2025.02.12

集める

ごみ拾いSNS「ピリカ」の開発者・小嶌不二夫さん、集めたくなる力で人は動きますか?

かっこいいもの、かわいいもの、美しいもの、珍しいもの……。自分が好きになったものをひたすら集めることは、昔から人の心を豊かにしてきたように思います。しかし最近は、ただ単に集めるだけでなく、その先に新たな価値を見出したり、形のないものを追い求めたりする人も少なくないよう。テクノロジーの発達によってあらゆるものにアクセスしやすくなった今、人々は何を集めるのでしょうか。その先に見出すものとは? F.I.N.では、「集める」の先にある価値観を探求します。

 

今回着目するのは、ごみ拾い SNS「ピリカ」。ごみ拾いをした記録を地図上にマッピングできる仕様で、これまでに世界130以上の国と地域で累計3.5億個以上のごみが拾われています。「ごみを集めたくなる欲求」はどのように醸成され、人々の行動にどう作用してきたのでしょうか。開発者で〈ピリカ〉代表の小嶌不二夫さんに伺います。

 

(文:船橋麻貴)

Profile

小嶌不二夫さん(こじま・ふじお)

1987年富山県生まれ。小学校1年生の時に兵庫県神戸市へ。大阪府立大学工学部機械工学科卒業後、京都大学大学院エネルギー科学研究科に進むが、半年で休学して世界を放浪する。帰国後の2011年、ごみをはじめとする環境問題の解決を目指す会社〈ピリカ〉を創業し、ごみ拾いSNS「ピリカ」を発表した。

https://corp.pirika.org/

「ピン留め」の面白さから、ごみ拾いサービスを着想

拾ったごみの量や場所を記録・発信できるごみ拾いSNS「ピリカ」。2011年に京都大学の研究室から生まれました。開発のきっかけになったのは、当時大学院生だった小嶌さんが世界放浪の旅に出ていた時に得た「気づき」なのだそう。

 

「小学生の時から環境問題の解決に興味があり、科学で環境問題を解決できる研究者になりたいと思っていました。だけど研究者になって環境問題に取り組んでも、論文を書くところまでで終わってしまい、解決まで辿りつけない。それで世界の環境問題を実際に自分の目で見ようと、世界を放浪することにしたんです。旅中はスマホの位置情報をオンにして写真を撮っていたのですが、アフリカにいる時に撮影地がマップにピン留めされて、世界を半周していることに気づいたんです。そこにスタンプラリーのようなゲーム性を感じて、これは面白いなと」

アメリカ、ブラジル、アフリカなど世界を放浪していた時の小嶌さん

それまでは美しい景色があれば写真を撮ってきたという小嶌さん。マップへのピン留めの面白さに気づいてからは、写真を撮る動機にも変化が訪れます。

 

「ピン留めをしたいから、写真を撮るようになっていきました。Wi-Fiに繋がっていればピン留めができるので、部屋の隅や暗闇などどんな場所でも撮るようになっていて。気づけば何のメリットもないのに、ピンを集めていくことに夢中になっていたんです。合理的な人間な僕ですら、こういうゲーム性に心を掴まれてしまうのであれば、他の人の何かしらの原動力になるかもしれないと思いました」

 

帰国後、小嶌さんはこの体験から環境問題の解決に結びつくようなアイデアにたどり着きます。それが、「世界中の環境問題の情報をマッピングして可視化すること」でした。

 

「旅の途中であっと言わせるようなアイデアが沸き上がると思っていたんですが、気づいたら帰国の飛行機の中でした。このままだと世界を旅したニートになってしまう。そう思ってなんとか捻り出して作ったのが、ごみ拾いSNS『ピリカ』の前身となる『地球環境解決マップ』という名のサービス。というのも、これまでも地域の環境保全のため、さまざまな団体や自治体が『○○川をキレイにしよう』などと活動をしていますが、実際にはその隣の川の方が汚れていたりしますよね。その要因は、情報が足りていないことにあるのではないか。そう考えて、まずは環境問題の情報を収集することにしたんです」

ごみ拾いSNS「ピリカ」の開発は、小嶌さんが在学していた京都大学の研究室で進められた

プログラミングの経験がなかった小嶌さんは、プログラマーの友人たちの力を借り、ユーザーが環境問題の情報をサービス内にアップできる仕様を構築。すると友人の1人から、現在のごみ拾いSNS「ピリカ」に繋がる大きなヒントが投げかけられます。

 

「『写真を撮れるくらいにユーザーにごみに近づいてもらっているなら、もういっそごみを拾ってもらったら?』と助言してもらいました。たしかに街を歩き回ってみると、環境問題の中でもごみ問題が圧倒的に多かった。ユーザーにごみを拾ってもらえるかどうかは半信半疑ではありましたが、ごみを拾う画像をアップロードできる仕様を実装してみたら、全体の5%ほどの人がごみを拾ってくれたんです」

なぜ、人はごみを拾うのか

リリース当初の「ピリカ」

こうしてごみ拾いに特化したごみ拾いSNS「ピリカ」が誕生。開発当時、台頭し始めていたSNSを導入したことも、結果的に人がごみを拾うアクションの促進に繋がったと小嶌さん。

 

「正直、僕は大規模なイベントを開催するようなリーダータイプではないので、自然な流れでたくさんの人を動かせるであろうSNSへの期待感がありました。タイムラインやマップ、ごみを拾ったユーザーに対してリアクションを通じてコミュニケーションが取れる仕様は当時も今も変わりませんが、その基盤となったのは一緒に開発してくれた友人の論文。彼は人に環境配慮行動をいかに起こさせるかを研究していたんですが、友人や近くにいる人が自分と同じ行動を取っていると知らせることが最も効果的だったと。だからごみ拾いSNS『ピリカ』でもごみを拾うハードルを下げるため、時間的にも距離的にも近いユーザーがごみを拾っていることを可視化できる仕様を採用しました」

ごみ拾いSNS「ピリカ」ではごみを拾った情報がタイムライン上で共有され、ユーザー間で「ありがとう」を送り合える

モチーフを海鳥の「エトピリカ」にしたり、ユーザーが拾ったごみの数を表示したり。ごみを拾うというハードルを下げていく中、小嶌さんがやらなかったのは「ポイント制」の導入でした。

 

「ごみ拾いの報酬としてポイントを配ることも検討しましたが、金銭的なポイントの獲得を目的としたユーザーの荒稼ぎが原因で、サービス開始から数日で停止せざるをえなくなった他事業者のサービスを目の当たりにしました。ごみを拾うことや環境問題の解決に賛同してくれたユーザー、そして健全なコミュニティを担保するためにも、今は『ポイント制』の導入を見送っています」

 

そして2025年1月現在、ごみ拾いSNS「ピリカ」では世界130以上の国と地域で累計3.5億個以上のごみが拾われています。ここまで国内外に広がっているのは、ユーザーに特別な体験価値を提供しているから。

 

「ユーザーの方々の中には海外旅行に行った際に、記念にごみを拾ってごみ拾いSNS『ピリカ』に投稿して記録してくださっている方もいらっしゃいます。これはまさに、世界を放浪中にピン留めをしていた時の僕の行動と同じなんですよね。自分で楽しんでやっていたことが、今はユーザーの体験価値になっている。リリース当初は月間100個ほどのごみが拾われていて、そのうち50個は自分で拾っていたので、その当時から考えると、今ここまでの人たちが動いてくれているのは信じ難いことだと思っています」

今必要なのは、効率的にごみを拾うこと

ごみ拾いSNS「ピリカ」のリリースから15年ほど。ごみ拾いムーブメントは確実に広がっているものの、小嶌さんはその状況を「大きな雪玉を転がし続けている感じ」と表現します。

 

「これまでに3.5億個以上のごみが拾われましたが、世界全体では年間10兆個ものごみが排出されています。相対的に考えると、3.5億個という数字ではまだまだ足りない。正直なところ『ピリカ』を始めた当初、ごみ問題の解決は楽勝だろうと考えていたんです。だけど、その考えは甘かったし、青かった。実際、たくさんの人たちに動いていただいているにも関わらず、それを成し遂げることの難しさを日々痛感しているので」

画像を解析し、散乱ごみの分布を可視化する「タカノメ」の自動車版

ごみ問題の解決に近づくため、小嶌さんはごみ分布調査サービス「タカノメ」を開発。タクシー会社やバス会社などと協力し、AIによる画像解析を使ってごみの分布や傾向を把握することで、ポイ捨てや不法投棄対策の効率化を測っています。

 

「ごみを出す側が悪いからその数を減らす方が効率的だと思われがちですが、ごみ問題はそう単純なものではありません。もちろんごみを出さない暮らしを考えていかなければいけませんが、人は生きていれば必ずごみを出します。だから、効率的にたくさんのごみを拾うことで、より多くのごみを減らすことを目指したい。ごみ問題解決までの道のりはどこまでも遠いように感じますが、僕は人よりも粘着質な性格。この先、数年のうちに急速に開発が進むであろう人型ロボットを活用してでも、ごみ問題解決の糸口を探していきます」

小嶌さんが小学2年生の時に出会い、現在の活動の起点となった本『地球の環境問題シリーズ』(ポプラ社)。当時からの夢を叶えるため、小嶌さんの挑戦は続く

【編集後記】

思ったことを実現することの難しさは、誰もが実体験で感じることだと思います。小学生の頃に出会った知識の衝撃は私も記憶があり大人になった今もその影響を感じますが、それが実際に自分をきっかけに社会や世界規模に広がるとはどんな気持ちなるのか、想像もつかないです。小嶌さんはにこにこさらりと軽やかにわかりやすく、今とこれからの取り組みを楽しそうにお話ししてくださいました。さまざまなテクノロジーを駆使して、でも集めるのは人の手というデジタルとアナログの組み合わせが素敵です。私もピリカデビューしたばかりで、住んでいる地域は比較的きれいではありますが、もっとピリカ化に協力したいと思います。

(未来定番研究所 内野)