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「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。
第46回にご登場いただくのは、香川県高松市・牟礼町を拠点に、石材産業の価値創造に取り組む〈株式会社蒼島〉代表・二宮力さん。石工職人として現場に立ちながら、経営者として産業の再編集にも向き合っています。そんな二宮さんが目指すのは、1,000年以上の歴史を持つ庵治石(あじいし)を、「世界が知るブランド」へと押しあげることです。
(文:大芦美穂)
二宮力さん(にのみや・ちから)
香川県生まれ。1993年に〈二宮石材〉を創業し、文字彫り専門の石工職人として活動。2019年、「高松市牟礼庵治商工会」が9年間主導してきた〈AJI PROJECT〉の継承を決断。2021年〈株式会社蒼島(あおいしま)〉を設立。デザイナー・イトウケンジ氏との協働のもと、庵治石の新たな価値創造に取り組んでいる。
世界一の石が、誰にも知られていない
香川県高松市の東部、牟礼町(むれちょう)と庵治町(あじちょう)にまたがる五剣山の山麓。この限られた場所でのみ産出される庵治石は、「花崗岩のダイヤモンド」とも称される、国内外でも高い評価を受ける石材です。
その品質の高さと美しさに魅せられ、彫刻家のイサム・ノグチもこの地にアトリエを構えました。現在、牟礼町にある〈イサム・ノグチ庭園美術館〉は、その活動拠点の延長線上に生まれたものです。
「でも、石材業に関わる人以外で庵治石の存在を知る人は、まだ多くありません」と二宮さん。
実際、二宮さんが〈二宮石材〉を立ち上げた1993年、牟礼町・庵治町には600社近くの石材関連業者がありましたが、2026年現在では150社ほどにまで減少。職人の数も限られ、とりわけ若い世代の担い手不足が深刻な課題となっています。
墓石しかない時代から、〈AJI PROJECT〉へ
二宮さんは、この地域では珍しい初代の石工職人です。代々続く石材家系が多いなか、脱サラしてこの道に入りました。
「毎日ネクタイを締めてスーツを着る働き方は、自分には向いていないと思って。小さくてもいいので、自分の城を持ちたかったんです。それに当時は、職人になれば食いっぱぐれることはないだろう、という考えもありました」
庵治石は硬く吸水率が低いため風化しにくく、長い年月を経ても美しさを保ちやすいといわれています。この特性から墓石として重宝され、戦後、一般の人々にも墓を持つ文化が広がると、需要は一気に高まりました。
そのなかで二宮さんが担ってきたのが、墓石に故人の名前や言葉を刻む「文字彫り」の仕事です。庵治・牟礼の石材産業では、採石、切削、研磨、造形、文字彫り、設置、運搬といった工程が細かく分かれていて、それぞれを専門の職人が分業しています。
しかし、次第に石材産業に暗雲が立ち込めます。安価な外国産石材が流入したことで価格破壊が起きたのです。値下げ競争に巻き込まれることにより加工賃は30年間変わらないまま。作ることに専念するばかりで発信をしてこなかったこともあり、石材産業は次第に厳しい状況に置かれていきました。
「墓石が売れた時代は、作ることに忙しくて、庵治石を発信することをまったくやってこなかった。それがこういった状態になってしまった大きな理由だと思っています」
このままではいけないと、地元の商工会が一念発起。支援事業として東京のブランディング会社と契約し、2012年に〈AJI PROJECT〉を立ち上げました。暮らしに寄り添う庵治石のプロダクトを、デザイナーとともに作り発信するブランドとして、13社の職人が参加。二宮さんもそのうちの1人でした。
誰もやらないなら、自分がやる
〈AJI PROJECT〉とは、庵治石を素材に職人とともに商品を開発・販売するというもの。墓石や石像といった従来の用途から一歩離れ、ブックエンドやペーパーウェイト、コースター、傘立てなど、暮らしのなかで日常的に使えるアイテムを展開。庵治石の新たな魅力と使い方を提案してきました。
そうして9年間続いた〈AJI PROJECT〉でしたが、支援事業の終了とともに存続の危機に直面します。後継を募っても、手を挙げる人はいませんでした。
「業界の外の人に引き継がれるのは、どこか違う気がして。誰もやらないなら、自分がやるしかない。それに、ここで自分がやらなかったら、もう庵治の石材産業はなくなってしまうかもしれない、そんな危機感もありました」
二宮さんが引き継ぎを決めたのは2019年。そこから準備し、2021年に〈AJI PROJECT〉の運営・ブランディングを行う〈株式会社蒼島〉を立ち上げます。
「どうせやるなら、誰もやらないことをしないと意味がない」と、まず声を掛けたのが、旧〈AJI PROJECT〉を立ち上げた時、当初の3年間をともにした初代デザイナー、イトウケンジさんでした。
二人三脚で〈AJI PROJECT〉に取り組む二宮さんとデザイナーのイトウケンジさん。
「イトウさんは出会った頃はまだ無名だったのですが、〈AJI PROJECT〉を離れている間に数多くの賞を受賞し、有名になられていました。話を受けてくれるか不安だったのですが、『やりましょう!』と言ってくれて。本当にうれしかったですね」
しかし船出は順風満帆ではありませんでした。価格の適正化を進めると、引き継いだ時、約40店舗あった取扱店が一時3店舗にまで激減。それでも諦めず動き続けた結果、現在は100店舗を超えるまでに拡大しました。
また、最近では国内外のデザイナーやアーティストとのコラボレーションにも積極的です。韓国を代表するデザイナーの1人、イ・カンホ氏が庵治石を素材に作品を手掛けたほか、ジュエリーブランド〈EYE FUNNY〉代表の川村JURY洋一氏が企画したプロジェクトにて、現代アーティストのダニエル・アーシャム氏とのコラボレーションも実現。さらに、「瀬戸内国際芸術祭2025」では現代アーティスト・鴻池朋子さんとの協業など、これまで石材業界では考えられなかった領域へと活動の幅が広がっています。
イ・カンホ氏がデザインしたブックエンド。
〈EYE FUNNY〉とダニエル・アーシャム氏のコラボレーション作品。
「石といえば香川県」を目指して
二宮さんが目指しているのは、単なる販路拡大ではなく、「価値の創造」です。
「例えば、同じ大きさのダイヤモンドとガラスがあった時、ダイヤの方が高価だと誰もが疑いなく受け入れますよね。それは、長い時間をかけて価値が共有されてきたからだと思うんです。庵治石は、まったくそこまでいっていない」
漆といえば輪島、眼鏡といえば鯖江、タオルといえば今治。地域と産品が結びついて価値が生まれる、そのモデルを二宮さんは庵治石で実現しようとしています。
「今治タオルも、かつては『いまばり』と読めない人が多かった。庵治も、まだ読める人は多くはありません。だからこそ、自分の代で『石といえば香川県の庵治石だよね』といわれるようにしたい。価値の創造ができてしまえば、名前も自ずと知られるようになるし、きっと次の世代が何とかしてくれると思っています。それが最終的な目標です」
【編集後記】
活動に対しての手応えを感じることはありますか?という質問に、「これからを考えることが多くて振り返ることはあまりないです」と答えられたのがとても印象的でした。この連載の取材のなかで伺うと、活動されている参加者からの反応やうれしかったことなどをお話ししてくださることが多いですが、二宮さんの未来しか見ていない雰囲気、「それでどうするか?」に重きを置かれているところがとても個性的で素敵だと感じました。いいところもそうでなかったところも真っ直ぐにお話をしてくださり、自身も仕事をしていくうえでこうありたいという姿を見せていただきました。これからの〈AJI PROJECT〉を見られるのがとても楽しみです。
(未来定番研究所 内野)
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第46回| 香川県が誇る庵治石を世界へ。〈AJI PROJECT〉二宮力さん。
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