2025.10.31

都市に人と人がつながれる機能をつくりたい。「JiwaJiwa」開発者・川路武さんが描く未来。

いま「共創」や「共有」「共同」などのキーワードが注目されるように、何かと何かがつながること、共にあることから、新しい価値が生まれている気がします。人やもの、ことの新たな組み合わせや、新しい手法によってうまれるつながりが、世の中に新しい化学反応を起こしているのではないでしょうか。今回F.I.N.では、「つなぐ」を手がける目利きに話を聞き、つなぐ対象や手法、つなぐことの先にある新たな価値や事象に目を向け、5年先の兆しを探っていきます。

 

オンラインで誰とでもつながれる時代に、あえて「つながりを仕組み化」する。そんな挑戦を続けているのが、「半径100mの人と人をつなぐ」ことをミッションに掲げる〈Goldilocks(ゴルディロックス)〉のCEO・川路武さん。2022年にリリースしたプログラム「JiwaJiwa」は、職場や街のなかで人の関係を可視化し、自然なつながりを生み出しています。人が出会い、関わることをテクノロジーとリアルの両面から再設計する川路さんに、つながりを生むための仕組みと、その先に見据える未来を伺います。

 

(文:船橋麻貴)

Profile

川路武さん(かわじ・たけし)

〈Goldilocks〉代表取締役 CEO。1974年鹿児島県生まれ。上智大学経済学部卒業後、1998年〈三井不動産〉入社。官・民・学が協業するまちづくりプロジェクト「柏の葉スマートシティ」や新しい働き方を提案する法人向けシェアオフィス「ワークスタイリング」を立ち上げる。2011年にはNPO法人〈日本橋フレンド〉を創設し、次の100年を見据えた日本橋でのまちづくり活動を行う。2022年に24年勤めた〈三井不動産〉を退社し、新たに「半径100mの人と人をつなぐ」ことをミッションとした〈株式会社Goldilocks〉を起業。座右の銘は、「それもあり!」。

X:@kawajitakeshi

失われた偶発的な交流を

仕組みで再設計する

F.I.N.編集部

SNSで誰もが簡単につながれる今、なぜ「JiwaJiwa」のようにあえて「つながりを仕組み化」する必要があるのでしょうか?

川路さん

基本的にSNSは、情報や趣味をもとに場所を超えて人と関われるのが特徴です。でも逆にいえばリアルな場所、例えば職場や地域などを起点としたつながりは生まれにくい。同じビルで働いていても、顔も名前も知らないということがよくあるじゃないですか。だからこそ、リアルな空間で人と人をつなぐ仕組みが必要だと感じました。

F.I.N.編集部

たしかに現代は合理性や便利さを容易に得られる一方で、偶然の出会いや「なんとなく知っている関係」が減っている気がします。

川路さん

そうですよね。昔は、会社の喫煙所や部署間の飲み会、近所の井戸端会議など、「なんとなく顔見知りになる場」がありました。だけど今は、リモートワークや効率化が進み、そうした「偶発的な交流」が失われつつある。その結果、組織では部署間の壁が生まれ、地域では隣に住む人が誰だかわからない状態になってしまっているんです。以前は人と人が自然に交わる仕組みが社会のなかに組み込まれていましたが、今は特定の誰かのコミュニケーション能力や個人的な人脈に依存してしまっている。だからこそ、テクノロジーの力で意図的につながりをつくることが大切なんじゃないかって。

F.I.N.編集部

つながりの必要性を感じた経験があるのでしょうか?

川路さん

前職の〈三井不動産〉にいたころ、新入社員をいろいろな部署に連れていって「こいつ、こういうやつなんですよ」と紹介して回ってたんです。そうすると、紹介された本人は廊下で声をかけられたりして、急に仕事がやりやすくなる。それって、飲み会や社員旅行みたいな場で「たまたま生まれるつながり」と同じ効果があるんですよね。でも、そのつながりをつくれる人は限られていて、誰もができるわけじゃない。僕は人をつなげるのが好きでしたけど、それが得意な人にしかできないのはもったいないと思ったんです。それで誰もが自然に関われるように、人と人の関係性が生まれる仕組みをつくりたいと考えました。

F.I.N.編集部

なぜ川路さんは、そこまで人と人のつながりを大切にするのですか?

川路さん

母の影響もあるんですよ。うちは昭和の時代から、近所に住んでいる外国人を家に呼んでごはんを食べたりするような家庭で(笑)。「見知らぬ人と関わると世界が広がる」という実感が、小さいころから染みついていました。人と人がつながることで何かがいい方に変わる。だから、その経験を会社や街の仕組みのなかでもう一度つくりたいんです。

出会いをデザインすることで、

人と人を自然につなげる

F.I.N.編集部

「JiwaJiwa」は、人と人とのつながりを自然に生み出すように設計されているとのことですが、そうした関係を生むためにどんな工夫をされているのでしょうか?

川路さん

一番こだわっているのは、会話の糸口をあらかじめ用意しておくことです。「JiwaJiwa」を登録するときに、出身地や趣味、最近ハマっていることなど、20問くらいの質問に答えていただきます。そのデータを活用して「この人たちが出会ったら面白そうだ」というつながりをAIがグルーピングし、共通の興味・関心を持つ人たちにレコメンドを出すんです。「〇〇さんはテニス好きですよね。同じビルのなかにもいるんですよ」みたいに。日本人って、自分から売り込みにいくのが苦手じゃないですか。だから、会話のきっかけを「JiwaJiwa」が用意し、自然な交流を後押ししています。

「JiwaJiwa」では、LINEアプリを活用。共通の興味・関心などをもとに、ユーザー同士がマッチングする

F.I.N.編集部

相手と共通項があると知るだけで、話しかけるハードルが下がりますよね。

川路さん

そうなんです。「JiwaJiwa」では朝のコーヒータイムのような小さなイベントも用意しています。通知で「コーヒーを飲みに来ませんか?」とお知らせすると、みんなが自然に集まる。実際に会って「JiwaJiwa」のQRコードを交換すると、相手がリアルで会った人として可視化される仕組みなんです。SNSみたいに無限につながるんじゃなくて、実際に会った人だけがつながりとして残る。名刺交換よりも人となりが伝わる、新しい関係の始まり方だと思っています。

「JiwaJiwa」ではQRコードを交換すると、相手のプロフィールが表示される

つながりを可視化し、

安心と信頼をつくり出す

F.I.N.編集部

企業などへの導入も進んでいるそうですね。どんな変化が見られていますか?

川路さん

「JiwaJiwa」を導入する前の社内ネットワークをヒートマップで可視化すると、まず思ったより知らない人が多いことがわかります。部署をまたぐとほとんど線がつながっていないんです。でも、導入して1カ月ほど経つと社員同士の「緑の線」が一気に増えて、人と人の関係性が目に見えるカタチで変わっていく。「JiwaJiwa」でつながりをつくることによって、部署間の壁が低くなり、組織全体で情報やアイデアが循環しやすくなるんです。

「JiwaJiwa」導入前後の社内ネットワークの変化を表した図。導入前は点在していたつながりが、導入1カ月後には部署を超えて線で結ばれている

川路さん

実際にユーザーからは、「相談できる人が増えた」「挨拶や声がけが増えた」「相手へのリスペクトが高まった」といった声が多い。とくに若手社員のなかには、社内に知り合いがいるだけで心理的安全性がぐっと上がったという方もいらっしゃいます。知らない人に相談するのって、すごくハードルが高いじゃないですか。でも一度話した相手なら、「この前はありがとうございました。ちょっと教えてもらっていいですか?」って気軽に声をかけられる。人間関係の距離の1歩目を縮めることが、「JiwaJiwa」の役割だと思ってます。

F.I.N.編集部

「JiwaJiwa」は企業だけでなく、地域でも導入されているそうですね。

川路さん

今は石神井公園駅に生まれた「人と地域がつながるローカルエコノミーショップ」の〈_CONVINI(バーコンビニ)〉で実証実験をしています。なぜ街のなかで行うかというと、大人になってから引っ越した街で、近所に友達ができにくいという社会課題があるからです。特に都心部ではその傾向が強い。物理的な距離の近さと精神的なつながりが比例しない時代になっていると思うんです。

 

僕が常々感じているのは、街の住み心地を高めるのは興味や関心を基点としたつながりがあること。だから、「JiwaJiwa」を使って、お客さん同士、お客さんと店舗がつながる場をつくりたいと思いました。最初はポスター1枚から始めたんですよ。「ご近所に知り合いをつくりませんか?」って。そうしたら2カ月で200人以上が登録してくれたんです。

 

「あなたと同じわんこ・にゃんこライフ満喫組がいますよ」といった通知をして、実際に集まって交流できるミートアップイベントを開くと、初めて会う人同士でも共通点があるから盛りあがる。「引っ越したばかりで知り合いがいなかったので、とてもいいきっかけになった」「地元の話ができる人ができてうれしい」といった声が多く寄せられています。

2025年8月にグランドオープンした〈_CONVINI〉。「JiwaJiwa」をきっかけに、街の人たちのつながりが生まれている

F.I.N.編集部

街のなかで新しいつながりを生み出しているのですね。

川路さん

マンションでの導入例もあるんですよ。住んで何年か経っても「知り合いが数世帯しかいない」という人が多かったんですが、イベントを何度か開いたら、あっという間に顔見知りになっていったんです。そうやってつながりをつくっていくことで、防災や防犯の面でもやっぱり意味があるんだなと感じました。居住者が見知らぬ人ばかりのマンションだと不審者が入りやすい。でも、お互いに顔を知っていると「こんにちは」と言葉が交わせるので、「このマンションは挨拶される場所だ」と思われて不審者が入りにくくなる。つながりはセキュリティーの一部にもなるんです。

出会いの機能を都市に取り戻し、

つながりを選べる社会へ

F.I.N.編集部

川路さんが目指す「つながりのある社会」とは、どんなものでしょうか?

川路さん

人類史上最大の発明は「都市」だといわれています。でも、都市のなかで人が知り合う機能はまだ発明されていないんですよ。どんなにきれいな街でも、商業施設に1週間毎日通ってもおそらく友達はできない。都市が発達するほど、孤立しやすくなるんです。だからこそ、「つながりを仕組みにする」ことには大きな社会的意義があると思っています。都市という環境のなかに、もう一度出会う装置を埋め込むようなイメージですね。

F.I.N.編集部

孤独な子育てや、孤独死といった社会問題にも関係してきそうですね。

川路さん

まさにそうです。昔は共同体のなかで自然に助け合っていました。でも今は、同じマンションに住んでいても隣が誰かを知らないことが多く、初めての子育てを1人で抱える人が増え、孤独死もニュースになる時代です。いってしまえば、僕らの取り組みは人間らしい社会を取り戻すことなんです。まだ模索の段階ではありますが、「知り合いができた」「声をかけてもらえた」と喜んでくださる方が確実に増えている。そうした反応を見るたびに、僕たちがミッションに掲げる「半径100mの人と人のつながり」が必要とされていると感じます。

F.I.N.編集部

最後に、川路さんが考える「理想のつながり」とは何でしょうか?

川路さん

つながりを選択できる状態が理想だと思っています。無理やり仲良くなる必要はないけど、誰かと話したい時に声をかけられる人がいる。頼りたい時に思い出す顔がある。そういう関係が半径100メートルのなかで増えていけば、きっと社会はもう少し温かくなるはず。ちょうどいい距離で支え合える仕組みを、これからも丁寧につくっていきたいですね。

※QRコードはデンソーウェーブの登録商標です。

【編集後記】

初めてやり取りする方へ連絡をするときには、ちょっと緊張してしまうものです。私自身も出身地が同じだったり、共通の知り合いがいたりするなど、ちょっとした「きっかけ」があるだけで、会話が自然に進み、距離が縮まる体験を何度もしてきました。

今回の川路さんのお話を通じて、そのような「きっかけ」を偶然に任せるのではなく、仕組みとして設計することで、自然な人と人とのつながりが生まれていくのだと教えていただきました。日々の生活で「つながりは意図的に育てていけるもの」という視点を持つことで、コミュニケーションはもっと気軽で、前向きなものになっていくのかもしれません。

(未来定番研究所 榎)