2020.10.07

アートを暮らしの一部に。TAPの活動から探るアートの可能性。

都心から電車で1時間弱でたどり着く、茨城県の取手駅。その駅に直結する「アトレ取手」内に、2019年12月に誕生した文化交流施設「たいけん美じゅつ場 VIVA」は、オープン間もないながらたくさんの市民が行き交います。管理・運営を行うのは、市⺠、取手市、東京藝術大学によるアートプロジェクト「取手アートプロジェクト(TAP)」。これまでも街と人を結ぶプロジェクトを展開してきました。今回お話を伺うのは、VIVAの共同ディレクターとしてTAPに関わっている五十殿彩子さん。彼女の視点からみたTAPの活動、そしてアートと暮らしの未来の姿を探ります。

撮影:猪原悠

新しいものを受け入れる取手で、

市民に開かれた場づくりを。

「IN MY GARDEN」、団地にアートを施すTAPの取り組み。

取手市の西端にある戸頭団地、11棟15面の壁面に描かれた立体作品群。そこに暮らす人びとの記憶が、団地のあちこちに置かれたポストに投函され、それらのエピソードに応答するかたちで制作されました。

写真:阿野太一

「取手アートプロジェクト(TAP)」の始まりは、1999年。以来、街なかを舞台にアーティストの活動支援や市民の芸術体験・創造活動の仕組みづくりを行い、さまざまなアートプログラムを展開してきました。地域芸術祭など今でこそ市民をアート活動に巻き込む姿が定着していますが、当時としては先進的。それには、郊外都市である取手という街の特徴が大きく関わっているといいます。

 

「1992年に東京藝術大学の取手キャンパスが創設されたこともあって、市民の方々のアートへの興味や関心は高かったと思います。だから当初から市民が主体的にTAPの活動に参画してはじまったんです。活動が自然に受け入れられてきたのでは、と感じられるその背景には取手が東京のベッドタウンという側面を持つことにもあるのかなと。他のベッドタウンもそうですが、ここ取手でも40〜50年前に団地がたくさん作られ、街に県外から引っ越してくる人が急増したんです。そうした人たちが新しく街を自分たちの手で作っていこうとした中で、お祭りなどのイベントも自分たちの手で運営してきました。自発的な活動がいくつも起きたから、新しいものを受け入れる土壌があるのかなとも思います」

 

街中でのアートプロジェクトを経て、TAPでは現在、コミュニティカフェやレジデンスなど市内に全部で4つの活動拠点を持ちます。2017年に東京藝術大学の取手校地内に登場した一風変わった学食「藝大食堂」もそのひとつ。

提供:取手アートプロジェクト

「顔の見える生産者さんの農産物を使った手作りの食事を味わえたり、コーヒーでくつろいだりできるだけでなく、せっかく東京藝術大学にあるのでアートが気軽に触れられるような、市民に開かれた空間にできたらという思いでオープンしました。食べることをきっかけにこの学食に行けば、併設されたギャラリーや小沢剛先生がプロデュースする『ショーケース』でアートに何気なく触れられるし、大学内にある工房とコラボしてのものづくりプロジェクトなどにも参加できます。もちろん、アートに興味がなくても、学食でごはんを食べるワクワク感を楽しんでもらえるだけでもいいんです」

商業施設内からアートを発信

取手だからこそできる試み。

「藝大食堂」に続く、TAPの新たな拠点「たいけん美じゅつ場 VIVA」。取手市・東京藝術大学・JR東日本東京支社・アトレの4者が連携し、アートを介して街に新しいコミュニティづくりを行う場として、アトレ取手の4階にオープンしました。

東京藝大オープンアーカイブで展示される作品。

東京藝術大学卒業生たちの作品の保存と展示を行う「東京藝大オープンアーカイブ」、3Dプリンターやミシンなどが揃い、ものづくりに向き合える「工作室」、旅×アートにまつわる図書が約300冊並ぶ「ライブラリー」、市民や学生、アーティストたちが作品展示できる「とりでアートギャラリー」、学びの場となる「ラーニングルーム」、ラウンジ的な使い方ができる「VIVAパーク」の6つから構成されています。商業施設のワンフロア全てを使い、アート施設を作るのは異例中の異例なことですが、取手だからこそチャレンジングな試みができると五十殿さん。

「民間運営、それも商業施設内で展開するなんて、アート界ではなかなかできないことですよね。それに来場者数も売上のノルマも課すわけでもないんです。『たいけん美じゅつ場 VIVA』は、市民が行き交い、あくまでも街のインフラになることが目標なんです」

 

「VIVAパーク」で高校生がしゃべっていたり、リモートワークの大人たちがオンライン会議をしたり。そんな光景が当たり前に広がっています。街に拠点を持つことでアートは市民の中でどう広がっていくのでしょうか。

 

「アートプロジェクトを20年以上行っていることもあって、アートのある街という認識は市民の皆さんの中にも多かれ少なかれあるようです。そうした中で生活導線上でいつでもアートに触れられる場があるのは、アートを身近に感じるきっかけになると思います。過去にTAPでは、野外アート展など期間を限定したアートイベント行っていましたが、これは一過性のものになりがちで、協力してくれた住民のみなさんも私たちもお互い寂しい思いをしてきました。『藝大食堂』や『たいけん美じゅつ場 VIVA』のような場でアートに関する活動を継続的に行え、市民の皆さんと関係性を積み重ねていけるのは、何か新しいプロジェクトが生まれたり、創作物が作れたりと、お互いにとっても大きな財産になると思います」

「何かを始めたい、作りたい」

街の人の背中を押す存在に。

市民と地域の信頼を得て、アートと街、人を繋いできたTAP。取手でアートを介してコミュニティを築いてきたTAPが考える、地方都市の未来とは?

 

「取手はたまたまアートがとっかかりになりましたが、地方都市が活性化するために必ずしもアートが必要というわけではないと感じています。地域にはそれぞれ特性があって、市民の人が必要としているものがあるはずです。そこに住む人や活動を尊重し、土地の特性と魅力を生かせば、地域も人も豊かになっていけるのではないかと思っています」

 

日常生活が彩られ、豊かさを享受できるアート。現在、地域にアートを掛け合わせたプロジェクトが多数ある中で、TAPは5年先の未来にどんな存在になっていくのでしょうか。

 

「いろんな世代や背景を持つ人にとって自然な出会いが見つかる場になれたらいいなぁと考えています。そうして出会った人たちと、福祉や教育、科学といったジャンルの垣根を飛び越えてコラボしていきたい。別のジャンルのものやコトに触れて、新しい気づきになったり、はたまた何かを生み出すきっかけになったり、私たちも学ぶことが多いはず。そうしたネットワークを築いていく中で、アートプロジェクトで蓄積されたことをいかして、人と人をつなげ、何かを始めたいと思う人たちの背中を押せる存在になっていきたいです」

 

その土地を理解し、特性を生かすことから始まったTAPの活動。アートを前面に押し出して人々に呼びかけるのではなく、アートが人々の身近にある環境を用意し、優しく見守る。そんな姿勢が、人々とアートとの距離を自然に近づける鍵なのでしょう。

たいけん美じゅつ場 VIVA

営業時間:10:00-19:00(木曜定休)

住所:〒302-0014 茨城県取手市中央町2−5 アトレ取手 4階

編集後記

TAPの活動を取材して、「アート」という自由で、平等なものによって、自治体、大学、商業施設、鉄道、そして市民が一つのコミュニティになり、まるで大樹のように、時間をかけながらゆっくりと成長していく過程を垣間見ることができました。

急速な発展ではなく、住民たちが繋がることで創り出される、くらしの幸せや豊さがその地域の財産になっていって欲しいと思います。

(未来定番研究所 窪)