2020.09.23

「人生100年時代」に備えて。 中野ジェームズ修一さんと考える、心身の整え方。

健康でありたいという願望は、ほぼ全ての人が持っているのではないでしょうか。生活の様式の変化に伴い、心身のケアについて改めて考える機会も増えています。健康を保つためには、やはり運動が有効。しかし継続するのは難しい。神楽坂で会員制パーソナルトレーニングジム「CLUB 100」の技術責任者を務める中野ジェームズ修一さんは、心理学を組み合わせたトレーニングを実施しています。「わかっちゃいるけど、なかなかできない」運動を続けるコツをお聞きしました。

(撮影:小野 真太郎)

意外なところにあった、テレワークの弊害。

主宰するジム『CLUB100』でのトレーニングはもちろん、プロのアスリートのトレーニングも担当するトレーナーの中野ジェームズ修一さん。新型コロナウイルスの影響で、テレワークをする人が増えている状況を憂慮しています。健康面から見るとテレワークは、筋肉量を低下させ私たちの健康を奪いかねないというのです。

神楽坂にある会員制のパーソナルトレーニングジム「CLUB 100」では、さまざまな年齢層の方が日々トレーニングに励んでいる。

「出勤をしなくなり、一日中家で仕事をする人が増えています。ある調査によると、テレワークをしている人たちの1日の平均歩数は2000歩と言われています。この数字は入院患者とほぼ同じ。それが1ヶ月続けばどんどん筋肉量は低下していきます」

 

家から出なくなったことで、体重の増加や体力の低下を実感している人も多いと思います。そんな人たちに、中野さんはさらに恐ろしい現実を突き付けます。

 

「筋肉が減ると基礎代謝量は減り、エネルギーの消費量が低下します。さらに家にいると、いつでも食べることが可能なので自然と食べる量が増えてしまう。そして体重は増えるのに筋肉量は減るという現象が起こる。膝関節にも負担がかかり、痛みが出ると余計動きたくなくなる悪循環を生みます。今の40代の人たちがこのまま特に運動をせずに過ごしていると、60代で自分の足で歩けなくなる人が多くなるといわれています。20年後には平均寿命は100歳になると予測されていますから、60代からの30年以上自力で立つことができない生活になってしまう人が増えるかもしれないのです」

スポーツに有効な心理学

中野さんは3歳の頃から水泳をはじめ、水泳選手として活躍。90年代にアメリカでパーソナルトレーニングをはじめて受けたときの成果に感動し、トレーナーに転身しました。帰国してからトレーニングの仕事をはじめますが、日本ではまだパーソナルトレーナーという言葉に馴染みがなく、理解してもらうのに時間がかかったといいます。

 

「最初のうちは、お客さんが続かずに苦労しました。その頃の僕はお客さんの希望も聞かず、考えたメニューをきちんとこなしてくれない人に怒りさえ感じていました。トレーニングのメニューや食事の内容など『僕の言う通りにやれば必ず結果が出るはずなのに』と。しかし、お客さんの『わかっちゃいるけどできない』ことをどうにかするのがトレーナーだと気づいたんです。僕がお客さんに命令するのではなく、自分の意思で決定して自分で行動起こさせるような指導をすること。それを可能にしてくれるのが心理学でした」

 

現在は心理学を利用して、スポーツのモチベーションを上げるテクニックを採用。最初の頃と比べて、明らかに成果が出たといいます。毎日のトレーニングで、お客さんのモチベーションをどのようにあげているのでしょうか。

 

「人にやる気を起こさせる方法はひとつ。それは『動因』と『誘因』を合わせることです。動因とは、その人が持っている欲求や願望。誘因は、それを叶える方法や手段。パーソナルトレーニングを申し込まれる方で、動因を持っていない人はいません。どういう体型になりたいのか、どういう状態にしたいのかを聞き出します。誘因とは、それを叶えるための方法。なりたいものと、そのための方法がミックスされると人は行動を起こします」

 

「しかし、その誘因のハードルが高すぎるとできない。走ることを目標に設定する場合、まずはどのくらいの距離だったら走れるのかを聞くんです。『1週間に1回、1km走ることなら100%できます』という回答だった場合、それをそのまま目標にはしません。できる見込みが100%の目標は成功体験にはなりますが、続かないんです。継続するためには、成功体験と達成感が必要。できる見込みが50%の目標が、その人がやるべき課題です。それが達成できた時に、はじめて自信になります。成功体験と達成感を積み重ねていくと、自分自身で行動を起こそうとする。トレーナーが命令しなくても自分から動くようになっていきます」

未来の医療と健康習慣

自らやる気を出して運動を継続することは、自立した一生を過ごすために必要なことです。運動を習慣として根付かせるためにはどうしたらよいのでしょうか。

 

「日本人はできるだけ運動しないで、健康でいられる方法を探そうとします。だから『○○を食べるだけで痩せる』という健康法が定期的に流行ります。しかし食事法だけでなく、ますます長くなる人生を自分の力で生きていくためにも、運動する環境を作っておくことが大事です。走ること、筋トレ、スポーツなど、いろいろ試してみて楽しく続けられるものを見つけましょう」

 

さらに中野さんは、もっと健康を身近にするためには受け身の医療から脱却すべきだと続けます。

医療の捉え方や保険の仕組みが変われば、未来の健康思考は変化するはずと語る中野さん。

「病気になったら、病院に行って薬をもらうのが日本の医療。自分で積極的に介護されない体をつくるという意識が日本人にはまだまだ足りないと感じます。ドクターは薬を出してくれて運動をしなさいとは言うけれども、一緒に運動はしてくれない。自分の意思で病気を防ぐ努力が必要です。また、今後は保険と健康習慣が連動するようになったら理想的ですね。例えば同じ生命保険でも、運動している人と、していない人。喫煙している人と、していない人。食事をバランスよくとっている人と、とっていない人とで、保険料が変わる仕組みです。健康でいる努力をするから保険料を安くするというのが、本来の平等性だと思います」

毎日取り入れたい簡単なチャレンジ

最後に、中野さんに健やかな毎日を送るための方法を紹介していただきました。

まずは毎日のストレッチを習慣に。

「本当はウォーキングやジョギングや強度の高い運動をしてほしい。しかし急には難しいので、まずは毎日ストレッチをしてください。ストレッチは身体的に大きな変化が得られるわけではないけれど、毎日行うことで筋肉の柔軟性があがってきます。人間は現在の自分の体が楽にならないと、なかなか運動しようという気力が湧きません。運動できる体の状態をつくるために、毎日のストレッチから始めましょう。また、精神的な影響を受ける筋肉は、体のなかで一部しかありません。僧帽筋の上部です。つまりストレスが肩こりの原因になるんです。なので、血行をよくするために腕を回しましょう。前回し20回、後ろ回し20回。これでだいぶ楽になると思います」

 

毎日のストレッチを行って、運動する気が起きはじめたら、次は筋力トレーニングに挑戦しましょう。

 

「20歳を過ぎてまったく運動しないでいると、年に1%ずつの筋肉量が衰えてきます(日本老年医学会雑誌 47巻1号「日本人筋肉量の加齢による特徴」参照)。上半身やお腹周りの筋肉量はほとんど減りませんが、下半身の筋肉が減ってきます。筋トレは筋肉量が減ってくる部位を鍛えるのが大事。腹筋のような小さな筋肉を鍛えるより、スクワットで下半身を鍛える方が効果的ですよ。筋肉量を増やすことで、基礎代謝も増え、最終的にお腹の脂肪も落ちやすくなります」

 

中野さんが教えてくれたのが、日常の動作のなかでできる筋トレです。日常の何気ない動作として続けることで、効果が出る画期的な運動です。ぜひ取り入れてみてください。

 

「普段椅子から立ち上がるときに、片脚で立つようにしてみる。テーブルなどに手をついて、片脚で立つ。立ちあがったときに、ちょっとキープ。もう一回さがってもう一回あがる。座るときも片脚で。20回を1日3セットが理想ですが、回数を決めると嫌になってしまうと思うので、日常の立ち上がる動作の時にこの動きをやってみましょう。そうしたらわざわざ筋トレ時間を作らなくてよいので、ぜひ習慣にしてください」

①椅子に座ったまま、前の机などに捕まる。

②片脚を浮かせる。

③片脚で立ち上がる。

④片脚立ちの姿勢をその場でキープ。

⑤片脚で少ししゃがむ。

⑥そのままもう一度座る。

⑦一連の動作を繰り返す。

Profile

中野ジェームズ修一

日本では数少ないメンタルとフィジカルの両面を指導できるトレーナー。2003年に心理学や精神分析学を基にフィジカルトレーニングの現場で使えるよう体系化した「モチベーションテクニック」を考案し、多くのアスリートを指導。2018年に発売した著書『医師に「運動しなさい」と言われたら最初に読む本』(日経BP)が、発行部数10万部以上のベストセラーに。 最新著書は『「太らない」「疲れない」最高にシンプルな筋トレ』(大和書房)。

編集後記

取材を通して、体を動かす前に、心を動かさないと、持続的で効果のある運動にはならないという、心も体の一つであるという事を改めて知る事ができました。その逆もあり、体を動かしていないと、心も健康でいられない。私たちは、心と体を切り離して、考えがちですが、実は一つである。

何かと、動きにくい日々が続いていますが、心と体に上手く向き合いながら、健康維持していきたいものです。
(未来定番研究所・窪)