F.I.N.的新語辞典
2023.01.19
愛でる
好きなものを好きといえる環境となり、世の中はさらに多様化が進んでいくように思います。そこで、F.I.N.編集部がテーマに掲げて探究していくのは、「愛でる」。この言葉には多彩な意味が含まれていますが、いずれも対象への好意的な熱意を感じさせる、前向きなものであることは確かです。
今回ご登場いただくのは、クリエイティブも担う投資ファンド〈THE CREATIVE FUND〉の代表・小池藍さん。投資家として第一線で活躍しながら、一見投資とは縁遠そうなアートの世界にもどっぷり浸り、アート専門のYouTube番組『Meet Your Art』でナビゲーターもつとめています。興味がありつつも、敷居の高いイメージのあるアートにどのように接していけばいいのでしょうか。小池さんがアートに魅せられた過程とともに、その方法をお伺いします。
(写真:米山典子)
小池藍さん
〈THE CREATIVE FUND〉代表パートナー。慶應義塾大学法学部卒業。
大学時代にスタートアップを経験後、2010年博報堂に入社。その後、2012年から2015年までプライベートエクイティファンドのアドバンテッジパートナーズにてバイアウト(LBO)投資と投資先の経営及び新規事業運営に、2016年よりあすかホールディングスにて東南アジア・インドのスタートアップ投資に従事し、独立。2020年より、ベンチャー投資ファンドの〈THE CREATIVE FUND〉(旧社名:GO FUND)を創業。現代アートの知見を深めることとコレクション、普及にもつとめ、2021年京都芸術大学芸術学部専任講師にも着任。2022年より株式会社ADワークスグループ 社外取締役就任。
アートの見方を知ってから、
ものごとの受け止め方が変わった。
現在は投資家でありながらも、アート専門番組『Meet Your Art』のナビゲーターとしても活躍する小池さんですが、もともとアートヘの造詣が深かったというわけではなく、むしろ「見方がわからない」という立場でした。
「美術館に行くと、白い部屋に石がポツンと置いてあったりするじゃないですか。美術館やギャラリーなど展示されている空間自体はかっこいいから足を運んではいたんですけど、こうした作品をどう捉えたらいいのかはわからなくて……」
そんなとき、たまたま現代アート専門の方と知り合う機会があり、作品の見方を指南してもらったことが、小池さんがアートを愛でるようになるきっかけになりました。
「それまでアートは自分の感覚や感性で味わうものというイメージがあったんです。だけど、実際には造形の美しさだけではなく、作家が考えているコンセプトや社会に対する問題定義、作家自身が好きなものなど、作品の背景にあるストーリーを把握した上で見ることが大切だということを教わりました。実際に、作家本人やキュレーターが書いた解説などの文章を読むと、作品の持つ意味がきちんと見えてくるんですよね」
投資家である小池さんが投資するのは、主にスタートアップ企業。アートに接することで、アートとスタートアップの在り方が非常に似ていると感じたそうです。
「世の中にはさまざまな課題があります。それを事業という形で解決しようとしているのがスタートアップ企業で、作品として表現しているのがアーティストだな、と自分の中で理解して、その2つがつながったんです。それに気づいてからは、本格的にアートの世界にハマっていきました」
新たな投資対象の起業家と出会うため、世界中に出向いていた小池さんは、同じようにアーティストに出会うため、海外の展覧会はもちろん、小さなアートフェアや美大の発表会も巡るように。この経験は、投資の仕事ばかりしてきたことで積み重なった息苦しさを解消する役割がありました。
「投資ってこういう理由があるから投資するという、理詰めな思考で考えることがほとんどなんですけど、世の中の事象って必ずしも100%はっきりした理由に基づいて成り立っているわけじゃないじゃないんですよね。アートはそういう感覚的なセンスや心地よさが集約されていて。アートに出合うまで、私は仕事だけでなく生活のありとあらゆることに理由を求めてしまっていたんですけど、アートに触れることで言葉では説明できないことも受け入れられるようになりました。アートに人生を救われたとまでは言えませんけど、これまでの凝り固まった思考に柔軟さを与えてくれ、そういう感覚を鍛えていくのがアートの世界なんだなって。そう気づけてからは、日常がふわっと軽くなったような気がします」
小池さんが心震わされた、
現代美術家・菅木志雄さんの作品群。
こうして数々のアート作品や作家の思想に触れることになった小池さん。その中でも最も衝撃を受けたのが、現代美術家・菅木志雄(すがきしお)さんの作品群でした。
「菅さんは木の枝や石といったものを材料に作品を制作されるんです。木の板に木の枝が貼ってあったり、針金がそこから出ていたりして、『これは一体なんだろう……?』と、最初の頃は疑問符が浮かぶばかりでした」
そんな中、菅さんが1970年代から80年代にかけての日本のアートムーブメント「もの派」で活躍し、現在も精力的に作品を発表している日本を代表するアーティストということを知ってからは、小池さんの作品の捉え方に少しずつ変化が起こります。
「私もそうですが一般的にも、アートというとルノワールとか印象派とか、見た目の美しさや技法を堪能するといった、解釈の幅がそれほど大きくはないものと捉えられていると思うんです。だけど、『もの派』は、地面に円柱型の穴を掘り、掘った土を外に置いて、穴と横並びにした状態を作品として提示する、という作品だらけ。最初はそうした技法に戸惑いましたが、それと同時に衝撃を受け、従来の思い込みが良い意味で覆されたんです。そういう人の心を動かすアートの力に圧倒されて、どんどん菅さんの作品に惹き込まれていきました」
もっと身近に、もっと気軽に。
アートを愛でるための5W1H。
小池さんは現在、アートをどのように愛でられているのでしょうか。ここからは5W1H形式でその方法を探っていきます。
・【When】/どんな時にアートを楽しんでいますか?
「いつどんな時もですね。アートは私にとって日常的に目の前に普通にあるものなんです」
・【Where】/どこで鑑賞していますか?
「あらゆる場所でですね。美術館やギャラリー、アートフェアや美大の卒展にも行きますし、自分で買った作品を自宅に飾っています。自宅はともかく、展覧会はそれぞれコンセプトが異なるので、意識して満遍なく行くようにしています」
・【Who】/誰と鑑賞していますか?
「1人でアートを見に行くこともありますが、アート好きの友人と各地の美術館を旅行したり、アートに興味はあるけど見方がわからないという方を誘って、アートに開眼していただくこともあります。私も最初は詳しい方にご一緒させていただき解説してもらったことが一番の勉強になったので、そういう方と一緒に鑑賞するのもいいかもしれません。1人で美術館や展示会に行くときは図録などで勉強しますし、友人と一緒ならお互いが仕入れてきた情報を教え合ったりもしています」
・【What】/どんな作品や展覧会を鑑賞していますか?
「私は現代アートが入口だったので、最初のうちは現代のものを中心に見ていました。だけど最近はもっと古いものや伝統的なもの、現代のものでもこれまで見ていなかった工芸的なものなど、ジャンルや時代をさらに広げるようにしています。本当はアートならなんでも、それこそ全部見たいくらいなんですけど、世の中に展覧会やギャラリーは無数にありますし、期間も限られていますからね。全部を網羅するのはさすがに難しいので、出先の近くにある美術館やギャラリー、展覧会はなるべくチェックするようにしています」
・【Why】/どうして今、アートの力が必要なのだと思いますか?
「私たちが社会を豊かに生きていくため、そして人間が人間らしくあるために、アートの力が必要なのだと感じています。理由や理屈が求められることの多い世の中だからこそ、感性や感覚が育まれるアートに触れる時間が、今の私たちにとって大切なのではないでしょうか。とくにコロナ禍以降は、生活に必要最低限のもの以外は我慢を強いられて、美術館や文化施設は軒並み閉鎖してしまいました。だけど、実際には文化がない生活は苦しかった。みなさんも身にしみてわかったと思います。そういったことに気づけた今、よりいっそうアートを身近に感じる必要があるような気がします」
・【How】/おすすめの鑑賞方法はありますか?
「自分が面白そうだと感じた展覧会、美術館、ギャラリーを怖がらずにどんどん扉を開けていっていただきたいです。とくにギャラリーは決して敷居の高い場所ではなく、気軽に入ってOKなんです。もちろん、気になることがあれば学芸員の方や作家さんに直接聞いたって構いません。怖がらなくて大丈夫です」
アートの世界に一員になって
その勢いと盛り上がりを目の前で楽しむ。
現在、アートの世界では、NFTアートが注目を浴びたりと、新たなムーブメントが起こっています。それでは今後、アートを巡る環境はどのように変わっていくのでしょうか。
「今後5年ぐらいの間に、日本のアート業界はどんどん拡大して盛り上がっていくと予想しています。日本のアート市場はものすごく規模が小さいものですが、あらゆる産業が衰退しているといわれる現状で、アート業界だけは珍しく伸びているんです。だから、今のうちから関わっていると、盛り上がっていく過程をリアルタイムで楽しめるはず。鑑賞する立場だけでもいいですし、作り手になるのでも作品を売買する立場でも、なんらかの形でアートの世界に加わることで、これからのアートの盛り上がりを体験できると思っています」
■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント
・世の中で起こる事象は全て合理的であるわけではない。人が豊かに暮らしていくうえで言葉では説明できない直感や感性を育む力がアートに存在する。
・テクノロジーの発達によりNFTアートなどアートの楽しみ方が多様化し、市場はもっと拡大する。
【編集後記】
「アート思考とシステム思考」「右脳と左脳」最近よく耳にする言葉ですが、コロナ禍を経て世の中で起こる事象すべてが合理的ではないことが、肌感覚でわかりました。 感性をもつ人だからこそ、人が人らしく豊かに暮らしていくヒントがアートに詰まっているように思います。
(未来定番研究所 小林)
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