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2025.05.28

第41回| あなたの服はどうやって作られた?やまだななはさんが伝える羊毛の大切さ、羊の未来のこと。

谷中の街にも多くの観光客が訪れ、新緑が輝き、活気にあふれていた4月の最終週。暖かな好天日和のなか、41回目の「未来定番サロン」が開催されました。未来定番サロンとは、未来のくらしのヒントやタネを、ゲストや参加者の皆さんと一緒に考え、意見交換をする取り組みです。

 

2025年4月26日(土)から4日間にわたり開催されたのは、ニットで作品を創作するアーティスト・やまだななはさん個展「とくとあむ」。会場では、これまでやまださんが制作した洋服や有名アーティストに提供した衣装など貴重な作品を展示。また来場者には前半の2日間で既製品のニットをほどいて毛糸に戻し、後半2日間はほどいた毛糸を使いながら新たに編んで1つの作品を制作するワークショップに、初心者の方にも編み物好きの方にも参加してもらいました。羊毛を紡ぎ、編んで作品づくりを行うやまださんが、ファッションを通して私たちに伝えたかったメッセージとは?築100年の古民家で、羊毛について考える4日間となりました。

 

(文:花島亜未/写真:西あかり)

Profile

やまだななはさん

アーティスト。2002年愛知県生まれ。愛知文化服装専門学校アパレル科出身。羊毛を使った作品制作を行い、数々の賞を受賞。主に第59回「全国ファッションデザインコンテスト」で日本綿業振興会賞受賞、「FASHION FRONTIER PROGRAM2022」ではニット作品にてグランプリ受賞など。

Instagram:@moamochiii

日本人にも馴染みが深い「羊毛」を知る

4日間でのべ180名が来場した今回の個展。最終日の会場には、参加者と一緒に作品づくりに取り組むやまだななはさんの姿がありました。

ワークショップの合間では、やまださんが作品づくりで密接に関わる羊毛について、背景にある羊の現状や課題を知り、参加者全員で話し合う時間「羊と羊毛について考える」を毎日開催。やまださんによる、意外と知らない羊毛を取り巻く現状についてのお話に、参加者も真剣に耳を傾けていました。

四季があり、寒い季節も過ごす日本人にとって羊毛は身近な存在。主にスーツや制服などにも使われており、世界的にみても日本は消費大国の1つです。

 

しかし、全繊維素材の生産量を見てみると、合成繊維やコットンが70%以上を占めており、羊毛はわずか1%台というレアファイバー。生産地も南半球、ニュージーランドから昨今は中国がリーダー国となっており、国内供給には程遠い状況だそうです。

さらに、参加者の興味をひいたのが羊毛を採取する羊の現状について。

 

「例えば、羊毛で代表的なメリノ種のなかには、毛を大量にとれるよう皮膚面積を広くして、品種改良されている羊がいます。その羊は次第に皮膚が伸びて、しわが深くなった部分に寄生虫や菌が溜まってしまい感染症などに繋がるので、麻酔なしで皮膚を切り取ってしまう『ミュールジング』を行っているんです」(やまださん)

ミュールジングを知った当初は衝撃を受けたというやまださん。しかし昨今は、アニマルウェルフェアの取り組みが世界中で浸透しつつあると語ります。

 

「イギリスとニュージランドではミュールジングを廃止に。メリノ種を7割以上生産しているオーストラリアでも、衛生面を徹底的に管理してノンミュールジングを目指したり、虫や菌を予防するワクチンの開発や、麻酔や鎮痛剤を使ってミュールジングをするなど、羊ファーストで動いているようです。

 

ミュールジングを知ってしまうと、羊が可哀想だから……と使うのをためらってしまうかもしれませんが、『世界最高級の羊毛は、幸せで健康な羊から生まれることを知っている』というオーストラリアの牧羊者の素敵な言葉の通り、羊に愛がある人たちが作った賜物に変わりありません。怖くて使えないではなく、恐れずに、買うことから始めてみるのも私たちができる最初の一歩だと思います」(やまださん)

「まずは自分の持っている洋服の品質表示を見て、羊毛がどれくらい使われているか実感してほしい」と、やまださん。

羊のさあこさんと仲間とで紡ぐ、世界で1つだけのニット

ハンドメイド好きな母親の影響もあり、幼少期から編み物が好きだったやまださん。共通の知り合いを通して約3年前に出会ったのが、故郷・愛知県にある〈愛知牧場〉の羊、さあこさんだったそう。この出会いをきっかけに、主にさあこさんの羊毛を紡ぎ、編んで作品づくりを重ねています。

 

「さあこさんと出会ったのは人生の節目でもある20歳の時。コンテストの作品づくりの方向性に悩んでいる時でした。〈愛知牧場〉では羊とバディを組める制度があり、とある糸紡ぎ作家のパートナーが、さあこさんだったんです。自分のやりたいニット作品のプロジェクトを〈愛知牧場〉の方に伝えると快く協力してくださり、さあこさんの毛刈りの立ち会いから、糸にするまでの洗いの作業、紡ぐ工程を一緒にお手伝いしました。この時にミュールジングについても知ったのですが、羊に対して柔軟に、愛のある向き合い方をしている牧場の方々を見て、ポジティブな部分も伝えていかなければという使命感が生まれた気がします。こうして〈愛知牧場〉の仲間と紡いださあこさんの羊糸で、作品を完成させることができました」

〈愛知牧場〉で暮らす羊のさあこさん。

左の作品は、2022年春の毛刈りで取れたさあこさん1年分の羊毛で制作。量の制約があるなかで、細く長く紡いでいく感覚が刺激的だったそう。ファッションアワード「FASHION FRONTIER PROGRAM 2022」(https://ffp.jp/)ではグランプリを獲得した。

糸の白い部分は、さあこさんの純粋な色。編み終わり側の糸端はミュールジングからインスピレーションを得た赤に染色している。毛糸は1本であることを伝えながら奇麗にほどけて循環できるようにと目印にもなっている。

その翌年には、さあこさんの子供であるけいとくんの羊毛も使って制作。羊好きの人から譲り受けたセーターをほどいて毛糸に戻し、色を入れて編んだ帽子とマフラーを完成させました。

セーターはさあこさん、毛糸のパンツは、さあこさんの子供けいとくんの羊毛で。

「羊毛は循環していくものなので、何回でも編み直して、最終的には土に還ってほしい」と、やまださん。誰でも糸をロスなくほどけるようなデザインに落とし込んでいる。

ほどき、紡ぎ、再び編んで循環を。触れて分かる羊毛の良さ

羊と羊毛について学んだ後は、編み物のワークショップを再開。色、太さ、触り心地まで多種多様な毛糸がちゃぶ台に広げられ、「どれも素敵!」と参加者もつい前のめりになりながら糸選び。真剣に編みながらもアットホームな雰囲気のなかで時間を過ごしました。

2日間で既製品のニットをほどき、毛糸にしたもので編んでいく。レースなどをつけてアレンジも。

かぎ針編みに挑戦する参加者に、やまださんが丁寧に指導。

編み物をしながら、「羊毛の扱いって難しいですか?」という質問も。「逆にとてもシンプルですよ。私も今年の冬は羊毛のセーターを毎日着る生活をしてみたのですが、抗菌作用があるので臭いも少なく、脱いだら裏返して風に当てるだけ。ほぼ洗濯いらずで、手入れも楽なんです」と、ちょっとしたライフハックも教えてくれました。

「ほかの動物とは違って、羊は毛を刈っても元気に生きている。オールシーズンいける素材だとわかったので、積極的に使って再生して……を繰り返しできればアニマルウェルフェアに繋がるかも」と、参加者からの感想も。

今回初めて個展を開催したやまださん。最後に4日間で感じたことを私たちに語ってくれました。

 

「直近の作品から学生時代に作った衣装まで、過去を遡って自分の作品を見てもらうのは初めてだったので、実はとても緊張していました。でも眠っていた作品たちが日の目を見て誰かに着てもらった時、服は人が着た瞬間に服になるのを実感して、純粋にうれしかったです。

専門学生時代、日本の妖怪・わいらをモチーフにして作った衣装。「会場が古民家だったので雰囲気に合うと思って」と持ってきたそう。着てみたいという参加者のリクエストに快く応えてくれた。

今回は“編む”“ほどく”などの体験を通して、皆さんに羊毛を知ってもらうアプローチに繋がりました。今度は飾るための服だけでなく、動く人のための服も作りたいと思います。もっとフラットに、羊毛の本質を届けられてポジティブに向き合ってもらえるような関係を築ける気がしました。皆さんから受け取った想いを胸に、さあこさんの毛刈りに行ってきます!」(やまださん)

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