「装う」という行為は、時代や社会、ライフスタイルの変化と密接に関わりながら、その姿を変えてきました。同時に、私たち自身の意識やふるまいもまた、「装う」ことの意味やあり方に影響を与え、そのかたちを変えてきたように思います。そして今、機能性やデザイン、トレンドにとどまらず、「なぜそれを装うのか」を問う意識が広がっています。「装う」ことは、自分自身や社会の見方を問い直し、価値観に変化をもたらしているのかもしれません。F.I.N.では、「装う」ことと私たちの間にある相互作用に目を向け、その可能性を探っていきます。
今回ご登場いただくのは、お笑い芸人として活躍するラブレターズの塚本直毅さん。元々洋服好きだったそうですが、2022年のコロナ禍に始めたのがミシン。以降は夢中になり、自分の衣装をリメイクしたり、家族や芸人仲間の服をお直ししたりと、その様子をYouTubeで発信しています。洋服をリメイクする魅力はどんなところにあるのでしょうか。自身の生活に与えた影響とは?塚本さんのこれまでの作品をご紹介するとともに、自ら装い、つくることで起きた変化について伺います。
(文:船橋麻貴/写真:嶋崎征弘)
塚本直毅さん(つかもと・なおき)
1984年生まれ、静岡県出身。2009年に溜口佑太朗とお笑いコンビ・ラブレターズを結成。コント執筆担当。2024年のキングオブコントでは、5度目の決勝進出で17代目王者となる。コロナ禍にミシンにハマり、YouTubeチャンネル「塚本チャンネル」を開設。2025年2月には、初のエッセイ集『コントとミシン』(光文社)を上梓した。
YouTube:@tsukamotosewingmachine
買えない服を眺めた高校時代。
コロナ禍に出会った運命のミシン
F.I.N.編集部
塚本さんは昔から、洋服がお好きだったそうですね。
塚本さん
はい、高校生の頃からずっと好きでした。浜松の田舎だったので、選択肢は限られてたんですけど、それでも服屋さんを巡るのが楽しくて。お金がないから、ほとんど見るだけ。今思うと、めっちゃ迷惑なお客さんですね(笑)。
F.I.N.編集部
服への熱量がすごいですね!
塚本さん
品川庄司の庄司智春さんに憧れてたんですよ。当時はストリートファッション全盛期で、雑誌に載っている庄司さんを見て、「こんな格好したいな」「かっこいいなぁ」と思ってました。でも実際は手に入らないから、店で服を見て、触って、想像して楽しんでましたね。
F.I.N.編集部
服のどんなところが好きなのですか?
塚本さん
「着ることで、ちょっとだけ違う自分になれる」ところですかね。普通の高校生でも、服を通じて背伸びできる気がしたし、ただ眺めるだけでも自分の世界が広がっていく感覚がありました。
だけど、服に対する憧れが強すぎて、高校の修学旅行では偽物をつかまされたんですけどね(笑)。洗濯したら伸び伸びになって……。見かねた母がミシンを引っ張り出してお直ししてくれたので、その後も着続けました。
F.I.N.編集部
それほど服が大好きな塚本さんが、ミシンと出会ったのはコロナ禍だそうですね。
塚本さん
そうなんです。2022年に、相方の溜口さんがコロナに罹っちゃって。仕事も止まってしまったので、「相方が復帰するまでの10日間で何か新しいことをやろう」って思ったんです。ゲーム配信でもやろうと思って新宿の〈ビックロ〉に行ったんですけど、なぜかミシン売場に吸い寄せられて。黒くてかっこいいミシンに惹かれて、気づいたらそのまま買っちゃってました。
塚本さんが出会った運命のミシン
YouTubeで独学スタート。
Tシャツ33着をリメイクして見えた世界
F.I.N.編集部
ミシンとの出会いは、完全に運命でしたね(笑)。
塚本さん
自分でもびっくりでした。家庭科の授業以来、ミシンに触ったことはなかったんで、最初はYouTubeでお裁縫の上手なおばあちゃんたちに教わりながら(笑)、ボビンの巻き方から縫い方まで学んでいきました。
F.I.N.編集部
ミシンで最初に作ったものは何ですか?
塚本さん
芸人って不摂生でどんどん太るじゃないですか(笑)。サイズアウトしたTシャツが家に眠っていたので、それを切ったり、布を足したりしてお直ししました。10日間で33着くらい作ったんですよ。部屋にこもって黙々と作業するもんだから、奥さんからも不審がられてましたね。
F.I.N.編集部
それだけ没頭できたのはなぜでしょう?
塚本さん
「自分でゴールを決めて、完成させられる」っていう感覚がめちゃくちゃ心地よかったんですよね。お笑いのネタ作りって、お客さんにウケるかどうかがつきまとうけど、ミシンは縫えばちゃんと形になる。その達成感が得られるのがうれしくて。
塚本さんはミシンにハマるあまり、エッセイ集『コントとミシン』(光文社)を上梓
家族、仲間、思い出の服。
眠っていた服に、もう一度命を吹き込む
F.I.N.編集部
家族や芸人仲間のためにもリメイクをしているそうですね。
塚本さん
最初は自分のTシャツだけだったんですけど、そのうち「これ、誰かのためにもできるんじゃないか?」って思うようになって。ちょうど奥さんが妊娠中だったのでマタニティー服を作ったり、娘が生まれてからは先輩方にいただいたベビー服を成長に合わせてリメイクしたり。芸人仲間からも「ズボンにポケット付けて!」とか頼まれるようになって、裾上げとかもやってます(笑)。
塚本さんが作ったマタニティー服。奥さんが着慣れていたワンピースを、着物の端切れと古着を使ってリメイクした
F.I.N.編集部
思い出深い1着はありますか?
塚本さん
今まで延べ200着以上の服をリメイクしているんですけど、娘の1歳の誕生日に作った洋服は思い出深いですね。僕のニットと奥さんのブラウスを組み合わせて作っていて。すごく特別な1着になっています。
サイズアウトが早い子供服も、塚本さんがリメイクすることで愛着を持って長く着られるように
F.I.N.編集部
とてもあたたかいエピソードですね。
塚本さん
あと、先輩芸人から譲ってもらったスーツも、自分サイズに直して着ています。「ただのお下がり」じゃなくて、「受け継いだものを自分の手でアップデートする」って感覚がすごくうれしいんですよね。
塚本さんをミシンの世界へと導いた芸人の先輩、ラバーガール・飛永翼さんから受け継いだ2着のセットアップをつなぎ合わせ、大切な1着に
F.I.N.編集部
塚本さんにとってのリメイクは、単に服を直すだけじゃないんですね。
塚本さん
はい。1度着終わったはずの服をもう一度現役に戻す感じというか。眠ってた服を救い出して、また着られるようにする。それがめちゃくちゃ楽しいんですよね。
F.I.N.編集部
リメイクならではの面白さは、どんなところに感じていますか?
塚本さん
違う服のパーツをつなぎ合わせたり、異素材を組み合わせたり。「このパーツとこの布、合うかな?」って、パズルのように考える時間がワクワクしていいんですよ。正解がない分、自由に遊べるところが好きですね。
F.I.N.編集部
素材への眼差しも熱そうですね。
塚本さん
まさに最近は、剣道着や地方の部活ユニフォームなども素材として気になっちゃって(笑)。素材に味があるし、色もデザインも個性強めで、「これどう生かそうかな」って考えるだけで面白いです。
あとは昔買えなかったブランドの服をフリマアプリや古着屋さんで入手して、リメイクして着ています。普通なら古着や着られない服も、自分で作り変えることで「勝手に復活」できるのがうれしくて。新しい命を吹き込める感じというか。
ゴールキーパーのユニフォームを使った1着。〈ナイキ〉と〈プーマ〉を勝手にコラボさせ、「EMINEM.FC」というチーム名を浮かび上がらせた
F.I.N.編集部
ご自身の価値観に変化は起きましたか?
塚本さん
前より人との距離が近くなったというか、役に立てる場面が増えた気がします。自分もなんか「ちゃんと存在できてる」感じがして、健やかになった気がします。
今ある服に手を加え、未来へ受け継ぐ。
装いの新しいかたち
F.I.N.編集部
服に対する考え方も、変わりましたか?
塚本さん
めちゃくちゃ変わりました。世の中には、まだ着られる服が十分すぎるほど溢れてるんだなって思ったし、新しいものを次々買わなくても、今あるものに手を加えて着る方が楽しいなって。
F.I.N.編集部
この先「装う」ことは、どうなっていくと思いますか?
塚本さん
昔みたいに、「服を受け継ぐ」っていう文化がもっと広がっていくといいですよね。着物は代々子供や孫に受け継いでいく文化があったけど、洋服ではそれがあまりなかった気がします。でも、今はモノを大切にする意識が広がっていて、「すでにあるものを生かそう」っていう流れが出てきてる。だから、気軽にリメイクしたり、親の服を直して着たり、そういうのが普通になっていく未来がいいなって思います。
この日着ていた服も自ら作ったものだそう
F.I.N.編集部
今後挑戦してみたいことはありますか?
塚本さん
アパレルブランドの売れ残りとか、倉庫に眠ってる服をリメイクして、もう一度世に出すプロジェクトをやりたいですね。単純に廃棄するのではなくて、「作り直して生き返らせる」。それってすごくクリエイティブだし、服に対しても、社会に対しても優しい気がするんです。
F.I.N.編集部
最後に、「装う」ことと向き合う今の思いを教えてください。
塚本さん
服ってただ着るだけじゃなくて、なんか自分の時間とか思い出とかもまとってる気がするんですよね。そういう自分にとって意味のある服を着ていたいなって思ってます。これからも、手を動かして自分なりの「これだ」っていうのを作りながら、リメイクを楽しんでいきたいです。
【編集後記】
塚本さんがつくられた服を実際に見せていただきました。どれも素材や色の組み合わせ、デザインがかわいくておしゃれで、そしてとても塚本さんに似合っていて素敵でした。買って、着て、着ないものは処分していくことに対して正直あまり屈託がありませんでしたが、お話を伺い、服の可能性は着なくなってからも大いにあると自分のこととして捉えることができました。塚本さんが何度か「健やか」と表現されていた、つくることによって感じる心の浄化や、自分らしく似合う服で仕事をする気持ちの座りのよさは、何ものにも変えがたい大切な「装う」であり、幸せな行為なのだと感じます。
(未来定番研究所 内野)