未来定番サロンレポート
第1回|
2025.01.27
あの頃から、未来を見つめる。
あの頃を見つめ直すと、今、そして未来が見えてくる。1974年の創設以来、東京・渋谷でカルチャーの源流とその広がりを見つめてきた〈パルコ出版〉。F.I.N.編集部は、〈パルコ出版〉ゆかりの方々と一緒に、あの頃や今を見つめながら、5年先の未来を考えていきます。
今回お話を伺ったのは、パルコが運営するWebメディア『ACROSS』編集室で約40年にわたり若者とファッションを観察・分析してきた編集者・高野公三子さんと、渋谷や原宿をはじめ世界各国のストリートファッションを見つめ続けてきたストリート・フォトグラファーのシトウレイさん。同時代を生きてきたおふたりに、ファッションの今昔物語や、この数十年で変わったと思うこと、また未来の価値を創造していくアイデアを教えていただきました。
(文:大芦実穂/写真:浦将志)
シトウレイさん
加賀生まれ、東京在住。早稲田大学卒業。日本を代表するストリートスタイルフォトグラファー/ジャーナリスト。SNS総フォロワー約20万人(2024年12月現在)。「何を着るか、ではなく、どう着るか」をモットーに毎シーズン世界各国のコレクションへと赴き、ランウェイ・オフランウェイ問わず、本人の審美眼に適ったスナップフォトを発信中。2020年10月に『Style on the Street : From Tokyo and Beyond』をアメリカ〈Rizzoli社〉から世界同時出版。 出会った人々から愛される人となりがふんだんに散りばめられたYouTube「シトウレイチャンネルNEW!!!」も好評配信中。
Instagram:https://www.instagram.com/reishito/
高野公三子さん(たかの・くみこ)
明治大学特任講師・『ACROSS』シニアエディター。慶應義塾大学政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。民間シンクタンク、株式会社パルコ「ACROSS」編集長を経て現職。2021年『ストリートファッション1980-2020 定点観測40年の記録』(PARCO出版)上梓。共著に『ファッションは語りはじめた~現代日本のファッション批評』(フィルムアート社)他。日本流行色協会トレンドカラー選考委員。
Webアクロス:https://www.web-across.com/
ストリートスナップが教えてくれたこと
高野さん
シトウレイさんといえば、2000年代を代表するファッションアイコンであり、ストリートフォトグラファーの先駆け的な存在でもあります。ストリートスナップを始めたきっかけは何だったんですか?
シトウさん
日本ではじめてストリートスナップ雑誌『ストリート(STREET)』や『フルーツ(FRUiTS)』を創刊した写真家の青木正一さんに声をかけられ、被写体として雑誌に載ったことがきっかけなんですよ。その後、いきなり事務所に呼び出され、「カメラマンやって」って(笑)。
高野さん
おお、青木さん。実は私、学生時代に『ストリート』を書店で見つけて、奥付に青木さんの名前があり「携わりたいのですが」と電話したことがあるんです。その時は、ふわっとして終わっちゃったんだけど、青木さん覚えていないだろうなあ。
シトウさん
知らなかったです! その頃はアシスタントをつけず、青木さん1人で撮っていましたよね。
高野さん
そうですね。東京ではなくてニューヨークやパリ、ロンドンのストリートスナップがとにかくかっこ良かった。ところでシトウさんはファッションにはもともと興味があったのですか?
シトウさん
本格的にのめり込んでいったのは、カメラマンをするようになってからなんです。それまではファッションには「正解」があると、少し堅苦しささえ感じていました。「この色とこの色は相性がいい」とか、「このシルエットが今流行っている」とか。でもストリートを観察してみたら、もう頭をガーンと殴られたような衝撃を受けて。男の子がスカートを履いていたり、ヴィンテージの舞台衣装を私服として着ていたり、「ファッションってこんなに自由なんだ!」と考え方が変わりました。そこからファッションが面白いと思うようになったんですよね。
2004年から『ストリート』編集室でストリートスナップを撮り始めたシトウさん。以来2019年まで国内外・老若男女問わずストリートスナップを撮り続けた。写真は2019年5月に渋谷と恵比寿の間で撮影。(参照)
高野さん
たしかに、かつては雑誌がトレンドをつくっていたこともあり、装いについて「正解」「不正解」で考えがちでしたよね。私はファッションへの関心はファッション誌がきっかけです。80年代の『エル・ジャポン(ELLE JAPON)』や『マリ・クレール(marie claire)』、『アン・アン(an・an)』が好きで毎号買っていました。〈コム・デ・ギャルソン〉も着ましたし、フレンチカジュアルに憧れて〈アニエス・ベー〉も着ましたし、今のタグステッチではない頃の〈マルジェラ〉も着ましたね。ただ、ファッションだけでなく、音楽やアートなども好きだったので、文化全体に携われるような仕事がしたいと思い、マーケティング会社からパルコに転職しました。
シトウさん
アクロス編集部の名物企画「定点観測」は1980年から始まって、今年で44年目なんですよね。私も撮られたことがあるくらいですから(笑)。
高野さん
そうそう! 撮らせてもらいましたよね。たしかショートパンツの特集でした。
Web『ACROSS』連載「定点観測」第328回より(参照)
感性だけで服を売っていた時代、覚えてる?
高野さん
今回はこれまでのファッションの流行を振り返り、未来を見つめる企画です。シトウさんは自身が見てきた時代の中で特に忘れられないムーブメントはありますか?
シトウ
私は90年代がドンピシャの世代なので、着ていたものでいうと〈ミルクフェド〉や〈エックスガール〉ですね。忘れられない流行でいうと、自分がホームレスをスナップして雑誌に載せた時のこと。とても寒い日で、そのホームレスの彼は花柄のワンピースをストールにしていたんです。それがすごくかっこ良くて声を掛けました。そこからあえてボロボロの服を着る若い子たちが増えていったイメージです。高野さんは?
高野さん
私は80年代、90年代、00年代、10年代といくつもありますが(笑)、2008年頃、高円寺に突如として現れた「キタコレビル」でしょうか。まず、これをビルって言う!?と、心底驚きました。2階建ての木造バラックで屋上には物干し台がありました。そこに複数のデザイナーがショップを設けていてどれもがとても個性的。この時のムーブメントがその後、「絶命展」、「TOKYO NEW AGE」へと繋がっていくのですが。(詳しくは書籍『ストリートファッション 1980-2020定点観測40年の記録』をご覧ください! 高野)
シトウさん
「キタコレビル」、懐かしいー! 海外から来たファッション関係者は必ず訪れていたし、一時期はアーティスト集団の〈Chim↑Pom〉も入居していましたよね。自分たちの好きなものだけを集めたクローゼットという感じで。古着が多かったんですが、それも何年代のヴィンテージではなく、「ガチ感性で集めました!」ってものばかり。そこに自信が感じられたから、人もしっかり付いてきていましたね。
シトウさんが2010年に撮影した「キタコレビル」のテナントスタッフ。(参照)
高野さん
シトウさんは今どこで服を買っていますか?
シトウさん
最近は〈メルカリ〉も見ていますね。欲しいブランドの服があって。高野さんもフリマアプリは使われますか?
高野さん
私も〈ヤフオク!〉をパトロールしています(笑)。予定調和じゃないアイテムに出会うというか。
シトウさん
そうなんです! 予定調和じゃないところで服と出会いたいんですよ。ECサイトだとアルゴリズムで私が好きそうな服をおすすめされちゃうじゃないですか。でも〈メルカリ〉だとまだ驚きがある。リアルなフリマでもいいんですけど、ちょっとしたハプニングを期待しているというか。
高野さん
わかる、わかる。それに、昔着ていた服が信じられないくらい値上がりしているなんていうトレンドの相場もわかって面白い。
シトウさん
古着やハイブランドのバッグなど、年々ものすごい勢いで値上がりしていますよね。果たしてその価格が適当なんだろうか、というのは結局自分で判断するしかなくなりました。だったら〈メルカリ〉でいいものを探そうとなりますね。
ストリートファッションから見る、価値観の変化
シトウさん
私、ここ数年「ムスク系女子」に注目しているんですよ。
高野さん
「ムスク系女子」? ムスクって香りのことですか?
シトウさん
そう。ムスクのにおいって、セクシーでミステリアスだけど、甘ったるくはないですよね。そのイメージの通り、露出は多いんだけれど、異性ウケではなく、同性ウケを狙うようなファッションの女性のことです。以前から若い人はヘソ出しTシャツやホットパンツをはいているのを見かけますが、近年では40代、50代でも肌見せを楽しんでいる印象があります。私は、露出=女性性の解放だと思っていて、異性の目線を気にしての露出じゃなくなった時、どこまで肌見せは進むのか?と興味津々でした。でもどうやら2025の春夏コレクションで、そのトレンドがガラッと変わりそうなんですよね。これからのシーズン、どうストリートに落ちてくるか気になっています。
高野
私が2000年代以降のファッションの動きで特筆しておきしたいのは、ジェンダー感覚とエイジング感覚のシームレス化です。特に男性がレディス服を着るのはもはや当たり前。それもサイズが合うから、デザインがいいからなど自然に購入し自然に着るようになりました。弊社でも男性が育休を取るのも当たり前になっていますし、社会人大学院生も増えたりなどファッションだけでなく、社会構造から変わってきている感じがしますね。
SNSの台頭で、街の景色も変化しました
高野さん
シトウさんは、20年近くストリートファッションを追ってきて、昔と今では何が一番変わったと思いますか?
シトウさん
SNSが出てきたことで、発信の構造自体が変わったなと思います。昔はファッション誌などのメディアが絶対的な力を持っていて、メディアが発信したものが流行るという、良くも悪くも集中型の構造。今は誰もがSNSで自分のことを発信できる時代になりました。マイクロトレンドがたくさん生まれる代わりに、大きなトレンドは生まれにくくなった気がしますね。
高野さん
当時、ファッション誌に掲載されることはステータスでもありましたよね。
シトウさん
そうですね。あの頃の東京には、スナップされて雑誌に載るためにおしゃれをしている人も多かったと思います。当時の原宿や表参道なんて、行くだけで緊張していましたよ。
高野さん
声をかけてもらえないと、落ち込んだりして(笑)。
シトウさん
「私の服、イケてなかったんだ……」ってなりますよね。装いについてジャッジされることがいいことだと断言はできませんが、評価基準が明確でわかりやすいから自信にも繋がりやすかったのかなと。ファッション雑誌に載る=おしゃれだとお墨付きをいただいたということですから。現代はその評価の基準が曖昧ですよね。だからこそフォロワーからの「いいね!」や診断などが求められるんじゃないでしょうか。「骨格診断」や「パーソナルカラー診断」が流行している背景には、「正解」への渇望がある気がします。希望としては、私がストリートファッションに衝撃を受けた時のように、もっと「自分軸」で服を選んで、ファッションを楽しむ人が増えたらいいなと思いますよね。
高野さん
納得です。私がこの30数年間、東京のストリートファッションを観察してきたうえで素直に感じるのは、「みんなおしゃれになったな〜」ということでしょうか。まず、ファスト・ファッションだけでなく、国内外のD2CブランドなどMD(商品設計)力がものすごい。一見ハイブランドと違わぬほどです。もちろんその影には労働の問題もありますし、クリエーションのコピーの問題も大きいのですが。
また良質な古着が国内にたくさんある点も大きいと思います。70年代、80年代、今の50代〜60代の大人たちが質の良いものもたくさん輸入し、着てきたのが今も残っているので家庭内でのお下がりも豊富です。ある意味文化遺産ですよね。
私たちには、おしゃれを褒めあう場が必要だ
シトウさん
私は5年先、10年先の未来、人々が「自分軸」で服を選べるようになったらいいなと思います。
高野さん
そうですね。そのために私たちは何ができますかね。
シトウさん
メディアや影響力を持つインフルエンサーが、「自分軸で選ぶことの大切さ」を地道に発信していくことが大事だと思っています。
高野さん
なるほど。今の若い子たちも実は服へのこだわりや知識欲はとてもあるんですが、一人ひとり聞いてみないとわからない。お友達同士でもそこまで服について話す機会もないので、そういう話ができる機会や場所があるといいんじゃないでしょうか。先日、初めて「定点観測」のインタビュアーに参加した学生が、「服についてこんなに知らない人と話ができて楽しい!」と言っていたのですが、「この襟の部分がいい」とか「ドレープが効いていてかわいい」など誰かに聞かれない限り、なかなか自分からは話しにくい。路上は「こういう組み合わせをするんだ!」などへの気づきにもなります。お互いの服とかファッションのディテールについて話したり褒めあったりする場と機会は大事だなと思います。
シトウさん
そうそう。ファッションは、けなしあうためではなく、褒めあうためにあるのですから。誰かに褒められることで、自信が持てて、より自分軸で服を選びやすくなりそうですね。
高野さん
以前「ACROSS」でも取材したのですが、「ファッション・スワップ」という、着なくなった服を誰かの家に持ち寄って交換するのをイベント化したもので、アメリカで始まったそうなのですが日本でも自主的に始めている人が増えています。持ち寄った服には、それを買った経緯や気に入っていたポイント、なぜ手放すのかなどお互いに説明する。その後開催の規模が大きくなってストーリーはタグに書いてラックに掛けるというスタイルになっていきましたが。巡りめぐって、今まで見たことのない服、デザインや素材に出会い、いろんな物語を通じて価値が巡るいい機会になりそうかなと。
シトウさん
たしかにフリマも、服を通して会いたかった人に会えたり、会話が生まれたりすることが楽しいですからね。高野さん、「ファッション・スワップ」、やりましょう!
高野さん
やりましょうー! では近々作戦会議ということで、楽しみにしています!
【編集後記】
今回、おふたりを取材させていただいたことで、ファッションは、単に衣服を身に纏うという行為である以上に、いつの時代にも自己表現の手段であり、個性を際立たせる魅力的なツールであることを教えていただきました。
またシトウさんが語る「予定調和じゃないところでの服との出会い」は、これからの時代、ファッションの楽しみを広げてくれる貴重で大切な瞬間になっていくのだと感じました。
ついつい着こなしの「正解」を求めてしまいますが、自分軸で考えつつ、自分のペースでファッションに向き合うことができれば、より暮らしの中に豊かさを感じることができるのだと取材以降、強く感じています。
(未来定番研究所 榎)
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