F.I.N.的新語辞典
2022.08.19
愛でる
F.I.N.編集部が掲げる8月のテーマは「愛でる」。個を尊重し、多様化する現在、気負いせずに好きなものを好きといえる環境になってきたように感じます。そこで今回は、一つのことに特化して愛でる、マニアの世界について探ります。F.I.N.編集部が訪れたのは、いろいろなジャンルのマニアによる参加型フェス〈マニアフェスタ〉を手がける〈合同会社 別視点〉。マニアの世界に精通する代表・松澤茂信さんに、マニア界のトレンド、どうして人はマニアになるのか、はたまた別視点を持つことで幸せになれるのか。そしてこれからのマニア界の動向についてお伺いします。
(文:船橋麻貴/写真:小野真太郎)
松澤茂信(まつざわ しげのぶ)さん
1982年東京都生まれ。上智大学経済学部卒。国内旅行業務取扱管理者。合同会社別視点 代表。2011年より日本中の変わった観光地(=珍スポット)を紹介するサWEBサイト〈東京別視点ガイド〉を始め、2018年7月に〈合同会社 別視点〉を設立。自身も1,000カ所以上巡った珍スポットマニアでもある。
強烈な熱量を帯びたマニアたちに惹かれ、
マニアが集う祭典をスタート。
さまざまなジャンルのマニアや研究者たちが集まる〈マニアフェスタ〉。同人誌からオリジナルのグッズ、日頃の研究成果を反映したアイテムまで購入できるほか、マニアたちが熱いトークを繰り広げる祭典で、今年4月の開催で6回目を迎えました。仕掛け人は、世の中に「別視点」を増やすことをビジョンに掲げ、新しい視点で楽しめる体験型イベントを運営する〈合同会社 別視点〉の代表・松澤茂信さん。自身が珍スポットマニアとして活動していたことが、〈マニアフェスタ〉の誕生のきっかけになっているそう。
「珍スポットマニアとして、珍スポットを紹介する〈東京別視点ガイド〉というWEBサイトを2011年から始めて、実際に読者の方々を珍スポットに案内するバスツアーをやっていたんです。そういう活動を続けているうち、珍スポットの魅力はその場所を作った人自身なんじゃないかと思うようになって。以降は、会社としても個人としての興味関心が、マニアの方々へと移行していきました」
珍スポット取材やツアーで知り合ったことをきっかけに、第1回の〈マニアフェスタ〉に参加したのは、2022年に解体が始まったカプセル型の集合住宅・中銀カプセルタワービルマニアの中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトの方や、片方だけの手袋「片手袋」にまつわるあらゆる事象を研究する片手袋研究家の石井公二さん。今となってはメディアなどでお目にかかれる機会の多いマニアたちですが、松澤さんは当時からマニアたちの熱量に心を動かされていたと言います。
「マニアの方々が愛でる対象物は、道に落ちているものや、街角にさりげなく存在するものなどと、なんでもないものだったりします。だけど、みなさんの強烈な熱量を帯びると、そういうものがめちゃくちゃにすごいものに見えてくる。僕たちの会社のポリシーには『世の中に別視点を増やす』というのを掲げていますが、当たり前に世の中に存在するものに光を当てて、いろいろな角度からそれを見つめれば、今まで見えてなかったものが見えてくると考えていて。マニアの方々が行っていることがまさにそう。異常な熱量を持って物事を愛でれば、たとえ対象物が違ってもそのものが持つ魅力を浮き彫りにできるんだなって。それに気づいてからは、運営側の僕自身が『マニアのマニア』という謎の存在になっています(笑)」
一つのことを愛する情熱が参加者に、
そして海外にも広がっていく。
「好きなものや場所に対して熱量さえあれば、知識の量など関係なしに楽しめる場」として、出展者と来場者が集う祭典となっていった〈マニアフェスタ〉。回を重ねるうちにマニアの人たちの認知度もだんだんと上がっていき、ありもしない企業のCMソングを制作する架空CMソング制作マニアや、死んだふりして撮影する火曜サスペンスごっこマニアといったいろいろなジャンルのマニアが集まるように。さらには、マニア界以外にも広く浸透し、来場者たちにも変化が訪れます。
「最初の頃は珍しいものを見て楽しむ物見遊山的な側面があったんだと思いますが、〈マニアフェスタ〉で出会ったマニアの方々の熱量に感化されたのか、そこで自分の好きなものを見つけ、次回の開催時に出展者側に回っているなんてこともありました。なかでも嬉しい動きとしては、片手袋のおもしろさに気づいた女性2人組が、ずっと1人で活動していた片手袋研究家の石井さんと意気投合し、『片手袋を見守る会』というグループを組み始めたんです。その中にはデザイナーさんもいるのでグッズもどんどん洗練されていって、いい化学変化が起きていったような気がします」
〈マニアフェスタ〉を通してたくさんのマニアの人たちに出会ってきた松澤さん。自身も影響を受けたことが数知れずあるそう。とくに衝撃を受けたマニアの人とは?
「7歳の時から空想で地図を作り続けている地理人の今和泉隆行さんは、衝撃的でしたね。空想だけで地図を作ってアウトプットし続けるのは並大抵のことじゃないですよね。そういう表現活動のすごさには僕自身も影響を受けていると思います。あとは、ドネルケバブを8年食べ歩いているメルツさん。この活動によって日本中のトルコ人と友達になっているし、本業が別にありながらもお店を手伝ったりしていて。そこまで自分の好きなものに向き合える姿は、本当にすごいなって。マニアの方々の生き様を目の当たりにすると、グッときちゃうんですよね」
今年で6回目を迎えた〈マニアフェスタ〉ですが、台湾で開催しようと目論んでいたこともあったと松澤さん。
「実は2020年に台湾で開催しようという話もあったんですが、コロナ禍に突入して叶いませんでした。なぜ台湾かというと、ただ自分が好きだからという理由なんですが(笑)。だけど、これからも別視点を持つことを提案するなら、海外のマニアの方々を知り、より視野を広げることも重要だと思っていました。それで2020年のオンライン開催や2021年の大阪とオンラインの併催では、道に落ちた手袋マニアや、使われなくなった手洗い場マニアなど海外のマニアの方々に参加していただいて。そこでわかったのは、国や文化が違うけど、対象物を愛で、おもしろがるマインドは世界共通だということ。マニアの世界を海外まで広げたら、共通点や差異なんかも浮き彫りになっておもしろそうだなと感じています」
積極的に楽しめるかどうか。
誰もがマニアになる可能性を秘めている。
〈マニアフェスタ〉をはじめ、SNSなどの台頭によって、自分が好きなものをアウトプットする手段が増え、世界にも広がりを見せているマニアの世界。だけど、対象物にハマり、追求していくマニアな人たちが多くいる一方で、そうでない人もいるように思います。
「対象物の美しさに惚れてアート的な感覚でハマっていく人もいますし、対象物のあらゆる事象を深く探究し哲学的に愛する人もいます。だけど、マニアじゃない人なんていないんじゃないかと思うんです。というのも、僕たちは〈マニアフェスタ〉だけでなく、インプットや発見、発表がセットになった体験型イベントも主催しているんですが、そこに参加してくれた人はだいたい自分のマニアな側面に気付きます。
印象深いのは、鳥取県のまち歩きツアー団体さんと一緒に行ったワークショップでの出来事。珍スポットやマニア界の話をしたのち、実際にまちを歩いてみると、道祖神である賽の神の前に藁で作った馬が祀られていたんです。この地域特有のものらしいんですが、参加者一同この存在が気になっていたら、参加者のおばあちゃんが藁の馬について解説し始めたんですよ。そのおばあちゃん、めちゃくちゃ詳しくて藁の馬を見ただけで誰が作ったものかもわかるらしいんですが、それを当たり前のことだったと思っていらして。前段でマニア界について話していたからこそ、自分の知識を語りやすい空気になっていたと思うし、周りの参加者もより興味を持てたのかなと。そういう光景を目の当たりにして、自分をマニアだと思ってない人だって、何かしら実はマニアな面を持ち合わせているんじゃないかと思いました」
誰もがマニアな心を持ち合わせている可能性があるという松澤さん。では、愛でる対象物が見つかった場合、より対象物を愛でるコツはあるのでしょうか。
「能動的に動くことじゃないでしょうか。どんなことが起きても積極的に楽しむ覚悟さえあれば、もっともっと惚れ込んでいけると思います。珍スポットでいうと、必ずしも心地いいことだけが起こるわけではなくて。クセの強い店主が独自のルールでスポットを運用していることもあるので、不穏なこと、珍奇なことが起きたりもします。だけど、それを面白がれるかどうか。人やものから楽しさを与えられるのではなく、自ら掴みにいく。そういう積極性が重要ですね」
別視点で物事を捉えることで、
メイン・サブカルチャーの垣根を超える。
マニア界の動向を見つめてきた松澤さんに、トレンドについて聞けば、「あってないようなもの」と言います。
「多ジャンルのマニアの方たちがいて何がトレンドなのかわからない状態だし、メインカルチャー・サブカルチャーといったことも意識なく広がっていくといいなと思います。個人の趣味が多様化した今の時代、もはや何がメインなのか、サブなのもわからないですし、これからはもっとマニアの方々が愛でる対象物が細分化されていきそうな気がします」
物事をいつもと違った別視点で見つめると、暮らし自体も変わっていくそう。
「いろいろなことが見えて世界が面白くなるので、明らかに道を歩くスピードが遅くなります。片手袋が道に落ちていたら気になってしまうし、ドネルケバブ屋さんについ目がいってしまいます。
こうして別視点が極限に増えた状態になると、一歩も動かずにただ部屋にいるだけで、あらゆることが楽しめるようになるかもしれません。ええっと、言っている意味がわからないですよね(笑)。例えば、今いる空間は一つ一つのものによって成り立っています。その一つ一つを紐解いていけば、おもしろくて仕方なくなるので空間から出られなくなるんですよ。しかし、空間を楽しみ切って人生が終わってしまうのはもったいない気がするので、ほどよく細分化し、別視点を増やし、ある程度ぼんやりと物事を見つめるのが大切なのかもしれませんね」
マニアの人たちのように一つのことに情熱を灯せなくても、身の回りのあらゆる事象に対して別視点を持つことで、日常がより豊かに、楽しいものになっていくかもしれません。
■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント
・マニアの魅力は、対象物の魅力だけでなく、その熱量で伝播する。
・好きなものを、受け身ではなく、能動的に見つけ出しにいくことで、マニアの心は育まれる。
・視点を変えれば、実は皆、何かのマニアなのかもしれない。
【編集後記】
このマニアフェスタに何度かお伺いさせていただきました。マニアの方の、熱量の高いお話を聞いていると、その対象物が、私自身は好きかどうかわからなくとも、何か、心地良い感覚になります。そして、また別のマニアのお話を聞く、、そしてまた次のマニアへ、、、、そんな体験をしました。
そのメカニズムを考えると、おそらく、その人の「好きの話を聞くこと」自体が、とてもポジティブなコミュニケーションなんだろうと思います。そこには、発見があり、共感が生まれます。
言語の壁、年代の壁がなくなりつつある今、マニアな心は、人々とつながる、大事なツールになるでしょう。
(未来定番研究所 窪)
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