メイドインジャパンを継ぐ人。
2024.10.07
余白をつくる
余白を持つって何だかかっこいい。余白が潜むものごとに触れると落ち着く気がする。遊び心がある軽やかな人や、ほっと息抜きができる場所……。なにかとせわしない世の中で、余白のある存在や余白の持ち方が注目されているような気がしています。F.I.N.では、そんなさまざまな「余白」と上手に付き合っている目利きたちに取材し、余白についての考え方や取り入れ方を探ります。
生産性や効率性を重視する考え方が加速する現代では、何か目的を持って作られたモノや時間であふれています。そんななか、10年以上にわたって「無駄づくり」と称した作品を作り続けているのがコンテンツクリエイターの藤原麻里菜さん。有用性のない時間やモノといった「無駄」を一種の余白と捉えた時、今の時代に余白はなぜ必要なのでしょうか? また余白の作り方、余白を受け入れることによる変化について藤原さんにお話を伺いました。
(文・写真:石川博也/サムネイルデザイン:美山有)
藤原麻里菜さん(ふじわら・まりな)
1993年神奈川県生まれ。発明家、コンテンツクリエイター、文筆家。〈株式会社無駄〉代表。頭の中に浮かんだ不必要な物を作り上げる「無駄づくり」を主な活動とし、これまでに200個以上の不必要なものを作る。2016年にはGoogle社主催「YouTubeNextUp」に入賞。2018年、国外での初個展「無用發明展- 無中生有的沒有用部屋in台北」を開催。2万5,000人以上の来場者を記録する。2020年にはForbes Japanが選ぶ「世界を変える30歳未満」30 UNDER 30 JAPANにも選出。青年版国民栄誉賞TOYP会頭特別賞受賞。現在はYouTubeチャンネル「無駄づくり」を中心にコンテンツを拡大中。
F.I.N.編集部
いわば日常での余白である「無駄」を活動の主軸に置かれたきっかけや経緯を教えてください。
藤原さん
最初は「無駄」とは考えていませんでした。何となくピタゴラスイッチのような仕掛けを作ってみようと思って、2週間ほどかけて実際に作ってみたんです。そうしたらごみみたいなものができあがって。何日もかけて作ったのにごみしかできないんだ……と落ち込んだんですけど、でも、それに「無駄づくり」って名前をつけることで、これも1つの作品やコンテンツになると気づいたんです。
この「無駄づくり」という名前もあまり考えずに適当につけてしまったので、人からは「これは役に立ってるから無駄じゃないじゃん」とかすごい言われます。そこで改めて「無駄」を考えた時に、ある状況では役に立つものでも無人島では全然役に立たないものになったりとか、環境や人の捉え方でも無駄かどうかは変わってくる。でも私はその無駄になるかもしれないものも大切にしたいって思いがあって、無駄づくりをやろうと思いました。だから結果的に役に立っているかどうかは考えていません。
F.I.N.編集部
これまで10年ほど無駄づくりの活動を続けられていますが、その過程で、無駄や余白に対するご自身の意識の変化は感じますか?
藤原さん
2年ほど前に鬱やパニック障害を発症して、何もできなくなったんです。自分が非生産的な人間だなと感じてすごく落ち込みました。その時に「何かをしなきゃいけない」みたいな価値観から脱して、無駄なことでも、役に立たないことでも、自分の将来とまったく関係ないことでも、今、興味のあることをとりあえずやってみようと思って、いろいろやり始めたのは結構大きな変化だと感じます。
F.I.N.編集部
具体的にはどんなことを始めたのですか?
藤原さん
本当に細々としたことです。日記を書くようになったりとか、1カ月間傘をささないで生活するとか、どうでもいいことを思いついたらやってみました。
F.I.N.編集部
傘をささない生活とは?
藤原さん
例えば私が雨に濡れないように、夫がものすごく頑張って傘をさしてくれても、私はそれから逃げて、びしょ濡れになって喫茶店に行くとかしてました。やってみたところで特に何かが変わるわけではないんですけど、やると決めたらなんだか面白くて。そんなことが自分にとっては救いになっていた気がします。
F.I.N.編集部
他人から見れば無駄なことかもしれませんが、藤原さんにとっては意味のあることだったんですね。ほかに好きでやっていることはありますか?
藤原さん
ベッドでぼんやりどうでもいいことやよくわからないことを考えています。もし小説を書くとしたらこういう内容がいいなとか、もし子供がいて、反抗期を迎えたらなんて言おうとか。昔から想像するのが好きだったので、その延長線上でやっている感じです。
F.I.N.編集部
余白を意識した時に、今の日本人や日本社会における働き方や暮らし方について、感じられていることがあれば教えてください。
藤原さん
日本だけではないと思うんですけど、やっぱり人間って何かに意味を見いだしたいというか、やったからには何かを得たいみたいなことってあると思うんです。でも、別に何かを得なくてもいいんじゃないかってすごく思います。得ることで自分のした行為を正当化したいのかもしれませんが。
F.I.N.編集部
人や社会にはもっと無駄や余白が必要だと思われますか?
藤原さん
皆さん、すごく忙しいじゃないですか。仕事や家事や育児など、やらないと生きていけないことがすごく多くて。語学や資格の勉強など、将来を考えてやらないといけないこともたくさんある。だから、やらなくてもいいことの優先順位がすごく低くなっていると感じてますし、それはちょっと問題だなと思います。
F.I.N.編集部
わざわざやらなくてもいいことを、むしろ積極的にやった方がいい?
藤原さん
そうですね。何も得るものがなかった本や映画に苛立ち始めたら終わりだなと思ってます。「つまらなかったな」だけでいいのに、「時間を無駄にされた!」と怒る人は多いですよね。でも、そういう役に立たない無駄な経験が積み重なって人生や人間はできていると思っているので、それを否定して怒ったり、避けるようにしちゃうと、人生が面白くならないのではないかと思います。
F.I.N.編集部
藤原さんは無駄な経験が人間や人生を豊かに育むと考えているんですね。
藤原さん
無駄なことを面白がれる人の方が人生絶対楽しいですよね。今は本もモノもレストランもすべてがレビューされるじゃないですか。私はそれが嫌いで。事前に確認しちゃう自分もいるんですけど、でも、それで星が1つだから行かない、みたいなことはあまり楽しくないんじゃないかなと思うんです。
F.I.N.編集部
多くの人が効率を求めている時代だからこそ、その反動で余白の大切さに気づき始めている人が増えているんじゃないかと思います。藤原さんは今の時代に足りない余白や無駄はどういうことだと感じられますか?
藤原さん
余白って人それぞれ違うと思っていて。私も無駄づくりのようにどうでもいいことをやっていますが、それは自分が好きで、好奇心や興味を抱いているからやっているだけで。やっぱり好奇心の赴くままに好きなことをやる、その余白や無駄が今の時代には足りないのかなと思います。それが仕事に繋がらなくても、何かを得られなくても、そこに楽しいって気持ちはあると思うので。それだけで十分だと思うんです。
F.I.N.編集部
自分の気持ちに正直に生きるのがいいのでしょうか?
藤原さん
やっぱり嫌なことを強制されてる時って本当に精神が堪えると思うんです。無駄づくりでも自分の考えていることが表現できなかったり、上手く作れなかったりして、最初は結構つらかった。誰に言われたわけでもなく自分でやり始めたことなのでいつ辞めてもいいんですけど、それでも続けられたのはものづくりや自己表現することが好きだったからだと思うんですよね。
F.I.N.編集部
皆が皆、好きなものに素直に生きれば、同じ人間や同じ町並みばかりにならず、それぞれの色が出てくるのかもしれないですね。
藤原さん
実際には皆それぞれ好きなものや個性はきっとあると思うんですけど、それを大人になるにつれて封印せざるを得ないというか、そうしなきゃいけない空気がやっぱりあると思うんです。就活生が同じスーツを着ている姿を見ると、本当に封印されているようでちょっと怖いと感じます。
F.I.N.編集部
大人になると、好きだけど無駄だと思われている時間に対して罪悪感を感じている人って多いと思うんです。余白を楽しんで受け入れられるようになるにはどうしたらいいと思いますか?
藤原さん
私は鬱で何もできなかった時、自己否定ばかりしていたんです。でも最近読んだ資本主義に関する本の中で、人類学者のグレゴリー・ベイトソンの分裂生成の話が出てきて。人間ってお金を1万円稼いだら、次は10万円稼ごう、10万円稼げたら次は100万円って、どんどん欲望が大きくなって満足しない。それってやっぱり苦しいじゃないですか。そこから脱しないといけない。「もっと、もっと」と思う気持ちを止めて、これで満足だって無理やりにでも自分に言い聞かせるようにしていれば、余白を受け入れられる余裕も生まれるのではないでしょうか。
F.I.N.編集部
あと5年、10年もすれば、人間に代わってAIが仕事をしてくれて、人々の生活に余白が生まれるなんてことも言われている時代ですが、そんな未来の余白や無駄の価値や使い方についてはどう思われますか?
藤原さん
私は鬱になってからあまり働いてなくて、1日3時間ほど働いたら、あとはゲームをしたり、テレビを観たりして過ごしているのですが、AIが仕事を代わりにやってくれるようになって、今よりも働かなくなったら、余った時間に自分は何をするんだろう、ちゃんと興味を持っていろいろなことができるのかなって不安になりますね。余白を持て余すんじゃないかって。そういう状態を楽しめるように、今からいろいろなことを面白がれる力を鍛えておかないといけないなと思います。
F.I.N.編集部
これまで約10年続けられてきて、5年先を考えた時にご自身の活動でやってみたいことはありますか?
藤原さん
私はあまり先のことを考えないでやってきたというか、そもそも今のような状態になるとは全然思っていなかったので、先のことについてもあまり考えないようにしています。
F.I.N.編集部
これから5年先、10年先、藤原さんのような余白や無駄な時間を取り入れる人が増えたら、世の中はどう変わっていくと思いますか?
藤原さん
最近、大好きな美術館が閉館するニュースを見て、アートを無駄だと考える人がいるから閉館になっちゃうんだなとすごいショックだったんです。そういうことを少しでも阻止できるような世の中になったらいいなと思います。現実的にはお金の問題だったりして、なかなか難しいのかもしれませんが、それでもみんなが好きなものを大切にしていけば、いろんなことが噛み合ってくると思いますし、そういう世の中になることを願っています。
【編集後記】
無駄なく何かを得たい、成し遂げたいという意識は、ともすれば好きなことや楽しい時間にも感じられてしまいます。そして「つまらなかった」という感想を抱きたくない一心で無理に「有益」「有意義」を求めた結果、楽しくてもどこかくたびれることがしばしば。無駄を大切にできないがゆえのつまらなさは、とても身に覚えがありました。
取材のなかで感じたのは、「役に立たない」「つまらない」をあっけらかんと受け止めながら何かを好きであり続ける姿はとても楽しそうでかっこいい!ということ。藤原さんがおっしゃっていたように「無駄」とは捉え方の1つであり、その1つを大切におもしろがれる気持ちは未来のためにきっと必要なものだと実感しました。
(未来定番研究所 渡邉)
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