2021.09.10

NFTアート入門講座[3時間目:NFTアートは、なぜ今盛り上がっているの?]

ここ最近、頻繁に耳にするようになった「NFT(Non-fungible token/非代替性トークン)」という言葉。本記事は、NFTのことを、知ったつもりで今日まで来てしまった人への入門講座です。スタートバーン株式会社代表の施井泰平さんに、「NFTアートとは何か」から、その歴史を紐解いていただいた1時間目、NFTアートを所有する感覚についてお聞きした2時間目に続き、3時間目では、NFTアートが盛り上がりを見せている背景についてお聞きしました。

(イラスト:ZUCK)

NFT市場は、新しい大陸である。

F.I.N.編集部

NFTアートが最近急にさまざまなところで話題に上るようになったのには、どのような背景があるのでしょうか?

施井さん

今年の5月に、仮想通貨全体によって生まれた資産が、ドル紙幣の流通総額を超えたというニュースがありました。それぐらいの超巨大市場が形成されつつも、他方で、各国の通貨に換金するときには国によってはとんでもない税金を払わないといけないといった制約がある。そういった背景のなかで、手元の仮想通貨をそのまま使える先として、イノベーターたちがブロックチェーンのカルチャーにベットしている、という流れがあります。そのくらい、仮想通貨の世界には資産をたくさん持った人たちが実は大量にいるんですよね。そのことを意識せずに今のNFTのムーブメントのことを考えると謎に感じるかもしれませんが、実はそこに巨大な新しい大陸がある。そのうえで、イノベーターの間で盛り上がっているイノベーションに参加したい、というモチベーションを持ったコレクターが今は一番多いのかなという体感ですね。

F.I.N.編集部

従来のアート市場とNFTアート市場では、コレクターの層もかなり違うんですね。

施井さん

そうですね。従来のアート市場の人たちの間では、NFTアートという新しいカルチャーに対して懐疑的な人、アレルギーを持っている人が今のところかなり多いです。「価値というものは時間をかけてじっくりと醸成されていくものだから、突然出てきた無名の人の作品が億単位で販売されるような状況は何かおかしい」といったような。

これまでは、写真や映像のようなデジタルアートって、流通コントロールがすごく難しかったんですね。プライマリー(作品が発表された後の最初の売買)の市場では売れ始めているものの、セカンダリー(二次的な売買)があまり動かない。なぜかと言うと、その作品が偽物やコピーされたものの可能性があって、その部分の証明がすごく難しいんですね。そういったことを克服できる技術として、NFTに興味を持ち始めている人が今少しずつ出てきているのかなと思います。去年に比べると、その風向きがまったく違うなという印象ですね。

今年の頭に平山郁夫などの版画の贋作問題がニュースになりましたが、あれもちゃんとした工房で刷られた版画なのに、公式のマークが付いていなかった、みたいな話なんですよね。それはつまり、公式マークをいかに継承するかという来歴の話なので、「なるほど、こういうときにNFTを使うんだな」という実感が湧いたのかなと。こういった話題に日々触れるようになってくると、NFTが結果的にコレクターも喜ぶものにもなっているという理解が浸透していくんじゃないかと思っています。

F.I.N.編集部

池田亮司さんや村上隆さん、ダミアン・ハーストなど、国内外の有名なアーティストも、最近は続々とNFTアートに参入している印象です。

施井

アーティストにとっても、NFTアートはその人が今までどのような目でアートを見ていたかがわかる、ある種のリトマス試験紙になっているようなところがあります。例えば池田亮司さんはマーケットではなく技術の可能性を大きく広げるものとしてNFTアートを捉えコンセプチュアルにアプローチしているし、村上隆さん[★]のClubhouseなどでの話を伺っていると、やはり高度にコンセプチュアルな作家なんだということを改めて感じます。海外に目を向けると、ダミアン・ハーストの「The Currency」というプロジェクトなんかは、各国の金融庁のような行政機関が注視しているアートやNFTの持つ通貨的要素をギリギリ攻めることで問題提起を促していたりしますね。プッシー・ライオットのようなアクティビストは、通常ロシア政府に止められてできない資金調達を仮想通貨で行うためにNFTを活用していますし、NFTアートがやりたいがために所属ギャラリーを変えるウルス・フィッシャーのような作家も出てきています。他方で、作家によっては物理的な存在感のないNFTに価値が生まれていること自体に懐疑的な人や、情報をそもそもシャットアウトしている作家もいたり──そのあたりはスタンスの違いが明確に出て面白いですね。

★……2021年4月、村上隆氏が花のモチーフをドットで描いた《108 Earthly Temptations》をNFTのマーケットプレイス「Opensea」に出品。同月7日にオークションが開始されたが、「さまざまなテーマに対して慎重な検討と議論を重ねて、より最適な形式でNFTをご提供して行くのが良いだろう」(Instagramより)という見解のもと、オークションの終了前に出品を取り下げたことが話題になった。

NFTは、アート市場の価値観を変えていく。

F.I.N.編集部

NFTアートの市場は、今後どのように変わっていくと思いますか。

施井

そもそもの特徴として、NFTアートってプライマリーの段階からオークション形式の場合が多いんですよね。某経済学者によれば「価値が定まってないものに関しては、いきなりオークションにかけてしまう方が正しい」そうです。既存のプライマリーアートマーケットは作品のサイズ(号数)でプライシングして、値段を毎年少しずつ上げて作家を成長させていくというのがセオリーでしたが、それに対して今のNFTアートマーケットは、常にどれぐらいの需給のバランスがあるかを探っていくような、より合理的な市場原理主義に基づいているんですね。そこが今まで頑なに慣習を変えようとしてこなかった人たちを少しずつ変えている。これまで露わにされてこなかった購入者のIDや購入金額なども見えるようになって、それでもすごく売れている作家がいるということが顕在化されてくると、従来のアート市場の人たちのメンタリティも少しずつ変わってくるだろうと思っています。

F.I.N.編集部

最終的に、アート作品すべてがNFT化されるような未来はありえるのでしょうか。

施井さん

個人的には、物理的なアートであろうがデジタルアートであろうが、「自分の著作物としてこれを公式に公開する」と作家が宣言する場所としてもNFTが使われていくといいなと思っています。作品をデジタルデータにしたり、登録行為をするというのは、ある意味「編集」ですよね。そこから漏れるものがアートにおいてはすごく大切なので、逆にそこに収まらないものが重要とされる時代にもなっていくのかなとも同時に考えます。NFT化できないものがカルチャーの卵を作っていく可能性もあるかなと。

Googleが掲げる「世界の情報をすべて整理する」という理念が僕は結構好きなんです。それはウィトゲンシュタインの「言語の限界が思考の限界を規定する」といった言葉とすごく似てるなと思っているんですね。情報の整理をすると逆にそこで規定されなかったもの、情報化できないものは何かということが明らかになるので、世界中のアートをすべて整理してNFT化したときに、できないものは何か、なぜできないのかというのが、この時代の一つの新しい問いになるのかなと思うんです。それをまたNFT化しようと技術は進むだろうし、良い意味で技術とアートがイタチごっこをする未来が来たら面白いと思っています。

F.I.N.編集部

確かに、そういったところに目を向けることは、本来アートが得意とするところですよね。

最後に、一生活者にとって、NFTアートをどのように楽しんだらいいか教えてください。

施井さん

『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』(2008)というコレクターの夫婦を撮ったドキュメンタリー映画がありますよね。あのなかで、ごく普通の庶民であるハーブ&ドロシーは、リキテンシュタインなどのそれこそ現在は180億円超えの記録を作っている作家の若い頃の作品をコレクションしています。あれはサラリーマンが買えるアートが普及した第1世代の物語なんですね。そのもっとラディカルなことがNFTではできるんじゃないかなと思っているんです。

アートコレクターたちにコレクションを始めたきっかけを聞いていると、彼女に連れて行かれた展覧会で何となく買ったアートがなぜか20倍の値段になって、そこから本格的にアートに興味を持ち始めた、みたいな人もいます。「将来高くなるかもしれない」とか「レアなものを持っていたら一目置かれるかも」とか、最初の入り口は本当に何だっていいと思うんですね。

今後は、投資以外のところで作品そのものを楽しめるとか、ガチャを引いてレアなカードをもらうようなゲーム性を帯びたものなんかも出てくるだろうし、音楽を聴くぐらい気軽でさまざまなNFTの楽しみ方が増えていくんじゃないかなと思います。

F.I.N.編集部

今回はありがとうございました。

[おわり]

Profile

施井泰平さん

スタートバーン株式会社 代表取締役

株式会社アートビート 代表取締役

 

1977年生まれ。少年期をアメリカで過ごす。東京大学大学院学際情報学府修了。2001年に多摩美術大学絵画科油画専攻卒業後、美術家として「インターネットの時代のアート」をテーマに制作、現在もギャラリーや美術館で展示を重ねる。2006年よりスタートバーンを構想、その後日米で特許を取得。大学院在学中に起業し現在に至る。2021年に株式会社アートビート代表取締役就任。講演やトークイベントにも多数登壇。

【編集後記】

「NFT」の意味をなんとなく分かったつもりでしかなかったことに気づけたのが今回の「授業」でした。

成り立ちから、今の盛り上がりが持つ意味、そしてこれからのアート(作品だけではなく、その業界)に与える影響、様々な角度から事例を交えての解説で、完全ではないもののNFTへの理解が深まりました。

これまでの「購入≒所有」という感覚ではなく、所有権を保持しているだけという感覚にはまだまだ馴染みがないですが、これが普通の感覚になっていくのにあわせて一般化し、NFTが一般の人にアートをより広く広げていくきっかけになる近い未来が見えた気がします。

(未来定番研究所 織田)