村さんが「小林幸子」と呼んでいるサルオガセの木。
「サルオガセは、標高1,500メートルあたりで見かけることのできる植物です。この山の中で群生しているのはここら辺一帯だけ。冬はもっと垂れ下がっていますよ」
ここは日本なのか。山梨なのか。またしてもそんな感覚に襲われます。
【16:32】
「実は、もう皆さんが歩いているあたりに水晶が落ちています」
高村さんが口にした言葉で、F.I.N.編集部員の足がピタリと止まります。
水晶とは“石英”という鉱物の純度が高いものを指し、その石英自体はあたりに散乱しているのだそうです。
「ここからは、自然の中に落ちている水晶を実際に見つけてみましょう」というアクティビティに。
【16:53】
辺り一帯を探るF.I.N.編集部員。白っぽい石英までは見つけることができるのですが、“水晶”と化したものまではなかなか見つけることはできませんでした。ですが、しばし時間を忘れて没頭したり、思い思いの石を見つけたりすることのできた体験に大満足。
「僕はこんなのを見つけました」と高村さんが差し出した石に、驚きの声が上がります。
帰る道すがら、F.I.N.編集部はついつい地面に視線を落として水晶を探してしまいました。
※水晶や天然石の持ち帰りは、場所によっては違法です。
ネイチャーガイドに密着したレポートはここまでです。後編の記事では、高村さんが考えるこれからのツーリズムや、〈ホトリニテ〉がもたらす安らぎの正体に迫ります。
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