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2019.05.20

ジェネレーションZ世代の今

2人目 映画監督・枝優花さんの、これまでとこれから

いよいよ元号が「平成」から「令和」に変わり、ますます「平成」生まれの若い世代に未来が託されようとしている今、特に1990年代後半から2000年代に生まれた「ジェネレーションZ」と呼ばれる20代前半の若者たちの活動や思考・感覚を通して、「未来の定番」のヒントを探ってみようというこの連載。前回ご登場頂いた「HIGH(er) magazine」のharu.さんとも親交があるという、映画監督の枝優花さんにお話を伺って来ました。
枝さんは、昨年ミニシアター系の映画館でスマッシュヒットした『少女邂逅』という映画の監督として知られていますが、最近では、キリンジのメジャーデビュー20周年記念と連動したショートムービー『melancholy mellow』や、吉澤嘉代子の「女優」のMV、homecomingsのアルバム『WHALE LIVING』のトレーラーを監督するなど、音楽方面などにその活動の範囲を広げられています。
枝さんが、そもそもどうして映画監督の道を志されたのか、お金のかかる映画制作を学生時代にどのようにしてやって来られたのか、またフリーランスとして、これからどのような形で映画の世界と関わって行かれるのか、お聞きしました。

(撮影:鈴木慎平)

F.I.N編集部

この企画でお話を伺うのは、いろいろな分野でご活躍されている若い方の中でも、特にインディペンデントの方が良いのかなと思っていて。1回目に取材したharu.さんもある意味そうですが、枝監督もどこにも所属されていないんですよね。

枝さん

はい、フリーランスでやっていますね。

F.I.N編集部

そうですよね。そこでまず、枝さんがこれまで辿って来られた道すじをお聞きしたいです。やはり、去年『少女邂逅』という映画がスマッシュヒットしたということが大きかったと思いますが、あの映画は、ご自分の中高生ぐらいの時の実体験を踏まえて作られたそうですね。

枝さん

確かに、中学時代の実体験が元にはなっているんですけど、別に実体験を映画にしたくてあの作品を作ったというわけではなくて。はじめはただ映画が作りたくて、「こういうシーンを撮りたい!」みたいなところから派生していったものなんです。

最近は、取材などでお話しする機会も増えて、自分というものを自分の口で語らなければならない、外側から自分を理解する機会が多くなったのですが、以前は自分の中で、「自分ってどういう人間なんだ」、「私って何なんだ」みたいな、自分のアイデンティティについての疑問がありました。それを何とか作品に昇華したいという部分もあり、自分の実体験を扱うことが順当な筋道なのかなと。当時は自分のわからないことに手を出すのはちょっと難しいとも思っていたので、自分のわかる感覚の中で長編は撮りたいなと思っていました。実現に向けて動き出したのが、たぶん22(歳)くらいの時で。でも、その映画の元になる脚本を書いたのは18(歳)の時でした。

F.I.N.編集部

『少女邂逅』の脚本は、いつか撮りたいということで温められていらしたということですが、その脚本はやっぱり長編で、という思いがあったんですか。

枝さん

そういう訳でもなかったんですが、劇場で上映するには、どうしても80分以上はないといけないいうルールがあって。あとは、長編映画を20代のうちに1本撮りたいなとも思っていました。

助監督をいろいろやっていた時に、4〜50代の先輩たちに、「お前これからどうすんの?」って言われて。今はその流れって消えてきてますけど、もともと助監督経験を踏んで監督に一本立ちするっていうコースがあって。

F.I.N.編集部

特に、昔、撮影所システムがあった頃はそうでしたよね。

枝さん

そうですね。今は誰でも撮ろうと思えば撮れるし、YouTubeなどで公開もできちゃう時代ですけれど、そういう昔のシステムの中でやってきた人で、監督にならずにずっと助監督のままの人もいるんです。プロ助監督みたいな。そういう方から、「お前は監督になるの?それとも助監督をずっとやってくの?」って言われた時に、助監督をずっとやって行くなんて一つも考えていなかったので、「思ってないです!」ってきっぱり答えたら、「じゃあ20代のうちに撮らないとダメ、腰が重くなる前に。じゃないと、俺らみたいになっちゃうよ」って言われて、「じゃあ、撮ります!」みたいな感じで(笑)。

F.I.N.編集部

映画を撮りたい思われたのは、もともと映画がお好きだったからですか。

枝さん

映画は好きでしたが、めちゃくちゃ好きだったかっていうとどうかな。たぶん、テレビやメディアに凄く興味があったんです。住んでいる場所が田舎だったし、小学生の時はパソコンもいじれないし携帯も持っていなかったので、テレビからしか情報が得られなくて。それに、あまり友達を作るのがうまくなかったとので、休みの日には、家でビデオを観る。要は、自分から選んで「これ」っていうより、みんながやっていることがうまくできないから「こっち」って思ったものにたまたまハマった、っていうだけのことなんです。

F.I.N.編集部

ある意味、映画が「友達」というような。

枝さん

そうですね。それで、だんだんこういうことを仕事にできないのかなと思うようになって。そのためには、「早く東京に行かなきゃ」って、なんかそこからずっと生き急いでいましたね(笑)。

F.I.N.編集部

そうすると、具体的に映画監督になりたい、映画を撮ってみたいと思うようになったのはいつなんですか。

枝さん

それは、時間がだいぶ飛んで大学生です。もともと、映画を撮りたいとかは全く思ってなくて、どちらかというと、撮ってる人と関わりたいという思いの方がありました。『13歳のハローワーク』で映画の裏方の仕事って何があるんだろうって調べると、配給会社とか制作会社は出ていて、先輩たちのインタビューとか載っているんですよ。でも、映画監督ってすごくざっくりとした情報しか載ってなくって(笑)。だから、映画監督になろうと思ってなかったというより、なり方がよくわからなかったんです。当時、20代で活躍している女性監督とかもあまりいなかったですし。

F.I.N.編集部

自分がそうなるシミュレーションができなかったということですよね。

枝さん

できないです。女の人が大学卒業してなれる職業じゃないって、たぶんどこかでそう思ってました。じゃあ、とりあえず東京の、そこそこ就職できそうな大学行って考えてもいいのかなと。それで東京に出てきました。

F.I.N.編集部

なるほど。そうすると、映画をやり出したのは、東京に出て、大学に入られてからなんですね。

枝さん

そうですね。大学で偶発的にというか。たまたま映画サークルに入って、その1年生たちで映画を1本撮ろうという企画があって。ところが、監督やりたいって言っていた男の子が撮影の1週間前に逃げちゃった(笑)。でも、すでに合宿で撮るっていうことは決まってたんですね、撮影日とかロケ地も決まっていて、班も決まってるんだけど、肝心の監督がいないってなって。そこで、言ってしまったんです。「じゃあ、私やります」って(笑)。で、脚本も書いたことないし、何もわからない中でやって、作ったのが良い作品だったか悪い作品だったかはわからないんですけど、意外と自分が心配していた部分を周りは気にしていなかったり、自分が何も思ってなかった部分を褒めてくれたりとか、思わぬところに感想が転がって行く面白さがわかりました。ものを作って誰かに見せるってすごく怖いことだけど、それが新しいきっかけになったり新しい感覚を得られるんだなと。

F.I.N.編集部

なるほど。それは大学何年生の時のことなんですか。

枝さん

大学1年の5月ですかね。

F.I.N.編集部

でしたら、本当に大学に入ったばかりの頃のことなんですね。

枝さん

そのあとすぐ、夏休みにまた1本撮ったんですよ。それはもう全く世に出していないものなんですけど。60分ぐらいのを撮って。

F.I.N.編集部

結構長いのを撮ったんですね。

枝さん

で、それを「早稲田映画まつり」という、早稲田大学の映画サークルの人たちが作品を出すコンペ形式の映画祭に出したんですが、1次も通らなくて……。そこで、私は今まで映画を芝居としてしか見てなくて、構造としては見ていなかったということがよくわかったんですよ。そこから1年間ぐらいは、ずーっと映画を家で観る日々が続きました。もう勉強ですよね。本もいろいろ買って。先輩たちからも部室に呼び出されて、ショットの意味とかを散々諭されました。 私の撮ったその何にも響かなかった60分の映画をいちいち止めながら、「このショットは無駄だ」とか、「このカットの余白の意味は何か」と問われて、私が分からないと答えると、そのわからないっていうところが、お前の一番ダメなところだとか言われて。

F.I.N.編集部

厳しいですね(笑)

枝さん

でも、その人たちも親切心でわざわざ私のために何時間もそんな話をしてくれるわけです。それもあって、この人たちが面白いと思ってくれるようなものを作りたいと思ったんですよね。それで書いた脚本が『少女邂逅』だったんです。

F.I.N.編集部

そこに遡るんですね。

枝さん

そのドラフトみたいなものを作って、その時の先輩たちに読んでもらったら、2人が口を揃えて言ったのが、今撮る映画じゃないってことだったんです。内容がダメというのではなく、面白いから、今撮るにはもったいないと。そこで代わりに撮ったのが『さよならスピカ』でした。それをまた「早稲田映画まつり」に出したら、今度は本選に通ったんです。学生時代には、そこからもう2作ぐらい撮ってるんですけど、やっぱり撮るごとに学びがあるというか。それと同時に、商業の現場にも入り始めて、CMのコンペに応募したり、ドラマの助監督やってみたりしたのですが、「これ飽きそう」と思ったんですよ。映画は、最初に撮ったものが褒められたから長めのを撮ったら全然ダメで。で、ダメだったから1年勉強して撮ったらちょっと良くなって、で次に撮ったらその良さがまた消えて、みたいに手応えがなくて。たぶん、映画は一生わかんないから一生傷ついて、一生振り回されて……。

F.I.N.編集部

でも、むしろ枝さんは、そちらに魅力を感じたんですね。

枝さん

感じてたんだなって、今は思います。でも、ずっと迷っていました。就活もいろいろエントリーまではしたりして。さすがに親は心配するじゃないですか。母からは、30歳までにやりたいことがうまくいかなかったら、地元に帰って教員やれって言われて。それで、「わかりました。じゃあ、それまではちょっと頑張ってみます。ダメだったら考えます」って答えたんです。それで、卒業してからも、映画の現場のスタッフやったり、お芝居を習ってた時の先生の下についてアシスタント業もやったりして食い繋ぐ、みたいな感じでした。

F.I.N.編集部

なるほど。ところで、映画を制作する資金はどのように捻出していたんですか。『少女邂逅』の時は、クラウドファンディングも活用されたと思うんですが、特に学生時代は、単純にお金を貯めて、みたいなところからなんですか。

枝さん

そうですね。基本的にあまりお金を使わないんですよ。みんな、結構いろんなところにお金を使ってるけど、私はたぶん海外旅行とかで使うくらいで、使い方がわからないからお金が貯まって行く。ちっちゃい頃からそうなんです。ただ、学生時代は、わざわざ人を雇うわけじゃなくて、学生同士のサークルの一環で撮っているから、お金って本当にかからないんですよ。でも、『少女邂逅』はお金のかかる企画だったんですよね。それもお金が完全に集まる前に企画がスタートしたので、クラウドファンディングもやったんですが、5年間貯めたお金を全部使って撮りました。初めてやったのでわからないことも多く、時間がかってしまい、たくさんの方々に迷惑を掛けながら行いました。途中、死にそうになりながら(笑)。本当に全財産なくなっちゃったので、それで慌てて助監督をまたやり始めました。その助監督の現場やった後に、『少女邂逅』の編集をしなければいけなかったので、本当に寝る時間がなくて。軽くうつ病みたいになっていました。

F.I.N.編集部

ところで、そのクラウドファンディングですが、メリット、デメリットについてどのように考えられているんですか。

枝さん

賛否両論ありますよね。前にも、「俺らはクラウドファンディングには反対だ、俺らは乞食じゃないんだから」と知人の友人が言っているのを聞いたことがあります。「それ、わかるわあ」って思いました。でも、現実としてお金がないとできないことがあって、今やらなきゃいけないことがあって。何度も何度も使うのは違うなと思っているんですけど、私は1回限りだと思ってやらせてもらいました。

F.I.N.編集部

クラウドファンディングは、もちろんお金を集めるというのが一番の目的なんでしょうけど、それ以外のメリットも何かありそうですよね。

枝さん

そうですね。やるタイミングも大事だと思って。私は映画の制作時に同時にクラウドファンディングをスタートしたので、一緒に宣伝もしていけるというか。あと、映画のファンも作りたかったので、支援してもらいながら映画のことも知ってもらえるというか。あと、人からわかりやすくお金をもらってるので、絶対に完成させないと殺されるぐらいの気持ちになるんですよ。大変ですけどね、私はやって良かったなあって思います。その時応援してくれた人が映画を観に来て、「応援して良かった」と言ってくれて。

F.I.N.編集部

素敵ですね。枝さんの次回作品の構想はありますか?

枝さん

男女の話や、男の子の話を書きたいと思っています。実は、現在進行形で進めていて、少女ではありませんが、些細なことでボタンが掛け違っていくような、面倒くさい人間たちの物語を紡げたら……と思いながら脚本を執筆中です。今年はとにかく脚本に注力していこうと思っていますが、昨年より多くの方々に観て頂けるような作品や環境を開拓していきたいですね。

F.I.N.編集部

次の作品も楽しみです。女性映画監督の将来像や、有り様について、今後どのようになっていくと思われますか?

枝さん

幸い私は、自分が女性で監督をしていることに対しての、弊害は少ないほうだと思っていますが、制作や流通の段階でのスタッフも含め、もう少し女性の方々が増えたらと思うことはあります。今、日本映画は過渡期だと思っていて、私たち製作側が何かグッと社会を引き上げるような流れを作らない限り、つまらなくなっていくのかなと。そして世界からおいていかれ、日本の観客は映画館へ足を運ばなくなってしまう。それは勿体無いし、寂しいことです。現在、多くの作品が「作品が輝くために」や「この作品が絶対に必要な人に届ける」ための努力はなされないままに、形式化してラベリングして世に放たれていますが、すでにこれが今の時代に全くフィットしていないですよね。女性監督や女性プロデューサー、女性スタッフなど何か特別な存在のようにラベリングして区画するよりも、もっと他にやることがあると思っています。

F.I.N.編集部

なるほど。そこには男女は関係ないですよね。最後に、枝さんご自身の映画監督としての将来について教えて下さい。

枝さん

消費や使い捨てが目まぐるしい時代ですが、それに流されることなく常に自分の求めるものや疑問や怒りに耳を傾け、丁寧に広い集め、作品へ昇華できるような自身でありたいです。将来的には、海外で日本映画監督の作品としてみてもらえるような土壌や作品を育てていきたいと思っています。また、自分の好きな映画って、1回観て「あー、良かったー」で終わっちゃう映画よりは、観た後に、帰りの電車の中とかでもずっと考え込んでしまったりとか、1週間ぐらい主人公のことを考えてしまって、「もう1回見に行こうかなあ…、行っちゃえ!」とか思ったりするような映画なんです。そんな風に、自分の人生に何かしら食い込んでくる映画って必ずあると思っていて、そういう映画に1年に1本でも出合えると、本当に良かったなと思えて。だから、自分が作る映画も、誰かの人生にちょっとでも食い込めたらいいなあと思っています。

F.I.N.編集部

ありがとうございました。

編集後記

「何を身につけて、何を持っているのか?」という「モノ」を媒体にして自己表現する時代から、「どんなことをこれまで体験してきて、今どんなことをしているのか?」という一見可視化できない「コト」で、自己表現する時代になってきているのではないか、と枝さんのお話を伺っていて感じました。これからの消費という観点で言えば、学びや新たな体験によって自分の世界を広げたり、自分らしさを表現したりすることに時間や資金を投資をする人がもっと増えていくのではないでしょうか。

(未来定番研究所 菊田)

ジェネレーションZ世代の今

2人目 映画監督・枝優花さんの、これまでとこれから