2023.07.24

二十四節気新・定番。

第4回| 水引を結び続けることでわかる、自然の移ろい。水引作家・田中杏奈さん。

「二十四節気」とは、古代中国で生まれ、日本でも古来親しまれてきた暦です。めぐる季節の変化に寄り添い、田植えや稲刈りの頃合いを告げる農事暦でもありました。今でも折々の季節を表す言葉として愛されています。「F.I.N.」では、季節の変化を感じ取りにくくなった今だからこそ、改めて二十四節気に着目する潮流が生まれ、季節の楽しみ方の新定番が出てくるのではと考えました。

 

第4回目は、水引作家で『水引で結ぶ二十四節気の飾り』の著者でもある田中杏奈さんに、二十四節気を意識した暮らしや水引との向き合い方を伺いました。海と山に囲まれた街・淡路島で育った田中さんは、都市生活をしてみて初めて自然の尊さに気がついたと言います。そのことが、現在の表現活動にもつながっています。

 

(文:大芦実穂)

水引結びで再現する

ノスタルジックな情景

 

長男のお食い初めをきっかけに始めた水引で、二十四節気や年中行事に沿ったモチーフを制作しています。水引結び教室やワークショップも主宰し、生徒さんとともに季節を感じる水引作りに励んでいるところです。

 

一年で最も暑さが厳しくなる時期「大暑」(7月22日〜8月6日頃まで)には、花火をテーマにした水引を作ろうと思案中です。夏祭りで見上げる大花火もいいですし、去年息子と一緒に楽しんだ線香花火でも良さそうです。日々の暮らしや幼少期に感じたノスタルジックな情景を水引作品に落とし込みたいと思っています。

また、田中さん主宰の水引結び教室での夏の課題は、「鬼灯(ほおずき)」。本格的に暑くなる7月には、各地で「ほおずき市」が開催され、除災招福を祈ります。昨年は浅草のほおずき市へ足を運び、境内に所狭しと並んだ朱色のほおずきを見てまわりました。

淡路島の自然で育ったことが

表現にもつながっている

 

何気なく文房具屋で手に取り、そこからどっぷりと浸かっていった水引の世界。自分らしい表現とは何か模索していたところ、たどり着いたのが「幼少期の記憶」でした。淡路島で生まれ育ち、その後大阪や東京に出るまでは、海や山に囲まれた生活をしていました。当時はあまりに身近すぎて、大きな自然の豊かさや尊さに気づくことができませんでしたが、水引のモチーフを探す中で、自分のルーツが自然に囲まれて過ごした幼少期にあると気がついて。学校が終われば、家の目の前の海や山を駆け回ったり、磯で生き物を探したり。都会に住んでいたらちょっと考えられないような遊び方をしていたと思います。こうした幼少期の体験が、自分という人間を形成する上で大きな軸となっていて、大切なものだとわかったんですね。水引で何かを表現するなら、自然の中で育った思い出や記憶をテーマにしたいと思うようになりました。そして改めて自然に耳を傾けてみると、都市生活においても微妙な季節の変化に気づくように。例えば、梅雨と秋雨の雨の音は、よく聞いてみると違うんですよね。梅雨の雨は新緑の元気な葉に当たるのでポツポツと鳴るけれど、秋口の雨は枯れた葉に当たるのでしとしとと鳴る。そんなことから二十四節気を意識するようになったので、水引に出会っていなかったら、季節や季節ごとの自然や文化について今ほど理解を深められていなかったかもしれません。

二十四節気をイメージした二十四の水引アソート。「自然の流れはもちろん、行事や風物詩、思い出や記憶、フィジカル的な部分まで。さまざまに思いを巡らせながら、選んだもの」と田中さん。

同じ作業を続けることで

見えてくる小さな変化

 

水引のモチーフを探す中で、季節の移ろいに目が向くようになったら、自分を取り巻く周りの環境にまで配慮できるようになりました。季節の花を飾ったり、旬のものを食べたりするだけでも、暮らしに余白のようなものが生まれ、人にも自分にも優しくできるような気がするんです。それが人と人とのコミュニケーションにも反映されるのではないかなと。

 

水引結びは、何度も何度も繰り返し同じ結びを結びながら所作を鍛え、上達していきます。作品作りでは、その繰り返し練習していく、いつくかの基本の結びに様々なアレンジを加え、時節に合わせたモチーフを制作します。またこの季節が巡ってきたね、と生徒さんとお話ししながら、制作テーマは違えど、毎年同じ季節と行事を通り、同じことを繰り返します。でも、だからこそ、その変わらなさを着々と続けていきたいと思っています。同じ作業や練習を続けていくからこそ気づける日々の小さな変化や成長が、暮らしていく上での豊かさに繋がっていくと思いますから。お教室での時節のお話しも、毎年変わらないながらも、少しずつ増えていく私自身の気づきや皆さんの発見を、会話し共有していく時間を大切にしたいし、そんな何気無いことこそに意味があると思っています。これからも細やかな変化に目を凝らしたり、耳を傾けたりしていきたいです。

Profile

田中杏奈さん

1989年、兵庫県淡路市出身。水引作家、講師。水引手仕事のライフスタイルブランド主宰。2017年、広告代理店勤務の育休中に水引に出会い、創作活動をスタート。著書に『暮らし・行事・ハレの日を結ぶ 水引レシピ』(グラフィック社)、『水引で結ぶ二十四節気の飾り』(日東書院本社)、『衣食住を彩る水引レシピ』(グラフィック社)、監修本に『大人のおしゃれ手帖特別編集 暮らしを愉しむ水引飾りBOOK』(宝島社)がある。

https://www.mizuhikihare.com/

【編集後記】

「同じ作業を続けていくことでしか気がつけない小さな変化」へ意識をなかなか向けられない暮らしをしているな、と自身の生活を振り返りました。もっと言うと、同じ作業を続けていくことを「つまらない」と認識し、前より進化することを追求する節さえあります。しかし田中さんのお話を伺い、その暮らしを少し息苦しく感じるようになりました。繰り返すことを通してわずかな変化に意識が向くことで、充足感を得る機会が増えてより豊かな生活を送れるようになるのではないかと感じました。

(未来定番研究所 中島)

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