2025.05.05

第9回| 400年もの伝統を持つ組紐を日常に。〈道明〉10代目・道明葵一郎さん。

メイドインジャパンプロダクトの魅力をたずね、それを継ぐ人の価値観を探る連載企画「メイドインジャパンを継ぐ人」。第9回は、複数の糸を組み合わせて立体的に仕上げる日本の伝統工芸「組紐」を、400年近く受け継いできた〈道明〉の10代目・道明葵一郎さんにお話を伺います。洋装への展開や体験型施設の運営などを通じて、「伝統と革新」の両立に挑む意義とは?

 

(文:船橋麻貴/写真:大崎あゆみ)

予期せぬ10代目への就任。

それは再建のはじまりだった

1652年に創業した、約400年の歴史を持つ組紐の老舗〈道明〉。10代目当主の道明葵一郎さんは元々家業を継ぐつもりはなく、幼少期から関心があったのは「建築」。大学卒業後は設計事務所を立ち上げるほど、本格的にその道を歩んでいました。

 

そんな道明さんに転機が訪れたのは、週末だけ家業を手伝いはじめた20代後半の頃。自社の技術や伝統工芸の可能性、そして職人の高齢化という現実に直面したことがきっかけでした。

 

「正式に入社してわずか半年後、当時の社長だったいとこがリタイアを表明したんです。だから、10代目として会社を引き継がざるを得なかった。正直、当時の〈道明〉は、職人の高齢化、人手不足、固定費の肥大化、施設や設備の老朽化など、すべてが危機的でした。だから『今、自分が動かなければ、この技術が絶えてしまう』と、おのずと覚悟が決まったんです」

就任後は本社の建て替え、倉庫や物件の整理統合、SPA(製販一貫)体制の強化などを次々と実行。人材育成にも力を注ぎ、社員や職人の若返りを図ります。群馬県にある自社工場の周辺での育成に加え、東京では約500名の生徒が通う組紐教室を通じて「教えること」と「組紐文化の担い手の発掘」を結びつけています。

 

「日本中どこでも職人の高齢化は深刻です。〈道明〉も同様の状況でしたが、組紐の技術は一度途絶えると復活が難しい。だからこそ、職人となる人材を地道に育てていくことを大切にしました」

帯締めからネクタイへ。

洋装ブランド〈DOMYO〉の挑戦

2015年、道明さんは組紐の洋装展開を本格化すべく、新ブランド〈DOMYO(ドウミョウ)〉を立ち上げます。「組紐=和装」というイメージが強く、着物を着ない人にとっては、その存在すら知られていない。そんな状況に強い危機感を抱いたことがはじまりでした。

 

「このままでは、いくら技術があっても組紐そのものが人々の記憶から消えてしまう。もっと多くの人に、組紐の魅力や美しさを届ける必要があると感じたんです」

1960年代にはネクタイの開発が進められていたそう

立体的な組み目、手触り、色の深み。そうした魅力ある組紐をもっと日常のなかで使える形にしたい。そんな思いから、ネクタイやブレスレット、ベルトなど、洋装に組紐を取り入れる挑戦が始まりました。

 

「元々組紐は、時代とともに変化してきたものなんです。奈良時代には仏教儀礼の調度品、平安時代は貴族の装束、戦国時代は武具、明治時代では帯締めという風に。ずっと時代に合わせて形を変えてきた工芸品だからこそ、現代でまた新たな形として広がっていくのは、自然な流れだと思います」

 

道明さんは伝統的な技法を生かしながらも、アクセサリーや革製品と掛け合わせた新たなアイテムを次々に開発。ベルトを開発する時は、蔵前の革小物教室に3年間通い、素材の特性を学びながら制作プロセスにも積極的に関わってきました。

 

「最初は本当に試行錯誤の連続でした。かわいいヘアアクセサリー、パールを合わせたジュエリー、革との組み合わせで作ったベルトやバッグストラップなど、素材や用途の幅をとにかく広げました」

組紐という1本の紐が、洋装にも溶け込み、現代の暮らしのなかで新たな命を帯びていく。その第1歩となるため、〈DOMYO〉では新たなものづくりを続けています。

 

「組紐はもっと日常のなかに自然に入り込んでいけると信じています。ファッションにも、生活雑貨にも、どんな領域にも応用できるんです」

新たな挑戦を続けることで、

組紐の未来を切り拓く

2023年には、組紐を「知る・触る・買う」ことができる複合施設〈Kumihimo Experience by DOMYO〉を神楽坂にオープン。なかでも好評なのが、簡単な技法を習得でき、完成品はそのまま持ち帰ることもできる組紐体験。体験後のお抹茶のサービスや古代の組紐復元品展示、歴史資料の鑑賞もでき、五感で楽しめる「工芸文化のラウンジ」として人気を集めています。

 

道明さんがこうした新しい挑戦に取り組むのは、「伝統を守る」一方で、「あえて変える」ことにも前向きだから。

 

「伝統とは、歴史上のある時点で登場した1つの革新的な出来事が、長い年月をかけて社会に支持されて今に至ったものです。それらが廃れずに続いてきたのは、時代の変化に合わせて技術や用途の転換が絶えずに行われてきたから。まさに組紐も、さらなる可能性を見つけるべき時期に来ているのではないかと思います」

上野にある〈道明〉の店頭では、色鮮やかな帯締めがずらりと並ぶ

現在、和装部門では手染めと手組みの伝統を守ったものづくりを続ける一方で、洋装部門では機械による生産ラインやシルク以外の機能性素材の導入も計画しています。これは「安く大量に作る」ためではなく、世界の市場に広く届けるための決断です。例えば、高級ブランドへのパーツ供給、ベルト用の素材開発など、組紐を素材として世界に発信することを目指しているそう。

 

「伝統を支える手仕事は、変わらずに維持し続けます。でも、制約を越えて可能性を探る洋装部門の〈DOMYO〉では、機械や新素材も活用していきたい。その両輪で進めていくつもりです」

〈道明〉では、染色も自社で行っている

日本の工芸を日常のなかに。

道明さんが目指す、組紐の新たな姿

伝統と革新を大切にしつつ、新たな挑戦を続ける道明さん。最終的なビジョンとしているのは、日本の伝統工芸である組紐が「ハイブランド」として世界に並ぶこと。そのためには、商品開発だけでなく、伝え方や見せ方の刷新も不可欠だと語ります。

 

「今の百貨店の1階って、海外ブランドばかりなんですよね。でも、技術でいえば日本の工芸は決して負けていません。あとは見せ方と事業のスケールの問題な気がします」

道明さんが洋装アイテムのさらなる展開や異業種とのコラボレーションを積極的に行うのは、伝統工芸の居場所を増やすため。

 

「シャツの袖、スマホストラップ、日常のちょっとした縁取り。そういうわずかな装飾に組紐があるだけで、暮らしがぐっと豊かになる。そう信じて活動しています。

 

そして近年は、海外のセレクトショップやクリエイターとの協働も進めていきたいと考えています。というのも、組紐は着物を着るためだけのものじゃないと思うので。僕にとっては、組紐は文化そのもの。だからこそ、アートや建築、音楽、教育など、さまざまなジャンルと交差していく未来があっていいはずです。そうやって広がっていくなかでも、伝統工芸を特別なものにしすぎない。もっと身近に、もっと自由に。そうやって世界に広がっていくといいなと思います」

〈道明〉

1652年から続く組紐の老舗。創業以来、染色から組み上げまで一貫して行う組紐づくりを守り続けている。伝統色と独自の配色美が魅力で、「色彩の道明」としても知られている。現代の感性と融合したものづくりを通して、組紐の新たな可能性を発信している。

https://kdomyo.com/

【編集後記】

伝統を守るだけでなく、時代に合わせて「変える勇気」を持つ道明さんのお話にどんどんと引き込まれていく感覚をおぼえました。組紐の持つ技術と美を、現代の暮らしに定着させるための具体的な取り組みは、伝統工芸の新たな可能性を着実に切り拓いていると感じます。伝統と革新を両輪で進めながら、世界に向けた展開を目指す視点も印象的でした。取材をしたことで、日々の暮らしに寄り添いながら彩りを与えてくれる組紐の存在がとても身近に感じられる1日になりました。

(未来定番研究所 榎)

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