2020.09.01

9億人が沸く祭典「インド総選挙」って?

インドといえば、映画に代表されるように、「みんなで踊っている」ようなお祭りのイメージがあります。ド派手な民族衣装に、光りものをジャラジャラとつけて、大勢で楽しそうに踊る、賑やかな国という印象を持つ人も多いでしょう。日本ならば格式張って行うようなことも、インドでは、そのお国柄のせいか、ゆるい雰囲気で、お祭りムードが漂っていることがよくあります。しかし当のインド人たちは、実はかなり真面目。異なる歴史や文化的な背景を持つ国というのは、実に興味深いものです。今回は、そんなインドにおける、国を挙げての祭典のような一面を持つ国民総選挙について紐解きながら、日本との比較を踏まえながら、国づくりの未来について考えます。

 

執筆:さいとうかずみ

サムネイル:Photo by Vishal Bhatnagar/NurPhoto via Getty Images

世界最大規模の、インド総選挙。

インドの人口は13.5億人でそのうち有権者は約9億人。日本の人口の7倍に当たる有権者を巻き込んで5年毎に行われるインドの総選挙は、国民による直接選挙が行われている国の中で最大規模と言われています。インドは行政権を持つ28の州と国の直轄地区から構成されていて、公用語のヒンディー語以外に、地域で使われる言語が、なんと22種類。加えて、国全体の識字率が73%(女性においては約6割)と低いため、全てを束ね、投票、集計することは途方もない作業。直近の2019年に行われたインド下院総選挙では、その投票期間がなんと1ヶ月にも及びました。投票率は約67%。約6億人もの国民が投票場に足を運んだというこの大規模な選挙は、一体どのように行われているのでしょう。

Saikat Paul / Shutterstock.com

熱のこもった演説をするモディ首相。両腕を大きく使って表現することでお馴染み。

全543議席にて争われる、下院の選挙制度

では、国民が直接投票する下院選挙はどのようなものなのでしょう。インドの下院の選挙は、日本同様に小選挙区制をとっています。定数545議席のうち2議席は大統領が任命するため、選挙では543議席、つまり543選挙区にて争われます。政党には、全国規模の大政党である「インド国民会議派(以下、会議派)」と「インド人民党(以下、BJP)」のほかに、多くの地域政党があります。

会議派は、イギリス統治からの独立を指導してきた伝統のある政党で、一方のBJPは、モディ首相が党首を務める、「インドをヒンドゥー民族の国にする」という主義を貫いてきた政党です。2019年の総選挙では、会議派が率いる野党連合が、BJPから政権を奪還できるか注目されていましたが、最終的には、現職が前回よりも議席を増やす結果に。ポストモディを求める声も多かっただけに、有権者は固唾を飲んで選挙結果を見守りました。どの政党が勝つかによって、具体的に受けられる恩恵も変わってしまうからです。

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支持している会議派の候補者を一目見ようと集まってきた群衆。

共和国インドの議院内閣制と選挙、国民と首相との密接な関係。

選挙制度と併せて、インドの国家体制についても、簡単に触れておきます。インドには、国の元首として大統領が配置されています。しかしその存在は儀礼的・象徴的なもので、主たる外交の場に出て活躍することはありません。また大統領は、国と州の議会の議員選挙で決まるため、国民が直接選ぶことはできないようになっています。

また、国の連邦議会は上院と下院の二院制です。上院は州議会議員による選挙と大統領による任命によって構成され、国民の直接投票はありません。一方で、下院は国民投票によって選出されるため、人々は下院議員を身近な存在に感じています。下院には、上院に対しての優越権が認められており、任期は5年、解散制度もあります。下院選挙で、議席が最多数となった政党の代表が首相を勤め、内閣(閣僚会議)を構成する議院内閣制を採用しています。

これは、日本と同じ制度なのですが、インド国民は首相をより近い存在に感じています。例えば、インドのモディ首相のツイッターのフォロワーは6千万人で、その数は日本の首相の28倍。モディ首相は、国民に直接語りかける動画を頻繁に投稿するなど、SNSを活用しています。また、自らを首相ではなく「国民のお金を守る監視役」として、国家の財源の使い道に目を光らせていると主張することも。そんな首相であるゆえに、国民は意見を言いやすい存在のようです。しかし一方で、「メディアを使った演説を多用して、人々を取り込もうとしている」という批判も。

 

さて、大まかにインドの政治、選挙の制度について説明してきましたが、ここからは、実際の選挙がどのように行われているのかについて、迫っていきます。

インド式、簡単すぎる投票方法。

Photo by Vishal Bhatnagar/NurPhoto via Getty Images

投票するとインクで指に印をつける。インド国民にはお約束の「投票しました」のポージング。

投票日は地域によって定められ、会社はやむを得ない場合を除いて休みになります。居住区と会社の所在地の投票日が異なる場合は、投票のために時間休を取ることが国で認められています。また、日本のような不在者投票の制度はないため、当日に自分の選挙区にいなければ、投票できない仕組みです。

 

そして、投票の方法についてですが、これが実に簡単。インドは電子投票が採用されているため、支持する候補者名と政党のシンボルマークの絵の横にあるボタンを押すだけで、投票完了です。2度は押せない仕組みになっているので、やり直しはできません。投票が終わると、係員が投票者の人差し指にインクで印をつけます。電子投票は2004年の下院総選挙から導入されていますが、マーク表示は文字が読めない人にも分かりやすく、不正投票も少なくなったため、作業時間がかなり短縮されました。

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党のシンボルマークの横にある青ボタンを押して投票する。

インドの有権者にとって「選挙」とは?

インド人に選挙について聞くと、迷うことなく「義務と思っているから、当然行くべきもの」と答えます。その理由の多くは、「自分の支持する候補者に政治の中枢で活躍して欲しいから」。一般的に、中流階級以上の人々は、政党や議員の政治指針などに賛同して投票する傾向にあります。事実、彼らの多くは政治に詳しく、インド人が集まると政治の話に花が咲くという場面もしばしば。一方で、下層階級に所属する人々については、今日明日の糧を与えてくれる人のために一票を入れることが多いです。極端な例を挙げると「1000ルピー(約1400円)あげるからこの人に投票しなさい」と言われれば、喜んで行く人がいるわけです。

つまりインドでは、選挙における一票の重みは大きく、どうせ変わらないといった政治に対する諦めのようなものはありません。そのため、候補者側も、いかにして人々の心を掴むかに躍起になるというわけです。

 

それでは、インドの選挙活動は一体どのように行われるのでしょうか。

自由すぎる、インドの選挙活動。

Photo by Vipin Kumar/Hindustan Times via Getty Images

選挙集会では政党カラーを身につけたり、シンボルマークや支持者の人型のプラカード掲げる。

選挙活動は、細かい規制がなく、何でもありです。まず、25歳以上であれば誰でも立候補できます。政党側から候補者として認められなくても、自分で政党を作ればOK。その際に、親政党の名前にそっくりな政党名をつけても問題はありません。

また、選挙活動の際には、政党名の書かれたプラカードやのぼり旗ではなく、印象に残りやすいシンボルマークを掲げるのがインド流。この政党を表すシンボルマークも、手、象、ハスの花、自転車、チャイなど、何でも自由。そして同様に、候補者側にもわかりやすい演出が好まれます。かつて超人気俳優が出馬した際には、自身の演じたヒーロー役やヒンドゥー教の神様の出で立ちで選挙活動を繰り広げたことも。人々は救世主が現れたと信じ込み、熱狂的に応援するのです。

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党のシンボルマーク(自転車、家屋と農具)を掲げた選挙カー。

また、候補者の集会も派手なものばかりです。シンボルマークや候補者の人型の切り抜きを頭上に掲げた人々でごった返し、周辺ではパレードが行われ、音楽部隊、政党カラーに装飾した自転車やオートリキシャ(三輪バイク)、山車や馬車などが参加することも。さらに、政党の宣伝となるグッズは配り放題で、集会があると聞くと、群衆が集まってきます。

Photo by Biplov Bhuyan/Hindustan Times via Getty Images

支持する政党のパレードに参加する自転車部隊。

次回2024年の選挙戦は、もうすでに始まっている

候補者たちの選挙活動は、そういったアピールだけではありません。現在、インドはコロナ感染者数が世界でも上位にランクインし、その影響で生活が困窮する人々が続出しています。インド南部のカルナタカ州、観光業が盛んなマイソールでは、国を挙げてのロックダウンによって大勢の学生や出稼ぎ労働者が戻ってきました。しかし、観光業はストップしているため、人々の生活は一気に逼迫。そんな中、地元の議員が立ち上がり、米や豆類、粉類などの食料の配給をスタートしました。マイソールの女子大生に話を聞いたところ、「コロナで父が失業し、生活に困っていたため、議員にはとても感謝している。次の選挙でも必ず勝ってほしい」と心境を語ってくれました。

地元の議員は、インドの人々にとって、有事の際の頼れる存在でもあるのです。

議員の顔写真が印刷された袋に入りの救援物資が配られる様子。

インドの総選挙から考える、私達の5年先の未来

以上が、「簡単すぎる」「お祭りのような」インドの総選挙の様子です。インドは共和国としての歴史を歩んできました。そのため、国民は今でもシンプルに自分たちが政治を行なっていると思っているのかも知れません。しかし、その政治とは小難しいものではなく、「この人に票を入れれば、いいことがあるはず」といったような「自分にとって得かどうか」が、最終的にはキーとなっています。将来的に何かいいことを期待できるから、熱狂的に応援することもできるのでしょう。世界には多様な選挙文化があります。異なる文化や多様性を垣間見ることで、私たちの日常にある当たり前を振り返っていくことが、5年先の未来をより良いものにするかもしれません。

 

 

【参考文献】

1)大野一夫「しらべよう!世界の選挙制度 アジア・アフリカ・オセアニアほか」汐文社、2018

2)榊原英資「インド・アズ・ナンバーワン 中国を超えるパワーの源泉」朝日新聞出版、2011

3)ダニエル・ラグ「インド 特急便!変貌する大国の夢と現実 INDIA EXPRESS」伊藤真/訳、光文社、2009

4)中溝和弥「モーディーはなぜ圧勝したか」『世界』(2019特集「争点としての消費税」8月号)岩波書店、2019

5)General Information  at Education and Literacy in India Browse ユネスコ統計研究所(UIS)インドデータ(2018)

http://uis.unesco.org/en/country/in

Profile

さいとうかずみ

2007年よりインド在住のライター。インド国内の4都市5箇所に転居、現在はベンガルール(バンガロール)。現地でヨガ、ナチュオパシーを学び、妊娠、出産、育児を経験。インドの社会、経済、教育、文化、食、エコなどの分野について、新聞、雑誌、web等に寄稿。2017年から2年住んだインドネシアの執筆やリサーチも行う。

編集後記

実は、最近のF.I.N.は月ごとに記事の裏テーマを決めています。今月の裏テーマは「声をあげよ」。今回の記事では「声をあげる」典型例として、「選挙」というこれまで扱ったことのないテーマを取材しました。印象に残ったのは、ボタンを押すだけで投票でき、誰でも簡単に声をあげられる仕組み。まるでIKEAの出口にある押しボタン式お客様満足度アンケートみたい……!こんな手軽な仕組みがあったら、選挙に限らず、みんな思わず声をあげたくなるのかもしれません。

インドの選挙の仕組みを、日本にそのまま輸入するのは難しいでしょう。しかし、お客様に声をあげてもらい、その声を反映していくことが、これからのビジネスには求められる中で、そのためにはどうすればよいか?というヒントを、インドの総選挙の姿から得られたように思います。

(未来定番研究所 菊田)

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