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F.I.N.編集部が未来の定番になると予想する言葉を取り上げて、その言葉に精通するプロの見解と合わせながら、新しい未来の考え方をひも解いていきます。今回は「ヴァナキュラー」をご紹介します。

 

(文:大芦実穂)

ヴァナキュラー【ばなきゅらー/Vernacular】

特定の地域の中で自然に育まれ、日常的に用いられているモノやコトの総称。挨拶やジェスチャー、生活習慣、建築なども含まれる。もともとは「口語」を指す語だったが、現在ではその土地に根ざした文化や実践全般を示す言葉として用いられている。

「例えば、ヴァナキュラーと近しい『フォークロア』は、民間伝承や民俗を対象に、その起源がいつ、どこにあるか、誰のものか等をはっきりさせようとする、比較的固定的な概念。それに対してヴァナキュラーは、固有性はあるけれど固定のものではない、ダイナミックに変化していくものです」

 

そう説明するのは、文化人類学者でありデザイン人類学者の中村寛(なかむら・ゆたか)さんです。

 

生まれたものがすぐヴァナキュラーになるわけではなく、その土地の人々が使い、馴染ませ、自分たちに合わせてカスタマイズしていくことで、初めて土着のものになっていくのだそう。

 

なぜ今、ヴァナキュラーが注目されているのでしょうか。背景には、2つの要因があると中村さんは指摘します。1つは、グローバリゼーションがもたらす疲弊です。

 

「グローバリゼーションは、『こういうスタンダードで競争しなさい』という均質な基準を設けます。個体差があるし、大事にしている価値もそれぞれ違うのに、皆が同じ価値基準のもとで猛烈なスピードで競争しなければいけなくなる。これはしんどいです。そうなったとき、人々は固有のリズムって何だったんだろう、この土地の暮らしで大事にしていたものって何だろう、と考えるわけです。そうしてたどり着くのが『土着』というキーワードなのだと思います」

 

もう1つは、深刻な環境破壊です。

 

「人間の諸活動が地球環境にネガティブなインパクトを与える『人新世』の時代において、ヴァナキュラーは加速度的に膨らんでいく経済活動中心主義に対する『ローカライズのプロジェクト』として位置づけられるでしょう。それは、従来の中央集権的なデザインや仕組みとは異なり、それぞれの地域からボトムアップで立ちあがっていく、自律分散型のアプローチともいえます」

 

さらに中村さんは、一人ひとりがヴァナキュラーな視点を持つことが可能だと語ります。その一歩目として、「自分自身の身体性に着目すること」が大切だと教えてくれました。

 

「今、ほとんどの人がスマートフォンやパソコンを眺めて生活しています。これでは五感は使われません。もっと自分固有の身体にわがままになって、旅に出る、散歩する、人と会う、瞑想するなど、違う感覚器官を刺激してみてはいかがでしょうか。人類学者としてはフィールドワークがおすすめです。最近はツアーなどもあるので、参加してみてもいいと思います。ポイントはコンフォートゾーンの外に出るということ。土着的な感覚を呼び起こしてくれると思います」

 

ヴァナキュラーというと、どこか原始的なイメージがありますが、テクノロジーを拒絶するものではないといいます。むしろ最先端のテクノロジーと融合することで実現される、というのが中村さんの見立てです。その好例として、宮崎県の約70世帯の小集落に作られた小水力発電所があります。

2017年に運転を開始した、大日止昴小水力発電所。(撮影:中村寛/撮影日:2025年11月)

「古くからある農業用水を使った小水力発電所で、高いところから低いところに水を落とすだけで、年間1,000万円の売電ができる仕組みです。外観には、使われなくなった石蔵の石材を再利用し、集落の風景に馴染むよう設計されています。最先端のテクノロジーを取り入れながらも、その土地に昔からある景観や営みといった、土着のリズムをそのまま活かしている。そういうことが今、いろいろな場所で実現し始めています」

 

一方で、テクノロジーだけで守れないものもあります。ヴァナキュラーなものや技術を引き継ぐには、どうすればいいのか。中村さんはその方法の1つとして、ヴァナキュラーとラグジュアリーの親和性を挙げます。

 

「これまで、希少価値も技術も高く、その人がいないと成り立たないものが、買い叩かれたり、ブランディングがうまくいかずに海外に持っていかれたりしてきました。ラグジュアリーと認知されれば、そうしたサプライチェーン全体を守ることができると考えています。一方でラグジュアリーとなると、ごく限られた富裕層にしか届かないという限界もある。だからこそ、テクノロジーと組み合わせながら、多層的に支えていく必要があると感じています」

 

実際に、ヴァナキュラーがラグジュアリーと捉えられる動きは、すでに現れ始めているといいます。

 

「例えば佐渡島では、海外の富裕層がホテルの高級ディナーではなく地元の人が通うような普通の居酒屋での体験を求めることがあるそうです。宿泊や移動はラグジュアリーでも、体験そのものは土地の日常に触れられるリアルなものがいい。ヴァナキュラーなものを守る仕組みは、つくり手側の努力だけでなく、こうした需要側とも結びついた時、初めて持続可能になっていくのかもしれません」

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