2026.04.22

第6回| 伝統や文化は、遠く離れた場所でも育つ。英国菓子研究家のステイシー・ウォードさん。

食、住まい、交通……。私たちの文化や習慣、暮らしの定番は、外国の方から見たら面白く、未来につながるポイントが多くあるようです。この連載では、そんな人たちが見つけ出した「未来の種」にフォーカス。「Seeds of Japan’s future(日本の未来の種)」と題し、日本で働いたり、暮らしたりしている外国出身の目利きに話を伺い、私たちが見えていない・気づいていない日本の魅力を新たに発見していきます。

 

第6回にご登場いただくのは、イギリス・マンチェスター出身で、東京・東麻布でイギリス菓子教室〈Mornington Crescent(モーニングトン・クレセント)〉を主宰するステイシー・ウォードさん。日本で手に入る材料を使いながら、イギリスの伝統的な家庭菓子を忠実に再現し、教え続けています。異なる土地でお菓子を作ることで見えてきた、文化のカタチ。ステイシーさんが日本で見つけた「未来の種」とは?

 

(文:船橋麻貴/写真:嶋崎征弘)

Profile

ステイシー・ウォードさん(Stacey Ward)

2001年に来日し、2014年、東京・東麻布にイギリス菓子教室〈Mornington Crescent〉をオープン。イギリスの家庭での作り方をできるだけそのままに、日本で入手可能な材料でと同じおいしさのお菓子を作ることを目指している。NHKの番組「グレーテルのかまど」や、日本橋三越本店の「英国展」など、メディアやイベントの出演・協力も多数。著書に『Mornington Crescent Tokyoの英国菓子』(PARCO出版)、『英国菓子のおはなし』(白泉社)がある。

https://www.mornington-crescent.co.jp/

未来の種①

小さな勘違いが、日本への興味を芽吹かせた

「どうして日本に来たのですか?」と聞かれると、私はいつも5歳の頃の記憶をお話しします。きっかけは、イギリスの自宅で見ていたテレビ番組でした。画面に映し出されていたのは、満開の桜の下で日本の人たちが楽しそうに笑い、お弁当を広げている「お花見」の風景。それを見た小さな私は、なぜだか強烈にこう思ったんです。「これ、うちの庭みたい!」って。

当時、マンチェスターの自宅の庭には、リンゴの木とチェリーの木がありました。桜とリンゴは違うものだとわかっていたはずなのに、小さな私にとってはお花が同じように見えて、リンゴの木の下で日本の人たちがピクニックをしているように感じてしまって。まだ見ぬ遠い日本に親近感を覚えたんです。

 

そこから少しずつ、日本への興味が深くなっていきました。大学では美術を学び、日本人の友人もできて、「実際に行ってみたい」と思うようになりました。そして2001年に来日し、気がつけばもう25年。東麻布で〈Mornington Crescent〉を始めてからも、10年以上が経ちました。

未来の種②

日本の食材が教えてくれた、可能性の広がり方

最初からお菓子の教室をやろうと思っていたわけではありません。日本に来てからは英語を教えたり、広告の仕事をしたり、いろいろなことをしていました。でも、自分は何をやりたいのかを考えた時に、幼い頃から当たり前にあった「お菓子」と、これまで日本でやってきた「教えること」が自然と繋がったんです。

 

イギリスの焼き菓子は、フランス菓子のような特別なものではなく、家庭の日常のなかにあるものです。だからこそ、日本で作ってみて初めて気づくことがたくさんありました。

例えば、材料の違い。イギリスには日本のような「薄力粉」がありません。だから、現地のレシピをそのまま再現しようとしても、ビクトリアケーキのスポンジが思ったように焼けない。そうすると、「なぜだろう」と考えますよね。グルテンの量、焼き方、材料の性質……。その1つひとつを調べていくなかで、イギリスで無意識にやっていたことの意味が、ようやく論理的にわかってくるんです。

 

マーマレードもそうです。イギリスでは、「セビリアオレンジ」という特定の品種を使うのが基本です。でも日本では手に入りません。ではどうするかというと、日本の柑橘で作るしかない。最初は代用という感覚だったんですけど、やってみるとすごく面白くて。ゆずや八朔、だいだいなど、いろいろな柑橘で作ることで、むしろ可能性が広がっていくんです。

 

イギリスでは1種類のオレンジで作るものが、日本ではもっと自由に、多様に展開されている。そのマーマレードをイギリスに持っていくと、家族や友人がとても喜んでくれる。「手に入らない」という壁があったからこそ、新しい価値が生まれた。これは私にとって大きな発見でした。

未来の種③

消えたはずのお菓子が、日本で息づいていた

一番驚いたのは、金平糖の話です。イギリスの伝統的なパンのレシピに、キャラウェイシードに砂糖をまぶしたお菓子が使われているんですね。「コンフィット(comfit)」と呼ばれるもので、いわば種やスパイスを砂糖でコーティングした、昔ながらの砂糖菓子です。でも、今のイギリスでは、ほとんど見かけなくなってしまいました。

 

それを教室で再現してみたら、生徒さんから「金平糖みたいですね」と言われて。たしかに、砂糖が何層にも重なって、デコボコした形になるところが似ているなと思ったんです。最初は似ているだけだと思っていたんですけど、調べていくうちに、同じ語源を持つ言葉だと気づきました。本国でもほとんど見られなくなっているお菓子が、日本に伝わって今も和菓子として残っている。それに気づいた時は、本当に驚きました。

 

これは「コンフィット」だけの話ではないかもしれません。例えばイギリスには、コーンウォール地方発祥のサフランバンズという伝統的なパンがあります。でも現地に行っても、手作りのものはパン屋さんでなかなか見つからない。その理由の1つに、ギフト文化の違いがある気がします。日本では、旅行に行くとその土地のお菓子を買って、家族や友人などにお土産として渡しますよね。だから地元のお菓子を作り続ける理由が生まれる。一方でイギリスのお土産はキッチン用品や置物など残るものが中心で、食べ物をプレゼントするという発想があまりないんです。その違いが、伝統的な焼き菓子の生き残り方に、大きく影響しているのではないかと思うんです。

 

文化って、その場所にある時には当たり前すぎて見えない。でも、一度外に出て、別の土地の材料や感性と触れ合うことで、「こういうものだったんだ」と初めて本質が見えてくる。イギリスの伝統という種は、案外、生まれた場所から遠く離れた日本という土壌で、大切に守られ、芽吹いているのかもしれません。

ステイシーさんはイギリスの古い文献を紐解き、レシピを起こすことも

未来の種④

「正解」を求める文化との出会い

もう1つ印象的だったのは、日本の生徒さんとのやりとりです。イギリスのレシピって、「適量」や「お好みで」という表現が多いんですよね。でも日本では、「それは何gですか?」「正解はどれですか?」と聞かれることが多い。

 

最初は驚きました。でも同時に、「初めて作る人にとっては、それが必要なんだ」とも気づきました。だから私は、まず1つの基準を伝えたうえで、「正解は1つではない」ということも一緒に伝えるようにしています。

 

文化が違うと、学び方も違う。でもその違いがあるからこそ、自分の考えも深まっていくんだと気づかされました。

〈Mornington Crescent〉では、月に1〜2回程度オープンベーカリーを開催。キャロットケーキやスコーンなど、本場イギリスのお菓子に出会える

未来の種⑤

学び続けることが、未来に繋がっていく

私は、先生という立場であっても、自分の知識が完成することはないと思っています。むしろ、ずっと変わり続けるものだと感じています。日本で教えているからこそ、生徒さんからの質問によって新しい発見が生まれる。自分が考えたことのなかったことを、考えるきっかけをもらえるんです。

 

もしイギリスにいたままだったら、こうした経験は得られなかったかもしれません。だからこれからも、学び続けていきたい。そして、そのなかで見つけたものを、また誰かに伝えていきたいと思っています。

 

文化はどこかに固定されているものではなくて、移動し関わり合うことで、少しずつ姿を変えていくもの。その変化を楽しみながら、これからも未来に繋がる小さな種を見つけていきたいです。

【編集後記】

イギリスの地名のついたケーキ。なぜ地名がケーキについたのか?生徒さんに質問されてわからなくて、調べて教えているうちに発見することが多くあり、それが続けていくモチペーションになっている。教えたい気持ちがステイシーさんの中にたくさんあって、発見が楽しい、学び続けたいとおっしゃる姿勢がとにかく素敵でした。

また日本の贈答の文化があってこそ、その地元のお菓子の人気や繁栄があるのではという目線もユニーク。何事も、続いているものを当たり前を受け入れたままでなんとも思わないのはもったいないことなのかもしれないと思いました。古いレシピを発掘して作っておられ、「本当のイギリス菓子を食べたいなら東京の東麻布」といわせてしまうステイシーさん。チャーミングなお人柄の行動力と目線、発想に、いろんな可能性の種を感じました。
(未来定番研究所 内野)

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