2020.04.16

Sign with meが目指す、未来の“共生”とは。

「Sign with Me」のオーナー・柳匡裕

Sign with Meは、2011年に公用語を日本手話と書記日本語(筆談)とするスープカフェとしてスタート。スープ専門店「ベリーベリースープ」のフランチャイズ店として、「スープ」「スイーツ」を通して手話空間を楽しむ場を提供するという目的でオープンしました。聴覚障がい者である「ろう者」の方々は、他の障がいに比べて離職率が高く給料も低いという現状があります。この問題を解決するために、ろう者がろう者を雇う場所を作るというという取り組みから生まれたのが「Sign with Me」でした。障がい者の方々が自ら動き社会と繋がることで、自分の存在価値を見つけられるよう、障がい者の方々の社会進出を推進する取り組みとして注目されています。この取り組みを推進する「Sign with Me」のオーナーである柳匡裕さんに話を聞き、未来の“共存社会”とは何かについて考えます。

(撮影:小野真太郎)

障がいを持つ人が、

自分らしく生きていくために

F.I.N編集部

まずはじめに、「Sign with Me」を立ち上げる前は、どのようなお仕事をされていたのか教えていただけますでしょうか。

柳匡裕さん(以下、柳さん)

20代の頃は、企業の障がい者雇用で就職。その後、障がい者専門の人材派遣会社で、転職支援などをしていました。そして、2011年に独立して「Sign with Me」をオープンしたんです。

F.I.N編集部

ろう者や障がいを持つ方から見た、障がい者雇用の現状や課題について教えてください。

柳さん

ひと言で言えば、障がい者雇用は“数字ありき”になっています。障がい者雇用は制度になっていますが、民間企業の法定雇用率は全従業員の2.2%が障害者と義務付けられています。国や地方公共団体は2.5%です。ただ、雇用しても仕事内容は単純労働がほとんどです。そうなってしまうのは、まず“数字ありき”からスタートしているからなんですよね。一般的な雇用というのは、戦力を前提にしています。でも障がい者雇用は、企業のCSRが前提です。社会貢献が前提になってしまっているから、個人の能力を生かしたり成長したりするよりも、雇うことが目的になってしまう。これが現状であり、根っこにある課題でもあります。

F.I.N編集部

そういった問題があるのですね。柳さんが雇用する時はどんなことを前提にしていますか?

柳さん

本人がどう稼げるようになるかということを前提に、雇用しています。つまり、即戦力として働いて、それに見合った対価をもらう。これはいたって普通の考えなんですよね。でもこの前提が違うだけで、随分印象が変わりませんか?企業もそれはわかっていても難しいとほとんどの方は言います。どこまで実行できるかどうかなんです。

すべての答えは自分の中に。

まず自分の意識を変えることから

F.I.N編集部

雇用する上で大切にしていることはありますか?

柳さん

私は特に、“オーナーシップ”を大切にしています。オーナーシップとは、自分のこととして取り組めるかどうかということです。わかりやすく言うと、“当事者意識”ですね。障がい者は私も含めて、これまで“保護されてきた”歴史があります。よく「ありがとうを言うことはあっても言われることは少ない」と話すのですが、この状態を私はずっとおかしいと思ってきました。だからこそ、相手から「してもらうのを待つ」のではなく、どうしたら自分でできるか考えるというマインドを持つことが必要だと、スタッフには口を酸っぱくして言い聞かせています。このマインドが身につくまで時間もお金も非常にかかります。体力のある大企業にこそ、やって欲しいです。

F.I.N編集部

世の中の認識とギャップを感じますか?

柳さん

「ろう者であることを障害と思ったことは一度もない。だけど、ろう者であることを受け入れている」。この言葉の「ろう者」を「女性」に変えてみてください。女性だったら昨今は表立った差別とかは無くなっていますよね。でもどこかで抑圧されている、もしくは不便と感じるシーンはあるはずです。でも何よりも問題なのは、その差別を意識していない、気づいていない当事者が多いことです。

F.I.N編集部

確かに、“当たり前”になっていておかしいと思わなくなっていることはあるかもしれません。

柳さん

心理学者アルフレッド・アドラーの「すべては自分にある」という考え方が好きで、共感しています。「何が与えられるか」に意識が向く人は、つい文句が出てしまう人が多い。逆に「何ができるか」を考えられる人は文句を言いません。例えば、冷蔵庫を開けて「これだけ?」と思うか、「あるものでどう料理するか」と思うか。後者の意識に変わっていくと、それまで当たり前だと思っていたことにとても違和感を感じるようになったんです。私は講演などで、鳥かごに例えてお話しするのですが、私たち障がい者は、これまで暖かい布団やご飯が不自由なく与えられてきて、自分の背中についている羽は何の役目があるのか疑問を持ちませんでした。でも大空を飛ぶ鳥を見て、初めて羽の意味がわかった時とてもショックだったんです。

F.I.N編集部

そのことに気づいたのはいつ頃でしたか?

柳さん

20代の頃です。障害者雇用として企業で働いていましたが、パニック障害を患って退職しました。仕事は単純作業だけで、時には「何もしなくていい。座っていればいい」と言われることに当時は疑問に思わなかったのですが、そんな毎日の中で無意識にどこかに違和感を感じていたのだと思います。それで体が悲鳴をあげたのでしょう。その時、「生きるってなんだろう」と考えながら、あらゆる本を読み漁りました。その中で「これだ!」と思ったのが、仏教の教えで、「人間の幸せは4つある」という内容でした。それは、1、他人に愛される幸せ、2、他人に褒められる幸せ、3、他人の役に立つ幸せ、4、他人に必要とされる幸せです。4つのうち3つは、自ら動いて汗をかかないと得られない幸せですよね。保護されている状況の中では、絶対に得られない幸せだと気付いたんです。

「社会を変えたい」

そんな想いでカフェをオープン

F.I.N編集部

それから、柳さんが独立してカフェをオープンするにあたり、どのような心境の変化やきっかけがあったのでしょうか?

柳さん

私たちから見ると、社会を作っているのは聴者視点なんです。聴者の組織の中で自分たちが抱えている問題を解決するのは難しいと感じて、独立しました。街を歩きながら、これから何をするかアイデアを練っていた時、おなかがすいて、匂いにつられて入った店がインド料理店だったんです。そこはスタッフが全員インド人で、メニューを見たら英語なのかヒンドウー語なのかわからない言葉で。なんとなく指を差して注文したのですが、食べたらすごくおいしくて気が付いたら常連になっていました。その時に気付いたんです。ターバンをまいている=インド人と、自分の中で勝手な印象を持っていたけれど、なんとなく店内を見ていると、インド人の中にもいろいろな人がいるなと、ふと思ったんです。自分も偏見とかに苦しめられていたけれど、自分自身も人に対して偏見を持っていたことに、その時初めて気付きました。そこで、まずは私たち障がい者もいろいろな人がいることを知ってもらい、かつビジネスとして成立させるには、飲食店だと思いついたんです。私のように素人でも開業できるフランチャイズ制度という制度があることを知って、ろう者として起業することに賛同してくれる企業を探しました。

F.I.N編集部

それで、現在の「ベリーベリースープ」と出会ったのですね。オープンするにあたりこだわったのはどんな点でしょうか?

柳さん

50社近くに断られて、唯一手話を使って接客してお店を運営したいというアイデアを面白いと言ってくれたのが、「ベリーベリースープ」でした。出店する場所にはとてもこだわりました。社会を変えたいと思って起業したわけですから、効果的に浸透させられる場所、ビジネスとして回せる場所というふうにいろいろと考え、日本の社会を作る人をたくさん輩出するのは東大だなと思って。実際、手話言語条例を全国に先駆けて施行したのが鳥取県知事で、彼は東大出身なんです。知事は学生時代に手話と出会い、その頃からアイデアを温めていたそうです。そんな縁も感じてこの場所を選びました。

F.I.N編集部

東大に通う方々とは実際に交流はありますか?

柳さん

医学部の方と話した時、聴覚障害は治すものだという方に、「私が欲しい医者とは、手話ができる医者です」と話しました。そうしたら、東大医学部に手話サークルを立ち上げてくれて。年に2〜3人の手話ができる医者の卵が誕生しています。私たちろう者のことを、“1つの人種”という見方をしてくれるようにもなりました。最初にお話したように、オーナーシップを意識して自発的に取り組めるようになって欲しいと思っています。

みんなの声が

平等に届くように。

F.I.N編集部

これからの未来に向けて、社員の教育をどのように行っていますか?

柳さん

社内では、徹底的に情報共有をするようにしています。ろう者は、これまで会議という場ではいつも孤立していました。自分では答えを出さないようになってしまっているんです。でも、みんなに意見をさせるように心がけています。だから非常に時間がかりますし大変ですが、変わるためにはそうしないと。本当に当たり前のことをしているだけなんですが、それを当事者がどこまで実行できるかどうかが重要です。私は、講師として各地で10年間くらいこのような話を各地でしていますが、教え子が独立してサポートしてくれるようにもなっています。またフィリピンやタイ、チェコなどでも3年くらい前からこの取り組みを行なっています。「ろう者」をはじめ、障がい者が保護されるだけでなく、自ら動いて発信し、活躍できるよう、社会を変えていく取り組みを広めていきたいですね。

Sign with Me 本郷店

住所:〒113-0033 東京都文京区本郷5-23-11 野神ビル2F

FAX:03-6801-8820

Eメール:swm@signwithme.in

営業時間:11:00〜19:30 4月から営業時間11:00〜19:00(19時以降は予約制となります)

定休日:なし

URL:http://signwithme.in/

編集後記

取材の数ヶ月前に、このお店でランチをして、感じたことがありました。

店員達の意思疎通が手話だからか?私たちが何となく、静かにしようという気持ちがあるのか?店内は心地よい静けさで快適に感じました。もちろんスープも美味しかったです。

そして、指差しで注文する時を除けば、何ら環境は変わらず。ファーストフードによくある、適当な「いらっしゃいませー、いらっしゃいませー」の心の無い発声も聞かず、じっくりスープを味わう時間、読書する時間を過ごせました。その環境は、日常以上の心地よさでした。

ろう者の今まで引き出せていなかった才能を引き出して、健常者たちに、その才能に気づかせるという、柳さんの活動は、単一作業雇用の多い既存の障害者雇用とは、一線を画する活動でした。この活動がより大きな広がりになるよう、応援していきたいと思います。

(未来定番 窪)