いま「共創」や「共有」「共同」などのキーワードが注目されるように、何かと何かがつながること、共にあることから、新しい価値が生まれている気がします。人やモノ、ことの新たな組み合わせや、新しい手法によって生まれるつながりが、世の中に新しい化学反応を起こしているのではないでしょうか。今回F.I.N.では、「つなぐ」を手掛ける目利きに話を聞き、つなぐ対象や手法、つなぐことの先にある新たな価値や事象に目を向け、5年先の兆しを探っていきます。
今回話を伺ったのは、名古屋を拠点とする不動産Webサービスの〈さかさま不動産〉。大家と借り手を「想い」と「応援」というユニークな方法でつないでいます。〈さかさま不動産〉を運営する〈株式会社On-Co〉代表取締役の水谷岳史さんと取締役兼PR統括の福田ミキさんに、つなぐ時に考えていることや、つないだ先に見えてきたことを聞きました。
(文:大芦実穂)
大家さんが手を挙げる
新しい不動産サービスのカタチ
借りたい人(賃借人)ではなく、貸したい人(大家)が借り手を選ぶ〈さかさま不動産〉。従来のやり方を文字通り「さかさま」にした不動産マッチングサービスです。ホームページには、物件情報の代わりに、借り手の「やりたいこと」を掲載。その「想い」に共感した大家が、自ら借り手を選べるという仕組みです。
例えば「名古屋で本屋を開きたい」という人に対して、大家が「物件を面白く活用してくれそうだ」と思ったら手を挙げて、大家は物件情報を一般公開せずとも貸し手を見つけることができます。また、借り手も自分の挑戦を応援してくれているという安心感を得られます。
しかもホームページへの掲載料・マッチング料はともに無料。地域の不動産屋と連携して進めています。
そんな新しいサービスは、地域課題との相性もよく、自治体からも注目が集まっています。愛知県では空き家利活用の事業委託、三重県では移住専用AIの開発などで協働。大学と連携した「さかさま不動産AI」も開発中で、その輪は全国に広がりつつあります。
原点はシェアハウス。
実体験から生まれた発想
大家が借り手を選ぶという発想は、水谷さんの実体験から生まれたものでした。
「2011年に、名古屋駅近くのボロボロの一軒家に友達と住み始めたのが始まりです。当時僕らは20代前半だったのですが、若い頃ってそういう家に友達たちが溜まってくるんですよね。気づいたら友達が1カ月いるみたいなこともザラで(笑)。いつの間にかシェアハウスになっていきました」(水谷さん)
シェアハウスの様子。水谷さんは右から3人目。
次第にシェアハウスとして運営するようになり、次に手掛けたのが飲食店。わずか1km圏内に7軒もの物件を借りたそうですが、全部の賃借料を合わせても15万円ほど。なぜ安く借りられたかというと、大家との関係が良好だったからと当時を振り返ります。
「地域を回り、自分の足で直接『いい物件ありませんか?』と聞き込みをしていました。安い代わりに、古い家も多く、自分たちで直さなくてはならないこともありましたが、そのプロセス自体面白かったりして」(水谷さん)
飲食店の大家さんと話す水谷さん(右)、共同代表の藤田恭兵さん(右から2人目)。
水谷さんと藤田さんが始めた飲食店。
すると、周りから「自分もお店をやりたいんだけど」という借り手の声や、「空き家があって困っている」という大家からの相談を受けるように。その両者を従来にない面白い方法でつなぐことを考えたのが〈さかさま不動産〉の始まりです。
「物件情報を公開したくないけど、いい借り手がいればぜひ物件を貸したいという人は多い。じゃあいい借り手とはなんなのかというと、大家が応援したくなるような相手。そこで、借り手の夢や想いを起点にしました」(水谷さん)
ヒアリングでより掘り下げた借り手の思いは、写真とともに公開。
大家と借り手がうまくつながるためには、
互いのマインドセットが大事
利用の流れはシンプル。借り手はまずLINE登録をし、「やりたいこと」を100文字程度の文章にします。意外にもここが肝だと水谷さん。
「本気でやりたいことを100文字くらい書くことに向き合う時間を大事にしています。つまずくようなら、思いを言語化するサポートをすることもあります」(水谷さん)
次に、記入してもらったシートをもとに、スタッフによるヒアリングを約1時間かけて実施。対話を通じて、借り手本人も気づいていなかった本当の思いを言語化していきます。このステップが、〈さかさま不動産〉を成立させるためには欠かせないプロセスです。
借り手の思いをヒアリングする様子。左上が水谷さん。
大家は貸したい物件がある地域を登録すると、LINEで借り手の情報を受け取ることができます。
「大家さんには、『あなたが選んでください』と伝えています。『なんでもいい』じゃなくて、『この人がいい』と思ってもらうことで、借り手への理解や応援の気持ちが深まると思っているので」(水谷さん)
これまでに400人超の借り手の声を聞き、38軒を成立に導いています。しかも約9割が現在も事業を継続。互いを理解したうえで契約するため、事業理解をしてもらいやすい環境になることが多いといいます。
古民家サウナ、長屋の居場所。
つながりが開く新しい文化
大家と借り手のつながりをきっかけに、地域に新しいカルチャーが生まれたマッチング事例も。2022年、名古屋にオープンしたサウナ施設〈KIWAMI SAUNA〉は、築70年以上の古民家を利用したもの。
改装中の〈KIWAMI SAUNA〉。中央にいるのは借り手の中島惇生さん。
「大家さんは最初『木造の古民家にサウナ!?』と不安もあったそうですが、借り手の中島さんにサウナに連れて行ってもらい、サウナの楽しさや安全性を教えてもらううちに『この子だったら貸しても大丈夫』と思ったそうです」(福田さん)
名古屋にこだわりのサウナが誕生したことで、県外からの観光客の誘致にもなり、「つながったことで文化が芽吹いた」と福田さん。
さらには、マッチングがきっかけで大家の考えや生き方が変わったという例も。同じく2025年、名古屋にオープンした〈ヨビツギナガヤだがしやさん〉は、子育て支援に取り組むNPO法人〈ハピサンハウス〉の代表・大矢さんが、親子が集まる地域の居場所づくりを目的に設立したコミュニティースペース。物件は築67年の長屋です。
「この長屋をお持ちの大家さんは、これまで子育てコミュニティにあまり関わったことがなかったそうですが、この出会いを機に活動を知り、人生が変わったと話してくれました。自身のお子さんにとってもいい環境になっているそうです。『家族と町の将来を考えた時、お金だけでは計れない価値があると感じた』と語ってくれました」(福田さん)
〈ヨビツギナガヤだがしやさん〉代表・大矢さん(右)と物件の大家さん(左)
また、事業継承のような事例も生まれています。京都の福知山でカレー屋〈オーケストラカレー〉を開いた河野夫妻が借りたのは、地元に愛されていた喫茶店。喫茶店のオーナーがそろそろ店を閉めることも考えていたときに〈さかさま不動産〉を通じて河野夫婦の思いを知り、ぜひ店舗を受け継いでほしいと願い出たそうです。
「喫茶店の常連さんも引き続き通うことができ、もともと飲食店だったので居抜きで使うことができて、地域にとっていい継承になった例です」(福田さん)
喫茶店から〈オーケストラカレー〉への引き継ぎの会。
いいつながりは
つなぎ手の「相手を理解しようとする姿勢」から
400人以上の「やりたいこと」に向き合ってきた〈さかさま不動産〉が、うまくつなぐうえでもっとも大切にしているのは「相手を理解しようとする姿勢」だといいます。
「まずは借り手が熱量を持ってやりたいことがある、そのことを理解する必要があります。納得と理解は違うと思っていて、納得はできなくてもいい。でも耳を傾けて、応援しているというスタンスを見せることが大事」(水谷さん)
もう1つの重要な決断が、お金をもらわないという選択だったと続けます。
「お金をもらう関係になると『サービス』になってしまって、無理矢理にでもマッチングさせようとすると思うんです。でも僕らはそれをやらなくていいので、本当に合うと思った人たちしかつながない。だからいいマッチングが多いのかもしれません」(水谷さん)
JR多治見駅構内に、〈さかさま不動産〉のポスター。直接JR東海に掛け合ったところ、連携が進んだ。「双方の課題感を解決する方法を模索したため、協力を得られやすいのだろう」と水谷さん。
周りの人には理解されない挑戦でも、やってみること自体が大事。そのためには挑戦できる場所が必要だと力を込めます。
「僕と共同創業者の藤田には、『応援してくれる大家さんに支えられてここまで来られた』という原体験があります。だからこそ、誰もが挑戦できる仕組みをきちんとつくりたい。そのために僕たちができることは、借り手と貸主を丁寧につなぎ、新しい可能性を広げていくことだと思っています」(水谷さん)
5年先、10年先の未来、〈さかさま不動産〉のつながりをきっかけに、社会はどのように変わっていくのでしょうか。
「人々をつないだ先に、もっと挑戦しやすい社会が広がっていたらいいなと思います。僕らの仕組みがインフラとなり、空き家の活用も、誰かの挑戦もどんどん加速していく。そんな未来を見てみたいです」(水谷さん)
〈さかさま不動産〉
「借りたい人の想い・やりたいこと」を起点に空き家とマッチングする仕組みをつくった不動産Webサービス。単なる物件仲介ではなく、人の思いを媒介に新しいつながりや地域の活性化を生み出す点が特徴。環境省「第11回 グッドライフアワード」企業部門で環境大臣賞、第1回国土交通省「まちづくりアワード」で特別賞など数々の賞を受賞し、地域再生の先進モデルとして注目されている。
【編集後記】
心と心、人と人をまさにつないでいる〈さかさま不動産〉。おふたりのお話すべてが温かく、細やかなやさしい想いを感じました。自分のものが誰かの役に立つ喜びは何ものにも代え難い体験で、不動産を貸して家賃が入るといった淡々とした流れとは全く違うものでしょう。貸す・借りるの仕組みには、なるほどとワクワクがたくさんあって、私がもし不動産を持っていたらぜひ登録してみたいと思いました。お話のなかで水谷さんと私の知人が仕事で親しいことがわかり、さっそく連絡をとり、久しぶりに会い、とても有意義な時間を過ごしました。水谷さんのつなぐ力は不動産のみならずで甚大!と、しみじみ感じました。
(未来定番研究所 内野)