2020.03.31

人と人、思いと思いをつなぐ、コーヒースタンド。

高松空港から車で西へ1時間。瀬戸内の穏やかな海が広がる香川県三豊市仁尾町の父母ヶ浜に、2019年10月、1軒のコーヒースタンド〈宗一郎珈琲〉が誕生しました。

引き潮のタイミングに夕陽がバランスよく合うと、浜辺に水溜りのように残った水面が鏡のように見えるこの場所は、ボリビアのウユニ塩湖のような写真が撮れると、ここ数年SNSで話題に。一方で、急激に増加する観光客と地域の間に、交通、環境、そして心理面で様々な摩擦=オーバーツーリズムが生じていることも問題となっていました。そんな中、〈宗一郎珈琲〉は、地域の外と中を結ぶ新しい拠点”コミュニティーコーヒースタンド”として根を下ろしはじめているのだそう。オーナーの今川宗一郎さんに話を聞いてみました。

(撮影:河内彩)

大きな笑顔が目印、会話の絶えない新たな拠点。

「僕には、何のスキルもないんですよ。いろんな人と繋がっているだけで」。

そうあっけらかんと話す、〈宗一郎珈琲〉のオーナー・今川宗一郎さん。名実ともに宗一郎珈琲の”顔”として、毎日、穏やかな父母ヶ浜を眺めながらコーヒースタンドを切り盛りしています。「どちらからお越しですか?」を皮切りに、お客さんと積極的に言葉を交わし、地域の魅力を自らの言葉で伝えている姿が印象的です。

「おいしいコーヒー屋は世の中にたくさんあるけれど、〈宗一郎珈琲〉は、思い出に残るコーヒー屋でありたいと思っているんです。だからこそ、そこにコミュニケーションがあることが大切。カップを色分けしてお客さんに選んでもらうのも、会話の第一歩になればとの思いからです」

 

〈宗一郎珈琲〉に訪れたお客さんは、ドリンクをオーダーする時、自ら何色のカップが良いかを選択します。赤なら「もっと綺麗な浜になってほしい」、青なら「もっと水回りが良くなってほしい」、緑なら「もっとくつろげる場所がほしい」、白なら「もっと三豊を知りたい」、黒なら「夜の楽しむ場所がほしい」。それぞれの色には、父母ヶ浜への要望が紐づけられていて、地域の内外を問わずこのスタンドを訪れた人が三豊にことを考え、気軽に意見を表すことができます。会話のきっかけとしてはもちろん、この取り組みを通して収集した要望は、具体的な街へのアクションにも反映させているのだそう。

このアイディアは、地域の外から訪れた人に、もっと三豊のことを知ってもらいたい、味わってもらいたいという思いから実現しました。背景にあるのは、ここ数年で急激に増加した観光客の存在。まるでウユニ塩湖のような写真を撮影できる、と2016年頃から話題になったこの地は、連日多くの人で賑わう観光地となりました。しかし、”インスタ映え”という言葉の流行も後押しし、街の受け入れ能力を超えた数の観光客が訪れたことで、地域には負の影響が及ぶことに。

「仁尾町は、三方が山に囲まれていて、一方が海に面している不便な場所。何もないと思っていたところなので、最初は地域に暮らす僕たちも『ここでこんな写真が撮れるんだ!』とポジティブに捉えていたんです。でも、その拡散力は想像以上で、特に2019年のゴールデンウィークに観光客が殺到したことで地元住民たちの感覚も一変してしまいました。ここに1日7000人ものが来たんですよ。しかも、そのうち4000人が引き潮の1、2時間の間に集中してしまった。普通なら10分で通れる道が、1時間以上もかかるほど渋滞したり、ゴミが大量に出たり。これを機に地域の人と外から訪れる人の間に、様々な面で壁ができてしまった気がします」。

 

県外から多くのお客さんが訪れることは、本来であれば喜ばしいこと。にもかかわらず、地元の方たちは交通渋滞、ゴミの増加など、様々な負の影響が及び、ただ写真をとって帰るだけの観光客の存在に地元はただ困惑するばかりだったといいます。しかし、お客さんたちにもっとこの街のことを知ってもらいたい、地域の人と言葉を交わすことで、お互いにポジティブに共存していけるのではないかと考えた宗一郎さんは、コーヒーをツールに地域のハブを作るべく〈宗一郎珈琲〉をオープンするに至りました。

根本にあるのは、「街へ恩返しをしたい」という思い。

生まれも育ちも仁尾町の宗一郎さん。家業がスーパーマーケットを経営していることもあり、街から年々人口が減っていくことへの危機感を漠然と持っていました。そこで、地域の仲間たちと一般社団法人 誇(ほこり)を立ち上げ、旧邸宅「松賀屋」という古民家を拠点に、

県外から人を呼び込むイベントの実施や仕掛けづくりにも取り組む中、ターニングポイントとなったのが、2014年に参加した経営者向けのセミナープログラム。「何のために会社を経営するのか?」という問いに対して半年間間徹底的に向き合う機会を経て、「自分はこの街に恩返しをしたいのだ」と強く自覚したのだそう。

「うちのスーパーマーケットは、創業60年なんですけれど、色々な浮き沈みがあったことを振り返ってみると、自分は、最後にはやっぱりこの街に対して恩返しをしたいんだとすごく感じたんです。地域を支えてきたというよりも、支えられてきたということの方強かった。だから街のためになることは全部やろうと決意しました」

 

以来、宗一郎さんは様々な地域に対する取り組みを進めます。2015年には、廃業する八百屋さんから引き継いで離島に移動販売に行ったり、地域のかき氷カフェを立て直したり、さらには、創業100年ほどの老舗のかまぼこ屋を受け継いだり。「街の宝」である場所や取り組みを立て直し、継承していきました。

 

「2015年は一気に状況が動いた年でした。でもいろいろな事業を継承していく中で、後継者コンプレックスみたいなのが出てきたんですよね。自分で何かを立ち上げたことがないことに、ずっとモヤモヤしていて。だから次は自分で事業を立ち上げて経営者になろうと。家業がスーパーマーケットなので、その”スーパー”をもじって、スーパーを超える価値を作りたいと”ウルトラ”今川という会社を作ったんですよ。〈宗一郎珈琲〉はその第一弾です」

距離をぐっと近づける、「宗一郎」のネーミング。

〈宗一郎珈琲〉の名前は、言わずもがな、宗一郎さんの名前から付けられました。そしてお店のロゴにあしらわれているのは、今にも笑い声が聞こえて来そうな、宗一郎さんの満面の笑み。

「最初は、父母ヶ浜珈琲っていう名前にしようと思っていたんですけど、一緒にプロジェクトをやっている仲間たちから、〈宗一郎珈琲〉がいいんじゃないかと提案されて。最初は絶対に嫌だ! って抵抗したんですよ(笑)。だって、自分の顔が全面に出るんですよ! 恥ずかしいじゃないですか。でも考えてみると、父母ヶ浜珈琲ならば、誰がやってもいい、自分じゃなくても成り立ってしまうなとも思ったんです。外から訪れる人にとっては街にわかりやすいキャラクターがいた方が印象に残ると思うし、地元の人にとっては顔が見えた方が気軽に立ち寄りやすい。それで、自分の名前を冠することになりました。小さな子供たちには、たまに呼び捨てされますよ(笑)」

 

宗一郎さんのキャラクターを前面に出す作戦が功を奏し、〈宗一郎珈琲〉には、観光客も、地元の人も、地域の内外を問わず連日多くの人が訪れます。

「僕はここを、観光案内所じゃなくて関係案内所って呼んでるんですが。僕は子供からお年寄りまで、この土地に暮らす人をだいたい把握しているし、このエリアの優秀なプレイヤーたちをたくさん知っています。実際に、このお店のロゴデザインも、このフードトラックも、みんなで憩えるたき火のスペースも、地域のいろんな人たちが手を動かしてくれて、僕は何ひとつやってないと言ってもいいくらい。だから、ここを拠点に人と人をつなげていきたいなと。僕を通して、たくさんの素晴らしい仲間を知って欲しいし、知ってもらうことでエリアの価値をあげたいなと思っています」

美しい風景を、いつまでも残すために。

また、極力ゴミを出さないようにしていることも、〈宗一郎珈琲〉の特徴のひとつ。コーヒーは必ずステンレスカップで提供し、プラスチックや紙のカップは一切使用していません。

「シンプルに、もったいない! って思ってしまうんですよね。カップであれば洗えば何度でも使えるじゃないですか。コーヒー屋としての売り上げを考えれば、もちろんテイクアウトができた方が良いのかもしれません。でもそこは、目先の収益よりも、長い目で見たときの取り組みへの納得感の方が大事だと思っています」

 

その裏には、父母ヶ浜の美しい風景を守ってきた、大先輩たちの思いを受け継ぐという思いもあります。およそ25年前、ここ父母ヶ浜には埋め立てや開発の計画がありました。しかしこの美しい風景を次の世代にも残したいと考えた当時の住民たちが、有志で月に1度、父母ヶ浜の清掃をはじめ、この計画に立ち向かったのだといいます。

「浜の清掃は、埋め立ての話がなくなってからも、25年間欠かさずにずっと先輩たちが続けているんです。多くの方が訪れるようになってからは、月に1回ではなく毎朝やっていて。そんな先輩たちの思いをきちんと伝えることも僕の役割の一つだと思っています。」

巡り巡って、地元の人たちがもっとこの土地を好きになれるように。

これまでの活動を通して様々な人と出会ってきた宗一郎さん。そこで気づいたのは、「日常にこそ価値がある」ことだといいます。

 

「今は、繋がりなんてSNSで十分、と思う人もいるかもしれませんが、僕は、お年寄りとかネットを使わない人から学ぶこともたくさんあると思っていて。世界と誰とでも繋がれることももちろん素敵だけど、目の前の人と楽しく会話できること、自分の生きている世界が豊かになることって、それだけで素晴らしいじゃないですか。だから地域の内外を問わず、オフラインでの接点を作っていけたらと思っています」

さらに、「この街が本当に好き」と話す宗一郎さんは、次のように続けます。「自分がやっていることって、外に向かっているようで、実はずっと地元に向かっているという感覚。この街に生まれた後輩たちが、やっぱりこの街で育ってよかったと思ってもらえるような場所にしたいなと常々思っているんです」。そんな宗一郎さんに、最後に、5年先の未来について聞いてみました。

 

「今、ウルトラ今川の第二弾の取り組みとして、お豆腐屋さんを考えています。エリア全体で見てみると、今はこの浜だけが盛り上がってしまっている状況なんですよ。ある意味、分断されている。それをもっとエリア全体で盛り立てていきたいと思っています。あとは、お豆腐屋さんであれば、地元の人にとっても日常のコミュニケーションのきっかけになると思うので。地域の中も外も関係なく、会話と笑顔の絶えないお店が、ここだけでなく日本中に増えていったらすごく良いと思いません? これが、僕の思い描く5年先の未来です」。

 

終始、人と人との繋がりを大切にする言葉を重ねる宗一郎さん。最後に、「ね、僕、特別なスキルとか能力、何もないでしょ! コーヒー屋だけど、コーヒーの話も全然ないし(笑)。僕は本当に何もしてないんですよ」と笑います。行動力とアイディア、そしてその持ち前の笑顔で挑戦を続ける宗一郎さんのようなキーパーソンの存在こそが、この地域の未来を明るく照らすのかもしれません。

〈宗一郎珈琲〉

住所:香川県三豊市仁尾町仁尾乙

営業時間:14時〜日の入りまで。

定休日:不定休

詳細はインスタグラムアカウント(@soichirocoffee2019)をご確認ください。

編集後記

地域おこしをする若い活動家の話は、地域の数だけあるかもしれない。

今川宗一郎さんの活動はまた独自のイメージを持ちました。

過剰に集まっている旅行者、困惑する地元民、相反する立場を認め、

両者にとって快適な観光地、住みやすい地域にするために、大切な

ものは何だろう?と考えた時。

それは、施設やヒットするお土産でもなく、「人と人との繋がり」

に重点を置いた事。

オーバーツーリズムという問題をポジティブに捉え、そこから改善

の糸口を見出している。

私達は、問題解決する時、原因を取り除こうとするが、今川さんの

ように、人の力を信じて、原因も含めて解決する方法もある事に気

づきました。

(未来定番研究所 富田、窪)