2021.07.27

前篇・座学篇|街のスキマでアウトドアを楽しむ、「パブリックハック」という冒険。

コロナ禍によって旅行やお出かけのスタイルが変化し、「外での遊びをどのように楽しむか」と改めて考え直している人も多いのではないでしょうか。『PUBLIC HACK: 私的に自由にまちを使う』の著者である笹尾和宏さんは、公共空間において、個人が自分の好きなように過ごせるようになることを「パブリックハック」と表現し、実践している方です。 未来定番研究所では、笹尾さんの視座をお借りすることで、従来の「アウトドア」観から解き放たれ、都市に潜む「自然」と上手に付き合うヒントが見つかるのではないかとお話を伺いました。

本企画では、座学編・実践編に分けて、パブリックハックの魅力を紹介していきます。座学編では、笹尾さんに「そもそもパブリックハックとはなにか?」について教えてもらいました。

「私的に自由に街を使う」という概念

パブリックハックとは、公共空間において「個人が生活行為として自然体で自分の好きなように過ごせる状態であること」を意味しています。街の中には、公園や路上、川沿い、ちょっとした広場といったさまざまな公共空間があります。パブリックハックの視点からこういった公共空間を見ていると、用途がとくに固定されていないスキマがあることに気づきます。そういう場所では、自分で「見立て」をして、もっと自由におおらかに使われてもいいのではないかと思うのです。

 

例えば、酒場ライターのパリッコさんとスズキナオさんは、街の好きな場所に椅子を持ち込んでくつろぐ行為を「チェアリング」と名付けて実践されています。私はこれまで景色のいい場所にテーブルと椅子を置いて食事をする「水辺ダイナー」や、芝生の上で映画鑑賞する「芝生シアター」などを実践してきました。室内で行うのが当たり前と思われていることでも、外でやってみると意外と気持ちのいいものです。

 

都市に暮らす私たちは、遠出をしないと自然に触れられないと考えがちですが、街中にも自然や景色のいいところは残っています。リモートワークが増え、パソコン作業も外でやると気持ちがいいと実感した人も多いのではないでしょうか。そういったスキマを都市部に見つけて活用することで、自分の街を自分たちの手で暮らしやすくしていくことができます。

 

こうお伝えすると、「そんな勝手なことをしていいのか?」とか「他の人が使えなくなるから迷惑だ」と叱られることがあります。これは大事な指摘です。その場所を独占排他的に使う「占用」には行政の許可が必要ですが、他の人に使う余地が残されているのであれば勝手に使うこと自体は問題ありません。

 

日々実践を重ねていくと、実は自分自身がやってはいけないと思い込んでいるだけで、その大半が法律や条例といったルールを違反しているわけではないことに気づきます。例えば、ある公園では「22時以降の花火はしないで」といったお願いを周知している立て看板でがありますが、そこには「火気厳禁」とは書かれていない。それは、BBQは禁止していないということの裏返しでもあります。事実、同じ公園の別の立て看板には「バーベキュー(直火)禁止」と書かれています。その場所のルールを読み込むことは、法律的にグレーと思い込んでいる範囲を減らし、自分自身の自由度を高めることにつながります。反対に、そういった思い込みによって街のスキマはどんどん失われていきます。

自分の思い込みが、街の自由度を奪っている?

パブリックハックは、外で過ごす自由度が高まるという自分自身の心持ちの変化に価値を置いています。本で紹介したような少しとがった過ごし方に限定していません。「公園のベンチに座るなんてしたことがないし、恥ずかしくてできない」という人もいます。「ベンチに座ることはできるけど、お弁当は食べられない」という人もいるでしょう。公共空間には、そこを使いたいという想いと裏腹に、多かれ少なかれ羞恥心や迷惑かも、怒られるかもという気持ちがつきまといます。それを乗り越えて見える景色がパブリックハックであり、それらはあくまで「自分にとってどうか」です。

 

以前お手伝いしたある大学の演習では、キャンパスにある普段誰も立ち入らない美しく整えられた芝生の広場を対象に、そこで寝転んだりピクニックをしたりする行為を「授業の一環で特別だからやってみて(実際は特別でも何でもないのですが)」と学生さんに実践してもらったことがありました。当然、学生さんにとってそんな過ごし方をするのは初めてなのですが、「やってみたらどうってことはなかった。とても気持ちよかった」という感想が返ってきました。パブリックハックによる「こんな世界があったんだ」という視野の拡張はいろいろなレベルで起こりうると思います。

 

パブリックハックにおいては、①実践する人と②傍観する人、③その場の管理者の立場の人が共存しています。パブリックハックを実践する人を、傍観している人が「迷惑行為」と見なせば通報されますし、「違反行為」と見なせば管理者に制止されます。ここで大切なのは、3者は別人格ではなく、私たちはその時々で立場を行き来しているということです。

 

自由な人が増えると、自由を許す人が増えます。「外を使うことは意外と気持ちいいな」と自ら積極的に外で過ごす人が増えると、自分が傍観する立場や管理する立場になったときにも実践者する人の気持ちがわかり、許容が増えていくのです。同様に、実践者が傍観者や管理する人の気持ちを考えれば、ゴミを持ち帰るとか、大声を出さないといった秩序を守った実践の仕方もわかってきます。こうしたトライ&エラーを繰り返していくことが自由の表現方法を醸成させることにつながり、街の自由度が高まっていくのだと思います。

 

パブリックハックは、個人がすぐにでもできる「街への積極的な関与」のあり方です。未来において自由度の高い街をつくれるかどうかは、そこに暮らす個人一人ひとりの手にかかっているのです。

 

次回は実践編。未来定番研究所がオフィスを構える、東京・谷中のまちへ繰り出し、「谷中版パブリックハック」を体験します。

Profile

笹尾和宏

水辺のまち再生プロジェクト事務局。1981年大阪生まれ。大阪大学大学院工学研究科ビジネスエンジニアリング専攻、経済学研究科経営学専攻修了。ともに修士。2005年から水辺のまち再生プロジェクトに参画し、2007年株式会社大手建設会社に入社、不動産開発・コンサルティングに従事。2015~2018年に出向、エリアマネジメントに従事。現在は育児のため休職中。

【編集後記】

今回の笹尾さんのお話から、自分自身を成長させたり、殻を破るためには、自分自身の常識(殻)を一度取り払って、

新しい事、自由な事、新たな可能性を探してみる姿勢が必要だと気付かされました。 パブリックハックで、身近な公共空間の「法律的なグレーな部分」を見直し、自分たちだけの新たな自由を発見する事は、

自分たちの常識を少し打ち破る、楽しい練習になりそうです。編集部みんなでやってみよう!

 

(未来定番研究所 出井)