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  • 素材そのものの味を引き出す究極の料理。〈どちゃく〉嶋田寛元さんが考えるおいしい食事。

2026.04.15

素材そのものの味を引き出す究極の料理。〈どちゃく〉嶋田寛元さんが考えるおいしい食事。

おいしさはさまざまな要素が重なり、複合的な感覚として私たちは判断しています。

何をおいしいと捉えるかは人それぞれのため、主観的でありながらどこか曖昧な感覚だともいえます。目利きたちが思う「おいしい」とは何か、これから「おいしさ」はどうなっていくのか。F.I.N.では、食と向き合う目利きとともに、5年先のおいしいのその先の価値観を探っていきます。

 

食に関する情報があふれ、濃い味付けにも慣れた現代人。しかし原始的な料理が、今新たなカタチで注目されています。

その象徴的な存在として注目を集めているのが、2023年、鹿児島県いちき串木野市にオープンしたレストラン〈どちゃく〉です。店主の嶋田寛元さんは東京・牛込神楽坂で〈さいめ〉を営んだのち、新天地として鹿児島を選びました。土着の食材を、土や薪、枝などを用いて火入れし、土器に盛りつけられる料理は、プリミティブでありながら、たしかな衝撃を与えています。調味料を使わず、ただひたすら食材と向き合う。唯一無二の料理を極める嶋田さんはいかにしてこの境地にたどり着いたのか。そのストイックな料理哲学と、現在のスタイルに至るまでの背景を伺います。

 

(文:宮原沙紀)

Profile

嶋田寛元さん(しまだ・ひろゆき)

〈どちゃく〉オーナー。1988年埼玉県生まれ。高校を卒業後、料理の道へ進む。2011年まで和食やラーメン店などで働き、その後3年ほど日本中を旅する。2015年、東京の牛込神楽坂に自身のお店〈さいめ〉をオープン。2023年に鹿児島県いちき串木野市へ移住し、同年の11月に紹介制の料理店〈どちゃく〉を開業した。2026年3月から育児休業に入り、5月から再開予定。

Instagram: @dochaku1104

料理の意味を探す旅へ

鹿児島県いちき串木野市に2023年にオープンした料理店〈どちゃく〉。調味料を使わず、土器で料理が提供されます。料理人は、嶋田寛元さん。東京で活躍していた嶋田さんは、鹿児島へ拠点を移し新たな挑戦を始めました。嶋田さんが最初に料理に興味を持ったきっかけは、料理上手な母親の存在だったといいます。

 

「学生時代はバスケットボールに打ち込んでいて、埼玉県の選抜メンバーになったこともあります。ただ、スポーツを続ける人生があまり想像できなかったんです。進路を考えていた時、母に『やりたい職業を書き出してみたら』と言われて考えたなかで、料理人と陶芸家が面白そうだなと思ったんです。そして料理の道に進みました」

18歳から料理の道に入り、和食店やラーメン店で経験を積みました。

 

「その後、2年半ほど旅に出て、車中泊をしながら日本を一周したこともあります。当時は、何が本当においしいのかがだんだん分からなくなってきていました。経験を重ねるにつれ、味もある程度わかるようになるんですが、『この店はどこの出身の人だ』など情報もたくさん入ってきて、それだけではつまらない気がして旅に出たんです」

 

旅の最中は山に籠り、そこで3週間ほど生活をしていたこともあるといいます。その体験が嶋田さんの料理の哲学に影響を与えました。

 

「山では焚き火をしながら過ごし、近所の人にもらった大根を焼いて食べたりしていました。朝起きると、ちょうどよく火が通っていて、それがすごくおいしい。そんな経験のなかで、『これも料理なんだな』と思うようになりました。和食の世界では、かつらむきなどの技術をまず習います。でも僕は、技術を覚える前に大根そのものを知ることの方が大事なんじゃないかと思うようになったんです。『この大根がどんな土で育ったのか』。そういうことを知っていくと、料理はもっと素材や土地と深く繋がっているものだと感じるようになりました。畑もある意味、大きなぬか床のようなものだと思います。そこに何を加え、どう循環させるかで、その土地ならではの味が生まれる。自然のものがすべておいしいわけではないからこそ、人が少し手を加えて整えていく。そのチューニングこそが、料理の始まりなのかもしれないと考えています」

たどり着いた「土器」という答え

旅を終えた嶋田さんは、2015年に自身の店〈さいめ〉を東京でオープンしました。つるし焼きと日本酒、そして発酵食品にも興味を持ち、歴史を調べながら発酵食品を仕込み、それを焼いた野菜にのせて出すようなシンプルな料理を提供していました。

 

「料理って、科学的に説明がつく部分も多いので、経験を積むうちに『こうしたら喜ばれる』という正解がわかってきました。それなのに、周囲から『嶋田はすごい』と評価されるのが、僕はどうしても嫌だったんです。旅をしていた時、たくさんの生産者や地域の人に助けられて、本当に人の温かさに救われました。だから、自分だけがすごいと言われる店にはしたくなかった。飲食店は何かを生み出す場所というより、誰かが作ったものを紹介する場所だと思っています」

 

そんななか、山梨県上野原で土器を制作する作家・熊谷幸治さんと出会います。陶芸にも興味があった嶋田さんは、自分でも土器を作るようになりました。

 

「陶芸家の熊谷さんは、土器の造形や文化的な側面に強い関心を持っている方でした。調理に使う土器という発想にも興味を持ってくれて、一緒に1年ほど試作を重ねました。耐熱性や火にかけたときの変化を試しながら、自分たちなりの答えを探していったんです」

その試行錯誤をきっかけに、料理は完全に土器を使うスタイルへと移行しました。最終的には、土器で焼いた野菜を出し、手元に少しの塩を添えるだけというメニューになっていたといいます。野菜をどう生かすかを考えるなかで、結果として土器という道具にたどり着いたのです。

 

「土器は水分を吸うことができる、ほぼ唯一の調理器具なんです。他の器具は水を弾くのですが、土器は水を吸って膨張と収縮を繰り返します。その性質が味にも影響します。水分の動きによって、土器は少しずつ食材の香りやうまみを引き出してくれます」

鹿児島で始めた〈どちゃく〉

鹿児島への移住も、ある出会いがきっかけでした。嶋田さんは鹿児島県の〈白石酒造〉が手掛ける焼酎「天狗櫻」と出会い、その味と、それを仕込む白石貴史さんに惚れ込みます。〈白石酒造〉の近くで料理がしたいと鹿児島へ移住し、そこで新たに始めた店が〈どちゃく〉です。

 

「野菜は鹿児島県で自然農法を行っている2軒の農家さんのもののみを使っています。ただ魚などの海産物は、九州全体のものを扱うことが多いですね。こちらに来て実感したのですが、自然環境の変化や破壊は想像以上に大きい。鹿児島は内海と外海の両方がありますが、環境の影響で魚の味にも変化が起きています。そんななかから状態のいいものを選ぶとなると、鹿児島中央市場に集まる九州各地の食材から目利きに選んでもらうのが一番確実なんです」

 

〈どちゃく〉の料理には塩や醤油などの調味料を使いません。シンプルに調理した食材を、土器で提供します。使用しているのは、熊谷幸治さんの元生徒で〈土の子〉(東京)を主宰する西山彩子さんと佐野るりさん(鹿児島)の土器と、嶋田さんが尊敬する同志の渡辺隆之さんの陶器です。〈どちゃく〉の敷地内の土を使って器を製作してもらったりもしているそうです。

 

「料理は丸焼きにすることが一番大事な仕込みの工程です。例えば、1.5kgほどの鯛なら、串に刺して囲炉裏の火にかざして片面だけを遠火で4〜6時間ほど焼きます。反対側は半生の状態です。薪火でじっくり火を入れると、骨の髄のうまみや皮の脂の味が出てくる。そこをしっかり引き出せれば、塩がなくても満足できる味になると思っています。鶏でも魚でも、本来そういう力を持っているんです。以前は調味料を使っていましたが、料理を続けるうちに『なくても成立する』と確信できるようになりました」

嶋田さんにとって、おいしさは素材の味だけではありません。食材を料理する火や、食べる環境もまた味をつくる要素だと考えています。

 

「薪も大事ですね。一般的には2年ほど乾燥させた薪を使いますが、僕は半年ほど雨ざらしにして、使う1週間前くらいに乾かします。そうすると薪の香りが少し残るんです」

 

その考えは店づくりにも反映されています。〈どちゃく〉は古民家を改装してつくられました。外装も内装もできるだけ自然素材を使っています。

 

「その空間でなければ、絶対に味わえないものがあると思います。『おいしい』と感じるのは、食べた瞬間だけではないんです。食べたあとに体の中からふっと立ちあがってくるようなもの。そこに、食べる人それぞれの物語が重なって、感じ方も変わっていく。いいお酒やいい食べ物は、きっとそういうものだと思います。だから、急いで食べたり、イライラしながら口に運んでいたり、うんちくを語ることに意識が向いてしまうと、その味は拾えないかもしれない。ゆっくりと味わうことで、その余韻を感じ取れるはずなんです」

これからの「おいしい」とは

嶋田さんは育児休暇のため、〈どちゃく〉を2カ月ほどお休みします。再開する際は、これまで以上に、嶋田さんの考える料理の世界が表現される場所になるかもしれません。

 

「料理のことを考え、土器のことを知っていくなかで最近は、水が一番重要なんじゃないかと考えるようになりました。料理って突き詰めると、水の動きなんですよね。水分を抜くか、加えるか。鶏の味を生かすために水で煮るのか、水分を抜くのか、あるいは水そのものに味をつくるのか。それだけでも料理は大きく変わります。だからこれからは、水を軸にした料理を考えていきたい。温泉でも湧き水でもいい。自分の近くにある水を生かして料理をする。それが一番の『土着』なんじゃないかなと思っています」

 

最後に、「おいしい」の未来はどうなっていくのでしょう。

 

「自然や素材を重視した食事と、成分だけを考える食事とで二極化していくと思います。すでに効率的に栄養を摂ることを重視する食事は始まっていますし、これからも増えていくと思います。将来、個人店が残るとしたら本気で自然や素材と向き合っている店だけかもしれません。ただ同時に、気候変動の勢いは凄まじく天然の食材そのものがどんどん少なくなっているのも現実です。もし天然の食材や自然の味に興味があるなら、今のうちに体験しておいたほうがいいと思います。これから先、そういうものはなかなか食べられないという未来が来てしまう可能性もあります」

【編集後記】

今回の取材を通して、料理人とは「おいしさを作る人」だと思っていた自分の認識が随分と変わりました。嶋田さんが向き合っていたのは、自らの技術で味をつくり込むことよりも、自然や素材、生産者や土地がもともと持つ力を、食べる人に手渡せるカタチに整えることだったように思います。そうした考え方に触れ、私自身、普段どこまでを「おいしい」の要素として感じていたのかを捉え直すきっかけになりました。 完全食や栄養補助食品のバリエーションが増加し、食事を成分や効率の面から捉える傾向も年々強くなるように感じていますが、だからこそ五感をフルに使っておいしさを味わう体験が、より大切になっていくのだろうと思います。

(未来定番研究所 榎)