2024.09.30

ゆるす

前向きに諦める。プロダクトデザイナー・秋田道夫さんの「ゆるす」ためのシンプルな思考。

少しでも誤った発言や対応をしたものなら、ただちに糾弾され一発退場となりかねない昨今。過去の発言を掘り起こして非難する様子も見られ、年々「ゆるさない社会」が加速しているように思います。一方で、自分や他人を許すことの重要性を見直し、寛容さを大切にする動きも広がりを見せています。あらゆる場面で寛容さが増すと、私たちの生活はどのように変わるのでしょうか。F.I.N.では、この「ゆるす社会」を実践している人々を取材し、彼らの視点から未来の社会の在り方を探っていきます。

 

私たち誰もが抱えるであろう、他者や自分に対する小さなイライラやストレス。そうした些細なことをゆるすにはどうしたらいいのでしょうか。今回は、周りに左右されないシンプルな考え方を伝えるプロダクトデザイナーの秋田道夫さんに、他者や自分への小さなジレンマを解消するヒントを伺います。

 

(文:船橋麻貴/写真:武石早代/サムネイルデザイン:小林千秋)

Profile

秋田道夫さん(あきた・みちお)

プロダクトデザイナー。1953年大阪生まれ。愛知県立芸術大学卒業。〈ケンウッド〉〈ソニー〉で製品デザインを担当。1988年よりフリーランスとして活動を続ける。代表作に、「省力型フードレスLED車両灯器」、「LED薄型歩行者灯器」、「六本木ヒルズ・虎ノ門ヒルズセキュリティゲート」、「交通系ICカードのチャージ機」など。2020年にはGerman Design AwardでGold(最優秀賞)を獲得するなど、受賞多数。2021年3月よりX(旧Twitter)で「自分の思ったことや感じたこと」の発信を開始。著書に『自分に語りかける時も敬語で』(夜間飛行)、『機嫌のデザイン』(ダイヤモンド社)、『60歳からの人生デザイン』(ワニブックス)などがある。

X:@kotobakatachi

小さな「違和感」に気づけたことを誇っていい

F.I.N.編集部

秋田さんは小さなことにイライラしたり、モヤモヤしたりすることはありますか?

秋田さん

あまりないかもしれません。もちろん、他人やものごとに対して気にはなることは少なからずありますよ。だけど、その気持ちって長続きしないんです。どうしてかっていうと、他に根に持つべきものがあるから。他人や誰かの雑音に気を取られて、本来大切にすべきものの根本を削られたくない。だから、そういう小さなことは根に持たないんです。

F.I.N.編集部

そうなのですね。並んでいた列に割り込みをされたり、公共スペースで出入り口を塞がれたり、そういう小さなことにストレスを感じてしまうこともありませんか?

秋田さん

まず、そういう日常の「違和感」に気づけることが素晴らしいですよ。僕はプロダクトデザイナーなので人と違う視点が必要だと言われることが多いですけど、ものごとを捉えるためには「客観性」と「一般性」がすごく大切な要素だと思うんですよね。そういう幅広い視点を持って何かしらの違和感に気づけなければ、誰かの課題を解決できるようなプロダクトは生まれませんから。

 

僕は平凡な人間なので、むしろそういう違和感を探しに街中へ行っているくらいですよ。自転車に乗っている人がどうしたら快適に道路を走れるのかなとか、子育てしている人の困り事は何だろうとか。誰かが感じるであろう違和感を常に探しているんです。

F.I.N.編集部

秋田さんは、あえてストレスの素を探しているのですね。

秋田さん

僕の場合はそうですね。そうした課題がプロダクトデザインに生かされるので。だけど、自分のことをイライラさせてくる人って、世の中には必ずいるものです。もしそういう人のことを「ゆるせない」と思う自分にもモヤモヤしているなら、それは切り離して考えた方がいいです。それは自分の問題ではありませんから。

子育てをする人の困り事の解消に一役買っているのが、秋田さんがデザインをした「ピジョンのベビーソープ」。赤ちゃんを抱えながら洗う際、片手でもソープが出しやすいようにと「使いやすさ」を考えて、ポンプのヘッドを大きく柔らかくしている

他者はコントロールできないから、前向きに諦める

F.I.N.編集部

では、他者ではあるけれど、仕事仲間や友人、家族など近しい存在の場合はいかがでしょう?

秋田さん

仕事をまっとうしてくれない人、プライバシーに土足で踏み込んでくる人、こうした人たちとうまくやっていこうと思わない方がいいでしょうね。合わない人とは合わないので、むしろ嫌われた方が自分のため。苦手な人には、自分のことも苦手になってもらうんです。

F.I.N.編集部

人から嫌われることに怖さはありませんか?

秋田さん

僕、すごい怖がりでジェットコースターも飛行機も苦手なんですけど、人間はどうも怖くないんです。そもそも他人って自分のコントロールではどうにもならない。だから、相手がどうにもならない場合はもう諦めちゃう。そういう相手や環境から、自分を遠ざけることを考えた方がいいですね。

F.I.N.編集部

苦手だとしても、相手を遠ざけるのは難しそうですね。

秋田さん

僕はニコニコしているにも関わらず、欠点を見抜いて相手にズバッと伝えるタイプだから、そもそも苦手な相手は近寄ってこないんですよね。だけど、もし少しでも嫌だなと感じるような相手や環境があったら、我慢せずにそこから離れます。プライバシーに土足で踏み込んでくる人には「これ以上はやめてください」と伝えたり、カフェの空調が合わなかったら席を移動させてもらったり、場合によってはお店自体を変えたりしますね。

F.I.N.編集部

自分の環境を大切にするのですね。

秋田さん

はい。人は良くも悪くも周りの他者や環境に左右されるものですから。だからこそ、他者との距離感を保つために大切にしたいのは、自分の意思をしっかりと示すこと、相手との境界線を引くことですね。相手に合わせて、自ら順応する必要はありません。それでも相手に踏み込まれそうになったら、もう逃げてしまえばいい。理不尽に感じるかもしれませんが、前向きに諦めることはネガティブなことじゃないと思うんです。そこから自分の心に余裕が生まれますから。

自分をゆるすために、先回りする

F.I.N.編集部

決めたことをやらなかったり、ついサボってしまったりと、自分に対して「ゆるせない」と感じることも少なくないと思います。

秋田さん

僕も元々、だらしない人間。だけど、それがわかっているから、習慣化することにしているんです。仕事場では必ず机の上を片付けてから帰るようにしたら、それが当たり前になって整頓できるようになった。そしてお願いされた仕事はダラダラと寝かすのではなく、方向性をはっきりとさせるためにも、5割の出来でいいからすぐに答えを打ち返す。そうやって何でも先回りしてやってしまうんです。

 

この先回り思考は、他者に対しても同じ。よかれと思ってあげたものなのに、相手からさらに求められることってあるじゃないですか。そういう人には、最初からたくさんあげてしまうんです。こうして先回りしておけば、相手だってもうぐうの音も出ないでしょ? 自分自身を保つためにも、先回り思考は大切だったりします。

秋田さんがデザインしたセキュリティゲート。ぶつかっても衝撃が少ないようにと扉にゴムが採用されており、この先回り思考が反映されている

F.I.N.編集部

イライラしたりモヤモヤしたりする前に、自ら考えて工夫し、どうしようもないことは前向きに諦めていく。それが大事なのですね。

秋田さん

そう思います。とにかく相手は変えられないので、自己解決していくしかないんです。生きていると、悔しい思いは必ずします。だけど、「ゆるす」「ゆるさない」といったことばかりに目を向けるのはもったいない。人生に「楽しい」を増やしていった方が遥かにいい。

 

この「楽しい」を色で例えるなら、「白」なんですよね。だけど、白でいることはとても難しい。そこに黒色が1滴落ちただけでもグレーに変わって、「楽しい」がなくなっちゃうから。

 

だから僕たちは小さなことに気を取られて、「楽しい」を阻害されないように気をつけなくちゃいけない。ときにグレーでもいいやって思いながら、あまり考え込みすぎず、前向きな諦めを持って生きていく。「これ以上、悪くならないように」っていうくらいの気持ちで、人生をやっていけたらいいと思いますよ。

【編集後記】

秋田さんのお話を伺って、日々の些細なことに意識を奪われることなく、自分の集中すべきことに注力するためには、ある種の自己管理が重要なのだと感じました。優先順位を明確にして、意識的に行動することが日常における心の平穏を保つきっかけにもなるのだということを教えていただいたように思います。

(未来定番研究所 榎)