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2022.04.22

F.I.N.的新語辞典

第84回| 倫理資本主義

隔週でひとつ、F.I.N.編集部が未来の定番になると予想する言葉を取り上げて、その言葉に精通するプロの見解と合わせながら、新しい未来の考え方を紐解いていきます。今回は「倫理資本主義」をご紹介します。

(文:大芦実穂)

倫理資本主義【りんり・しほんしゅぎ/Ethical Capitalism】

ドイツの哲学者、マルクス・ガブリエル氏により提唱された、新しい資本主義のかたち。効率性を重視したアメリカ型の資本主義ではなく、経済活動のなかに精神性や倫理性を織り込んでいこうという考え方。持続可能な開発目標である「SDGs」や、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の要素に配慮した投資の「ESG投資」、人や社会、地域や環境などに配慮した消費行動の「エシカル消費」、すべて包括した「パーパス経営」などの潮流の中、今、注目されている。

 

今回は、マルクス・ガブリエル氏を長年取材してきた、NHK「欲望の資本主義」プロデューサーの丸山俊一(まるやま・しゅんいち)さんに、倫理資本主義が提唱された背景などについてお話を伺いました。

 

資本主義=「利益の最大化のみを考える経済体制」というイメージが定着してしまった感がありますが、少し歴史を振り返ると、時代により国により、様々な形態、理想があったと言えると思います。「経済学の父と呼ばれるアダム・スミスは、社会を支えるのは共感であり、だからこそ人と人が労働を分かち合うことで豊かな社会が築けると説きました。彼が「国富論」を著してからおよそ240年あまりの間に、市場原理一辺倒の側面ばかりが目立つようになってきたということかもしれませんね。とくにこの30年くらいは、グローバリズムで、株主利益を最優先するアメリカ型の資本主義が世界に広がってしまった。そこで、倫理資本主義は、原点に立ち戻ることを模索する動きでもあります」

著書『マルクス・ガブリエル 新時代に生きる「道徳哲学」』 (NHK出版新書、2021)と愛猫 写真提供:丸山俊一さん

その問い直しが起き始めたのは、ほかでもない欧米から。特にこの10年ほどは、格差拡大に始まり、気候危機、AI、デジタル技術の市場の広がり、そしてパンデミックなどのさまざまな変化の中で、「どんな働き方をすることが、人の本質的な幸福につながるのか」「人が社会生活を送っていくうえでほんとうに必要なものはなにか」という、倫理的側面に注目が集まるようになりました。

 

「環境破壊や経済格差を生み出す資本主義は悪だ!」と決めつけてしまうのは、短絡的に過ぎると思います。資本主義にも時代や国、地域によって多様なかたちがあり得る、ということを認識する必要があるのではないでしょうか。例えば、高度成長期の日本では、日本型経営というものが存在し、従業員を家族のように考え、雇用を守るなどしました。もちろん、それが悪しき意味で村的に機能し排他性を生むなどマイナスに働くこともあるので、冷静に考えなくてはなりませんが。ただ、損か得かのように白黒つけるのではなく、地域、集団それぞれの特性、そこに属する人々の個性を生かし、倫理性と利潤の論理とが自然にバランスを取れるようなあり方を探っていくことが、これからの時代には必要になってくると思います」

 

最後に、私たち一人ひとりが、倫理資本主義を実践するにはどうしたらいいか、アドバイスをいただきました。

 

「いまある資本主義というものを、自身の美意識と照らし合わせ、問い直していくことで、倫理資本主義の一歩を踏み出せるのではないでしょうか。倫理とはこうあるべき、と決めつけてしまうのではなく、一人ひとりが少し立ち止まって、自分の中で様々な価値観の可能性に気づき、自ら考えることが重要だと思います。掛け声ばかり、倫理、倫理と叫ぶばかりで、それが耳目を集める新たな商品のようになってしまう皮肉を避けるためにも、個人の価値観、生きる信条などの延長上に、経済活動も捉えられるといいですね」。

 

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