2021.02.24

未来に繋げる手仕事。 なみちえさんが弟子入りして学ぶ、伝統工芸の未来。

職人は、座学で身につけた知識ではなく、経験値こそが商売道具。後継者不足が案じられる伝統工芸の世界に、若きZ世代を代表して、アーティストのなみちえさんが突入します。実際に現場を訪れて1日弟子入り体験をしてみることで、彼女は何を感じて、学ぶのか。次世代に繋げていきたい手仕事の未来について、〈錫光(すずこう)〉の錫師・中村圭一さんとの対談を交えながら、一緒に考えていきます。

(撮影:小野 真太郎)

なみちえさん、はじめての錫器づくり

伝統的な製法で錫器をつくり続けている中村圭一さん。埼玉県川口市に〈錫光〉という工房を構え、日々錫製品を生み出しています。1日弟子入り体験をするのは、ラッパーとして活動するかたわら、着ぐるみなどの立体造形による表現活動も行なっているアーティストのなみちえさん。今回は錫のおちょこづくりに挑戦します。

錫を溶かす

錫器づくりは、錫を溶かすことからはじまります。錫は他の金属と比べても融点が低く、約230℃で40分ほど火にかけると液体状になります。液体になった錫のことを「湯(ゆ)」と呼びます。湯の上部にできる皮膜は、酸化した錫。この部分を使うとひび割れの原因になるので、皮膜は避けて湯をすくいます。

錫を型に流し込む

湯を、型の湯口(型の隙間)に流し込みます。すぐに中子(なかご)をおさえて、水平に回し、型から外します。この作業を手際良く進めないと、冷めた錫が型にくっついてしまい、うまく外せなくなるため、なみちえさんも必死です。型から外したら、金切鋏で注ぎ口を切ります。

ロクロ挽き

ロクロで形を整える作業。ロクロに先ほどの型を取った錫をとりつけて、足で機械を回します。何種類もあるかんなから最適な一本を選び、錫を磨いていきます。ロクロ挽きによって、錫が優しい光沢を放つようになっていきます。

鎚をつける

鎚(つち)で叩いて、表面に模様をつけます。「つちめ」と呼ばれるこの模様は、シンプルでありながら独特の味わいがあります。

完成

作業をはじめてから約2時間。見事、おちょこが完成しました。これで日本酒を飲むと格別においしいと中村さんは言います。自分でつくったおちょこを使うのが楽しみですね。

1日弟子入り体験を終えて

なみちえ

今日はすごく楽しかったです。この工房には道具が綺麗に並んでいますね。なかでもお気に入りの道具はありますか?

中村

今日、なみちえさんに使ってもらった槌は、いつも私が使っているものです。仕上げの道具として日々の手入れも気を遣っているものですから、とても愛着があります。この場所は、もともと父が独立した時に建てた工房で、それをそのまま引き継ぎました。父の師匠が使っていた道具もあるので、かなり古いものも残っています。

なみちえ

私も着ぐるみをつくっていて、工房を構えたいと思っています。この工房のレイアウトの美しさは、ぜひ参考にさせてもらいます。

中村

錫器づくりは、この小さな工房での作業だけで完結できます。錫を仕入れて錫器を完成させるまで、外注を頼むことなく全てこの工房で、私ひとりでつくるんです。

なみちえ

ミニマルでとってもいいですね。私は中学2年生の時に突然着ぐるみがつくりたくなって、それからもう10年ほど着ぐるみづくりを続けています。着ぐるみの制作過程には、ウレタンを削る、縫う、体の形にするなど、芸術に必要な技術が全て網羅されていると思っています。ゆくゆくは私も工房を持って、制作に集中するのが夢です。卒業したら大学は使えないし、都内でも金属やプラスチック加工できるレンタル工房のようなスペースはありますが、勿論使用料がかかります。今回改めて、自分一人でものを作れる、この工房のようなスペースが重要なのだと感じています。

中村

おちょこをつくるのに使った型もこの工房で、ロクロでつくるんですよ。

なみちえ

すごい数の型がありますね。

中村

100個以上はあると思います。

伝統を継承するということ

なみちえ

中村さんはどれくらい修行を積んだのですか?

中村

私は、この世界に入ったのが遅かったので、普通は10年かかる技術を5年で習得するように言われました。作業をする父の姿を見て、体の位置や肘の角度を確認しながら、音やリズムを聴いて覚えたんです。結局7〜8年かけて、やっとひと通りできるようになりました。

なみちえ

今日体験してわかったのは、技術を習得するには肌感覚や、体感がすごく大切だということ。言葉による説明で理解するのではなく、湯の温度、ロクロの回転の速さなど体で感じる感覚を掴むことが、うまくつくるための重要なポイントですね。

中村

そうなんです。父と一緒に作業をしていると、私のロクロ引きの音を聞いて振り向くんですよ。父は聞いただけで、私のやり方が間違っていると気づく。ロクロ引きのときに良い音が出たり、いいリズムが刻めたりすると良い仕上がりになります。

なみちえ

錫器づくりは、グルーヴとスウィングが大事。まるでジャズのようでした。

これからの伝統工芸の未来って?

なみちえ

中村さんにライバルはいますか?

中村

錫の業界は、職人が少ないんです。ライバルがいないどころか、同業者の職人自体が少なくて、後継者問題に悩んでいます。

なみちえ

同業の競合相手がいないところは、私も同じですね。ラッパーで着ぐるみ作家という時点で珍しい存在ですし、藝大を現役合格して首席で卒業した後、ミュージシャンという経歴も稀有ですね(笑)。だからこそ、今のポジションを獲得できたのだと思います。私はそんな現状を楽しんでいられますが、中村さんの立場だと、後継者の問題があるんですね。お子さんたちは中村さんの仕事に興味を持たれていますか?

中村

はい、錫器制作を体験したこともありますよ。まだ娘は学生ですが、少し興味は持ってくれているようです。

なみちえ

若い人が関わって、新しいブランディングや、アクセサリーなどの製品づくりを始めるような未来も、楽しみですね。

中村

それは私も感じています。若い人の感覚を大事にすれば、錫器もなにか違う切り口を見つけられるかもしれません。昔のものを昔の技術でつくっていくだけでは、きっと衰退してしまいます。これからも伝統を大事にしていきたいですが、現代の生活にあったものや、新しい分野のものを意識して作れないかという模索を続けています。

なみちえ

今はマルチメディアに利用することが鍵だという気がします。工房のYouTube配信をしても面白そうですね。編集して動画をつくってもいいし、定点カメラで作業している様子をライブ配信するとか。錫という素材はもちろん、錫器が出来上がるまでの過程を知ってもらうことで、また別のクリエイティブな切り口につながるのかも。現在のスタイルをそのまま踏襲するのではなく、違う形で引き継がれることもありそうです。錫はとても綺麗な素材なので、年代問わず惹かれる人はたくさんいると思います。

中村

錫って、柔らかい光を放つ温かみのある素材なんです。だからこそ1,000年もの長い間、人々に愛され続けてきました。

なみちえ

1,000年! そこまで長い歴史があると、完全に廃れることの方が難しそうですね。これからは、新しいメディアがネットにますます増えていくと思います。もしかしたらこの文化を広めようと頑張らなくても、世界の側から自然と広めてくれそうな気がします。SNSや最新技術を無理に扱うより、職人の方がひたすら技術を貫くことで、新しいメディアや考え方、人に出会った瞬間に、自ずと面白いことが生まれそうですね。中村さんは、これから挑戦していきたいことはありますか?

中村

脱サラしてこの世界に入り、やればやるほど錫の深みにはまっていく感覚があります。この文化を残して行きたいという気持ちがすごく強いので、若い人たちと一緒に作品をつくっていける日を夢見て精進します。

なみちえ

コロナ禍で、自分自身を見直した人も多いと思います。日常生活のなかでは本当に必要なもの、大事な物だけを使っていきたいと考えるようになった人たちが増えた今、長年大切に使うことができる錫器はすごく良いのではないかと思いました。今日の弟子入り体験で学んだことは、これからの着ぐるみづくりにもたくさん活かしていけそうです。ありがとうございました。

Profile

なみちえ

ラッパー、着ぐるみアーティスト。2020年に東京藝術大学を首席で卒業。音楽活動では、ギャルサー〈Zoomgals〉や、兄妹で構成されたクリエイティブクルー〈TAMURA KING〉としても活動。未来ドラフト2018でムラサキスポーツ賞・オーディエンス賞受賞。2020年に自主制作盤CD-R『毎日来日』をリリースし、ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文氏が主催する〈APPLE VINEGAR -Music Award-2020〉にて特別賞を受賞。〈30 UNDER 30 JAPAN 2020〉ではアート部門に選出された。

https://linktr.ee/namichie.tamura

錫光

住所:埼玉県川口市源左衛門新田300-31

電話番号:048-296-4028

Website : https://www.takumi-suzukou.com/

編集後記

Z世代アーティストが伝統工芸をどう感じるか、取材前から興味津々でした。実際に体験に入ると工房内は二人の真剣な空気に包まれ、見ている私達も無言で、液状の錫が器へと命が吹き込まれていく様子を見守っていました。

おそらく、この取材がなければ出会う事がなかった、二人は今後の創作活動において新しい視点がインプットできたようでした。

ものづくりという、0→1の技は、世代を超えて人を夢中にさせる魅力がある事を再確認できました。

(未来定番研究所 窪)