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メイドインジャパンプロダクトの魅力をたずね、それを継ぐ人の価値観を探る連載企画「メイドインジャパンを継ぐ人」。第10回は、ふすまや掛軸、屏風などの制作・修繕を行う〈松月堂栗田表具店〉の4代目で表具師の栗田浩次さんにお話を伺います。数百年前の表具を直し、新たに仕立て、未来の誰かへと手渡していく。時を編むような仕事に込められた眼差しとは?
(文:船橋麻貴)
技を横断して、時を繋ぐ。
表具師としての姿勢
岐阜県関市で1920年から続く〈松月堂栗田表具店〉。4代目の栗田さんは、ふすまや障子などの「建築的表具」、掛軸や屏風などの「美術的表具」の両方の制作・修繕を手掛ける表具師です。分業化が進むなかで、あえて全領域を担うスタイルを貫いているのは、祖父や父の代から受け継がれた多様な技術を生かし、全体像を捉えて最善の仕事をするため。
「ふすま、障子、掛軸、屏風……どれか1つではなく、すべてを扱えることが僕にとって理想の表具師の姿なんです。祖父はふすまや屏風、父は掛軸や修繕を得意としていたので、それぞれから教わるなかで僕はできるだけ多くの技術を身につけたいと思うようになりました。仕事の内容や表具の構造を横断して理解すると、『こう応用できるのか』と気づかされることも多いんです」
異なる表具の知識を組み合わせることで、従来の技術の本質がより深く見える。それが栗田さんの大きなやりがいに繋がっているそう。
「すべてを知ろうとすることで見える景色があると思うんです。構造の本質が見えるというか。表具師にとって構造を理解することは、すごく大事だと感じていて。表具は最初から解体されることを前提に作られていて、保存や耐久性などを考えると、ばらせる構造はとても合理的。日本建築にも通じるところがあり、そういう設計思想に触れていると、時間を越えて作った人と会話しているような気持ちになるんです」
本番はいつも裏側に。
「見えない部分」に宿る技
掛軸の裏面には、4~5層の異なる和紙がまるで地層のように丁寧に裏打ちされているそう。また、ふすまの内部も、杉材の格子に和紙が幾重にも貼り重ねられており、強度と通気性を両立する構造が施されています。そうした表から見えない部分だからこそ、丁寧な仕事を施すことが大切だと栗田さん。
「たとえ内部に隠れてしまう部分であっても、見栄え良く仕立てるように心掛けています。見えない部分の数センチ、数ミリの差が、表層部分のディテールを左右する。結果として、見える美しさに奥行きが増す気がします」
見えないところにこそ、職人の矜持が宿る。それはあるスポーツ選手の考え方にも通じるものがあるといいます。
「野球選手のイチローさんが『練習を本番のようにする』と言っていましたが、僕もまさにその感覚。表具師の仕事、とくに依頼主が大切にされてきた表具の修繕は、失敗が許されません。だからこそ、見えない部分に緊張感を持って挑む。もちろん技術や知識も大切ですが、そういう経験を繰り返し積むことが最終的な完成度を高めると思うんです」
栗田さんが大切にしている表具への向き合い方は、扱うものの価値や格式に左右されることはありません。
「神社仏閣や美術館、博物館などの文化財の修繕をしている時も、地元の子供が書いた書の仕立てをする時も、気持ちはまったく同じです。どんな作品も1点ものですから。誰が見るか、どう残るかに関係なく、すべての作品に敬意をもって臨むことが職人としてのあるべき姿だと思っています」
やわらかく進化する。
伝統と現代の間で
伝統技法を忠実に守り続けることを重視する考え方もある表具の世界。そのなかで栗田さんは、「なぜその技法を使うのか」という視点から、現代の技法を取り入れる柔軟さを持ち合わせています。
「昔の職人さんだって、その時代の最新技術を使っていたはず。だから、僕も現代に生きる職人として、文明の利器に抵抗感を持たないようにしています」
機械や道具、空調設備なども必要に応じて導入し、手仕事とテクノロジーのバランスを取っているそう。
「たとえば、屏風下地に直線や直角を定める時に昔はカンナで削っていたけど、今はパネルソーで素早く正確に仕事ができます。道具の精度が上がれば、表具のクオリティーも上がる。湿度管理もテクノロジーを使えば安定します。焦点は、良いモノを安定的に残すこと。そのためであれば、どんな技術や工夫も取り入れていきたいです」
こうした現代の暮らしに寄り添う表具のあり方を模索するなかで、栗田さんは「WASHIKAKU(ワシカク)」という新たなシリーズも展開しています。伝統的な和紙の特性と表具の構造を生かしながら、さまざまな空間を演出するプロダクト。日本の住環境の変化に捉われない普遍的な和の美意識を提案しています。
「ふすまや屏風の下地の構造、和紙の質感や温もりを、照明やアートのような感覚で楽しんでもらえたらうれしいです。今の時代って、光の質がすごく強くなってると感じていて。だから『WASHIKAKU』では、昔の日本家屋にあった障子から透す光のやわらかさみたいなものを空間に添えられたらいいなって。量産はしていませんが、共感してくれる人に少しでも届けばそれでいいと思っています」
2021年に制作をスタートした「WASHIKAKU」。屏風の構造と和紙の素材を生かし、和の空間のあり方を提案している
また、栗田さんは表具師の仕事や思いを、動画やSNSなどで発信。表具とは一見関係のなさそうなことも、表現手段の一部として取り入れています。
「動画を撮るのも表具師の仕事の延長線上にあると思っていて。カット割りのタイミングや色味の調整などが、ふすまの下張りや掛軸の取り合わせと感覚がすごく似ているんです。あとは、写真や映像で自分の所作を客観的に見て、より美しくなるように試行錯誤しています。言葉にならない感覚を見える形で整理するというか、それもまた表具師としての自分の一部だと感じています」
ロマンが手を動かし、
表具師として時を編んでいく
1つ1つの仕立てが「未来に託すための仕事」として存在し、積み重なる和紙の層や見えない部分への配慮からは、時間を越えて誰かと対話するような感覚が巡る。そんな表具師という仕事に、今も栗田さんが心を動かされ続けているのは、大学時代のある気づきがあるから。
「もともと表具師になるつもりはなかったんです。だけど、学生時代の就職活動で家業のことを調べ直してみたら、こんなにロマンのある仕事はないなって。何千年という歴史のなかに、自分が少しでも関われたらすごいことじゃないですか。過去のものに触れられて、未来にも何かを手渡せる。それに気づいてからは、表具師という仕事が単なる技術の継承ではなく、時間や記憶を託していく営みなのだと実感するようになりました」
栗田さんが実際に手掛けたなかで最も古い仕事は、800年前の和紙を扱ったものだそう。
「茶色く変色してるけど、触れると呼吸している感じがしました。『あぁこれ、ちゃんと生きてるな』と思ったんです。その和紙には、これまで手を入れてきた職人たちの痕跡がある。僕が直したものも、また誰かが直してくれる。その時の職人に『これはいい仕事だな』って思ってもらえたら、それだけで報われます」
こうした時代を超越するような文化財に限らず、日常のなかにある宝物を仕立てることにも、栗田さんは大きな価値を見出しています。
「文化財を直すような大仕事だけが表具の価値ではないと思っています。たとえば、亡くなったおじいちゃんの書とか、子供の初めての作品とか。そういう個人の宝物って、世界で1つしかない。そういう1点ものにも、ちゃんと丁寧に向き合いたいんです」
次の誰かに表具を手渡すために
共鳴で未来に繋いでいく
見えない部分の積み重ねが、美しさを形づくる。細部への意識が全体の佇まいを決定づけるという価値観は、栗田さんが跡を継いだ〈松月堂栗田表具店〉にも表れています。2016年に工房とショールームをフルリノベーション。外観はシックでモダン、いわゆる伝統の現場とは異なる佇まいに仕上げました。
「入口からは表具店だとわかりにくいんですよ。でもそれでいいと思っているんです。無理に門戸を広く開いて、たくさんの人に来てほしいとは考えていないんです。表具の魅力を深く知りたいとか、僕の想いに共感してくれる人とちゃんと繋がっていければいいと思っているので」
未来に繋ぐということ、残すということ。栗田さんはその両方に真摯に向き合ってきたからこそ、伝統を継ぐことについて静かにこう語ります。
「伝統的でこんなに素晴らしい仕事ですが、後世に残したいとは無責任に言えません。ただ、自分が真摯に向き合っていれば、突然変異的に未来の職人が現れるんじゃないかって(笑)。たまたま僕がこの時代にこの仕事をしていて、いつか誰かが『あの時代にこんなことしてた人がいるんだ』って見つけてくれたら、それで十分。きっとその人は表具師という仕事が好きで好きでたまらないから、自分にたどり着いてくれた人だと思うので。今は弟子を招き入れる心の余裕はないですが、そんな風に感覚を共有できる誰かがふと現れてくれたらうれしいですね。僕の思いが誰かに響いて、その人が自然と表具の世界に手を伸ばしてくれる。それくらいの温度感で、でも誠実に、仕事を積み重ねていきたいと思っています」
〈松月堂栗田表具店〉
岐阜県関市にある、1920年創業の表具専門店。ふすまや掛軸、屏風などの制作・修繕に加え、神社仏閣や美術館、公共施設における文化財の修復も多数手掛けている。4代目の栗田浩次さんは、表具師の視点から古民家や茶室空間をアップデートするほか、現代作家やギャラリー・ショップからの表具制作にも取り組む。
【編集後記】
丁寧にやりたいのに、うまく時間が使えない。そんなふうに感じることが、最近とくに増えてきました。何かを書くとき、資料をつくるとき、人と話すとき。もっと手際よく、うまくできたらと思うのに、気づけば時間ばかりが過ぎていきます。
そんなことを思いながら今回、表具師・栗田さんの仕事にふれました。見えないところにこそ手をかけるという姿勢や時間がかかっても、やるべきことにはきちんと向き合う。その積み重ねにふれて、「時間がないから」と流してしまうことに、少し立ち止まって考える機会をもらったように思います。
何を丁寧にやるか。どこに手間をかけるか。すべてを完璧にはできなくても、自分なりの優先順位を見つけながら、1つずつ丁寧に取り組んでいけたらと思います。
(未来定番研究所 榎)
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第10回| 時を受け継ぎ、次の誰かへ。〈松月堂栗田表具店〉4代目・栗田浩次さん。
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