空想百貨店。<全17回>
2022.12.28
買う
断捨離やミニマリストをはじめ、余分なものを持たないライフスタイルに注目が集まっています。そのため、どんなものが入っているのか分からない福袋は購入しないという人も出てきました。そうした時代の流れもあり、最近では福袋の中身を見せて販売するようなお店まで増えています。しかし、本来の福袋には、中身が見えないからこそのセレンディピティな出会いや発見があったはず…。そこで今回は、福袋研究会の恩田ひさとしさん、ユニークなアイデアに定評のある企画作家の氏田雄介さん、日々さまざまなものに触れているプロップスタイリスト・早野アレックスさんの3人をお招きし、未来の福袋のあり方について考えてみました。
(文:村田奈緒子/写真:西あかり)
恩田ひさとしさん
福袋研究会主宰/編集・ライター。
IT関連をメインとしたライターとして活動。その傍ら、仕事の企画ではじめた福袋の魅力に魅せられ、福袋研究会を主宰して約20年。年末年始は福袋コメンテーターとして、さまざまなメディアでも活躍。
氏田雄介さん
株式会社「考え中」代表/企画作家。
得意は「ルールの企画」と「言葉の企画」。著書は、ごく当たり前のことを詩的な文体でつづった『あたりまえポエム 君の前で息を止めると呼吸ができなくなってしまうよ』(講談社)や、1話が54文字の超短編集『意味がわかるとゾクゾクする超短編小説 54字の物語』(PHP研究所)など。「ツッコミかるた」や「ブレストカード」など、ゲームの企画・イラストも手がけている。
早野アレックスさん
プロップスタイリスト/フォトグラファー/YouTuber。
大学卒業後、ファッションスタイリストを経て、プロップスタイリングを学ぶために渡英。帰国後はプロップスタイリスト/フォトグラファーとして活躍。美しく、ちょっとファニーな世界観を表現することに定評がある。
そもそも福袋の起源とは、
百貨店にルーツあり?
F.I.N.編集部
今回のテーマは「福袋」。まずはその歴史について、恩田さんからレクチャーをお願いします。
恩田さん
起源は諸説あるのですが、記録が残っているのは1717年以降、呉服店・大丸屋(現・大丸)の福袋。10月に行われる「えびす講(恵比寿講)」と正月の初売りに大売り出しを行い、反物や金糸の帯などの端切れを袋につめて販売をしていたそうです。
その他にも、江戸時代には他の呉服店も同じようなコンセプトで福袋を販売しており、金糸の帯の端切れが入ったものはラッキー! という感じだったようですよ。
氏田さん
それはすごい!お得感のある縁起物であり、売り手にとっては在庫処分もかなう福袋の原型が、すでに江戸時代に完成していたんですね。
恩田さん
呉服屋がルーツの百貨店は数多くありますが、昭和に入ると全国の百貨店で福袋の販売が活発に。個人的に思い出深いのは、1982年に野球の西武ライオンズがリーグ優勝したときのこと。池袋西武をはじめ全国の西武グループで大々的に福袋を販売したんです。それがとても豪華だとワイドショーなどで紹介されていて、当時高校生だった僕も買いに行きました。
早野さん
福袋の中身はなんだったんですか?
恩田さん
1万円の福袋に、ニコルクラブのダブルのスーツが入っていたんです。その当時は似合わなくて、でも高価なスーツだしと似合う年齢になるまでとっておいたのですが、流行は変わっちゃって、あまり着ることはなかったですね(涙)。
このぐらいの時代に福袋は売れ残りの寄せ集めではなく、スペシャルなアイテムが入っているとても魅力的なものという認識が世の中に広まった気がしますね。ところで、お二人は福袋を購入したことありますか?
早野さん
私は昔ギャルだったので(笑)、ギャルに人気のあったファッションブランドの福袋を買ったことはあります。いろんなアイテムが入っていた思い出がありますね。氏田さんはいかがです?
氏田さん
僕は一度も購入したことがなくて。どちらかというとAmazonとかで注文してしまった方が好きな色も選べるし……と考えるタイプなんですよね。だから、中身が見えない福袋というのは抵抗がありますね。
中身が見えるものや体験型が現れ、
福袋戦国時代へ
F.I.N.編集部
氏田さんと同じように福袋にネガティブなイメージを持っている方は、ある一定層いらっしゃる気がします。その一方で、中身が見える福袋やものではないサービスや体験を売りにした福袋も増えましたね。
恩田さん
中身の見える福袋は、1998年末にイトーヨーカドーが出した「シースルー福袋」が先駆けのようです。2005年には、銀座三越が「福袋見せまショー」と題して福袋の中身を公開するお披露目会をスタートしたんですね。これがメディアに取り上げられるようになって、福袋のトレンドを銀座三越が発信する黄金時代へと突入していきます。それに続いたのが松屋銀座です。2012年にお披露目会の時期を大幅に前倒しして世間を賑わせました。メディアは少しでも早い情報がうれしいわけですし、この年は松屋銀座の露出がすごかった。テレビカメラが多すぎて、その翌年にはさらに広い会場に変更して大々的に開催したほどです。これをきっかけに福袋お披露目会の前倒し合戦がスタート。ちなみに2022年は10月末頃に開催されました。
氏田さん
お正月に販売する福袋の中身が2ヶ月も前にわかるんですね。でも、そもそもなぜ福袋をお正月に売るようになったんでしょうか?
恩田さん
おそらく、お正月って人の動くイベントが何もないからなんじゃないかなと思います。百貨店というと呉服屋さん系列だけでなく、交通・沿線事業のグループ会社もある。例えば沿線に大きな神社やお寺があれば話は別ですが、イベントが何もない=人の動きがないお正月に鉄道を動かすのは空気を運んでいるのと同じです。少しでも人の移動を促すという意味では、沿線沿いにある百貨店で目玉イベントがあるのは大きいですからね。
氏田さん
なるほど! 福袋を売れば単体での利益だけでなく、グループ全体で収益を上げられますもんね。
早野さん
恩田さんがこれまで見てきた福袋で、とくに印象深いものってありますか?
恩田さん
難しい質問ですね。1989年に三越が出したピカソとルノアールの絵画をセットにした5億円福袋というのもありましたね。同じく三越が2016年に出した、漫画家の松本零士先生が似顔絵を描いてくれる福袋もよく覚えています。
早野さん
まさに「体験型福袋」ですね!
恩田さん
2012年に日本橋高島屋が販売した「男物紋付はかまフルセット(100万円以上相当が50万円)」も興味深かったです。この福袋を購入すると、後日、国技館で行われる土佐の海関の断髪式に参加できる権利がついていたんです。福袋史上初の試みで大きな話題となりました。さらに同年、日本橋高島屋は「日本フィルハーモニー交響楽団を東京オペラシティで指揮出来る夢袋」(201万2000円)も販売しています。
氏田さん
すごい!百貨店ならではの企画力で実現した、まさに夢が叶う福袋ですね。
恩田さん
体験型福袋は日本橋高島屋と三越が二大勢力だと思います。とはいえ、コロナ禍の今、体験型福袋もなかなか難しい。
早野さん
福袋って、売れ残りや余りものを詰め合わせて販売するものではないんですね。昔の福袋は、中身の見えない福袋を目当てに行列に並び、それが口コミで盛り上がっているイメージで、ネットがない時代に栄えた文化だと思っていました。でも、今の福袋って企画力や情報発信など昔とは異なる戦略でより多角的に盛り上がっているんですね。
恩田さん
そう、まさに現代の福袋は情報戦であり、確かな企画力が求められています。食に強い東武百貨店は、2017年のお披露目会で「脱体験型」「生活者応援」を打ち出し、サブスク型の食品福袋も販売。生活者視点で考えると魅力ある福袋で定評があり、すでに多くのファンを獲得しています。
自分にとって魅力的な福袋と出会う方法
氏田さん
興味深いお話ばかりで、僕の福袋に対する概念がくつがえされるばかりです。とはいえ、今回の鼎談にあたって福袋をリサーチしてみたんですが、ネットでの検索結果の数が多くて、断念してしまいました。
早野さん
私もです! 数が多すぎて選べないし、お得感が前面に打ち出されたものってやはり響かなくて……。見ず知らずの人が選んだお得はいらないんですよね。そんな私が「これは欲しい!」と思える福袋と出会えるものでしょうか?
恩田さん
自分が好んでいるショップやブランドをチェックするのがまず第一ですね。でも、僕は福袋のドラマを楽しむことをおすすめしています。
氏田さん
福袋のドラマ!?
恩田さん
名物福袋には名物開発者がいるんです。その開発者の気持ち、熱意がどれだけあるかで福袋は無限の可能性で化ける。だからこそ、毎年定番で出ている福袋を定点観測すると面白いんですよ。その点でも、百貨店の福袋はやはり興味深い。たとえば、いつもはライバル関係のスイーツ店でも、百貨店が間を取り持つことでコラボ福袋が実現することもありますからね。
そして、福袋の限定数量で見ても面白いです。昨年と今年とで「昨年よりも、15個増えている」、その裏では15個増やしてもらえるよう奮闘した、担当者のやる気とか熱意を感じ取ることもできるんです。
早野さん
福袋のバックには、いろんな人の汗と涙があるんですね。まさにドラマ!
氏田さん
僕はお笑いが好きなんですが、なんだか漫才頂上決戦、M-1グランプリを彷彿とさせますね。当日のネタだけでなく、そのステージに辿り着くまでの背景もあわせて楽しむ感じが似ています。
あったらいいな、
夢の福袋をお披露目!
1. パラレルワールド福袋
2. 逆福袋
3. わすれたころ福袋
氏田さん
実は僕、この日のために福袋アイデアを3つ考えてきたんです。
早野さん
すごい、イラストまで!
恩田さん
さっそくプレゼンお願いします!
氏田さん
まず一つ目は「パラレルワールド福袋」です。 たとえば、普段は絶対着ないようなファッションや普段は絶対聞かないジャンルの音楽、絶対食べないような食品など、普段とは真逆を体験できる何かが入っている。ポイントは、普段とは真逆。僕がこれまで福袋を買わなかった理由が、自分で買えば最適なものが手に入ることだったので、逆に絶対買わないものが届くのであれば興味深いなと思って考えてみました。
早野さん
この福袋を購入した人たち同士で集まったら楽しいかも! 普段とは違う雰囲気で雑談とかも盛り上がりそうですし。新しい発見や出会いがあるかもしれない。
氏田さん
二つ目は「逆福袋」です。これは袋だけが送られてきて、不要なアイテムをその袋に入れて送り返すというもの。減らすことでハッピーを得るという考えです。フリマサービスと連携するなどと考えると、わりと実現性が高いかもしれません。
恩田さん
断捨離するための福袋ですね。今っぽくて、需要がありそうですね。
氏田さん
最後は本当に未来というか、5年後10年後に実現できるかもわからないのですが、「わすれたころ福袋」です。イメージはサブスクに近いのですが、買った時には袋にはなにも入っていないんです。でも、それから1年間、小さなハッピーがわすれたころに手に入るというもの。たとえば、卵を割ったら黄身が2つ入っているとか、本当に小さなことなんですけど、ふとしたときに幸福が届く福袋を年始に買っておくと、1年間幸せに満ちた気持ちになるんじゃないかなと。
早野さん
どれも夢がありますね。
恩田さん
僕は「パラレルワールド福袋」に通ずる経験をしたことがあって、その昔ブックオフでCD100枚が入っている福袋を7000円ほどで買いました。やはり中には、自分では絶対に聴かないなというアーティストのものも入っているんです。でも聴いてみると、意外といいなとか、これはカラオケで歌うのに良さそうだなと思ったり。普段、自分が選んでいるモノやコトがつくる世界ってたかがしれているんですよね。それに「パラレルワールド福袋」の認識が広まったら、自分では気づかなかったものに新しい意味や価値が生まれて廃棄物が減るかもしれないし、とても良いですね。
ちなみに、早野さんならどんな福袋をつくりますか?
早野さん
これまでのお話を伺ってみて、今は、よりパーソナルなものが福袋にも喜ばれるのかなと思いました。プロップスタイリストの私の場合、たとえば家の中の一画、ワークデスクの上とか限定された場所をその人のためだけにスタイリングするとか。パーソナルな思い出作りにもなるような福袋が喜ばれるのではないかなと考えていました。
氏田さん
なるほど。体験をパーソナライズできるのは今っぽいですよね。…そもそも現代における「福」って、何でしょうかね。少なくとも経済的なお得感が必ずしも「福」ではないということは、多くの人が感じていることだと思います。
恩田さん
深く、難しい質問ですね。
早野さん
確かに経済的なお得感ではなく、誰かにとっての「福」を考えることが大切なのかも。とはいっても、やっぱり経済的なお得感っていうのもうれしいものですよね。今日のお話を伺って、愛犬のための福袋なら、お得感があって素敵なものが見つけられそうだなと思いました。来年は、愛犬に喜んでもらえる福袋をプレゼントしてみようかな(笑)。
時代によって「福」の捉え方が変わり、それに合わせて福袋のかたちも変わっていくようです。年始の買い物を楽しんでほしい、お客様や相手を喜ばせたい……。その気持ちが福袋を通して広がっていくと、福袋の新しい意味やかたちが生まれていくのかもしれません。
■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント
これからの「福」は経済的なお得感だけでなく、これまで気づかなかった意味や価値との出会いや、暮らしのなかでのふとした小さな幸せ、よりパーソナルな体験など多様なもの。
【編集後記】
『現代の人々にとって経済的なお得感だけが「福」ではないのではないか?』というご指摘には、深い頷きを繰り返してしまいました。もちろん、お得感は今でも重要でうれしいことです。しかし他にも、まだ見ぬ自分への出会い、手放して得られる身軽さ、不意に転がり込んでくるちょっとした幸せなど、様々な「福」のかたちがあることを教えていただくことができました。まずは身近なところで自身の「福」を考えて、名物福袋として売り出す妄想を広げたいと思います。
(未来定番研究所 中島)
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