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2020.02.27

F.I.N.的新語辞典

第56回| ゲノム編集技術

隔週でひとつ、F.I.N.編集部が未来の定番になると予想する言葉を取り上げて、その言葉に精通するプロの見解と合わせながら、新しい未来の考え方を紐解いていきます。今回は「ゲノム編集技術」をご紹介します。

【ゲノム編集技術/げのむへんしゅうぎじゅつ・genome-editing technology】

生物が持つ遺伝子の中の、目的の場所を切断することなどにより、その遺伝子が担う形質を改良することができる技術。ゲノムとは生物が持つDNA全体のことで、その中には数万個の遺伝子が含まれています。自然の紫外線などにより日々、遺伝子は切れ、元通りに修復されていますが、時々修復ミスにより遺伝子は突然変異します。ゲノム編集技術はこの現象を利用し、狙った目的の遺伝子に変異を起こします。医療の分野でも利用が検討されている技術ですが、今回は食品、特に品種改良に用いるゲノム編集技術について、科学ジャーナリストの松永和紀さんに教えていただきました。

 

まず、ゲノム編集技術を品種改良に用いて“ゲノム編集食品”を作るメリットはどこにあるのでしょうか。「ゲノム編集技術は、ゲノムの特定の部位を切ることができる酵素を細胞内に入れたり、中で酵素を作らせたりするなどしてハサミのように特定の部位を切り、遺伝子を変異させる技術です。従来の技術では品種改良に数年から数十年かかりましたが、ゲノム編集であれば1年半程度で可能とされています。品種改良の時間を著しく短縮でき、栽培などの手間も減るのでコストが大きく下がります。2050年には地球の人口が86億人に達し食料は1.7倍必要になると予測されていて、品種改良を急ピッチで進めなければなりません。また地球温暖化や気候変動により、さまざまな作物の栽培適地や病害虫の被害が急速に変化してきています。こうした対策のためにも、品種改良に期待がかかっています。ゲノム編集は、そのための有力なツールのひとつです」。

 

日本では現在、ゲノム編集技術を用いて、食中毒のリスクを低減したジャガイモ、GABAを多く含むトマト、受粉しなくても実がなるトマト、収量増加を目的としたイネなどの研究が進められています。松永さんによると、他の品種改良に比べればかなりの低コストで行えるため、ベンチャー企業による開発研究も期待されているのだそう。

 

一方で、“人がゲノムを切る”ということに不安を覚え、ゲノム編集食品の安全性を問う声があることも事実。ゲノム編集技術が日本でより認知・受け入れられていくためにはどのような課題があるのでしょうか。「“ゲノム”や“遺伝子”と聞くだけで怖いと感じる消費者がいるようです。遺伝子を変異させるなんて恐ろしい、と言われます。遺伝子組換えと混同している人もいるようです。しかし、これまでの品種改良も全て、人が遺伝子を変異させて行ってきており、遺伝子組換えやゲノム編集だけが特別なものではありません。私は、遺伝子組換え食品もゲノム編集食品も、きちんと管理されたなかで技術が用いられるのであれば、安全性は従来の食品と同等と考えています。ゲノム編集食品は、昨年秋から国への届出制がスタートしています。品種の開発事業者から提出されたかなり詳細なデータを、厚労省の職員や専門家が検討し認める仕組みです。消費者の方々には、品種改良技術全般やゲノム編集食品の届出制度などにもっと関心を持って、科学的に判断していただきたい。それには、国や専門家などが一層わかりやすく情報を提供し、積極的にコミュニケーションを進める必要がありますね」。

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