言葉
2021.08.30
行動の制限を始め、様々なストレスを感じやすいコロナ禍。そんな新たに訪れた日常では、「安らぎ」を求めたくなるもの。でも一体、安らぎや癒しを欲するとき、私たちの脳内にはどんなことが起きているのでしょうか? 今回は、脳科学者の加藤俊徳先生のもとを訪れ、「安らぎ」の根源を探ります。
ストレスの解消が安らぎを生む?
心休まる状態になりたい。人類の歴史を遡れば、最も古い欲求は、凶暴な肉食動物の脅威から避けられる場所にいることだったかもしれません。ただ、現代も同様に、外敵ストレスは相変わらず多いものです。人が「安らぎ」を求めるとき、脳内はどのようなメカニズムになっているのでしょうか。
「人間の脳には右脳と左脳があり、この2つはほとんど同じ働きをしません。右脳は自然界から取り入れた情報を処理する役目を担い、左脳はそれを基に言語処理を行う。この右脳と左脳は絶えず情報の調和をしています。例えば、上司から苦言を呈されたり、満員電車に乗ったりと、右脳で受け取った外的要因を左脳で具体的に言葉に表現することで、私たちはストレスとして認識するわけです」
脳の仕組み上、人はストレスを感じ取り、安らぎを求めるものだという一方で、ストレス自体に気づかず、安らぎを必要としない人もいるのでしょうか?
「感情を司る感情脳の発達が違うために、他人から癒されるべきだと思われていても、本人にその感度が低い場合もあります。とくに発達障害や、他人の顔色をいつも伺ってしまう人は、自己感情が未熟な人が多く、自分の感情を捉えにくい。そのため、安らぎが必要かどうかすら、自分で感じとりにくい傾向にあります」
ヒントは、脳の成長にある。
インターネットなどテクノロジーの発展により、情報が必要以上に供給される今、自分の気持ちが捉えにくく、自己感情が育ちにくい環境下になっているともいわれていますね。
「古来、人間は自然の中で暮らしていたので、自然と自分を一体化しやすく、その中でどう生きていくかを考えるチャンスがたくさんありました。ところが情報が絶えず流れてくる現在では、自己回帰をしにくく、自分の感情を高めづらくなっています。そうなると脳は、自分以外の周りにストレスを解消するヒントがあると思い込んでしまって、外からの安らぎを求めたくなる。本当は自分の脳の中に安らぎのヒントがあるのです」
加藤先生が考える、自分の中にある癒しや安らぎのヒントとは?
「脳が成長している時間こそが、自分で自分を癒しているのではないかと思います。人間の脳はどんな人でも成長したがっているもの。障害を抱えている人や、認知症の方もそう。私がこれまで診てきた患者さんの中で、成長したくないという脳は見たことがありません。そうした脳の成長に繋がるのは、脳を働かせること。とくに自分の目標や自己実現に向かって、自分で思考を巡らせて脳を活性化させている人は、ストレスを感じているどころか、生き生きしていますよね。こうした脳の成長が、人にとって一番の安らぎになり得ると考えます」
温泉に浸かったり、自然を満喫したりと、私たちが思い浮かべる癒しや安らぎでは、脳は癒されないのでしょうか?
「多くの人が、頭を働かせない状態を“安らぎ”だと勘違いしています。だけど実は、私たちが覚醒して日常を生きている間、何もしないで思考を止めている状態だと、脳は最も苦痛を感じでいるのです。ただ、温泉や自然の中に身を置き、無駄なストレスから解放されることで、脳が働きやすくなるという側面もあります。つまり、リラックスを求めるのは、自分の目標に向かって自己実現をするための第一歩。みなさんが思い描く“安らぎ”は、本質ではなく、それまでにおけるプロセスの一部のことを指しているというわけですね」
自己と向き合い、自分で自分を癒す。
加藤先生のお話では、人が安らぎを求めるのは、自己に向き合う時間を必要としているときだそうです。外出の制限があったり、仕事のオンオフの切り替えなどが難しいコロナ禍で、私たちが大切にすべきことについてもお聞きしました。
「通勤通学、友達や同僚とのたわいない会話など、かつての日常では、脳を切り替えるチャンスが豊富にありました。そうした脳への刺激が少なくなったコロナ禍の今、自分自身の思考や目標を言語化したり、書き出してみるのが効果的だと思います。
自分がどうしたいか。そんな軸を明確にすることが何よりも大事。これまでは外の刺激に触れることで、自己を見つめ直すことが多かったというだけなので、自分自身でできたら旅に出てジャングルに行ったり、世界の聖者に会いに行ったりということも必要なくなります。常に自己と向き合って自分で脳を成長させることができれば、それ自体が癒しや安らぎになるので、外に安らぎを求める頻度も下がります」
肉体と脳を使って人類を進化させてきた私たち。自分以外の環境や他者と触れ合うことで、脳を活性化させて成長してきました。だからこそ、現代社会での情報の扱いは注意すべきだと加藤先生は続けます。
「IT化、グローバル化したことでメリットをたくさん享受した反面、自分の肉体を使わずに情報を取捨することに功罪が存在することも忘れないでほしいです。私たちは元来、運動系を発達させてから、視覚系や聴覚系を発達させる生き物。それくらい体の動きと脳の成長は密接で、体を動かさないと脳の働きは落ちてしまうものなのです。だから安らぎの根源となる脳の成長を促すためにも、自分が欲する情報は自らの手で取りにいくくらいの気持ちで臨むといいと思います」
加藤俊徳先生
1961年、新潟県生まれ。脳内科医、医学博士。加藤プラチナクリニック院長。株式会社「脳の学校」代表。昭和大学客員教授。発達脳科学・MRI脳画像診断の専門家。脳番地トレーニングの提唱者。著書に『脳とココロのしくみ入門』(朝日新聞出版)、『「優しすぎて損ばかり」がなくなる感情脳の鍛え方』(すばる舎)、『こころのもやもやを脳のせいにしてラクになる方法』(WAVE出版)など多数。
加藤プラチナクリニック公式サイト:https://www.nobanchi.com/
脳の学校公式サイト:https://www.nonogakko.com
【編集後記】
取材冒頭に「あなたにとって安らぎとは何?」「それはなんでそう思う?」「ストレスって何?」と先生から連続質問がありました。私たちは、日常生活で、安らぎを求めている割には、的確な回答ができませんでした。
今まで、目に見えない、この安らぎを安易に定義づけしていたことに気付かされます。脳科学の視点では、安らぎとは、思考を休めるような静的なものではなく、自己回帰や、体を使って情報を取りにいくといった、むしろ動的な、真逆な見解でした。
脳が喜び、安らぐ環境づくりのヒントがそこにありそうです。
(未来定番研究所 窪)