2026.06.05

第3回| 未来へたしかに継いでいく。〈久松農園〉が形にする「小さくて強い農業」

異常気象や価格変動の影響を市場価格がダイレクトに受ける一次産業。これまで当たり前のように食べてきた野菜や米の供給が不安定になり、私たち消費者も、見て見ぬふりはできなくなりました。農産物の価格はいくらが適正なのか。「有機」とはなにか。国産の肉や魚が高価なのはなぜか?何かを判断する前に、本当は知るべきことがあり、情報が飛び交う今の時代には、自分の意思で「知る」ことが必要だと感じます。

5年先、10年先も食の未来が健やかであるために、私たちは今何をするべきか。この連載では農業をはじめとした食の生産、供給の現場で働く人々に話を聞き、今できることを考えていきます。

 

第3回は、茨城県土浦市で農業を営む〈久松農園〉。代表の久松達央さんは「小さくて強い農業」という、個人農家が持続可能な農業で生き残っていくための仕組みを自らの農園を通じて実践し、農業従事者だけでなく、幅広い消費者の共感と関心を集めています。これからの時代にたくましく農業を続けていくための「小さくて強い農業」とはどのようなものか。〈久松農園〉の姿から考えていきます。

 

(文:瀬谷薫子/写真:上原未嗣)

Profile

久松達央(ひさまつ・たつおう)

〈株式会社久松農園〉代表。茨城県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、〈帝人株式会社〉を経て、1998年に農業に転身。年間100種類以上の野菜を有機栽培し、個人消費者や飲食店に直接販売するDtoC(Direct to Customer)型農業を実践している。生産・販売プロセスの合理化と独自のブランディングで、補助金や大組織に頼らずとも少数精鋭のチームで自走する「小さくて強い農業」を提唱する。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮社)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)、『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』(光文社)。2026年5月に最新著書『おいしい日本の野菜が消える日 二極化する農業の未来』(光文社)を出版。

7名で5,000万円の売り上げをつくる。〈久松農園〉の「小さくて強い農業」

茨城県土浦市にある〈久松農園〉は、広さ6.5ヘクタール。東京ドーム約1.5個分の畑を、代表の久松達央さんが6名のスタッフと営んでいます。

 

28年前にサラリーマンから転身し、農業の世界へ飛び込んだ久松さん。がむしゃらな日々を経て、自身を「農業のセンスがない」と認め、だからこそ「言語と論理」という特技を生かし、独自に切り開いていったのが、生産管理システムとIT技術を駆使した、合理的な農業の仕組み。

今や年間100種類以上の野菜を、顧客である370以上の個人世帯や飲食店へ届け、年間の売り上げは約5,000万円。この少人数からは想像もできない利益を上げる、まさに「小さくて強い農業」を実現したカリスマ農家として知られています。

野菜は鮮度が肝。

いかに「畑のまま」を届けるか

「食べてみませんか。うまいですよ」。

心地よく整った畑の中で、規則正しく並ぶキャベツをひとつ切り出した久松さん。勧められるがまま口に入れると、驚くほどパリっとした歯触りで、たっぷりの水気が広がり、今この瞬間まで元気に育まれていたことが伝わる、力強い味がしました。

 

「『みさきキャベツ』といいます。たくさんの品種を試してきましたが、これに勝るものはないと思っています。キャベツは外葉と芯でおいしさが違うんです。外葉は硬くて、味も濃いでしょう。対して中の芯はみずみずしくて柔らかいけれど、まだ味が薄い。こうやってケーキのように切り出し、中心と外を一口で食べると、全体の味がよくわかります」

採れたてのキャベツに感じる驚き。〈久松農園〉が届けたいのはシンプルにそんな体験です。

野菜は畑で食べるのが一番おいしく、新鮮さこそが命。だから卸や小売業者を介さず、すべてのお客様に直販で野菜を届ける、独自の販売スタイルを貫いています。

 

「例えば葉野菜を出荷する時、うちでは畑で採ったその場で袋に詰めています。通常は出荷場に運び計量し、傷んだ葉を取り除くなど、調整するプロセスが要りますが、それらをなくしました。できるだけ触らずに届けることが、野菜を劣化せず届ける一番の方法だと考えたからです。

 

長く野菜を届けているお客さんが畑に来て、採れたての野菜を食べた時『家に届いているものよりおいしい』と言われたことがあるんです。仕方ないことではあるんですが、それが悔しくて。僕らがここで日々感じている野菜の味を、ほとんどの人が知らないままでいるということだから。

 

野菜は畑にある今の状態が100点です。それをいかに100点に近いまま届けられるか。完璧な肥料設計を立てていい野菜を作ること以上に、新鮮な状態で手渡す工夫をすることに意味があると思っています」

1つの野菜を7回植える

徹底した生産管理

〈久松農園〉のメインの販売方法は、個人の消費者に向けて送る定期の野菜セット。約350世帯の会員に向けて、季節ごとに採れる野菜を10〜17種類、毎週または隔週の頻度で届けています。

 

有機栽培、かつ天候が生育を左右する露地(屋外)栽培でこれだけ多くの野菜を途切れることなく作り続けるのは容易なことではありません。どう実現しているのか。その秘訣は、細かくて緻密な生産スケジュールの管理にあります。

 

「同じ野菜でも畝ごとに植える時期をずらすことで、出荷できる状態が絶えず続くようにしています。例えばキャベツなら、4月の下旬から6月の半ばまで、7回に分けて苗を植え、順繰りに収穫していくんです。いつでも新鮮な状態で届けられることに加え、必要以上の野菜が採れてロスになるのを防ぐメリットもあります」

1種の野菜を7度に分けて種を蒔き育てる、それが野菜の品数だけ行われていると考えるだけで、かかる手間の多さが想像できます。現場に貼られた春夏の野菜の計画表には、日ごとに植える野菜の間隔や肥料の量など、綿密な計画が小さな文字でびっしりと記されていました。

「ほかの農家さんがこれを見たら卒倒すると思います。ここまでやる人は誰もいないんじゃないかと。そのくらい徹底している自覚があります」

 

半期分の計画を頼りに、日々チームで進捗を共有し合いながら遂行していく。地道な努力が、「採れたてのおいしさ」 を届けることに繋がっているのです。

個人経営の農業を

持続可能な「事業」にする

個人農家の中でも類を見ない、徹底した計画と管理。それが〈久松農園〉の強さです。その根幹には野菜の安定した生産という目的だけでなく、農業を持続可能なものにしていくこと、つまり「小さくて強い農業を作る」という〈久松農園〉の理念があります。

 

「もし自分1人や夫婦で成り立つ農業でやっていくのなら、事業規模は今の3分の1でもいい。販路を東京圏まで広げる必要はなく、もっと地場に向けて野菜の数を絞るなど、こだわり方も変わるだろうと思います。

ただ、僕が目指すのは自分の代で終わる農業ではなく、次世代に続いていく農業。農業は一代ではどうしてもうまくいかず、次の代で利益が出てくるものだから、渡していくことに意味があると思うんです。

最終的には今より2,000万円売り上げを伸ばし、後継者に渡すことが目標なので、事業として成長していく必要があると考えています」

 

日本で農業を営む団体の96%は家族経営だといわれています。家業にはならではの回しやすさがある一方で、業務の管理がうやむやになり、結果仕事の非効率や過重労働を生み得るというデメリットも。

対して〈久松農園〉は家族経営ではなく、外からスタッフを雇用しています。すると必要になるのは、労働量の管理。そこで取り入れているのが、独自に提唱する「モジュール化」という仕組みです。

 

「モジュール」とは、ひとまとまりの機能を持った部品の意味。つまり「モジュール化」は、農業におけるそれぞれの工程をできる限り標準化し、誰が手掛けても同様の成果が得られるようなシステムをつくること。属人性をなくすことで、労働量の均一化と、適切な業務管理が可能になるというわけです。

「例えば種を植えるならどの間隔が適切か、マルチ(温度の調節や雑草、乾燥防止のために張るビニールシート)を入れるなら畝間はどのくらいがいいか。すべてを正確に数値化することで、誰がやっても再現しやすい仕組みをつくりました。

 

除草は野菜の際までできるようにGPSの仕組みを入れて、機械で行っています。少し前までは今より畑の土地が分散していたんですが、ここ数年で農地が新たに空き、ようやくまとまった広さで1つの畑を作れるようになりました。農業の機械は基本的に広い土地向けに作られているので、この方が作業がしやすいんです」

「うちの畑はよく『きれいだ』と言われるんですが、実は畑が整然としていることは、見た目だけでなく収穫や出荷の条件においても重要なこと。

野菜の大きさや並びがそろっていれば、収穫が格段にしやすくなりますし、空間が均等だからこそ風通しがよくなり、生育も安定します」

 

整然とした畑には無駄がなく、眺めているだけで思考がクリアになるよう。この風景そのものが、〈久松農園〉の仕事のあり方を表しているようです。

スタッフの方たちは、週休2日で土日に休みをとっています。畑に自動送水ポンプを導入し、超小型コンピュータで水分量を自動制御することで、休日にも畑の管理を委ねられる仕組みです。

 

通常は1日8時間労働ですが、日中の暑さが厳しい夏季(6〜9月)は、昨年から午前中で業務を終わらせる1日6時間制を導入するように。時間が減った分、業務への集中度は増し、ほぼこれまでと変わらない成果が出せているとか。それもまた、徹底した管理と作業の効率化があるからだといえます。

無数の選択肢から何を選び、

どんな農業をしていくか

モジュール化の目的は効率だけではありません。それぞれの工程が標準化されることは、農業における選択肢がより広がることを意味しています。

 

「例えば料理でいうなら、卵を割るというプロセスを短縮したければ液卵を買って使う方法があるように、各工程のどこを外注し、どこを内製するかを選ぶことが農業においても可能になります。

 

うちでは今、野菜の種はすべてF1種(市販の種)を購入していますが、それは種取りの作業を外注しているということ。従業員が少なく手が回らなかった頃には、苗作りを外注していた時代もあります。

 

大切なのは、何かがうまくいかなくなった時、別のやり方を選べるようなオプションを持っていること。だからうちでは、作業をしながらいつもそれ以外の選択肢についても議論をします。『ここで化学肥料を使ったらどうなる?』とか、『農薬を使うとしたら防草シートは要らなくなるね』とか。ほかの地域に行ったり、時代が変わったりしても役立てる手段を増やしていたいんです。

 

いずれ自分の畑を持つスタッフのためにも、ここでは選択肢をできるだけ広く提示していたいと思っています」

「試行錯誤の結果、有機ではなく慣行栽培を選んで独立するスタッフもいます。とくにここ数年はそのケースが多くて、うちは日本でいちばん、慣行農家を育てている有機農家かもしれません。

 

どれが正解というわけではなくて、ただそれぞれが目指す先にはどんな農業があり、それに対して合理的な手段がとれているのか。続けていくために、そこだけはシビアに追い続けるべきだと思っています」

 

有機や慣行という区分けはあくまで何かを選んだ結果であって、それ自体が農業をする「目的」ではないこと。何をしているかより、なぜしているかを知ることが、本質的な意味で個々の農家を理解するということなのだと、久松さんのお話にはそんな答えが含まれていました。

これからの農家は、

野菜と人の「総体」で個性を魅せていく

これからの時代、個人農家はどう生き残っていくことができるのか。発売されたばかりの著書では、今後農家は企業型と職人型に二極化していくだろうと綴っています。

 

「大規模な設備投資が叶う企業型農家は、特定の野菜に特化してスケール化する農業が得意です。ならば僕らみたいな職人型の個人農家は何をすべきか。同じ市場で戦うのではなく、大手が絶対に真似できないことに特化していく必要があります。

 

例えばそれは、コーヒーでいうシングルオリジンのように、自分たちの畑がある地域の個性が伝わる野菜を作ることです」

「長くうちの野菜を仕入れている料理店のシェフが、『肉も魚も冷凍できるようになって、旬という概念がなくなった今の時代に、野菜にだけは旬がある。自分は季節という縛りにお金を払い、野菜から料理を組み立てているんだ』と話していて、なるほどと思ったんです。

 

その期待に応えるためにも、この土浦という地の四季から生まれる心からうまいと思える野菜を作りたいと。最近になって改めて、そのことの大切さを考えるようになりました」

「うちの場合、今は生産よりも流通に課題があります。もっと作れるのにお客さんが足りていない状況なので、自分たちのことを伝えていく必要があると思っています。

 

〈久松農園〉の野菜はうまいです。ただ、野菜の味だけで農家のオリジナリティーをつくることには限界がある。『みさきキャベツ』の種は誰でも買えるわけで、その品種が持つ味を自分たちがコントロールすることはできないからです。

 

もちろん、本当はモノだけで勝負したい気持ちがあります。でもやはりそれを作る人の考え方も農家の大きなパートを占めていて。そこを出していくことがますます必要になってくると感じます。

 

理想としている農園が茅ヶ崎にあって。そこでは毎週末、農家が複数集まってマーケットを開き、こういう風に食べたらおいしいよと、自分たちのこだわりをお客さんに直接伝えられる機会を持っているんです。

本当は対面で話せたら一番なんです。こうして話をして、目の前で食べてもらったら、絶対自分たちの野菜を好きになってもらえる自信がある。

 

シンプルに思うのは、皆が食べたいものを食べたいだけ、自由に畑から採っていけるような世の中になればいいということで、それを今の自分たちの規模でどう現実的にしていくか。考えていきたいですね」

小さくて強いという、まったく新しい有機農業の形を自らの手で作り出した久松さんが見据える次の目標は、再び農業の未来を変えるような予感を含んでいました。

流通には生産者だけでなく消費者の存在が関わってきます。小さくて強い農業を支えるために、消費者はどうあるべきなのか。久松さんの言葉には、考えるヒントが詰まっていました。

【編集後記】

少しずつ移動しながら久松さんの畑を見せていただいたのですが、3カ所目には「あ、ここが久松さんの畑だな」とわかるくらい特徴的に作物が植えられていました。とてもシャープで整然と美しい、例えるなら安藤忠雄建築のような迫力のある畑です。畑の野菜をその場で切っていただき食べる、という体験をさせていただいたのですが、その味わい、みずみずしさ、うっすらとまとった土もおいしいと感じ、衝撃でした。 細部まで考え抜かれた作付け計画に則った運用、人が触ると劣化するのでそれを極限まで抑えた出荷など、「考えぬかれた」農業。久松さんだからこそできる難しい農業なのだと思いますが、これからの農業を担う若い人たちへ多様な選択をできるようなスキルを直接惜しみなく渡されているのも素晴らしいと思いました。消費者としてどう考え、選んでいくのか。作り手の立場から書籍などで発信されている久松さんの話を、ぜひ多くの方に聞いてほしいし、知ってほしいです。

(未来定番研究所 内野)

谷中事務所にて(写真:未来定番研究所 内野)

知って、考える、食の未来

第3回| 未来へたしかに継いでいく。〈久松農園〉が形にする「小さくて強い農業」

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