2025.02.05

再生する

土が教えてくれる、「再生する」ために必要なこと。

持続可能な社会を目指す世の中で、「リジェネーション」などの再生の概念が注目を集めています。それは、現状維持や復活という意味を超えた、「今以上を目指す、繰り返し生み出す」再生。そしてさらにその先の再生へと時代が動いている気もします。そこで F.I.N.が注目したのは、自然環境や伝統文化で見てとれる再生されたモノやコト。再生に携わる目利きの活動や価値観に触れ、これからの再生はどんなカタチへ向かい、何をもたらすのかを探究します。

 

農業におけるリジェネラティブとは?日本の農業では一般に化学肥料や農薬を使わないこと、土を耕さずに植物や生物の力を生かす取り組みを「リジェネラティブ農業」と呼ぶことが多いようです。日本にも海外にもたくさんの農法があるなかで、未来の農業に必要なことは何なのか。土の研究者である藤井一至さんにお聞きしました。

 

(文:宮原沙紀)

Profile

藤井一至さん(ふじい・かずみち)

土の研究者。(国)森林総合研究所主任研究員。1981年富山県生まれ。京都大学農学研究科博士課程修了。土の研究のためにスコップを持って日本各地のみならず、世界各国を巡っている。第1回日本生態学会奨励賞、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞、第7回河合隼雄学芸賞など多数の受賞歴を持つ。最新著書に『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』(講談社ブルーバックス)。

農業における、リジェネラティブの起源

F.I.N.編集部

リジェネラティブ農業の始まりについて教えてください。

藤井さん

「リジェネラティブ」という言葉が出てきた背景には、土壌の劣化があります。持続可能を意味する「サステナブル」では、もう間に合わない。劣化してしまった以前の土壌に戻そうという動きから始まりました。加えて、気候変動や生物多様性が失われていることへの危機感の高まりもあります。

 

近年北米では干ばつが続き、ウシの牧草を十分に確保できない問題が起こりました。本来、土には200ミリ程度の雨水を保持する力がありますが、土が固くなってしまうと降った雨が染み込まず、乾いてしまう問題が発生しました。昔の北米の草原地帯にはバッファローがいて草を食べて、フンが土に還ることで、ふかふかした土ができるという循環がありました。そんな一番良かった頃の環境に戻したいという願望がリジェネラティブの原点です。

大草原で放牧されるバッファローの群れ。

F.I.N.編集部

具体的にリジェネラティブ農業とはどういったものですか?

藤井さん

リジェネラティブ農業では、厳密な栽培方法は定義されていません。土壌を再生するために、緑肥作物(クローバー)やライムギなど土壌を被覆するカバークロップ(土壌改良に役立つ作物)を育て、土をなるべく耕さないように、という原則はありますが、化学合成農薬を使わない有機農業のようなルールはないんです。実際、いろいろなリジェネラティブ農業があります。

 

アメリカは日本とは違い、1つの経営体が数千ヘクタールもの広大な土地で遺伝子組み替え作物と除草剤を組み合わせた大規模農業を行っています。「工業型農業」と揶揄されるほどです。最近では遺伝子編集微生物でコーティングした種子を使って肥料を削減するリジェネラティブ農業も登場しました。使えるテクノロジーはどんどん使って社会に大きな影響を与えようというディープテック路線に加えて、環境問題があればそれもテクノロジーでさらに解決しようとする「エコモダニズム」と呼ばれる思想があります。これもリジェネラティブ農業の1つです。リジェネラティブ農業とは、とても広い意味だと認識しておく必要があります。

F.I.N.編集部

テクノロジーも活用するアメリカに対して、日本におけるリジェネラティブ農業はどういうものが多いのでしょうか?

藤井さん

 

日本では、リジェネラティブ有機農業「RO(リジェネラティブ・オーガニック)」を指すことが多いですよね。化学肥料や農薬を使わない自然栽培のような、ディープテックの対極の意味合いで使っている人が多いと思います。

F.I.N.編集部

テクノロジーといえば、藤井さんは「人工土壌」の研究もされていますよね。

藤井さん

はい。岩石の粉末に粘土や微生物群集を加えて、用途別に機能を最適化した土壌をつくる研究です。「エコモダニズム」の思想に近いかもしれません。

 

日本では信じにくい話ですが、海外には土壌侵食や石炭採掘などによって表土を失った地域が広く存在します。土が再生するには100年、1000年という単位で年月がかかるので、それを短縮する技術として人工土壌を開発しています。ですが、人工土壌に期待するより、まだ土がある場所なら、それを守る方が圧倒的に早いというのが研究してみての実感です。

岩石の粉末など8種類の試料(1段目と3段目)を、40年間山中に埋めると土に近い状態(2段目と4段目)になる。(提供:藤井一至)

土研究者の視点で見る、今の農業の課題と解決策

F.I.N.編集部

農法はたくさんありますが、どんな農法が土の再生に向いているんですか?

藤井さん

どんな土にも共通する必勝法はありません。例えば書店に行くと、こうやれば問題が解決するという啓蒙書がいくつもあります。それを実践すれば、みんなの人生が変わるかといったらそうではありませんよね。結局、自分自身の問題に向き合わないといけない。農法に関しても同じで、まず相手を見る必要がある。農業においての相手とは、気候と作物と土。このうち、コントロールできるのは作物の品種選びと、土です。必勝法を探すよりも、まずは足元の土をよく見てほしいと思っています。

F.I.N.編集部

単純な問題ではないんですね。

藤井さん

教訓になる事例を紹介します。アマゾンの熱帯雨林には栄養分が乏しい赤土が広く分布していますが、先住の人々は生活のごみや排泄物などを炭にして赤土に入れていきました。すると、赤土が「テラプレタ」という肥沃な黒い土へと変化したことで、カボチャやトウモロコシ、インゲンマメなどを育てて暮らすことができました。

 

本来ここから学ぶべきことは、地域特有の自然環境や土の特異性に着目して、その生態系のなかで手に入る資材を使い自分たちなりに土を改良すること。でも実際は、赤土でも炭を入れれば炭素を固定できる効果だけが評価され、農法として独り歩きしてしまった。私たちに必要なのは目の前にある土を観察し、それぞれの土にとってベストな方法を探ることです。

インドネシアのバナナとサツマイモの農園(提供:藤井一至)

F.I.N.編集部

たしかに、世界での成功例がそのまま他の地域に当てはまるわけではないんですね。

藤井さん

そうなんです。自然栽培や有機農法の話題がマスコミなどで取り上げられる機会が多いように思います。ただし、肥料や農薬を一切やらなくても育つといううまい話は例外的で、基本的にはまず土が良くない条件から始めることを想定すると、化学肥料を入れて少しずつ作物を育てて、土壌中に栄養分の循環を生み出す必要があります。栄養分の循環が大きくなっていけば、やがて外部からの資材投入を減らし、有機農業なども可能になります。最初から「〇〇農業にしよう」と思いこむ前に、声なき土に耳を傾けてほしいと思っています。

F.I.N.編集部

科学やテクノロジーとの付き合い方も重要ですね。

藤井さん

最近は健康ブームもあります。土も例外ではなく、土を健康にすれば、健康な野菜がとれ、私たちも健康になるという言説もあります。この考えは食品や栄養が人間に与える影響を過大に信じてしまう「フードファディズム」とも繋がるリスクを抱えています。もともと有機農業の取り組みの意義は、生産者と消費者が繋がる提携にあるといわれています。健康のためにというよりも、自分たちの食料がどこでどのように生産されて届いているのか、氾濫する真偽ないまぜの情報を見極め、農家や国にすべての責任を押し付けない意識が必要かもしれません。

5年先に向けて、私たちは何をすればいいのか

F.I.N.編集部

藤井さんは、現在どのような農業を実践していますか?

藤井さん

私はさまざまな方法を排除せず、どうやったら持続的な農業が可能になるのは試行錯誤しています。

 

フィリピンのバナナ農園は、「アグロフォレストリー」という技術の効果を調べています。フィリピンでは、〈ドール〉や〈チキータ〉などの多国籍企業がどんどん森を切り拓いてバナナのプランテーション(取引価値の高い作物を単一的かつ大量に栽培する大規模農園)を拡大してきました。その結果、土壌からのカビによる病害(パナマ病・新パナマ病)が発生している現状があります。この問題が解決しなかったら、バナナが全滅するといわれるほど深刻な状況です。

 

今の問題点は、植えているバナナの密度が高すぎること。1つの種類だけを植えていると病気が発生しやすくなります。しかしいろんな植物が共存する森のなかでは、そんな病気はありません。そこで、プランテーションを森の環境に近付けるために、バナナの木の間に別の木を生やすアグロフォレストリーという技術の効果を検証しています。土壌微生物の多様性が高まり、病原菌が減るというデータも出ています。カカオやドリアンなどの有用な樹木を植えれば、産業も増え、生活も豊かになります。

 

でも、同じバナナの生産量を確保するためには、今の2倍の畑の面積が必要になってしまうかもしれない。その結果より森林伐採が進むかもしれないという問題もあるので、一概にアグロフォレストリーが正解とはいえません。それでも、病害が深刻な地域での選択肢を増やすことはできます。

「アグロフォレストリー」を取り入れたフィリピンのバナナ農園。(提供:藤井一至)

F.I.N.編集部

5年先、10年先の未来、農業はどうなっていると予想しますか?

藤井さん

今後、アメリカで開発されている生物資材、特に遺伝子編集微生物、遺伝子組換え微生物などを日本でどうするかという議論は出てくると思います。なんとなく「怖い」という拒否反応が強く、日本では研究開発が遅れがちです。今の日本でどれだけ嫌だといっても、10年後にどうなっているかはわからない。イノベーションを自分たちが取り入れるかどうかは別として、研究開発など準備だけはしておく必要があると考えています。

F.I.N.編集部

そうなんですね。最後に、普段の生活のなかで私たちにできることは何でしょうか?

藤井さん

コンポストを使って家で出る生ごみを堆肥にしたり、プランターでトマトを育てたりしている人も多いですよね。「それは環境にとっていいことですか」と聞かれることがありますが、それはよくわからない。楽しければいいことだと私は答えています。小さくてもできることをやろうという気持ちは大切ですが、環境を変えていくためには社会の構造を変えることが必要です。でも土をいじったことがあると、社会で起こっている問題に対してリアリティーが湧くんですよね。それはすごく大事なこと。例えば日本の食料自給率の低さがよく話題になりますが、食料自給率の目標を何%にしようかと政治で決める場合、自分が栽培した経験があれば現実的に考えることができます。土や環境、食料の問題がより自分ごとになると思います。コンポストを使っていれば、うじ虫をみることもあるでしょう。うじ虫が嫌いな人も多いでしょうが、実はうじ虫は堆肥作りで重要な仕事をしています。うじ虫よりも、うじ虫のいない世界の方が怖い。土をいじっていると、そういう発見がたくさんあります。土のためにできることは少ないかもしれないけれど、土と繋がることで得られる充実感はかけがえのないものだと思います。

F.I.N.編集部

先入観を持ったり、決めつけをしたりせずに目の前のものに向き合って最善を探るのが大事ですね。ありがとうございました。

【編集後記】

知る手段が多様化し物事の進みも早まっている昨今。そんな中で、農業も含めさまざまな事象に対して知ったつもりで終わらせ、見過ごしていることが多いかもしれない、と気づかされました。新しい方法論やテクノロジーも、根拠もあいまいなまま便乗してみたり、ときに反射的に拒否感を抱いたり。それは、なんとなく言葉の響きに引っ張られ、その実態を理解していないからこそ起こる反応なのかもしれません。しかし、自然環境は現状維持ではもう間に合わないほど、過酷な変化を強いられているのが実情。情報としてではなく、私たちの生活のこととして。藤井さんがおっしゃるように自分ひとりで完結できる範囲から始めていき、自然環境についてもう少し身を入れて考えられるようにしていきたいです。

(未来定番研究所 高林)