目利きたちの、目が離せないアカウント。
2019.11.06
今、アイヌ民族とその文化が注目されています。2019年4月には、アイヌ民族を法律に初めて「先住民」と明記した「アイヌ新法」が成立。さらに、2020年には、北海道白老町に国立アイヌ民族博物館、国立民族共生空間などを含む「ウポポイ(民族共生象徴空間)」がオープンします。人種、性別、国籍など多様性を認め合う「ダイバーシティ」が拡大していますが、アイヌ民族の今を知ることで、相互理解のヒントが得られるのではないでしょうか。そこで、10年以上に渡り現代を生きるアイヌの人々を撮り続ける写真家の池田宏さんに、今のアイヌを取り巻く状況について伺いました。
(写真提供:池田宏)
アイヌの人々のポートレイトを撮る写真家・池田宏
「アイヌ」とはアイヌ語で「人間・ひと」を表す言葉です。それも、「感性が豊かで智恵に富んだ人」という意味で使われていました。
かつてアイヌ民族は、北海道や樺太、千島列島、本州の北にまたがる、広大な地域に住んでいたと言われています。平安中期より、大和朝廷と対立する勢力「蝦夷(えみし)」と呼ばれ、その一方で鎌倉・室町時代には、大和民族と大規模な交易も営んでいたという歴史もあります。
明治以降は、北海道の開拓が進み、アイヌ独自の食文化である鮭漁や鹿猟の権利が奪われ、住居や農地が制限されるなど、アイヌの人々にとって苦しい時代が始まりました。そして2019年4月、アイヌの人々を「先住民族」と明記した「アイヌ新法」が成立します。
写真家の池田宏さんが、アイヌの人々を撮影するために北海道に通い始めたのは、2008年の夏の頃。
「写真家としてテーマを模索する中で、大学時代アイヌ語の講義があったことや、高校の修学旅行で白老を訪れたことが記憶の片隅にあり、とりあえず行ってみようと北海道の二風谷を訪れました」
突然、カメラを片手に現れた若者に対して、現地では拒絶する人、迎え入れてくれる人と反応は様々でした。
「急に写真を撮らせてくれと言われても、普通はイヤですよね(笑)。それに、報道系のカメラマンに勝手に写真を撮られたりと、写真によって傷つけられた経験がある方もいて。ですから、まず仲良くなって写真を撮らせてもらい、そこから、他のアイヌの人を紹介してもらう。そうやって少しずつネットワークを広げていきました」
ステレオタイプに括ってしまうことの怖さ
2018年に『ゴールデンカムイ』がアニメ化され、阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」の「阿寒ユーカラ ロストカムイ」が話題になるなど、アイヌ民族とその文化に注目されていますが、現代のアイヌの人々はどんな暮らしをしているのでしょうか。
「ごく一般的な暮らしです。アイヌだからといって特別じゃない。仕事に行くときは、当たり前ですが、スーツや作業着ですし、自分の身近な人たちとなんら変わりはありません。ですが、アイヌといえば『自然と共生する民族』『エキゾチック』などと幻想的な語られ方ばかりで、当たり前のことを想像できない人が多い印象です。そのくらい、これまで情報が少なかったことも事実です。写真集『AINU』に収めたのは、一人の生活者としての彼らの日常です。アイヌだからことさら自然を敬っている、伝統を重んじているというようなステレオタイプで捉えると、彼らを苦しめることにも繋がってしまうのではないかと思います」
写真集『AINU』では、伝統的な衣装を身につけて行う儀式や、カラオケを楽しんだり仕事をしたり公園で遊ぶ子どもなど、日常の様子も映し出されています。
「例えば、年中行事を大切にする人、それに捉われない人がいるのと同じ。アイヌの伝統を守る活動をする人もいれば、差別を恐れて、やりたくてもできない人もいるわけです。中には、10代の反抗期でアイヌの文化から離れ、その後、再びアイヌの文化継承に携わる人もいます。僕の友人は、地域のおじいさんから話を聞いて、鉤爪のついた漁具・マレㇰでの鮭漁をしています。山で行者ニンニクを採るときには山にお祈りをしたり、翌年も山菜が採れるように根っこを残したり、言い伝えを大切にしていますが、それはその友人が選んだ生き方。個人によって違います」
アイヌの伝統文化を知るために
独自の言葉をもち、自然と共生する知恵が受け継がれているアイヌ文化。それをより詳しく知るためには、どうすれば良いのでしょうか。
「アイヌについての施設や、オープンに行われる儀式もあります。阿寒湖で毎年行われている『まりも祭り』、江戸時代、松前藩に対して一斉蜂起を主導したシャクシャインを偲ぶ『シャクシャイン法要祭』、阿寒湖アイヌシアター『イコㇿ』などに足を運んでみてはいかがでしょうか。また、来年オープンする『ウポポイ(民族共生象徴空間)』の国立アイヌ民族博物館は、アイヌをテーマにした日本初の国立博物館です。」
独自の文化をもち、魅力にあふれるアイヌ文化。しかし、忘れてならないのは、アイヌの血をひく人たちも、それぞれの人生を生きているということ。また「アイヌ新法」は、いまだ不十分だという意見もあります。同じ時代をみんなで生きていくために、知識を得て、議論を深めていく。アイヌへの注目が高まっている今は、その第一歩なのかもしれません。
池田宏(いけだ・ひろし)
1981年生まれ、佐賀県小城市出身。大阪外国語大学外国語学部スワヒリ語科卒業後、2006年にstudio FOBOS入社。2008年夏よりアイヌ民族をテーマにした作品制作を行う。2009年よりフリーランスで活動。2019年1月写真集『AINU』(リトルモア)刊行。個展は2019年2月「AINU-LANDSCAPE」展(スタジオ35分)など。
(ポートレート撮影:松野葉子)
編集後記
池田さんがアイヌの方々と接する上で大切にされている、目の前の1人ひとりの相手と向き合って、その人が背景に持つ文化や歴史を知って理解しようとすること、その人との良好な関係を築いていこうとすることは、特別なことではなく、人間関係を構築する上での普遍的なベースであると思います。
人の移動がボーダーレスになっている現代だからこそ、相手は○○な人に違いない、という先入観を捨てて、まずは相手の文化を知り、リスペクトすることがますます大切になってくるように思いました。
(未来定番研究所 菊田)
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