2020.11.26

ドミニク・チェンさん×渡邊淳司さん 「ウェルビーイングをもたらす、未来のテクノロジー」対談。

現代人にとって、切っては切り離せない存在となった「テクノロジー」。これまでのテクノロジーは、社会の効率化のために使われてきましたが、これからは人を幸せにするために使用されるべきだという機運が高まっている昨今。こうした動きは、人のよりよい状態を目指す「ウェルビーイング」とも密接に絡み合っています。今回は、個人の幸せを追求する欧米型のウェルビーイングだけでなく、他者や周囲との調和を大切にする日本的ウェルビーイングを一緒に研究しているドミニク・チェンさんと渡邊淳司さんに、情報技術との上手な付き合い方や、未来に求められるテクノロジーについて対談いただきました。

(イラスト:Ayumi Nishimura)

Profile

ドミニク・チェン

情報学者。NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(現コモンスフィア)理事/公益財団法人Well-Being for Planet Earth理事/NPO法人soar理事/早稲田大学文化構想学部准教授。人間とテクノロジーの関係性を研究している。著書に『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために―』(新潮社)、監訳書に『ウェルビーイングの設計論』(ビー・エヌ・エヌ新社)など。東京・六本木「21_21 DESIGN SIGHT」にて展覧会ディレクターを務める「トランスレーションズ展 ―『わかりあえなさ』をわかりあおう」が開催中。

(撮影:荻原楽太郎)

Profile

渡邊淳司

NTT コミュニケーション科学基礎研究所 人間情報研究部 上席特別研究員。人間の知覚メカニズム、特に触覚の研究を行う。学会活動だけでなく、芸術祭等においても数多くの展示を行っている。著書に『情報を生み出す触覚の知性』(化学同人)、『表現する認知科学』(新曜社)、監修・編著に『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために』(ビー・エヌ・エヌ新社)や、共著『見えないスポーツ図鑑』(晶文社)などがある。「トランスレーションズ展 ―『わかりあえなさ』をわかりあおう」にも作家のひとりとして参加中。

2人が考える「日本的ウェルビーイング」とは?

渡邊さん

僕たちは「日本的ウェルビーイング」を探る研究に携わってきました。ウェルビーイングをひと言で言い表すなら「身体的にも、精神的にも、社会的にもよい状態であること」。医学的ウェルビーイング、快楽的ウェルビーイング、持続的ウェルビーイングと大きく3つの分類がありますが、特に3つ目の持続的ウェルビーイングが近年注目されています。人の心身の状態というのは、その時その時、上下がありながらも、ある程度長い時間軸で見た総体としてよい状態であることが重要で、そしてそのためには自分の心身の変化がどのように起こるのかを知ることがキーとなります。

ドミニクさん

そうですね。ポジティブ心理学の父マーティン・セリグマン博士のPERMA(パーマ)理論(*1)をはじめ、世の中にはたくさんのウェルビーイング理論が存在しますが、そういった理論を盲信しすぎないことも肝心。自分の心の動き方は他の人と必ずしも一緒ではありません。自分の心の在り方を、自分自身で把握したり、気付いたり、学んだり、もしくはつくっていく、「自己認知」が大切です。

F.I.N.編集部

自分自身を研究していくというのは、慣れていない方にとっては難しい作業かもしれません。自己認知を手助けしてくれるものはありますか?

ドミニクさん

淳司さんと仲間たちと「認知」のワークショップをやっています。ウェルビーイングを実現する三つの要因(因子)を自分自身で定義していくというワークショップで、これまでに2000人ほどの方が参加してくれました。その中で僕らは「自分自身のウェルビーイングについて考えて、それを周りの人とシェアする」という行為自体が、ウェルビーイングを生むのではないかという気付きを得たんです。

渡邊さん

そうですね。ただ、初めて会った人に対していきなり自分のウェルビーイングの要因を開示するというのは、結構大変なことです。そこで役に立つのが「触覚」です。私は2010年に「心臓ピクニック」という、自分の心臓の鼓動を手の上で感じる体験を共同研究者たちと実施してきているのですが、この体験をワークショップのはじめに、参加者同士で行ってもらったんです。心臓という自分にとって一番大事なものを他人と交換する、そのような身体的な感覚のつながりを通じて、その場の安心感や親密さ、信頼を構築するきっかけになりました。

*1 PERMA(パーマ)理論

ポジティブ心理学の父と呼ばれる、ペンシルベニア大学心理学部教授のマーティン・セリグマン博士が提唱した理論。ウェルビーイングを測定する判断基準は「持続的幸福度」にあると考え、下記の5つの尺度によって実態を捉えようとした。

・Positive Emotion(ポジティブ感情)

・Engagement(エンゲージメント)

・Relationship(関係性)

・Meaning and Purpose(人生の意味や意義)

・Achievement(何かを成し遂げること)

SNSと対話との、本質的な違いを認識することが大切。

F.I.N.編集部

テクノロジーは私たちの生活を豊かにしてくれる一方、使えば使うほど心身の健康(ウェルビーイングな状態)から遠ざかってしまうという問題も起きています。普段の生活で私たちが注意すべきことはありますか?

ドミニクさん

スマートフォンやスマートフォンアプリが世界に浸透した結果、さまざまな物事が便利になる反面、社会的な問題も生まれることがわかってきました。最近では、情報技術産業側の反省から、ウェルビーイングに繋がるSNSのつくり方はどうあるべきか、アクセス数を優先する“PV至上主義”のウェブメディア全般をいかに良質な情報を提供する媒体に変えていくかなどといった議論が盛んになってきています。そんな中、淳司さんが注目する「触覚」は、視覚優位な人間社会に対して、お互いの身体の感覚を通じ合えるようにする新しいテクノロジーの提案ですよね。

渡邊さん

僕自身はSNSをそこまで使用しているわけではないのですが、反射的なテキストのやり取りに難しさを感じています。そもそも人は、言葉の向こうに相手の意図を感じてしまう特性があります。対話の場合、相手のことを配慮し時間をかけて言葉を発していきますが、SNSだと、反射的に出た言葉がそのまま文字として残りがちです。その時、感情的に出た言葉に対して、普段僕らが行なっている対話と同じような、相手を思いやったり、意図を探ったりする態度を取れば取るほど、SNS上では上手くいかないのです。

ドミニクさん

それでいうと、昨年開催された国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」に「タイプトレース」という作品を出展しました。人がどのようにテキストを打ったのかすべて再生できるという装置です。これを観てくださった方たちの受け止め方がすごくおもしろかった。まさに淳司さんがおっしゃる通り「テキストの向こう側にいる人の心の動きを想像させられる」「強く喚起させられる」というコメントをもらいました。その人がどういう風に言葉を紡いだのか全部見えるので、相手の心の中を想像しやすくなるんです。

この研究でわかったのは、文字を打った過程が見えない非同期の状態でテキストを交わすのと、リアルタイムで交わす言葉の間には大きな溝があるということ。SNSは非同期だからこそ、お互いの揚げ足を取ったり、相手の言葉尻を捕らえたりして攻撃できてしまうのだと思います。SNSの問題を考えていくときに、一つひとつのテキストがどう書かれたのかというプロセスを想像することも大事ですが、リアルタイムのコミュニケーションとの本質的な違いを認識するということがより大切なのではないでしょうか。

「コントロールできないものを相手にしている」という感覚が大事。

渡邊さん

記号として相手を認知するのではなく、身体的に感じ反応する対象として相手を認知することが必要だと思います。触覚やタイプトレースの例にあったような、時間的な変化や抑揚のようなものがあればあるほど、受け取る側は身体的に反応するようになるし、リアルの対話に近い状況をつくることができます。

ドミニクさん

現実世界の対話と情報社会の対話を比較したときに、今淳司さんが言ったことと近いことを観察していて。僕は毎朝子どもとハイタッチをしているんですが、同じハイタッチって、絶対発生しないんです。パシンって気持ちのいい音が鳴るときが稀にあるんですが、それを再現しようと思って30回くらいやっても絶対再現できない(笑)。相手がどんな風に手を出してくるかわからないというのは、実は現実世界ではごく当たり前のことなんですよね。「自分だけではコントロールできないものを相手にしている」っていう感覚がすごく大事なんじゃないかと思っています。リアルタイムの方がより現実を感じるというのは、より相手に直に触れられている感覚が生まれるから。シンプルに効率化していくという話ではなくて、もっとノイズの中に身体を浸した方が現実に近い。豊かな対話のヒントはそういうところに隠れているんじゃないかな。

渡邊さん

ドミニクさんのおっしゃる通りで、「コントロールできないものを相手にしている」という感覚はすごく大事な感覚だと私も思います。逆に言えば、相手に対して制御の感覚を持ってしまうのはとてもまずいです。例えば、部下に一方的に命令したり、マウンティングしたり、そういうコミュニケーションの仕方は相手を制御しようとする態度であって、ウェルビーイングとは真逆なものだと思います。それは相手を自律的な対象ではなく、制御対象として見ているということ。自然環境に対しても同じだと思うんです。コントロールできないものに対して、我々はどうやって関わっていくかという姿勢が大事であって、どう制御していくかではないのだと思います。

ドミニクさん

情報技術によって、僕たちは遠隔にいることが可能になりました。遠隔だとお互いをスタティック(静的)な存在として見なしてしまいますが、それは大きな錯覚。遠隔にいてもお互いをダイナミック(動的)な存在として捉え、関係性を作り上げていくべきです。そこに寄与できるようなテクノロジーの設計を考えていかないと、関係性そのものが貧しくなってしまうという可能性は大いにありますね。

F.I.N.編集部

5年先の未来、ウェルビーイング実現のために、どんなテクノロジーが誕生していると思いますか?

渡邊さん

物理的に「つながる」ための技術では、新型コロナウイルス蔓延を機に新しい触覚体験が実現されていくでしょう(*2)。また、外から見えない「心」に対しては、 当事者の認知や考え方がとても重要であり、自己認知を促すようなセルフトラッキングや、選択肢の提示、行動のきっかけとなるようなテクノロジーが生まれているのではないでしょうか。

ドミニクさん

そうですね。スマホにせよ広告にせよ、使い手の意識を操作・制御しようとしない設計が浸透することが肝要です。その上で、人々の実世界での行動が多様になり、より自律的に関係性を発見し、世界をスタティックではなくダイナミックなものとして認識することに寄与するテクノロジーのかたちが求められていくと思います。

F.I.N.編集部

本日はありがとうございました。

*2

渡邊さんが関わったプロジェクトの一つに、2020年9月26日「第73回全日本フェンシング選手権」女子エペ決勝での「リモートハイタッチ」がある。試合の前後に試合会場の選手と別会場で応援する家族が触感を伴うハイタッチを行うことを可能にした。

編集後記

【編集後記】

ウェルビーイングな状態は画一的ではなく人の数だけ多様にあり、その持続のためにも自己認知と同時に他者への理解も必要、というお二人のお話は、オンラインコミュニケーションが日常化したわたしたちにとても重要な示唆をくださいました。つい記号化して捉えてしまいがちなオンライン上の他者も、思い通りにいかない生ものの人間として改めて見つめ、自身のよい状態も持続できるようにしていこうと思います。

(未来定番研究所 中島)

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