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2025.04.30

第36回| 田舎だからこそできる循環型農業に挑戦。〈素ヱコ農園〉松本啓さん。

「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。

 

第36回にご登場いただくのは、佐賀県伊万里市で平飼い養鶏を行っている〈素ヱコ農園〉の松本啓さん。大好きな祖母と一緒に働きたいと農家を継ぎ、循環型農業の第1歩として平飼い養鶏をスタート。地元で出た未利用資源を飼料に活用し、「アニマルウェルフェア」の考え方も取り入れながら、環境にも動物にも配慮した農業に取り組んでいます。

 

(文:宮原沙紀)

Profile

松本啓さん(まつもと・さとし)

1996年佐賀県生まれ。〈株式会社sueco〉代表取締役。大学やオランダ留学で農業を学ぶ。2020年から佐賀県伊万里市で〈素ヱコ農園〉を開始。地元の農家さんや漁師さんと連携し、捨てられてしまう食材を活用。地元の食材を飼料とした平飼い養鶏を行っている。2024年からは、平飼い卵を使ったお菓子の製造販売も開始。

農業に従事する祖母の背中を見て育つ

佐賀県伊万里市ののどかな里山。海と山に囲まれたこの地域では、のんびりした田園風景のなかに鶏の鳴き声が響いています。平飼いの鶏が自由に歩き回るかたわらで、若者たちが楽しそうに働く姿があり、静けさのなかにも活気が感じられます。そんな自然と動物に囲まれた場所で、日々農業に取り組んでいるのが松本啓さんです。松本さんが営む農園の名前は〈素ヱコ農園〉。名前の由来は、松本さんの祖母・未子(すえこ)さんにちなんだもの。

 

「中学校、高校の6年間は伊万里市の祖母の元で生活しました。祖母は農業を営んでいて、水菜を栽培していました。忙しいなか僕を育ててくれたんです。当時の僕は山や海で遊んでばかりで、農業の手伝いはまったくしたことがありませんでした」

 

祖母の末子さんに恩返しがしたいと思い、一緒に農業をやることを決意。佐賀大学の農学部に進学しました。

松本さんと祖母の未子さん。

「自分のため」から「社会のため」へ。

ヨーロッパで学んだ食の価値観

農業を学ぶなか、2017年から農業先進国といわれるオランダに留学。農場でインターンをしたり、さまざまな現場を取材する機会にも恵まれました。

 

「当時のオランダは有機農業の市場が伸びていて、野菜はもちろん、卵や精肉、チョコレートや歯磨き粉にもEUオーガニックの認証がついていました。EUオーガニック認証は、定められたルールに則って生産、加工されたものにつけられるマーク。現地では、そのマークがついた商品を買い求める方が多かったんです。スーパーで買い物をしている方に『なぜオーガニックのものを選ぶのか』とインタビューしたことがありました。日本では『おいしい』、『安心安全』などの理由でオーガニック食品を好む方が多いのですが、ヨーロッパの方は『社会のため』、『地球のため』と答えていたんです。そういう観点で食品を選ぶことに興味を持って調べていくと、オランダでは地球や環境に負荷をかけない循環型農業や家畜の育て方が普及していることがわかりました。生産方法を消費者が理解して購入していることもとても素敵だなと思ったんです」

 

松本さんが興味を持ったヨーロッパの循環型農業とは、具体的にどのようなものだったのでしょうか。

 

「ヨーロッパで僕が実際に見たのは『チキントラクター』というもの。移動式の鶏小屋を畑の中で移動させていきます。小屋は床がない構造なので、鶏が餌を求めて土をついばむので土を耕しながら除草もできます。また鶏の糞が肥料となるので、その土壌で野菜を育てることもできます。養鶏をしながら野菜も育てる。牛なども似たようなやり方で育てながら、畜産と農業をうまく連携させてどちらにとってもいい農業を実践していました」

 

オランダで先進的な農業を目の当たりにした松本さん。「循環型の農業を日本でも実践したい、自然豊かで広大な土地がある伊万里市の環境であれば実現できる」と確信しました。

循環型農業を目指して

〈素ヱコ農園〉のスタート

大学を卒業後、伊万里市で農業を始めた松本さん。今は養鶏と米の栽培を行っています。松本さんはオランダで学んだ「アニマルウェルフェア」という概念にも共感し、「平飼い」という飼育方法を取り入れました。「アニマルウェルフェア」とは、家畜福祉とも呼ばれ、家畜にとって快適な環境で育てることを重視する考え方。家畜のストレスや病気を減らすことで、生産性の向上や安全な畜産物の生産が可能になります。平飼いとは、自由に動き回れる環境で鶏を育てること。ケージ飼いとは異なり、鶏が自由に動くことができるため、ストレスがかかりにくいといわれています。

「今は飼料米を育てるのに鶏糞を使い、その米を鶏が食べるという循環ができています。また鶏には、地域で取れるものをなるべく食べさせているんです。伊万里市は海と山に囲まれている場所なので、海の幸も山の幸も豊富。海のものだとイリコがよく採れるんです。形が悪いイリコや、他にも規格外の野菜、米、おから、醤油かすなど、そのままだと産業廃棄物として捨てられてしまうものを仕入れて鶏の飼料にしています。地元で採れるものをうまく活用できているのは、とてもいいことだと思っています」

 

しかし、この飼料の調達には、当初大変苦労したと語ります。

 

「複数のメーカーの飼料から、自分たちのやり方や考え方に合うものを1つ選定することが一般的な方法。でも僕たちの場合は、米やイリコなど仕入れ先が全部バラバラ。最初はいろんな農家さんや漁師さんに1件ずつ電話をかけて相談していました。おからに関しては、車を運転していた時、ちょうど豆腐屋さんが目に入りました。表に電話番号が書いてあったので、停車をしてそのまま豆腐屋さんに電話をしたんです。それでおからが手に入りました。そうやって1つずつ仕入れ先を探していきました」

 

地元の旬の食材を飼料にしている松本さんの鶏の卵は一味違うと大人気。今では全国にファンがいて定期便で届けています。注文が殺到し、生産が追いつかないことも。

「ケージで育てられた鶏は、毎日同じ飼料を食べています。毎日の活動も飼料を食べることや水を飲むことくらいしかないので、卵の味や色、形も均一になりやすい。でも平飼いだと、1つひとつで味が異なります。鶏が自由に飼料を食べていて、魚ばかり食べる子や、葉っぱばかり食べる子などそれぞれの個性で食べるものが異なるので、卵の味も変わってくるんです。1個のパックの中に黄色い卵もあれば、オレンジの卵もある、そういうバラつきは平飼いならでは。それぞれの個性を楽しんでほしいです」

人にも、環境にも、動物にも優しい未来の農業

育雛の方法にも、松本さんならではの工夫があります。

 

「電気やガスを使用しない、昔ながらの『堆肥熱育雛(たいひねついくすう』という微生物の力を使って雛の家を暖める方法を採用しています。堆肥(鶏糞)やもみがら、わらを混ぜると発酵して熱が出るんです。その熱を利用してヒヨコを育てています。ヒヨコは生後1週間くらい、鶏のお腹の中で生活します。だから室温を43度ほどに保つことが大事。微生物の力を使って暖め、その環境を再現します。幼い頃から菌の力を活用して生活するので、菌の耐性がつき病気になりにくい強い鶏に育ちます。そして電気を使わないので、環境にも優しいんです」

 

2024年にはクラウドファンディングにも挑戦。平飼い卵を使ったお菓子作りを始めました。もっと手に取りやすい形で平飼い卵を知るきっかけになってほしい。佐賀県の新しいお土産を作りたい。という気持ちからスタートした取り組みです。

 

「佐賀県のお土産でイメージできるものって、実はあまりないと思うんです。だから新しいお土産を作ろうというコンセプトで、卵を使ったお菓子を作りました。平飼い卵の卵白はかなり弾力があり、メレンゲにするとすごくきめ細やかな泡になります。この卵白を使って『卵の雫』というメレンゲクッキーを作りました。県内の果物などを使って、いろんなフレーバーを開発しています」

まだまだ、これまでの取り組みは「始まりにすぎない」と松本さんは語ります。たくさんの夢と、挑戦したいことを持つ松本さんに今後の目標を聞きました。

 

「平飼い養鶏は、循環型農業のための第1歩。田舎だからこそできることに今後はもっとチャレンジしていきたいと考えています。これまであまり価値が見出されてこなかったものや、衰退しつつある地域の資源を活用して新たな商品を作っていきたい。今、特に注目しているのは塩と油です。塩は海の資源を活用できるし、油は菜種を育てて昔ながらの方法で圧搾して作りたいと考えています。1つ1つは小さな取り組みかもしれませんが、それぞれが繋がって循環していくことで地域に相乗効果を生み出していけたらと思っています。例えば、鶏糞を米や菜種の栽培に活用し、春には菜の花が一面に咲く。それを観に人が訪れ、伊万里市の風景や食を楽しんでくれる。そして来てくれた人に、手作りの油や塩、卵、お菓子を届ける。そんなふうに、作物や人の流れがゆるやかにつながり、未来へと続いていく農業が理想です」

 

今年の4月からまた3人の新入社員が入社。松本さんの理念に共感し、他県から移住して働き始めた方もいるそうです。パワーあふれる〈素ヱコ農園〉から、新しい農業のスタンダードが広がっていくかもしれません。

〈素ヱコ農園〉直売所

住所:佐賀県伊万里市黒川町福田1405-3

HP:https://suecofarms.com/

Instagram:@suecofarm

【編集後記】

素ヱコ農園のインスタグラムに登場する鶏たちは、見るからに引き締まったボディが健康そうで、砂浴びをしているところなどは知らず知らずににこにこしてしまいます。食べさせる餌もずっと同じではなく、気温や体調など様子を見て細やかに変えているそうです。これを続けていくとなるとたいへんな日々なのだろうと想像に易く、それでもいいものを届けたいという姿、地元で活用されていない、廃棄予定の野菜やイリコを集め1件1件当たっていったというお話には頭がさがる思いでした。消費者側がこういった姿勢の生産者の方に共感し、直接購入できるようになったのはとてもいい時代の変化だと思います。険しい道でも歩み続け、工夫を重ねる若き経営者を応援しています。

(未来定番研究所 内野)

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