2020.02.17

未来定番サロンレポート

Vol.15 “箏×ビートミュージック”が織り成す新しい音楽に出会う

年の瀬も押し迫る2019年12月21日、東京・谷中にて、14回目の「未来定番サロン」が開催されました。未来定番サロンは、未来のくらしのヒントやタネを、ゲストと参加者の皆さんと一緒に考え、意見交換する取り組みです。今回のテーマは「箏×ビートミュージックを聴きながら 和楽器の新たな楽しみ方を考える -箏のいま・未来-」。箏曲界屈指の超絶技巧を誇る箏奏者・明日佳さんと、さまざまなアーティストへの楽曲提供/Remixを手がけるトラック&ビートメーカーWocasiさんをお迎えし、お二人のコラボユニットYYの生演奏などを聴きながら、箏の音色・表現力の幅広さを体験。箏の楽しみ方とこれからの広がりを、参加者とともに考えていきました。
(撮影:和田 裕也)

時代に応じて異なる箏の楽曲

会場となる未来定番研究所の古民家オフィスの和室には、明日佳さんのお箏とWocasiさんの機材が並び、いつもの「未来定番サロン」とは一風変わった雰囲気。先んじて明日佳さんが登場し、参加者とともに自己紹介を行いました。箏を学んでいる女の子、箏奏者として活動する女性、イベントで目にしたYYの演奏に衝撃を受けたという男性など、みなさん箏はもちろん、「箏×ビートミュージック」というYYの音楽に興味津々のよう。

今回は明日佳さんによる箏の演奏と、YYによるミニライブという2部構成。1部では「古典から現代へ」、2部では「未来(箏×ビートミュージック)」をテーマに掲げ、演奏される曲目の紹介やお二人のトークを合間にはさみながら、箏のさまざまな魅力を体感していきます。

箏の音色と奏法の幅広さを知る

箏は奈良時代に中国から伝えられた楽器です。雅楽として貴族たちに愛され、江戸時代に入り民衆にも親しまれるようになりました。「今日の曲順は、第1部と第2部を通じて、江戸から未来にタイムスリップしていくようなイメージで構成しています。もともとお箏はお三味線の伴奏楽器として使われていた歴史があるんですよ。お箏が独自の発展を遂げていく以前の曲は、歌をともなうものが多いんです。最初に演奏するのは、古典の定番曲『千鳥の曲』。江戸時代に活躍した盲人の箏曲家・吉沢検校の作曲で、彼は鳥の鳴き声が『ちよちよ』と聴こえるといい、『君が御代をば 八千代とぞ鳴く』という歌詞で表しました。『人々が幸せでありますように』という願いを込めた、縁起のいい曲として知られています」と明日佳さん。

続いて演奏したのは宮城道雄作曲による『汽車ごっこ』。「宮城道雄は明治から昭和にかけて活躍した箏曲家で、お正月によく流れる『春の海』を作曲した人物です。彼はこれまでの箏曲界にいなかった存在で、西洋の音楽の要素を取り入れるという斬新な試みを行いました。『千鳥の曲』は、序からテンポが変わりゆっくり戻るという古典の典型的な流れがありますが、『汽車ごっこ』は洋楽的な要素が入り、分かりやすいメロディーラインになっています」と明日佳さんが紹介した宮城道雄が眠るのは、未来定番研究所の近くにある谷中墓地。不思議な縁を感じつつ、次の曲へ。

「第1部の最後は吉崎克彦作曲の『Prizm』です。これは現代曲になるのですが、現代曲の定義は曖昧で、昭和以降につくられた曲や現代的な曲はこのジャンルに入るとされています。お箏では曲に合わせて音域を構築していくんですね。この曲は調弦がポイントで、音色や音の幅の違いを感じていただけると思います。洋楽器でいうと、ハープに近いかもしれません」。美しい箏の音色、幅広い奏法、巧みな速弾きなど、明日佳さんの素晴らしい演奏に、1曲終わるごとに大きな拍手が起こります。実は、邦楽作曲家・演奏家として活躍する吉崎克彦さんは、明日佳さんのお父様。「父の宣伝のようになるので、あまり言わないようにしているのですが……」と笑いながら前置きしつつ、「『Prizm』は演奏家を目指すきっかけになった曲なんです。『こんなに格好いい曲があるんだ!』と。だから私の場合、現代曲から古典を学んでいったという、わりと珍しい流れなのかもしれません」。

明日佳さんは和楽器と洋楽器の違いについて、次のように話します。「音楽に対する視点ないし曲のつくり方の方向性が違うと思うんです。洋楽が油絵だとしたら、和楽器は浮世絵。真っ白い紙が全部塗られた状態で、そこに色を重ねていくのが洋楽、真っ白い紙にポンっと色を置き、余白を重んじるのが和楽器なんじゃないかなと。どちらがいい悪いではなくて、私はそれぞれの良さを感じています。『Prizm』は洋楽の要素が強めですしね」

箏×ビートミュージックという新ジャンル?!

休憩をはさみ、第2部のスタート。Wocasiさんも登場し、YYのミニライブが始まります。「YYの結成は2016年。父が新しい音楽を目指して現代曲をつくっていたので、私も10代の頃から『自分が生きた証を残して死にたい』と思っていたんです。学生時代に初めてジャズを聴き、衝撃を受けたんですよ。『こんなに身体がノル音楽があるんだ』って。それでクラブシーンから派生したアシッド・ジャズを聴くようになり、より現代的なビートミュージックとお箏を掛け合わせた音楽をつくってみたいと考えました。新しい試みは、私自身もワクワクすることですし。そこで同世代の女性トラックメーカーを探し、ご縁を繋いでもらって出会ったのがWocasiなんです。『ようやく巡り会えた』って(笑)」と話す明日佳さん。その言葉を受けて、Wocasiさんは「明日佳さんと出会うまで、お箏の演奏を生で聴いたことはなかったんです。最初は正直、『できるのかな』という気持ちもありました。だけど明日佳さんの演奏を聴き、『自分にできるかもしれない』と思ったんですよね。すごく綺麗で幅広い音色や、多様な奏法に驚いたのが第一印象。この音をトラックにのせ、いろんな方々に聴いてもらった時に、これまでにない世界が開けるんじゃないかなと感じたんです」と、優しい表情で応えていました。

YYは2018年より、毎月1曲連続リリースを行なっています。「YYの楽曲は、未来の日本をイメージしているんです。大きく分けて2種類ありまして、ひとつは古典や歴史ある曲をビートミュージックに生まれ変わらせた『古典リボーン(Re-born)曲』、もうひとつは完全オリジナル曲です」と明日佳さん。前半は『古典リボーン曲』のから、『サクラサクラ』、『砧』、『手事』、『ハルノウミ』を演奏。YYのライブはクラブが中心であるため、「正座で演奏するのもオツですね」と、お二人とも思わず笑ってしまう場面も。

楽曲制作は明日佳さん主導の場合とWocasiさん主導の場合が半々だそう。「私もWocasiも“降ってくる”系なんです(笑)。私に降ってきた場合は、曲のベースラインやイメージをWocasiに伝え、曲全体を具現化してもらうんですね。Wocasiに降ってきた場合は、出来上がったトラックにどんなお箏の音色をのせたらよいのか、私が考えていく。お箏の音階や奏法って制限があるように思われがちなのですが、意外といろんなことができるんですよ。だからYYの楽曲でも“お箏らしさ”は取り入れるようにしていますね。いつも側にいるスタッフには『二人のやりとりは何を話しているのか理解できないし、それでどうして曲がつくれているのかも分からない』って言われます(笑)」と明日佳さん。お互いのイメージを伝え合う共通言語は絵や映像が多いそう。イラストレーターのNAGAさんが描くYYの曲のジャケットも、楽曲ごとの世界観を表現しているのだとか。Wocasiさんは「お箏の音色の良さを引き立たせ、お互いの音が寄り添っていくように制作しています」と話してくれました。

“ワクワク”するYYのサウンド

後半に演奏するのはYYのオリジナル曲。「『TOKERU』は、初めてニューヨークでお箏の演奏をした時につくった曲なんです。私は伝統的なお箏のスタイルを学んできましたから、『お箏はこうあるべき』という固定観念があったんですね。でも海外でさまざまなアーティストと共演させていただく中で、『もっと自由にお箏を捉えていいんだ』という気付きをたくさん得たんです。まさに自分の固定観念がポロポロ溶けていく瞬間でした。その経験を、この曲に込めたんです」と明日佳さんが話す『TOKERU』は、雅やかで温かいお箏の音色とWocasiさんのつくるサウンドが見事に融合し、心を優しくときほぐしていくようでした。

ラストは『Y∞Y』。これはシングル第4弾となる楽曲で、Wocasiさんが制作したもの。「YYが増殖していくようなジャケットのアートワークも好きなんですよね。思い入れのある曲です」とWocasiさん。「YYというユニット名の由来は、日本語の『ワイワイする』なんです。人種も、国籍も、年齢も、ジェンダーも関係なく、みんなでワイワイしていきましょうって。そのワイワイの増殖を表現するため、曲名のYとYの間に『∞(無限大)』の記号を入れました」と明日佳さんが続けます。

演奏を終えたお二人に、今後の展望をお聞きしました。「サブスクリプション型音楽ストリーミングサービスにより、世界中の人たちに曲を聴いていただけるようになりました。『常に新しい音楽をつくっていく』をモットーに、これからも幅広い活動をしていきたいと考えています」とWocasiさん。明日佳さんは「お箏が培ってきた歴史や伝統を大切にしつつ、新しい要素をどんどん取り入れながら、自分もみなさんもワクワクできる音楽をつくっていきたいですね。このままいくと、お箏は廃れてしまう危機的状況にあると感じています。そうならないためにも、私にできることはたくさんある。アーティストとして、未来を見据えた活動を行なってきたいと考えています」と語ってくれました。

明るい未来へ向けて、音楽をつくり続けていく

大盛況のうちに幕を下ろした「未来定番サロン」の14回目。イベント終了後、改めて明日佳さんとWocasiさんにお話をお伺いしました。

FIN編集部

本日はありがとうございました。お二人のユニット名であるYYは、日本語の「ワイワイ」が由来だったのですね。

明日佳さん

そうなんです。もう少し補足させていただくと、「ワイワイ」って明るいイメージが強いですが、実際は世の中に解決しなければならない問題がたくさんありますよね。それを踏まえたうえで、「未来は明るくあってほしい」という思いを、YYなりの解釈で表現していきたいと考えているんです。

FIN編集部

YYの楽曲も未来の日本をイメージされているそうですね。

明日佳さん

はい。「明るい未来に向かって、みんながワイワイ華やかな日々を送れますように」という思いを込めています。箏奏者としてお話すると、お箏って「お正月に聴く楽器」という印象だと思うんですよ。ですがお箏には四季折々の曲がありますし、1年を通してお箏の音色がみなさんの生活に浸透していくのがベスト。YYの曲が自然と耳に入る状況になることが目標のひとつなので、「未来の日本では、こんな曲が流れていたらいいね」という曲をつくっているんです。

Wocasiさん

今日のイベントでも話に出ましたが、YYには「国籍も年齢もジェンダーも関係なく、みんなでワイワイしよう」というコンセプトがあります。お箏とビートミュージックを掛け合わせることで、若い方やお箏が身近でない方々にとっては「お箏の音色って素敵なんだ」という気付きに、ご年配の方やお箏を知っている方にとっては「新しいな、面白いな」と感じてもらえたら嬉しいですね。

FIN編集部

お箏とビートミュージックが融合したからこそ、導き出される音楽とは?

明日佳さん

「お箏の曲」というと敷居を高く感じられる方もいらっしゃると思うんです。だけどビートミュージックと融合したことで、肩肘はらずに聴いていただけるのかなと。またお箏は日本の伝統的な楽器ですから、私たちが届けたい音楽や問題提起を世界に発信するために、「日本の音楽」としても見せやすいと感じています。

ユニットを組むにあたり、パートナーが女性であることはとても重要なポイントでした。日本にはまだ男性優位な場面が残っている部分がありますから、男女格差をクリアにしていきたい思いもあったんです。とはいえ、単純に私はWocasiがつくる音楽が大好きなんですよ。彼女じゃないと生まれなかった楽曲ばかり。それに「Wocasiがお箏をまったく知らなかった」というのも、大事なんです。トラックメーカー畑で育ってきてますから、お箏を新鮮に捉えてくれる。そしてお箏の可能性を広げてくれているんです。

Wocasiさん

確かにいまでもお箏の音色を「新鮮なもの」として捉えていますね。「こういう聴かせ方もできるんだ」という、発見がたくさんあります。伝統あるお箏で「いまの時代らしいカッコよさを表現したい」という自分自身の欲望もありますし、「いろんな音楽があっていいんだよ」という思いも届けていきたい。YYとして活動することで、明日佳さんの良さも私の良さも、一緒に広がっていくと思っているんです。

FIN編集部

伝統を次世代に継承していくためには、どのようなことが大切だとお考えですか?

Wocasiさん

日常やみなさんの意識の中に自然と入っていくことかなと思います。最初は違和感があるかもしれないけれど、伝統あるものも誕生した頃はそんな感じだったはずなんですよ。お箏だって、YYが扉になり、浸透していったらいいなと、意識しながら活動をしています。

明日佳さん

私は自分が伝統楽器を扱っている分、逆に伝統にとらわれない音楽家でありたいんです。両親が箏曲家で、幼い頃からお箏の魅力に触れてきただけに、伝統に固執すると自分自身がワクワクできなくなってしまう時期もありましたから。だから新しい風をたくさん取り入れて、新しい音楽を生み出していきたい。そして古典を演奏する箏奏者としての個人的な活動に、YYで育んできたエッセンスを加えられたらなと思うんです。Wocasiが話したように、YYは人の暮らしに入っていきやすいはず。お箏×ビートミュージックというより、「YYとしての音楽」として聴いていただけるのが理想ですね。

FIN編集部

改めまして、本日は素晴らしい演奏とお話をありがとうございました!