2020.05.14

本物のお茶をここから。 日本文化を伝承する若き職人の挑戦。

日本のお茶は、発酵料理や健康志向といった近年の流行とともに国内外で注目を集めています。そんな中、日本茶本来のおいしさと自由な楽しみ方を発信しているのが、東京・表参道のスパイラルビル5階にある〈櫻井焙茶研究所〉店主・櫻井真也さん。茶房では、白衣をまとったスタッフが自ら茶葉を焙煎し、美しい所作で客をもてなします。本格的な茶道ではなくバーのようにくつろげる空間に仕立てた茶房は、もっと身近に煎茶、番茶、焙じ茶といった日本茶のすべてを体験してほしい、そんな想いで作られた。そんなお茶のボーダレスに挑む櫻井さんに、お話を伺っていきます。

“お茶の幅”を伝えることで

人が持つ価値観を変えたい

F.I.N編集部

日本茶の業界はどのように変わってきていると感じますか?

櫻井真也さん(以下、櫻井さん)

私が仕事としてお茶に関わりはじめてから約20年。当時は“お茶にお金を払う”ということにあまり理解が得られず、価値を感じる方が少なかったんです。当時働いていたお店では、3煎飲めて約800円で提供していました。「なぜこんなに高いのか」と言われたこともあります。そこからコツコツと続けてきて、今ではお茶のコースで約5000円ですが、多くの方にお茶を楽しんでいただけるようになったなと思っています。

F.I.N編集部

当時、お客さんの理解が得られなかったのはなぜでしょうか?

櫻井さん

最初に西麻布にお店を出した頃は、同じようにお茶を提供するお店はほとんどありませんでした。コーヒーショップは人気でどんどん増えるのに、おいしい日本茶を飲める場所が少なかったので作ったんです。日本茶はコーヒーと比べて何が違うのだろうと考えた結果、まだ“お茶の幅”を知らない人が多いのではと思いました。もっと日本茶のことを知ってもらえたら価値観が変わって、お茶の楽しみ方も広がり、納得してお金を支払ってもらえるようになるかもしれない。そう思って続けてきました。今では随分変わってきたし、日本茶のお店も増えてきましたよね。これが流行で終わらないようにしたいと思っています。

F.I.N編集部

“お茶の幅”とは具体的にどんなことでしょうか?

櫻井さん

簡単に言うと、お茶の種類です。ワインに赤や白などの種類があるように、日本茶にもほうじ茶や緑茶など種類もあるんです。またワインにカベルネなどブドウの品種があるように、日本茶にはやぶきたなどの品種もあります。そこを紐解いていくと、産地によって茶葉の種類や製法も違いますし、本当にさまざまなお茶があることがわかります。それが“お茶の幅”です。日本茶は、日本人にとってあまりに身近すぎて良さが気づかれていないと思い、まずはそれを掘り起こして、提案することからはじめました。

固定概念に捉われず

自由にお茶を味わってほしい。

F.I.N編集部

「日本茶」というと、難しくて少し敷居が高いイメージがあるのですが、どんな風に楽しむといいでしょうか?

櫻井さん

何が正しいというのはないんです。人によって好みも違うので、自由でいいと思っています。茶道というと難しいイメージがありますが、日本茶はあくまで嗜好品。渋いお茶が飲みたいならそれがその人にとってのおいしいお茶。以前、東北の方に聞くと旨味のあるお茶より、渋味のあるお茶の方が好きだと話されていました。つまり人によっては渋みも良しとされる。ただ渋みの中には旨味もきちんとあって、正反対の味わいを持っているとよりおいしく感じられます。そんなお茶の幅の広がり、懐の広さなども含めて、もっと気軽に楽しんでもらえるといいなと思います。

F.I.N編集部

お店でお茶を提供するときに意識していることはありますか?

櫻井さん

お茶の基本を伝えながら、自由に選択肢を広げてもらうことです。自分の好みで楽しんでもらう前に、まず基本的なお茶の味をお伝えします。何事も基本は大事。玉露は旨味が強いなどそれぞれの特徴やお茶にはどういう味わいの種類があるかなどを知った上で、あとは自由に遊んでもらえたらと。基本の知識を知ることで、自分の中のお茶の幅が広がり、選択肢も広がります。また、最初に固定概念を植えつけないようにも気をつけています。日本は、茶道や華道といった「道」とつくものが多く、基本の型を大事にしていますが、自由に楽しむためには、必ずしもそれだけが正しいという固定概念は必要ないと思っています。もちろん、基本があったうえですが。そして、最終的には口に運ぶものなので、おいしいお茶を提供するということは前提にしています。こんなに種類があるんだ、同じ緑茶でもこんなに味が違うんだとか。お茶の奥深さに気づくきっかけになればと思います。

お茶の文化を大事にしながら

いまの時代に合った楽しみ方を。

F.I.N編集部

〈櫻井焙茶研究所〉では、おいしい日本茶が飲めるだけでなく、カウンターごしに眺める所作も楽しみのひとつですよね。

櫻井さん

以前バーテンダーもやっていたのでお酒作りの所作と、裏千家の先生に習った茶道の所作などが融合してます。茶房が8席でカウンターのみなので、お茶を淹れる所作を見るというのも付加価値として捉えています。

F.I.N編集部

お客さんの反応はいかがですか?

櫻井さん

海外の方は、いろいろなお茶を楽しみたいという方が多いです。お茶のコースだと4種類のお茶をお出ししていますが、みなさんとても興味深く飲んでいただいていますね。お酒とお茶を融合させたオリジナルの茶酒も人気です。海外の方からの需要も増えていると感じます。茶房で飲んでみて実際に自分でも淹れて飲みたいからとお茶や茶器について聞かれることもしばしば。日本人より日本茶に詳しい海外の方もいらっしゃいます。日本の若いお客さまも増えました。ペットボトルの世代なので、ここで初めて急須を見たり、本当のお茶の味を知ったり。いいきっかけになってもらえているようです。

F.I.N編集部

空間づくりについて、意識した部分はどんなところでしょうか?

櫻井さん

お茶はもともと薬として親しまれていたというところから、薬局のような雰囲気を意識しています。白衣を着て接客したり、茶葉をガラスの瓶に入れていたり、その人に合わせたお茶を提供する=処方するというようなイメージです。カウンターの8席は、バーのような要素や中国茶や台湾茶の要素がミックスされた空間になっています。そのあたりはお茶もお酒も同等の価値観で提供するような感覚。昔のいいものは残しつつ、今の形に変えたり、今ならこういう使い方ができる提案を盛り込んだり、昔ながらの文化も取り入れながらいまに合う心地いい空間を作っています。

F.I.N編集部

お茶とお酒はどんなところが共通していますか?

櫻井さん

バーとは、お店の雰囲気やバーテンダーとの会話を楽しむ空間。お茶も同じで、昔から空間づくりを大切にしてきました。その空間でいただくものが、お酒かお茶という違いだけです。通常夜23時まで営業しているのも、お酒が飲めない方でもバーを使っているような感覚で、薄暗いカウンターでおいしいお茶が飲める場所を作りたかったから。お酒を飲める人だけがバーに行くのではなく、お酒が飲めない人でもバーに行くっていうこともこれからの時代は必要になって来ると思います。

飲んでも食べてもおいしい日本茶。

海を越えて、もっと広めていきたい

F.I.N編集部

5年先、日本茶の世界はどのように変わっていくと考えていますか?

櫻井さん

日本では嗜好品ですが、海外では健康面でも注目されていて、さまざまな品種や自然栽培のお茶ももっと増えそうですね。飲むだけでなく、食べるものとしても変化していきそうです。抹茶は茶葉を粉末にして飲むもので、茶葉を丸ごと食べているようなものですよね。お茶のコースでも、玉露の茶葉は食べてもらっていますし、茶の花を乾燥させてブレンド茶にも使用しています。日本茶は、余すところなく食せるものという価値観が広まっていくといいなと思っています。先日、餃子の具に茶殻を混ぜてみると、食べた時にほんのりお茶の香りがして、なかなかおいしかったですよ。今後ますます大切になる「サステナブル」という観点からも、いいことだと思っています。日本茶が海外でも注目されている一方で、後継問題により放棄茶園が増えているのも現実。「日本茶ってかっこいい」と感じてもらえないと後継者も増えない。若い世代の人にもっとそう感じてもらえるよう、いろいろな人と一緒になって、広めていきたい。それも使命かなと思っています。

Profile

櫻井 真也

株式会社櫻井焙茶研究所 代表取締役/一般社団法人 茶方會 草司

和食料理店「八雲茶寮」、和菓子店「HIGASHIYA」のマネージャーを経て2014年に独立、日本茶の価値観を広げて新しい愉しみ方を提案すべく、東京・南青山に日本茶専門店「櫻井焙茶研究所」を開設。「ロースト」と「ブレンド」を基とし、各地より厳選した日本茶をはじめ、店内でローストした焙じ茶や、国産の自然素材を組み合わせた四季折々のブレンド茶を販売。併設の茶房では、玉露や炒りたての焙じ茶はもちろんのこと、櫻井焙茶研究所ならではのお茶のコースや茶酒などを和菓子とともに愉しめる。一般社団法人 茶方會では、現代における茶の様式を創造し、継承していくための活動として、国内外における呈茶やセミナーを行うほか、メニューの企画・提案、淹れ手の育成などを担う。

櫻井焙茶研究所/SAKURAI JAPANESE TEA EXPERIENCE

東京都港区南青山5丁目6番23号 スパイラル5階

Tel 03-6451-1539 / www.sakurai-tea.jp

営業時間 午前11時より午後8時まで(茶房は平日午後11時まで営業)

一般社団法人 茶方會/Association SABOE

Tel 03-3793-1066 / www.saboe.jp

編集後記

3月某日。取材前に実際にお茶を味わっておきたい、と思い櫻井焙茶研究所へ初訪問。入店してみると、海外からの旅行客と思しき1組のカップルが、お茶のコースを楽しんでいました。さまざまな種類のお茶や茶葉を使ったお料理を、美味しそうに、興味深そうに味わっていました。

櫻井焙茶研究所では、特別に海外向けのPRはされていないそうですが、海外メディアからの取材オファーもあり、その情報を見た海外の方がお店にもよく訪れるそうです。それだけ、日本茶は世界中からの注目の的なのでしょう。

日本茶は、日本国内の人だけが嗜むものではなく、これからは国境を超えて、世界中の人々が楽しめる新たな「日本茶文化」になっていくのかもしれません。