2025.01.29

再生する

海、水産業、食文化を再生。〈食一〉の田中淳士さんに聞く、「未利用魚」の可能性。

持続可能な社会を目指す世の中で、「リジェネーション」などの再生の概念が注目を集めています。それは、現状維持や復活という意味を超えた、「今以上を目指す、繰り返し生み出す」再生。そしてさらにその先の再生へと時代が動いている気もします。そこでF.I.N.が注目したのは、自然環境や伝統文化で見てとれる再生されたモノやコト。再生に携わる目利きの活動や価値観に触れ、これからの再生はどんなカタチへ向かい、何をもたらすのかを探究します。

 

今回着目するのは、規定サイズに満たなかったり、そもそも積極的に獲られなかったりすることで、市場の流通に乗らない「未利用魚」。気候変動による海水温上昇などの影響で日本の漁獲量が年々減少している近年、「未利用魚を食べることこそがさまざまな再生につながる」と、未利用魚に特化した魚屋〈食一(しょくいち)〉の田中淳士さんは話します。現状の海や水産業の課題、未利用魚の可能性などを田中さんに伺います。

 

(文:船橋麻貴)

Profile

田中淳士さん(たなか・あつし)

〈食一〉代表。長崎県松浦で140年以上続く仲買業を営む家に生まれ、小さい頃から魚に親しむ。2008年の大学在学中に〈食一〉を創業し、産地直送の海産物卸として営業を始め、より現場を知るために九州・四国の漁港をレンタカーで寝泊りしながら行脚。そこでの情報・経験をもとに、地魚ブランド〈海一流〉を立ち上げる。現在では全国100数十カ所の漁港と取引を行い、飲食店などに産地直送で地魚を卸している。

https://www.shokuichi.jp/

未利用魚の可能性を信じ、

水産業界を活性化させていく

田中さんは幼少期から、魚の卸業に就くのが夢だったそう

長崎県で明治時代から続く魚の仲買業を営む家に生まれ、幼少期から魚に親しんできた田中淳士さん。未利用魚に特化した魚屋〈食一〉を創業したのは、大学在学中の2008年のこと。創業からおよそ1年後、産地を視察するため、九州と四国の漁港を巡っていた時に出会ったのが未利用魚でした。

 

「徳島の漁港で漁師さんに教えてもらったのが、ミシマオコゼという珍しい魚でした。一般的に知られている高級魚のオニオコゼとは違い、ミシマオコゼは1匹10〜20円くらいと非常に安価。値段がつかないので漁獲量が少なく、獲れたとしても漁港の近くだけで食されていたり、廃棄されたりすることが多い。でも実際に食べてみると、身が締まっていておいしい。これは地元だけで消費して終わるのはもったいないと思いました」

鋭い角が特徴的なミシマオコゼ。冬に旬を迎え、薄造りや唐揚げなどにすると美味だそう

この時に初めて未利用魚の存在を知ったという田中さんは、〈食一〉のある京都に戻り、ミシマオコゼを捌いて刺身にしたり、漬けにしてみたり、ムニエルにしてみたりと、現地で教わった煮付け以外の食べ方を模索。おいしく食べられる調理法を自ら試して見つけることで、未利用魚の可能性を見出していきます。

 

「そもそも僕が〈食一〉を創業したのは、水産業を盛り上げたいという思いから。漁港を巡ったことで、幼少期の頃とは違って活気がなくなっていることを肌で感じました。今まで値段がつかなかった未利用魚を流通させたら、産地の力になれるかもしれない。そう考えて、未利用魚を扱うことを決めました」

ミシマオコゼの調理例。写真の料理は京都の海鮮料理店〈あみたつ〉によるもの

値段がつくという概念が存在していないからといって安価な価格設定にするのではなく、例えば1匹10〜20円ほどの価値だったミシマオコゼを10倍の価格に設定するなど、田中さんは適正な価格で産地と取引を始めます。このような価格設定にしたのは、産地や漁師の未来を思ってこそ。

 

「僕のゴールは漁師さんを増やすこと。特に近年は『しんどい仕事の割に儲からない』というイメージから若い漁師さんが減っていて、水産業界はとても厳しい状況です。この先もおいしい魚を消費者の皆さんに届けるために大切なのは、これまで価値を見出されていなかった魚でも適正な価格で取引すること。珍しいからといって高級魚にするのも違う。なぜなら、消費者との距離が離れてしまうから。だから、僕は未利用魚を適正な価格で取引し、産地に正しくお金が流れる仕組みをつくりたい。それができたら産地はもちろん、水産業界全体が活性化していくと思うので」

未利用魚を食べることは、

海の多様性を守ることに繋がる

日本の海には3,000種類以上もの魚がいるとされ、その中で食べられているのは500〜600種類。それにも関わらず、マグロ、鮭、アジ、サバ、イワシなど一般に食されている魚種は思っている以上に少ないそう。お馴染みの魚を食べるため、同じ魚種ばかりを獲り続けることは、海の環境にも問題を及ぼすと田中さん。

 

「クロダイやチヌ、アイゴといった未利用魚は海藻や海草を餌とするため、獲らないと海中の藻場が砂漠化する『磯焼け』が起こってしまいます。藻場がなくなると、産卵場所や餌場がなくなって海の生態系が崩れるため、これまで食べていた魚が食べられなくなってしまいます」

日本の漁獲量は、気候変動や乱獲、漁場環境の悪化、漁師の減少などさまざまな理由によって、1984年をピークに減少。魚自体が獲れなくなっている今こそ、市場の流通や商品価値が見出しづらい未利用魚を食べることが海の再生に繋がるそう。

 

「例えば、年々漁獲量が減っているマグロ。漁獲制限をかけることで水産資源を守ろうとしていますが、もっとおいしい魚が他にもあれば別にマグロじゃなくたっていいわけじゃないですか。その代替を未利用魚が担えたらいいと思うんです。実際、臭みや毒があったりして食べにくいものも多いですが、調理法を工夫することでおいしく安全に食べられる。実際に磯焼けの原因となるアイゴは、臭みをなくすために急速冷凍を施したり、フライにしたりして、給食や家庭で食べられ始めています」

未利用魚の刺身。写真は、京都の居酒屋〈66art〉の刺身盛り合わせ

多彩な魚食文化を残し、

未利用魚をスタンダードにする

日本には魚食文化が根付いているものの、実際には1割程度の魚種しか食されていないという田中さん。だからこそ、未利用魚を食べ、多彩な魚食文化に触れてほしいと話します。

 

「三重や和歌山の一部の沿岸地域では、マンボウを食べる文化があります。他の関西圏、大阪や奈良、京都ではそういう文化は根付いていませんし、マンボウを食べること自体あまり知られていません。つまり、近い土地でも魚食文化が違う。だけどそのおいしさを知れば、他の地域にもマンボウが食べる人が増え、市場の流通にも乗ります。こうした魚食文化を知らず、衰退させてしまうのはやっぱり嫌なんですよ。僕がここまで成長できたのは、魚があったから。おいしく食べられるのであれば、どんな魚種でも残していきたいんです」

田中さんが未利用魚の卸業を始めてから15年ほど。その活動の影響もあり、現在では大手のスーパーや回転寿司チェーン店などでも扱うように。水産業界だけでなく、消費者にとっても、スタンダードな存在になりつつある未利用魚。この先も食べることで、さまざまな再生に繋げていきたいと田中さん。

 

「元々、とらふぐも未利用魚でした。しかし飲食店やメディアが扱うようになってからは、一般消費者にも広まって今や当たり前の存在となっています。そうやって先陣を切ってくれた方のおかげで、消費者の意識や価値観が変わり、今は未利用魚を積極的に獲る漁師さんもいます。これからも生産者と消費者のいい循環を生み出すため、若い漁師さんを増やす仕組みをつくって、水産業界をさらに盛り上げていきたいです」

【編集後記】

田中さんの取り組みは、ただ単に未利用魚を市場に送り出すだけではなく、持続可能な漁業と各地の漁港を通じた経済活性化への道を切り開いているように思います。これは、生活者にとって新しい味覚の発見や食文化の伝播に留まらず、海洋資源の保全にも知らず知らずのうちに寄与する活動です。

私自身、日常的にスーパーなどで選ぶ魚種は偏っていたなと反省すると共に、1つ1つの小さな選択が直接的には目に見えないところに着実に影響を与えていくのだということを改めて感じました。

(未来定番研究所 榎)